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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

129話「慈善事業、始めました」



 国王との話が終わり、何か珍しいものはないかということで、俺は市場に出向いていた。時刻はまだ昼を少し過ぎたというところで、市場は未だに活気に溢れている。特に食べ物を提供する屋台や飲食店などは、昼時ということもあり、賑わいを見せており混み合っている。


(お、あいつまたやってんな)


 そんな光景を見ながら市場を散策していると、見知った気配を感じ取った。その気配の主は、さり気なく俺に近づきすれ違い様に俺の懐に入り込もうとしたが、前回と同じように片腕を抑え込んで空いているもう片方の手で顔の頬をぐにゃりと掴んでやった。


「ふぁ、ふぁにをふふ」

「何言ってんのかわかんねぇぞ」


 たぶん「何をする」と言いたかったのだろうが、頬を掴まれているためちゃんとした発音ができなかったと推察する。ふがふがと抗議の声を発する相手に対し、俺は素直に手を放してやった。


「よう、また会ったな」

「な、なんだよ! 前にもらった中銀貨なら返さないぞ!」

「何の話をしてるんだお前は? それよりも、お前が住んでいる孤児院に案内してくれ」


 俺が頬を掴んで拘束した相手は、この王都にやってきた頃に俺から金目の物を掏ろうとしていた少年であった。どうやら、また俺から掏ろうとしたらしい。懲りんやつめ。


 俺が孤児院に案内してほしい旨を伝えると、明らかに目を泳がせながらたどたどしい口調で取り繕い始める。


「な、なななんのことだよ? お、俺様は孤児院なんてところに住んでねぇよ!! 路上暮らし――イタッ、な、なにすんだ!!」

「そういうのいいから。早く案内してくれ」


 俺は少年のごまかしに耳を貸さず、頭にチョップを落として途中のプロセスをすべて省略し、こちらの要求だけを伝えた。だが、少年も素直に俺の指示に従うわけもなく、反抗的な態度を取り続けている。……殺すか? いやいや、それじゃあダークヒーローになってしまう。俺は今から慈善活動を始める人間なんだ。そんな人間が悪の道に手を染めてはいけないな……うん。


「あ、あのー!」

「だから、俺は孤児院に用が……って、君らは確かあの時の」


 そこにいたのは、以前俺が食べ物を与え、掏りの少年と同じく中銀貨一枚を与えた幼い姉弟の二人であった。こちらの様子を窺うような気配には気付いていたが、まさかこの二人だったとは思いもしなかった。


「お兄ちゃん、孤児院に用があるの?」

「ああ、そうだ。場所を知ってるか?」

「うん、あたしが案内してあげる。ついてきて」

「お姉ちゃん、いつもと感じが違う――」

「あ、あんたは黙ってなさい! はっ、こ、こっちだよ」


 などという一幕があったものの、とりあえず彼女たちの案内で孤児院にたどり着くことができた。ちなみに、最初に案内を頼んだ少年はこの姉弟と顔見知りで、結局のところ少年もまた孤児院にお世話になっているらしい。


 姉弟の姉の名はチコという名で、掏りの少年はバドという名だ。孤児院での生活や、普段どんなことをしているのか適当な話をしながら彼女らの話を聞いていると、決して余裕のある暮らしではないことが見えてくる。


 さて、そんなこんなで孤児院にたどり着いたが、孤児院で一体何をするのかといえば……慈善事業である。以前国王に確認した内容を話すと、孤児院に出している支援金が誰かに横領されていないかという話をし、確認を取ってもらったところ、やはりというべきか誰かが本来孤児院に使うはずの資金を横流ししていた形跡が発見されたのだ。


 それが原因で孤児院は満足に運営ができず、街のいたるところに孤児が溢れる結果となっていたのである。幸い俺が出会った姉弟や少年は孤児院に入っていたが、まだ多くの孤児たちが孤児院の保護を受けられない状況にある。


 前世の俺はごく一般的な家庭で育ち、会社でそれなりの地位の人間にまで上り詰めたが、募金などの慈善事業と呼ばれるものに関しては一切関わってこなかった。他人に興味もなければ、自分のことで精一杯だったということもそうだが、それがどこか当たり前だと感じていた。


 今生は自分に余裕が出てきたら、少なくとも自分の目の届く範囲の人間にはある程度幸せでいてほしいという、欲のようなものが湧いてきてしまっていたのだ。他人のためにどうこうというよりも、自分が気楽に余裕の持った生活を送るため、他の誰にも後ろ指をさされない状況を作り上げたいという考えに至ったのである。


 当然だが、目に入るすべての人間を助けるほど俺は善人でも傲慢でもない。だが、少なくとも未来の可能性を秘めた子供くらい幸せになっても、罰は当たらないのではと思えてしまうのだ。


 こういったことは、しがらみや自分の足を引っ張る枷になりかねないものであるが、それでもその程度の枷で俺の歩みを止められないと思っているし、こんな些細なことも解決できないようなら俺はそこまでの人間であるとも思っているのだ。


 だからこそ、前世でできなかったことでもあり、生活にある程度の余裕が出てきた今生で、やってみたいことである慈善事業を始めようと考えたのだ。


 正直な感想としては、自己満足だとか偽善だとかそういった自分本位な活動かもしれないが、それで困っている人が一人でもいなくなれば、それで救われる人間がいるのであれば俺はそれでいいと思う。


 孤児院は支援金が途絶えていることもあって、改装に手が回らず建物は荒れていた。今にも崩れてきそうな雰囲気だが、不思議と崩れてはいない。


 内装は、教会のような講堂と主に寝る場所として使っている寮のみで、他には小規模の台所と事務作業を行うための小さな執務室に孤児院を管理する人間の部屋だけであった。


 建物以外には少し余裕のある空き地があり、広さとしてはグレッグ商会の土地よりも広く、俺が住む王都の屋敷よりも狭いというそれなりの広さがあった。


「シスター、お客さんを連れてきたよ」


 チコの案内に従って孤児院に入ると、五十代の修道女のような格好をした中年の女性が出迎えてくれる。優しい温和な雰囲気を持った女性だ。


「初めまして、私はこの孤児院を管理しておりますシスター・レリアンヌと申します。あの、うちの子たちが何かしましたでしょうか?」


 俺を見て孤児院に入りたい子供ではないことをすぐに察した彼女が、丁寧な口調で自己紹介をしてくる。であれば、こちらもそれなりに応えねばなるまい。


「お初にお目に掛かる。俺はローランドという冒険者をやっている者だ。ここに来たのは、この孤児院を支援したいと思ってな」

「支援……ですか?」

「そうだ。この孤児院がもらっていたはずの国からの援助金が打ち切られたと聞いてな。微力だが、何かできないかと思ってここに来たんだが」

「そうだったのですね。ありがとうございます。失礼ですが、いくら冒険者とはいえ孤児院一つをどうにかできるだけのお力は――」

「それについては考えてある。ひとまず、全員を集めてくれ」


 レリアンヌにそう指示を出すと、俺はストレージから昼食の準備をし始める。半信半疑の彼女だったが、俺の指示には従ってくれるようで、孤児たちに声を掛けてまわり始めた。そんな中、俺に声を掛けてくる人物がいた。


「あなたは誰? 孤児院に入りたいのかなー?」

「いやっ、俺は……なっ!?」


 俺は声を掛けてきた人物の姿を見て驚愕した。見た目は二十代の若い女性で、レリアンヌと同じく修道女のような服に身を包んでいたのだが、レリアンヌと絶望的に違っている点が一つあった。それは、彼女の服を押し上げる二つの巨大な胸部装甲であった。


 レリアンヌも年齢の割にはそれなりの大きさを持ち合わせているのだが、彼女のそれは比べ物にならないほど巨大であり、彼女が身に包んでいる修道女風の服を今にも突き破ってきそうなほどであった。


(馬鹿な、G……いや、H……もっと上がるだと!? ……胸部装甲レベルK……だと。嘘だろ? 今まで出会った宿の女将たちを超えるというのか!?)


 頭の中で、某漫画に出てくる戦闘力を測る機器のような英数字がピコピコと機械のように動いている描写を想像しながら、目算で彼女の胸部のレベルを測定する。ちなみに、男という生き物には生まれながらにして、女性の胸部装甲の大きさを自動で測定する能力が備わっていることをここに追記しておく。まあ、冗談だが。


 彼女の胸部装甲はそんじょそこらのものとは違い大きいだけでなく、形もしっかりとしている。宿の女将たちのそれも大きく形の整っていたものであったが、彼女のそれはさらに輪をかけて形や輪郭が完璧に整っている。まさに男にとっての理想的な胸部装甲であるといえる。


「どうしたのかな?」

「なんでもない。俺はローランド。冒険者をやっている」

「私はシスター・イーシャ。この孤児院で子供たちのお世話をしているわ。よろしくね、小さな冒険者さん」


 巨大な胸部装甲を持つイーシャとの自己紹介を終えると、レリアンヌが子供たちを集め終わっていた。そのタイミングでストレージから料理を取り出し、子供たち一人一人に配膳していく。レリアンヌもイーシャもその光景に戸惑いながらも、子供たちが喜んでいる姿に半ばなし崩し的に納得した形となった。


「子供たちよ。俺はローランドだ。冒険者をやっている。とりあえず、詳しい話は食事のあとということで、遠慮せずに食べてくれ」


 俺の言葉に戸惑いながらも、どうすればいいのかわからない様子の子供たちに、レリアンヌが「せっかくのご厚意ですからいただきましょう」と鶴の一声を発したのを皮切りに、子供たちが料理に手を付け始める。


「何これ、美味しー」

「もぐもぐもぐもぐ……」

「うっめっぞ」

「こんな美味しいの初めて」


 初めて食べる味に、子供たちは無我夢中になって料理を口にし、気付けば全員が完食していた。中には物足りない子供も見受けられたので、俺が作った自家製のパンを出してやった。


 食事も終わりようやく落ち着いたので、俺はこの場にいる全員にとある提案をするため、説明を始めることにしたのだった。

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