ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

124話「弟子入り志願、再会、そして友達宣言」



「それでは、オラルガンドにて魔族の撃退を為したAランク冒険者ローランドに、ミスリル一等勲章を授与致します」

「有難く、頂戴します……」


 恭しく勲章を受け取った俺は、そのまま胸の辺りにそれを装着する。あれから、つつがなく勲章の授与式が行われ、結局のところ断る隙もなく半ばなし崩し的にミスリル一等勲章を受け取る羽目になってしまった。


 おそらくだが、元からミスリル一等勲章と子爵位と領地を授ける予定だったが、俺が爵位と領地の受け取りを拒否したため、せめてミスリル一等勲章だけは何としても受け取ってもらわなければならなかったのだと予想を立てた。


 それが証拠に、急遽決まったにしてはすぐに現物の勲章が出てくるのもおかしいし、授与を担当した宰相もまるであらかじめ練習していたかのような淀みのない受け渡し文句だった。


 そんなことを考えていると、急に周りの貴族が騒ぎ出した。どうやら、俺が模擬戦で吹っ飛ばしたハンニバル近衛騎士団長が目を覚ましたらしい。


「うーん、ここは……そうか、俺は敗れたのだな」

「気が付いたようだな、ハンニバル近衛騎士団長」

「国王陛下……」


 起き上がったハンニバルに、声を掛ける国王。国王に声を掛けられたハンニバルの顔には、いろいろな感情が織り交ざっていた。おそらくは、この国を代表する騎士として敗北したことや、俺を見た目で判断し侮ってしまったことなどいろいろと推測することはできるが、実際のところを言えばどれに当て嵌まるのかは本人であるハンニバルにしかわからない。


「小ぞ……いや、ローランド殿。先ほどは失礼した。この非礼は俺の命をもって償わせていただ――」

「そんなものは必要ない。それに、あんたはこの国最強の騎士だ。その肩書は、決して軽いものじゃないはずだ。あんたの命は、もはやあんただけのものじゃない。国民や部下である騎士、そして護衛対象である王族などあんたが背負っているものはとてつもなく重い。それを忘れるな」

「ローランド殿……俺の不躾な願いを一つだけ聞いていただけないだろうか?」

「なんだ?」


 いきなり改まって話し始めるハンニバルに、どことなく嫌な予感と既視感を抱きながらも、間違いであってくれと淡い期待を込めつつ彼の頼みとやらを聞いてみた。だが、悪い予感というのは万国共通ならぬ万世界共通なのかと言わんばかりによく当たるものであるからして……。


「俺を弟子にしてく――」

「断る!」

「何故だ、師匠!?」

「誰が師匠だ! お前を弟子にする気はない!!」


 やはりというべきかなんというべきか、このパターンはどことなく予測ができていたが、まさか本当にこうなるとは思わず、国王との謁見中にもかかわらず取り乱してしまった。


「コホン、ハンニバルよ。気持ちはわからぬでもないが、今は公の場だということを理解すべきではないか?」

「はっ、申し訳ございません」

「よい。では、ローランド殿。改めて、此度のオラルガンドの一件大儀であった!!」

「勿体なきお言葉にございます」

「これにて今回の謁見を終了とする。ローランド殿は、このあとまだ話が残っているので、陛下の執務室までご足労願いたい」


 謁見中にもかかわらず、私情で行動するハンニバルを国王が諫める。そして、改めて俺の功績を労ったのち波乱(?)の謁見は無事かは正直微妙なところだが、終了した。最後に宰相からの言葉があり、俺はそのまま給仕服に身を包んだメイドの案内で国王が普段政務に取り組んでいる部屋に案内されることになった。


「ちょっといいか」

「はい、何でございましょうか」


 メイドに案内されている道中、どこかで感じたことのある気配に気づいた俺は、メイドにトイレに行きたくなったと告げ、来客用のトイレに案内してもらうことにした。外にメイドを待たせ、一番奥のトイレで用を足していると目的の人物がやってきた。


「久しいな、ロラン。いや、今はローランドと名乗っていたな」

「こちらこそ、お久しぶりですね。バイレウス辺境伯閣下」


 そこに現れたのは、かつてマルベルト領の隣の領地を治める領主のバイレウス辺境伯だった。なぜ彼が自分の領地からこの王都にいるのかと思ったが、何かの報告のついでなのだろうと当たりを付け、本題に入ることにする。


「俺に何か用ですか?」

「その喋り方はやめてくれ。別にへりくだらなくても構わない」

「なら、遠慮なく。俺に何の用だ?」


 バイレウス辺境伯の言葉に、俺は遠慮なくいつもの口調で問い掛ける。すると、バイレウス辺境伯の顔が困ったようなやれやれといった苦笑いを浮かべる。その意図に俺が内心で困惑していると、その顔の理由を話し始めた。


「まさか、マルベルトのドラ息子と呼ばれていたお前が、今やミスリル一等勲章をもらうほどの英雄になろうとはな……どうやら見誤ったようだ」

「気にすることはない。そうなるように仕向けたのは俺だしな。父や母ですら、その策略に気付かなかったんだ。他人のあんたがそれに気付けないのは道理だと思うが?」


 俺の言葉に一瞬ポケっとした顔を浮かべると、その言葉を理解したバイレウス辺境伯が高笑いをしながら俺の言葉に同意する。


「それはそうだが、俺があの時お前の策略を見破っていればと思うと、悔しさが溢れてくるのだ。我が娘ですら、お前の正体に気付いていたというのに」

「娘? ああ、確かあんたと一緒にマルベルトにやってきた女の子か、確か名はローレンと言ったな。何のことはない。あの子には少しこちらの事情を話して協力してもらったからな。俺の本質に早い段階で気付いていただけだ」

「そんなことがあったとは……つくづくもって自分の観察力のなさに嫌気が差す」


 かつてバイレウス辺境伯が、視察のため一度マルベルト領を訪れた時があった。その時辺境伯と共に、一緒にやってきていたのがバイレウス家の長女ローレンだった。とあることがきっかけで、こちらに協力してもらうことになったのだが、あれ以来会っていない。元気にしているだろうか。


 そんなことを考えていると、バイレウス辺境伯が俺の父ランドールについて語り始めた。


「それにしても、今のお前をランドールが知ったらさぞや驚くだろうな」

「父にはこのことを?」

「いや、どうせ言ったところで信じまい。実際この目で見た俺ですら今も信じられんというのに、見ていないランドールであればなおのこと信じないだろう」


 まあ、たとえ父が俺を連れ戻そうと画策したとしても、もはやマルベルト家を追い出されたことは近隣の貴族たちには風の噂で広まっているだろうし、ドラ息子だった俺が功績を上げたからという理由で連れ戻すとなれば、他の貴族たちにあらぬ噂を立てられてしまう。


 貴族が一度取り決めたことを反故にするというのは、それこそ信用問題に関わることだ。それに加え、貴族としての矜持にも傷が付く行為であるため、俺がここまで出世したとしてもそう簡単に連れ戻すことはできないのである。


「ロランよ。これからお前はどうするのだ?」

「どうとは?」

「貴族のしがらみから逃れ、この国の英雄としての地位も手に入れた。そんなお前が次は何を望むのかと思ってな」


 バイレウス辺境伯に問われて、今一度考えてみる。確かに、マルベルト家の跡取りとしての役目を弟に押し付けることに成功し、自身は追放処分で貴族としての責務から解放され、成り行きとはいえ魔族を撃退できるだけの力と誰もが認める英雄としての地位を手に入れた今、そんな大人物が次何をするのかはっきり言ってしまえばわからないの一言に尽きる。


「そうだな……いろんな国を旅して色んなものを見て回るのも悪くないかもな」


 俺の返答に再び大きな高笑いを上げると、もうこれ以上は話すことはないとばかりにトイレの出口に向かって歩いて行く。しかし、何かを思い出したように「そうだ」と一言呟くと踵を返して爆弾を投下していきやがった。


「うちのローレンだが、バイレウス家を継いでお前を婿にもらうとか言っていたぞ」

「は?」

「その言葉を聞いた時は娘の正気を疑ったが、今はその言葉がまともだったのだと思える。気を付けろよロラン。うちの女どもは、一度惚れた男を逃すなどということはしない。かくいうこの俺も、妻に猛烈に押し切られてしまって俺を逃がしてくれなかった。だから、これは忠告だが、気を付けることだ。じゃあ、またどこかで会おう」

「……」


 おいおいおいおい、おっさん。なんて情報を去り際に落としていくんだ! この俺を婿にだと!? ふざけるなよ。そんなものは断固拒否だ。


 また新たな波乱の予感に嫌気が差しながらも、今は目の前の問題を解決するべく、俺は国王の待つ執務室へと向かった。


「失礼いたします。ローランド様をお連れしました」

「入れ」


 メイドの案内に従って執務室へとやってきた俺は、ソファーにどかどかと座ると開口一番に言い放ってやった。


「それで、用というのはなんだ?」

「貴様、国王様に向かってそのような口の利き方はなんだ!!」


 そこにいたのは、謁見の時に国王の側に控えていた宰相と、先ほど模擬戦で俺がワンパンした近衛騎士団長のハンニバルだ。俺の言葉遣いに宰相が怒号を上げる中、ハンニバルはそれがさも当然であるかのようにただ首を縦に振り頷いている。……ハンニバルよ、そのリアクションは一体なんなんだ?


「先の謁見では、他の貴族や公の場ということを考慮してそちらの作法に合わせただけだ。本来ならば、あのような態度を取ること自体あり得ないということを理解しろ」

「貴様ぁー」

「構わん」


 宰相の怒鳴り声が部屋に響き渡る中、重厚感のある落ち着いた声が響き渡る。言わずもがな、国王の声だ。部屋にある唯一の執務机の椅子に腰を下ろしており、その顔には苦笑いを浮かべていた。


「し、しかし陛下。この国を治める国王様に向かってこのような態度。宰相として見過ごすわけには参りません」

「別に師匠ならよいのではないか? バラセト殿?」

「ハンニバル近衛騎士団長は口出ししないでいただきたい」

「ところで、なぜ俺をここに呼んだんだ? 謁見は終わったんだから帰ってもいいだろ?」


 バラセトと呼ばれた宰相の言葉を完全にスルーし、俺はここに呼ばれた理由を早く説明しろという雰囲気を醸し出しながら国王に問い掛ける。その間もハンニバルとバラセトとの間で、俺が国王にタメ口を聞いていいかどうかの議論が行われていた。


「うむ、それなのだが。謁見で言っていた恩賞金の大金貨五百枚を渡そうと思ってな。ハンニバル、あれをローランド殿に」

「だから、この俺を打倒した師匠であれば、陛下と対等にするなど極々当たり前で――はっ、承知しました」


 議論に気を取られているかと思ったが、流石に国王の言葉は聞き逃さないようで、すぐさま国王の指示に従い動き出すハンニバル。そして、俺の目の前に大金貨の詰まった袋がどんと置かれた。一応確認した方がいいのかもしれないが、別に大金貨五百枚をもらったところで今の生活レベルを上げたりしないので、確認することなくストレージにぶち込む。


「確かに受け取った。で? それだけじゃないんだろう?」

「ははは、わかるか?」

「当たり前だ。ただ金を渡したいだけなら、他の部屋で行えば済む話だ。それをわざわざこんなところでやるということは、金を渡す以外に何か別の目的があるという考えに至るのが道理だろう」

「さすが師匠! そこまで見抜いておられるとは」

「おい、さっきから師匠とか言ってるが、俺はお前の師匠じゃないから俺を師匠と呼ぶな」

「何を言ったところで無駄です師匠。俺はもうあなたを永遠の師と仰ぐことを心に誓ったのですから!!」

「誓うな!」


 まるで、若手芸人のようなコントが繰り広げられる中、そこに宰相が俺の言葉遣いを正そうと参戦してきたことで、さらに事態がカオスな状況に陥ったのは言うまでもない。


 とにかく、一度冷静になり改めて国王から話を聞いてみた結果、国王が俺に何を求めているのかということを簡潔に表すと、要は俺と友達になりたいということであった。


「国王というのはな、大抵の人間から敬われ尊敬される人物だ。だが、それと同時に孤独な存在でもある。自分が本当に正しい道を選択しているのか、忌憚のないまっすぐな意見をぶつけてくれる存在……友が欲しいのだ」

「それが俺だと?」


 俺の言葉に、ゆっくりとした動作で国王が頷く。確かに国王の言っていることは正しく、為政者という存在は尊敬や場合によっては畏怖されたりもするため、基本的に家族以外の人間で対等に接しようとする存在は皆無だろう。小さい頃から友役として有力貴族の子供が取り巻きになることがあり、かくいう宰相のバラセトがそれにあたる。


 だが、それでも上下関係がはっきりとしているため、結局のところ自分の意見に異を唱えることはなく、ほとんどイエスマンに成り下がっているのが現状だ。


 周囲の人間が自分を肯定してくれるのはいいことのように思えるが、自分が間違った道に進んでいた場合それを正してくれる存在がいないというのは存外に困るのだ。


「まあ、友になることに異存はないが、ちゃんと馬鹿な貴族が俺に絡んでこないように対処できるんだろうな?」

「もちろんだ! だから、俺と友達になって欲しい!!」

「こ、国王陛下!? な、何もそこまでしなくとも!!」


 ただ友達が欲しいという理由だけで、国を治める国王が頭を下げることに驚愕するイエスマンのバラセトに対し、何が奴をそこまでそうさせるのか「さすが師匠です」と再び首を縦に振り、うんうんと頷くハンニバルのコントラストが何とも異様な光景を生み出していた。


「まあ、こちらとしては問題はない。お前の友になってやろうじゃないか」

「本当か!? 感謝する」

「で、さっそくだが、小言というか確認してほしいことがあるんだが……」


 俺は気になっていた案件を国王に伝え、他愛のない雑談を二言三言ほどし、執務室をあとにした。執務室での出来事にタイトルを付けるなら、これしかないだろう。【国王と友達になってみた】である。

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