ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

147話「ローランド、港町を観光する」



「えーっと、コホン」


 町の人間のほとんどの視線が俺に集中する中、軽く咳払いをしてから話に入った。話といっても、徳の高いお坊さんのように高尚な話ができるわけもなく、それはかつて前世で読んだ小説の主人公が口にしていた台詞を真似る程度の稚拙なものだ。


「マリントリルの町民諸君。こういう時はなんと言ったらいいのか正直言ってわからない。“遅れてすまない”も違うし、かと言って“俺のお陰で助かってよかったな”などと傲慢なことを言うつもりもない」


 そこで一度言葉を切る。俺の言葉に小さいながらも笑いが起こった。よし、つかみはこれくらいにして本題に入ろう。


「俺が何を言いたいのかといえば、今回は“たまたま”俺がこの町にやってきて“たまたま”オクトパスを倒せる力を持っていたということだ。これは奇跡と言っていい。だからこそ、諸君らに勘違いしないでもらいたいのは、こういったことは何度も起きないということだ」


 俺のスピーチに、町の住人が食い入るように聞き入っている。そして、ここで必殺の言葉を発動させる。


「ただ、諸君らは辛い苦しみを耐え抜いた。苦境に立たされている状況で俺がやってくるまで耐え忍んだこと。これは諸君らにとって、決して無駄な経験にはならないと俺はそう考えている。この先また同じようなことが起こるかもしれない。その時その脅威を退けることができる英雄が現れないかもしれない。だからこそ、諸君らには何でもないつまらない日常を、平穏な毎日を送れる幸せを忘れないで欲しい」


 俺の言葉の意味を重々理解した町民の瞳に静かだが力強い意志が宿っていくのを感じる。そう、何も起こらないつまらない人生ってやつが存外に幸せな人生だということを俺は知っている。


 だからこそ、彼ら彼女らにはこの事件を風化させないように後世まで伝えていってほしい。そして、再び同じことが起きた時に今から取れる対処法を施しておき、備えをしておいてほしいのである。


「少し長くなってしまったが、俺が言いたいことは一つ……お前たち、よくやった! 感動した!! 以上!! 乾杯!!」

『乾杯!!』


 こうして、バッドガイの無茶ぶりのスピーチと乾杯の音頭を終えた俺は、ようやく落ち着きを取り戻した。宴の最中、ひっきりなしに町の住人が感謝の言葉を俺に伝えようと、入れ替わり立ち代わり俺のところへやってきては礼を言っていくのをそれなりに対応しつつ、その日の宴を楽しんだ。


 少し困ったのは、酒に酔ったお色気お姉さんの集団が俺のもとにやってきて、俺を夜の戦いへと引きずり込もうとしてきたが、宴の最中に仲良くなった男性冒険者たちのバリケードによってお姉さんのとの夜戦は未遂に終わった。……まあ、仮にそうなってもまだ俺には早すぎることだから、お姉さんをベッドに寝かしつけるだけだっただろうがな……ホントだぞ?


 漁師たちが捕ってきた魚を使った海鮮料理は、やはり海の近くにある町ということで美味しく、これだけでもこの町にやって来た価値はあったなと、内心でほくそ笑んでいたのはみんなには内緒だ。


 人々が騒ぎ疲れ、俺も十分宴の料理を楽しんだので、そのまま宿に戻って休むことにした。


 翌日、朝の支度を済ませ宿の外へと出掛けるため部屋を出る。昨日はいつもより夜更かしをしてしまったので、少し遅めの起床となってしまったが、町の住人たちも今日は遅めに起き出してきたので、俺一人だけが遅いという訳ではない。


「おはようさん、小さな英雄様」

「はぶっ」


 一階に降りて朝食を食べようとしたタイミングで、俺の顔が何か柔らかいものに包み込まれる。それは次第に顔全体を包み込んでいき、まるで真空パックのように空気を奪い取っていく。


 呼吸するための酸素が無くなりかけていることに気付き、もうそろそろ抵抗のため動きだそうというタイミングで、救いの手が差し伸べられた。


「お、お母さん! な、なにやってるのよ!?」

「ぷはぁー! はあ、はあ、死ぬかと思った……」


 誰が言ったか知らないが、とある人物がこんな名言を残している。“女性の胸は凶器になる”と……。


 そうだ、今俺はヌサーナの大いなる胸の谷間にその顔を埋めさせられてしまっていたのだ。大事なことだからもう一度言うが、ヌサーナの胸の谷間に顔を“埋めさせられてしまっていた”のである。“られて”しまっていたのだ。……これじゃあ、三回か。


 とにかく、危うく窒息しそうになるところを宿の看板娘ムーナに救われた形となったのである。ありがとうムーナ。さようならムーナ。……うん? なんか、ムーナが死んだみたいな言い方だなこりゃ。


 息も整いかけたところで、厨房の方に気配を感じたので視線を向けてみると、この宿の主人であるムサーナの夫が腕を組みながら目を瞑ってこくこくと頷いている姿があった。


 おそらくだが、自分もムサーナの胸で窒息しかけた経験があるのだろう、差し詰め「わかる、わかるぞ少年。ムサーナの胸は気持ちいいが、その気持ちよさにのめり込みすぎると危ないんだ」みたいなことを考えているのが脳裏に過った。……柔らかかったのは認めるが、断じて気持ちよくなどはなかったぞ。断じてだ!


 そんな一幕があったが、いつも通り朝食を食べ今日は町の観光へと繰り出すことにした。


 改めて町の風景を眺めながら歩いていると、オクトパスがいなくなったことで以前の暗さが嘘のように賑わいを見せ、町は活気を取り戻しつつあった。


 今日も漁師たちは漁に出掛け魚を捕り、その魚を町の住人たちが購入していた。もう少し経てば、町は以前のように元通りになるだろう。


「おう、英雄様じゃねぇか! うちの魚持っていってくれ」

「じゃあもらおうかな。いくらだ?」

「町の恩人から金なんてもらえねぇよ。全部もってけ」

「それだと、採算が合わんだろう。じゃあ十分の一だけもらっていくとしよう」


 当然だが、昨夜の宴で目立ってしまったお陰なのかせいなのかはわからんが、町を歩けば声を掛けられてしまう。自分たちをオクトパスから解放してくれた恩人であるということを考えれば仕方のないことなのだとはわかっていても、こう引っ切り無しに声を掛けられたのでは、落ち着いて観光もできやしない。


 しかも、声を掛けてくるのは、一般の町の住人もいれば店を経営している住人もいて、自分の店で取り扱っている野菜だの食材だのを寄こしてくるのだ。君たち、昨日まで食べる物がなくて困ってませんでしたか? なぜ、昨日の今日でこんなに食材が出てくるんだ?


 さらには、マリントリルが港町ということもあって、職業分布図的に最も多い職業は言うまでもなく漁師なわけで、声を掛けてくる漁師ほぼ全員が今日捕ってきた魚を全部寄越してくるのだ。


 中には複数人の漁師で押し掛けてくることもあり、俺に魚を渡すという下らないことを巡って殴り合いの喧嘩にまで発展するケースも少なからずあった。


 公平を期すため、それぞれの漁師から十分の一ずつ魚を貰い受けるという対処を途中から取るようになったが、先ほども言った通りこの町の住人が最も多く職に就いている職業は漁師なのだ。


 一人の漁師が捕ってくる魚の漁獲量は、精々が二十匹から五十匹の中に納まる程度だろう。熟練の漁師ともなれば、百匹を超える猛者なんてのもいなくはないだろうが、そんな漁師はほんの一握りの人数しかいない。


 マリントリルの総人口をざっと見積もって二万人から三万人程度と仮定し、そのうちの十パーセントから十五パーセントが漁師だったとする。その数字で考えるのならば、どんぶり勘定にしたって二千人から四千五百人程度が漁師なのだ。


 漁師一人当たりの漁獲量を五十匹とし、その十分の一を貰い受けた場合、少なく見積もっても一万匹の魚が俺のストレージにぶち込まれることになるのである。


 漁師の人数を最大想定の四千五百人とした場合、実に二万二千五百匹にも及ぶのだ。……そんなに一度に捕ったら、お魚さん絶滅してしまいませんかね?


 もちろんそれも考慮して漁を行っていることはわかるが、それにしたって一人で抱え込む量としては過剰過ぎるのは明白である。一日三食魚を食べても、一万匹なら約九年分、二万二千五百匹なら二十年分以上の量となってしまうのだ。……俺、そんなに魚食えねぇよ。


 その他の食材にしたって個人が所持するには明らかに過剰な量なのだが、何故これだけの量がありながら困窮していたのかという疑問が浮かんでくることだろうとは思うが、その答えは何人目かの露店の店主が教えてくれた。


「今日の早朝、町のことを知った周辺の村や隣町から援助のための食材が届いたところだったんだよ。それでも一時しのぎ程度の量しかなかったんだけど、英雄さんがオクトパスをなんとかしてくれたお陰で、こうして商売が再開できるようになったって寸法さ」


「だから遠慮なく持っていっておくれ」と、続きの言葉をなんの躊躇いもなく言い放つ態度に気圧される形で、食材を受け取ってしまっていた。だが、俺としてももらってばかりではさすがの面の皮が厚い俺でも気が引ける……って誰が厚化粧だ! え? 誰もそんなこと言ってない?


「じゃあお返しにこれをもらっていってくれ」

「ひ、ひぃー。こりゃあ、オクトパスの足かい?」


 そう、せっかく大量に手に入れたのだからこのタイミングでオクトパス足を有効活用しようと考え、食材をくれた漁師や店の人間に配り歩くことにしたのだ。


 何故、前日の宴会の時に出さなかったのかという理由については、食べられるかどうか自分で確かめる暇がなかったということと、まだオクトパスに対しての恐怖心が残っている中、その体の一部を見せることでパニックになるのを危惧したためだ。


 オクトパスの脅威が去り、完全に恐怖心が消えた頃合いを見計らって出すのがベストだが、それまでずっと町にいるわけにもいかないので、このタイミングで出すことにしたのだ。


 町の人たちも、最初はオクトパスの足に驚いていたが、自分たちを苦しめた元凶が変わり果てた姿を見たことで、本当にオクトパスがいなくなったんだという安心感を与えることができたようだ。


 ちなみに、オクトパスの足が食べられることは宿の厨房で確認済みである。実際のところ前世で食べていた頃のタコと比較してみても何ら遜色ない味と食感だったので、これならばタコを使った様々な料理を楽しむことができるだろう。まずはタコ焼きからだな……うん。


 マリントリルの散策と、オクトパスの足の布教活動に勤しむことでその日一日を費やし、今日はそれで宿に戻って休むことにした。ちなみに、領主の報告については散策中に領主の使いの者が現れ、明日改めて報告するということになったことを付け加えておく。

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