ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

123話「模擬戦と褒美の交渉」



「お前が、魔族を撃退したという小僧か? 随分と小さいじゃないか」

(いや、あんたがデカいだけだよ……)


 目の前に対峙する男は、身長百九十を軽く超えるほどの巨躯をした巌のような男であり、百六十そこそこしかない俺と並べばそのデカさが特に際立つ。先ほど小さいと言及したが、日本人の十二歳男子の平均身長は百五十前半くらいで、この世界でもいいとこ百五十五が精々だ。


 そんな中、日本人男子から見てもこの世界の男子から見ても、平均以上の身長を持ち合わせている俺が小さいのではなく、現在進行形で対峙している目の前の熊のような男の背がデカすぎるという結論に至るのは、極々自然なことだと言えるのではないかと思うのだが、どうだろうか?


「シェルズ王国近衛騎士団長ハンニバルだ。先に言っておくが、模擬戦とはいえ手加減するつもりはないぞ?」

「ローランドだ。冒険者をやっている。それについては問題ない。早く始めてくれ」

「なに? 抜かんのか?」


 模擬戦の催促を俺がすると、怪訝な表情で俺を見ながら聞いてくる。今回国王に謁見するということで、ある程度身なりのいい装備を整えたつもりだが、その際に冒険者らしく腰に剣の一つも下げておいた方がいいんじゃないかということになり、一応帯剣してはいる。だが、本音を言えば俺がこの剣を振るうということはないと考えている。


 理由はいくつかあるが、まず俺が剣での実践に慣れていないということだ。日々の鍛錬で剣を使った訓練は行ってはいるものの、実際にその剣が振るわれることは稀であり、現に俺が剣を実践で使ったのは二十にも満たない。もちろん、剣が苦手などという現実的な理由ではなく、剣よりも魔法で倒した方が手に入る素材を傷つけないし、早くて楽だということが先行して剣術のスキルは育っていても実際に剣を使った戦いはあまりやったことがないというのが実情だったりする。


 それでも、化け物レベルにまで進化している剣術スキルは、そこらの使い手よりも遥かに高くなっているため、そんな相手とまともに打ち合うことなどできるわけもなく、抜きたくても抜けないのだ。もし抜けば、剣を交えることもなく相手は確実に真っ二つになってしまうのだから。


「お前程度の実力では、この俺に剣を抜かせることすらできない。冗談でも何でもなく、俺に剣で挑むには百年早い」

「ふふふ、はははは! 冗談にしては笑えんが、いいだろう。その傲慢が命取りになるということを思い知らせてやるわ!!」

「それでは……始め!」


 ハンニバルが高らかに宣言すると、すぐに審判が模擬戦開始の合図を出した。その合図が出されるとほぼ同時に、俺に向かってハンニバルが突っ込んでくる。


 巨体に見合うほどの大きな大剣を片手で振り上げ、そのまま俺の脳天目掛け振り下ろした。だが、そんな大振りな攻撃が俺に当たるわけもなく、振り下ろされた大剣が地面にめり込んだ。


 近衛騎士団長としての実力を知る者からすれば、ハンニバルがいたいけな少年を無慈悲に断罪する描写のように映ったことだろう。だが、残念ながらそんなことにはならないんだよな。


「なん……だと」

「お前は馬鹿か? そんな大振りな攻撃が当たるわけないだろうが」


 俺はそう言い放つと、ハンニバルの懐に潜り込み大剣の付け根を狙って、その刀身に掌底を打ち込んだ。根元からポキリと折れた大剣にハンニバルは目を見開き驚愕するが、次の攻撃の暇すら与えることなく俺は相手の顔まで跳躍し、ある程度力加減を抑えた攻撃――デコピンを放ったのである。


「ぐはあっ」


 突然顔に衝撃を受けたハンニバルは、たまらずその巨体が吹き飛ばされる感覚に襲われながら宙を移動する。その時間は体感的にはほんの僅かな時間でしかなかったが、それを実際に体験している本人からすれば、数十秒あるいは数分くらいの時間の長さを感じていた。


 最終的にその身を床に打ち付けることでようやく自分の状況を理解することになるが、もはやそれ以上の戦闘行為を行うことができず、その意識を刈り取られてしまった。


 ハンニバルという男の名誉のために言っておくが、彼は決して弱くはない。寧ろ、先のバンギラス公爵の言う通り、このシェルズ王国という国において彼以上の剣の使い手はおらず、まさにこの国最強の騎士という看板に偽りはない。


 ただ、その基準が一般的な戦士や騎士としての基準から見てという注釈が付くだけであって、その基準の埒外にいる俺と比べれば大人と赤ん坊ほどの差があり、俺から見ればただの一般的な騎士と変わらないだけなのである。


 そして、ハンニバルが持つ近衛騎士という肩書は、主に王族の身辺警護が任務になるため、国の中でも高い水準の強さが必要となってくるのだ。一般的な騎士団の騎士と近衛騎士とでは明らかに強さのベクトルが異なり、一般騎士の強さの数値を10とするなら、近衛騎士はその二倍ほどの20ほどになる。


 実際のところこのハンニバルという男の強さは、俺がオラルガンドの二十階層で出会ったマモンという魔族の使い魔であるガルヴァトスを完封できるくらいの強さがあり、人間としては間違いなく五本か十本の指の中に間違いなく入るだろう。


「そ、そこまで! 勝者、ローランド!!」


 動かなくなったハンニバルを確認すると、審判が戸惑いながらも勝負の結果を宣言する。こんな茶番に付き合わされた身としては、下らないを通り越してなんでこんなことをさせようと思ったのか、首謀者を小一時間ほど問い詰めたい気持ちに駆られてしまうほどだ。


「ま、まさかハンニバル近衛騎士団長がこうもあっさりと」

「ば、化け物だ」

「つ、強すぎる」


 自国最強の騎士が、こうもあっさりと敗れ去ってしまったことに、あるものは驚愕しまたあるものは俺の力を恐れ慄く。その場が騒然となり始めたその時、一人の男の高笑いが響き渡った。


「まさか、本当にハンニバルを倒してしまうとはな」

「ご満足いただけたようでなによりにございます」

「これで、貴殿がオラルガンドの英雄であることを疑う者はいなくなっただろう。改めて、礼を言う。此度の魔族撃退の件、大儀であった」


 別に国のためにやったことではないが、国王としては人間にとって強大な力を持つ魔族を退けたという偉業を称えないわけにはいかないのだろうと結論付け、お辞儀をすることでそれに応える。まだ騒然としているその場の空気を「静粛に」の一言で落ち着かせ、国王が俺に問い掛けてくる。


「時にローランド殿、此度の件で貴殿に何か褒美を与えたい。何か望むものはあるか?」

「何か頂けるというのであれば、この私のささやかな願いを三つほど叶えてくださいませ」

「ほう、三つとな……して、その三つの願いとは?」


 俺の言葉に落ち着きを取り戻した貴族たちが「一つでも傲慢だというのに」とか「強欲な冒険者め」などの悪態を吐き始める。先ほどの模擬戦で俺の実力を知ったからか、最初よりも悪態の数が減っている気がする。


「静まるのじゃ! 失礼した。貴殿の願いを聞かせてくれ」

「ではまず一つ目は……」


 国王の言葉に、俺は叶えてほしい三つの願いを口にする。その願いとは以下の三つだ。



・金輪際いかなる功績を上げようとも、爵位と領地を与えないこと


・庶民の生活圏寄りにある屋敷(王都用の自宅)がほしい


・王都にある大図書館と王城の書庫にある書物を読みたい(入館の許可)



 まず、最初の爵位に関しては、言わずもがな面倒臭いというのが一番の理由だ。せっかくマルベルト男爵家の継承権を弟に押し付けたのに、新しい貴族家の当主になってしまっては本末転倒もいいところである。それを避けるために、敢えて今回の件の褒美として爵位と領地を恒久的に与えないという約束を国王から取り付ける狙いがある。


 あとの二つは、魔族を撃退したという功績があった以上、国としては何かしらの褒美や恩賞を与えなければ国としての面子に関わってくる。こちらとしては、そんな面子などどうでもいいことだが、そうも言っていられないため、王都での活動拠点用の屋敷と大図書館並びに王城の書庫の入館許可の二つで帳尻を合わせることにしたのである。


「以上が私のささやかな願いにございます」

「本当に、爵位や領地は要らぬと申すか? 此度の功績で子爵位を与えることも――」

「要りません」

「……で、あるか」

「……で、あります」


 予想は付いていたが、魔族と渡り合える力を持つ俺を取り込みたかったらしく、少し不満気な顔を浮かべつつも、こちらの機嫌を損ねることを恐れてか意外とすんなり最初の願いは受け入れられた。あとの二つに関しても、問題なく受け入れられたが、それだけで済むわけがないのが世の中というかなんというか……。


「貴殿の願いはすべて叶えよう。だが、この程度ではこちら側が少々貰い過ぎている。よって、オラルガンドの英雄ローランドよ。貴殿の功績を称え【ミスリル一等勲章】と此度の恩賞金として【大金貨五百枚】を与えることとする。これに異がある者は、この場にて即座に申し出よ」

(え、マジか? ミスリル一等勲章……だと!?)


 ミスリル一等勲章とは、国に対して多大なる功績があった者に与えられる勲章であり、シェルズ王国が国として発足してから今まで五人の人物にしか与えられていない最高の栄誉とされている称号だった。


 俺がマルベルト家の書斎で知識を蓄えていた頃に、ちらっとだけ国に貢献すればそれに応じた勲章が与えられるという記載があったことを今思い出した。その与えられる勲章の中でも最高峰のものとされているのが、今回のミスリル一等勲章なのである。


 その勲章が与えられることにその場にいた貴族たちがざわめき出すが、国王の決定に異を唱えるチャレンジャーはおらず、俺の意志とは裏腹に褒美の追加が行われることになってしまったのであった。

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