ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

閑話「大賢者と呼ばれた似非少女の用事」



 時は少し遡り、ローランドと別れた現代を生きる大賢者は、とある場所へと向かっていた。。


 ~ Side ナガルティーニャ ~


 愛しい愛しい愛弟子のローランドきゅんと別れたあたしは、瞬間移動を使ってある場所へとやってきた。本当なら、ダンジョンに籠って一人優雅な引きこもりスローライフを堪能したいところだったけど、何やら魔族が怪しい動きをしていたため、ここ数年しばらく様子を窺っていたのだが、どうやら人間の領域を再び犯そうとする動きだったらしい。


 今から二百五十年ほど前に、先代魔王を完膚なきまでに叩きのめして以来、自分たちの領域に引っ込み大人しくしていた魔族たちが再び悪さをしようとしていることに、若干の苛立ちと自分の警告がそのたった二百五十年という短い時間しか持たなかったことに失望する。


「なぜそこまで恐れる必要があるのです! 相手はたった一人の人間ではありませんか!!」

「その一人が問題なのだ。あれと直に対峙していないお前はわからないだろう。あれはもはや人間ではない天災だ」


 そこはまるで城の最奥部にある玉座の間のような場所で、一見どこかの人間が治める国の王城だと一瞬思うが、飾られている調度品や彫刻が禍々しいオーラを放っているため、その考えが間違いだということを教えてくれる。


 そんな負のオーラが漂う場所で、その雰囲気を気にした様子もなく二人の物が何やら言い争いをしている。こんな普通じゃない場所で言い争いができる者は、それこそ魔に属する者――それもかなり高位の存在であると大抵の者はその結論に至る。


 そして、その例外に漏れずあたしもその結論に至り、玉座に座っている一人の男性魔族を見やる。その顔には見覚えがあり、どこで見たのかと昔の古い記憶を辿ってみると、ある男の記憶がヒットする。


 かつて魔族が人間を支配下におこうと侵略してきた時に、先代魔王の息子としてあたしに敵対してきた男だったはずだ。たしか、名前はベリアルと言ったかな? 最近歳のせいか、物覚えが悪くなっている気がする。え? 二百五十年前のことを覚えている方がどうかしているだって? ……それもそうかもね。


「確かに奴は強いかもしれません。ですが、我ら魔族全員で掛かればいくら厄災の魔女とてただでは済まないはずです」

「あれあれー、随分と楽しそうな話をしているじゃないかい。あたしも混ぜてもらおうかね」

「……ナガルティーニャ」


 気配を消して二人の話を聞いていたあたしが、目の前に姿を現すと、ベリアルに食って掛かっていた男は目を見開き、対するベリアルは苦虫を噛み潰した歪んだ顔を張り付けている。両者の中での感情の違いを観察していると、ベリアルよりも先に男の方が話し掛けてきた。


「貴様が厄災の魔女ナガルティーニャだと? ただのガキじゃないか。このような他愛もない相手に魔族のお歴々共はビビッてたってぇのか?」

「おい、小僧。その呼び方は感心しないねぇ。あたしはこれでも人間からは大賢者と呼ばれているんだ。口の利き方には注意した方がいい」

「はんっ、これではっきりしたぜ。厄災の魔女などただの御伽噺の法螺だってことがな!」


 男の言葉に多少の苛立ちを覚えたが、それよりも先にこんな何も理解できていない世代が出てくるほどの年月が経過していたのかと、自分自身がそれだけ長い年月を生きてきたことを実感させられる。そんな取り留めのないことを考えていると、焦った様子でベリアルが男の行動を窘める。


「やめるんだグリゴリ! 相手が誰かわかっているのか!?」

「ただの生意気な小娘ですよ。今それを証明してみせましょう!」

「よせ! ナガルティーニャに手を出してはならん!!」


 ベリアルの制止も聞かず、突如として突撃してきたグリゴリと呼ばれた男の拳が目の前に迫ってくる。デカい態度を取るだけあって、かなりのパワーとスピードを持っているようだ。


「ぐはっ」


 グリゴリの勢いある拳があたしの顔にめり込み、そのまま宙へと投げ出される。その勢いは止まることなく、建物の壁に激突することでようやくその勢いが止まった。それを見たグリゴリが高笑いを浮かべながら、不遜な態度で言い放ってきた。


「はーはっはっはっはっ、どうだ! 厄災の魔女恐るるに足らず。やはり厄災の魔女などただの伝承に過ぎないのだ!!」

「愚か者め! お前の後ろを見てみろ!」

「一体何を言っているのですか魔王様。俺の後ろには誰もいな――な、なに!?」


 グリゴリが見たものは、先ほど壁に激突したあたしの姿だった。壊れた壁は元に戻っており、まるで何事もなかったかのように佇むあたしを見て驚くグリゴリに、あたしは呆れた態度で言ってやった。


「この程度の幻術も見破れないのかい? やれやれ、魔族の質も地に落ちたようだねベリアル」

「貴様ぁー!!」


 あたしの安い挑発に頭に血が上ったグリゴリが再び突っ込んできた。まったく、馬鹿の一つ覚えみたいな攻撃があたしには効かないってことがわからないのかい?


 そんなグリゴリに対し、あたしは奴の懐に入り込みトップスピードに乗った相手のおでこに親指に引っ掛けた中指をパチンと弾いてやった。俗に言うデコピンってやつだ。


「ぐぁぁぁあああああ」


 可愛くないだみ声を上げながら、今度はグリゴリの体が宙に舞う。そして、先ほどのあたしが見せた幻術と同じ結果が今度は本当に再現され、建物の一部を壊しながら壁に激突した。


 あたしが本気でデコピンを放てば、相手の首を弾き飛ばして爆散させることは訳ないが、こいつにもわからせてやらねばならない。あたしがなぜ魔族たちに【厄災の魔女】と呼ばれているのかを……。


「ところで、ベリアル。最近小耳に挟んだのだがね。何やら魔族が人間の領域にちょっかいを掛けようとしているらしいじゃないか?」

「そ、それはただのデマだ。現に人間たちには魔族の被害が出ていないじゃないか?」

「それは、あたしのローランドきゅ……弟子が、あんたの部下の侵攻を防いだからだろう? ネタは上がってるんだ。このあたしをごまかすのは、あたしの怒りを買うだけだからやめた方が賢明だと思うがね?」

「……」


 そう言い放つと、さらに顔を歪め押し黙ってしまう。何か言ってやりたいが、反論の言葉が見つからないといったところなのだろう。あたしが続けて言葉を口にしようとしたところ、崩れた壁の破片から何かが飛び出してきた。グリゴリである。


「うおおおおおおお」

「やめろ、やめるのだグリゴリ!!」

「やれやれ、小僧には少しお仕置きが必要なようだね……」


 そこから、あたしの一方的な攻撃が始まった。最初は抵抗を見せていたグリゴリも、終わり頃にはまったく抵抗の素振りを見せなくなり、ただあたしの攻撃が終わるのを待つのみとなっていた。


「も、もうやめでぐだざい……もう、ざがらいばぜん」

「まったく、若いっていうのはどうしてこうも血気盛んなのかねー? 後先考えないっていうのも困りもんだと思わないかい?」

「……」


 あたしの投げ掛けに、言葉を失ったベリアルからの返答はなかった。こうして、厄災の魔女の脅威を知ったグリゴリは、ベリアルが呼んだ衛兵に連れて行かれ、牢屋にぶち込まれることになった。


「グリゴリを殺さないでくれたことに感謝する。そして、グリゴリの起こした行動についてここに深く謝罪する」

「別にいいさね。あたしはただあんたら魔族が、人間の領域に侵攻しようとしているって話を聞いたから、釘を刺しに来ただけなんだから」

「……っ!?」


 あたしがそう言い終わった瞬間、あたしは体に魔力を纏わせ威圧を込める。そのあまりの圧力にベリアルの顔に汗が滲んでいるが、その程度で済んでいるあたりさすが今代の魔王といったところだと感心する。


「今後魔族が人間の土地を侵略しようというのなら、前回と同じようにこのあたしが立ち塞がることになるから、覚悟を持って侵略してきた方がいい。以前は魔王だけ討ち取ってやったが、次は魔族そのものを根絶やしにしてやる。そのこと、ゆめゆめ忘れる出ないぞ? 先代魔王の息子ベリアルよ」

「ぐっ……」


 さらに威圧を込めると、体を折って苦しみ始めたところで威圧を解いてやる。肩で息をしながら、解放されたベリアルを見下ろしながらあたしは再度釘を刺す。


「あたしの用事はそれだけさね。じゃあ、精々頑張って、魔族を絶滅させないよう日々精進することだね。あたしはこれで失礼するよ」


 そう吐き捨てるように言い放ち、あたしは瞬間移動で玉座の間を後にした。一人になったベリアルが、怨嗟の念を込めながらぽつりとつぶやいた一言が、虚しく玉座の間に響いた。


「おのれ、魔女め……」


 それは厄災の魔女がいる限り魔族が人間を支配することはできないことへの苛立ちか、はたまた理不尽な力の前に屈するしかない己の不甲斐なさからくる遺憾の念によるものなのか、それともその両方なのかは本人以外のあずかり知らぬところではあるものの、これ以降魔族が悪さをするという話が出ることはなく、のちの後世までナガルティーニャこと厄災の魔女の御伽噺は、実在した本当の話として語り継がれることになるのだが、それはまた別のお話である。

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