ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

135話「悪魔の契約」



「お兄さま! お兄さま、お兄さま、お兄さまぁー!!」


 勢いよく俺に飛び込んできた妹ローラが、俺を呼びながら抱き着いてくる。これが他の女であれば、確実に避けているがさすがに血を分けた妹の抱擁を拒否するほど、俺は薄情な人間ではない。……言っておくが、俺はシスコンじゃないからな?


「ローラ。もういい加減離してくれないか?」

「くんか、くんか。わあーい、ロランお兄さまの匂いだ」

「……」


 ……妹よ、ちょっと見ない間に進んではいけない道に進んでしまっていないか? 兄とはいえ、男のスメルを嗅ぐのははっきり言って変態だぞ?


 ローラから何か危険な臭いを察知した俺は、早々にローラを引き剥がす。それに対して残念そうな声を上げながらも、視線はがっちりと俺を外すことなく俺に穴が開くのではないかと思えるほどに凝視しているのが気配で伝わってくる。


「さっそくだがマーク。父上のもとへ案内してくれ」

「はっ、そうでしたね。僕としたことが、兄さまの再会に舞い上がってました。こっちです」


 そこから、弟の案内に従って父がいる部屋へと向かう。案内といっても、十二歳まで住んでいた屋敷なので勝手知ったる何とやらだ。


 屋敷内の使用人たちは流行り病によって床に伏せっているのか、ほとんど見かけることはなかった。ちなみに、何故マークとローラの二人が病になってないのかというと、俺が屋敷を出ていく少し前にマークに対して「できれば、回復魔法の習得もしておいた方がいいぞ。疫病が蔓延したら領地が大変なことになるからな」というアドバイスを忠実に実行し、今回の病が流行する前に回復魔法の習得をしていたらしい。


 しかしながら、回復魔法のレベルが低く精々が病の進行を遅らせたり病に罹りにくくする程度の効果しかないため、病が流行し出した時にはすでに父ランドールは病気に感染していた。


 幸いなことに母クラリスとマークとローラの双子の兄妹は、感染する前だったためなんとか回復魔法で防ぐことができたが、ランドールは手遅れだったのである。


 父がいつも使っている寝室に行くと、そこには青い顔をしてうなされている父ランドールの姿があった。そこにはそんな父の姿を心配するように寄り添う母クラリスもいた。


「あら、マーク。どうしたのかしら? ……あなたは、ロラン。そう、マークから話を聞いて来たのね」

「父上の様子は?」


 父の容体を聞いたが、首を横に振るだけで詳しい内容は答えない。おそらくは、もう長くは持たないことをなんとなく察しているのだろう。だが、それは俺がこの場にいなかったらという注釈が付くからな。


「とりあえず、話ができる状態にしないといけないな。【ハイヒール】」


 ひとまず、父ランドールに意識を取り戻してもらうため、病気で失った体力を回復させる。すると、ランドールの瞼が開き意識が戻った。


「あ、あなた!」

「父さま」

「お父さま」

「んっんんー、お前たち。……ロランか。そうか、お前を追放したこの俺の姿を嘲りに来たか……」

「それもありますが、俺がここに来たのはあなたにある契約を持ち掛けに来たのです。悪魔の契約をね」

「悪魔の契約だと?」


 俺の言葉に怪訝そうな表情を浮かべながらも、その先の言葉を父は待っていた。ある程度間が開いたので、俺は父にある交換条件を持ち掛けることにした。


「今ここで父上が死ねばどうなるかはわかっていますね? まだ成人していないマークでは、マルベルト家を継ぐには早いと判断され、他の貴族が後見人として領地経営に口を出してくるのは目に見えている」

「……わかっている」

「であれば、あなたはここで死ぬわけにはいかない。そして、俺の都合としても今父上……ランドール・フォン・マルベルト男爵閣下に死なれては困るのだ。なら、交換条件といこうじゃないか」

「交換条件だと?」


 俺はランドールにある条件を提示した。それは、彼の病気を治す代わりに俺がマルベルト家の長男であるロランを次期当主候補の座から外し、次男のマークを候補にしたことを公の場で公表してその旨を書かれた書状を国王にしたためること。
 そして、追放となった俺をマルベルト家に連れ戻そうとしないこと。この二つの条件を対価として彼の病気を治すことを提案したのだ。


 実のところ、俺が追放処分となったことは風の噂程度には広まっているものの、それはまだ噂の域を出ていない状況であり、マルベルト家も体裁が悪い話であるため公の場での言及は避けていたのだ。


 だからこそ、情報が独り歩きしてしまったことで、マルベルト家の長男は現当主によって次男を次期当主にする策略で殺されただの、長男が正体不明の謎の呪いに掛かり見た目が化け物になってしまったという根も葉もない噂が出る始末であった。


 マルベルト家としても、折を見て俺を追放したことを公表する準備を進めてきたが、これというタイミングがなく、結局長男追放の公表が遅れてしまっていたのだ。正当な理由とはいえ、通常長男を追放し次男に次期当主の座を譲るというのは、とても稀有な事例であるため、いろいろと良からぬ噂を立てる者も少なくはない。その噂をできるだけ払拭する意味でも、今回の追放にはちゃんとした正当な理由があるということを強調した上で、誰もが納得する方法で公表したい狙いがあった。


 そうこうしているうちに領内で流行り病が発生してしまい、公表どころの話ではなくなってしまっていたというのが、今回の事の顛末だ。


「あんたの病気を治す代わりに俺を追放したことを公表し、俺をマルベルト家へ連れ戻すような真似をしないと誓えば、まだ幾ばくかの人生を歩ませてやるが……どうする?」

「……お前に、この病気を治す手段があるというのか?」

「でなければ、この条件自体が成立しないだろう?」

「……」


 しばらく、沈黙がその場を支配する。頭の中でいろいろと何かを整理しているのだろう。そして、整理も終わったのか一つ息を吐き出すと、ランドールが返答する。


「わかった。その条件を飲もう」

「じゃあこの契約書にサインしてくれ」

「これは……」

「【デスコントラクト】、死の契約書だ。ある条件を提示し、その条件が破られた場合サインした者の命をもって償うという強制力を持った契約書だ。俺が提示した条件を必ず守るというのなら、これにサインしろ」


 俺が魔法によって作り出したデスコントラクトにランドールがサインをする。衰弱しているため、書き終わるのに時間が掛かったが、なんとかサインをした。これで俺の条件が破られた場合、ランドールが死ぬことになる。


「よし、これで契約は成立した。今から治療を始める」


 そう宣言したあと、俺は魔法を唱えた。

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