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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

116話「マーケティング調査」



 グレッグ商会の従業員にぬいぐるみの作り方をレクチャーした翌日、俺は冒険者ギルドへと赴いた。俺がギルドに入ると、中にいた冒険者の視線が俺に集中する。今や時の人となった俺を知らないものはこのオラルガンドにはおらず、外を歩けば注目の的となっていた。


 今回俺が冒険者ギルドへとやってきたのは、マーケティング調査をするためだ。具体的には、販売する予定の商品を実際のユーザーに近しい人間に先行で体験してもらい、何か不満点などはないか調査するというものだ。


 商品を販売する際に最も重要なことは、実際に商品を買っていく顧客が望む商品を提供するというものだ。所謂一つのニーズというもので、顧客が望まないものを販売しても売れ行きが伸びず、仕入れ値を回収できないため赤字になってしまう可能性が高くなる。逆に顧客が望んでいる商品を販売することができれば、当然売り上げは増加していき、利益を上げることができるのだ。今回はそのニーズを調べるための調査にやってきた。


「おい、英雄様がやってきたぜ」

「おう【魔族狩り】! こっちきて一杯やらねぇか?」

「馬鹿野郎! 相手はまだ成人してねぇ子供だぞ!!」

「なら、あたいらと果実水を飲まないかい?」


 ありとあらゆる冒険者から声を掛けられるも、今回は目的があるためすげなく断りを入れる。そんな中、一人の女性冒険者に俺は声を掛けた。


「ちょっといいか?」

「なんだい? 英雄様から声を掛けてくれるなんて嬉しいねぇ」

「少し聞きたいことがあってな。先に言っておくが、別に不埒なことをするつもりはないから安心してくれ」

「そりゃあ残念だねぇー。なんなら、あたいが手ほどきしてやってもいいんだけど?」

「遠慮しておこう。それから、そことそことそことそこ、あとそこにいる女性冒険者にも協力してほしいんだが、構わないだろうか?」


 俺が指名した女性冒険者たちは俺に指名されて喜んでいるが、女性冒険者が所属している同じパーティーの男性冒険者からは殺意の籠った視線を向けられる。そりゃ、自分の仲間がこんな子供に声を掛けられて嬉しそうにしてりゃあ、俺に恨み言の一つも言いたくはなるだろう。


「あ、あのっ! 私もいいですか?」

「あ、ズルい! あたしもいいですよね?」

「ボクもいいかな?」

「なにいつもと違う呼び方してんのよ? 気持ち悪い。あっ、わたしもいいかしら?」


 声を掛けてなかった女性冒険者からも志願の声が上がったので、彼女たちにも協力を頼むことにした。別に断る理由もなかったが、志願した女性冒険者の所属するパーティーの男性からも恨みの籠った視線を向けられる羽目になってしまった。俺が誘ったわけじゃないのに……解せぬ。


 華やかな女性冒険者たちを引き連れて、どこか話のできる会議室はないかと考えていると、ちょうどいいところで彼女たちが声を掛けてきてくれた。


「ローランド君、一体何をやっているのかしら?」

「わぁー、女の人ばっかりだ。ローランド君、モテモテですね」


 俺がちょうど会議室のような部屋を借りられないかと受付カウンターに向かおうとしたところ、ギルドの職員であるムリアンとサコルのコンビが現れた。


「ムリアンとサコルか、ちょうどいい。どこか会議室のような場所を借りられないか? あと、二人にも協力してほしい」

「それは問題ないですが、何をするつもりですか?」

「それはあとのお楽しみというやつだ」


 そこから女性冒険者とムリアンたちを引き連れて、会議室に移動する。適当な場所に彼女たちを座らせると、いよいよ今回の目的を伝えるため、彼女たちに説明する。


「まずは、ここに集まってくれたことに感謝する。それと、この場で話した内容はできるだけ内密に頼む」

「それはいいけど、一体何を協力すればいいんだい?」


 その場にいる者を代表して、目つきの鋭い美人タイプの女性冒険者が俺に疑問を投げ掛けてくる。では本題に入るとしますかね。


「諸君らはグレッグ商会という商会を知っているか?」

「そりゃあ、知ってるさ。あんたが経営してる店だろ?」


 彼女の言葉に、その場にいる全員が頷く。そりゃあ知ってて当然だろう。なにせ、彼女たちの前髪や後頭部にはグレッグ商会で販売されているヘアピンやシュシュを身に着けているのだから。


「正確には出資者だ。まあ、それはどうでもいいとして。数日後にグレッグ商会から新しい商品が販売されることになっている。今回諸君らを呼んだのは、その販売する予定の商品を見てもらって正直な感想を述べてもらいたいと思いここまで来てもらった」


 俺の言葉に、女性たちがざわつく。そのほとんどが“新商品”という言葉に食いついているようだ。やはりどこの世界でも女性というのは、新しいものに興味があるのだろう。特にそれが自分を着飾る服やアクセサリーであれば尚更である。


「今回販売する予定の商品は……これだ!」


 俺はそう宣言しながら、鞄経由でストレージから昨日作ったぬいぐるみを取り出した。それはリアルに作られたものとは違い、多少可愛らしさを出すためデフォルメされている。


『……』


 取り出したぬいぐるみを、目の前の机に並べていく。だが、少し困ったことに女性たちの反応が一切ないのだ。……どういうことだ? 気に入らないのか?


 彼女たちの反応が気になったが、とりあえず商品の説明をするために今持っているサンプルを取り出し並べていく。そして、モンスターのぬいぐるみシリーズが一通り出揃ったところで、動物シリーズを取り出したその時、事態が急変する。


「も、もう我慢できないっ!!」

「え?」


 次の瞬間、女性たちが机へと殺到すると気に入ったぬいぐるみを愛で始めた。……ああ、どうやらあまりの可愛さに言葉を失っていたらしい。


 それから、気に入ったぬいぐるみを巡って取り合い合戦が勃発してしまい、収拾がつかなくなってしまった。そんな状況の中、ムリアンとサコルがしれっとぬいぐるみを手にしていたのを見て「この二人、恐ろしい子」と思ってしまったのは言うまでもない。


 グレッグ商会の従業員たちは落ち着いていたので大丈夫かと思っていたのだが、どうやらこれが普通の反応らしい。商会の従業員は簡単な礼儀作法を教え込まれているため、取り乱したりすることは接客業としてはあまり好ましくない傾向がある。それに加え、従業員のほとんどが奴隷であるため、自分の欲や感情などといったものを自然と抑制してしまっていたため、今回のような事態には発展しなかったとこの時になって思い至った。


「ああ、もう! お前ら落ち着け! 落ち着くんだ!!」


 その後、なんとかフライパンと木製のおたまをカンカンと打ち鳴らすことでなんとか混乱が収まったが、それがなかったら今もまだ醜い争奪戦が繰り広げられていたことだろう……。女の子って、恐ろしい……。


 そんな一幕があったが、なんとか全員椅子に着席させ、話の続きをする。ちゃっかりとぬいぐるみを手元に持っている者もいるが、この際目を瞑ることにしてとりあえず感想を聞いてみる。


「でどうだ? この商品の感想は?」

「すごくいいです!」

「感動した!」

「チャッピーちゃん……」


 それぞれが口々に感想を述べる中、一部の女性冒険者が持っていたぬいぐるみに名前を付け始めた。こらこら、ダッシュボアに“チャッピー”と名付けるな!


 とりあえず、軒並み好意的な意見ばかりで改善点や今後の課題のような内容がなかったが、ぬいぐるみは概ね女性冒険者に受け入れられた。


「今回はこれで終了だ。じゃあ、ぬいぐるみを返してくれ」

「あ、あのっ! これ売ってもらえないでしょうか?」

「は? それはまだ試作品だから商品じゃない。物を売る人間として、中途半端なものを客に売るわけにはいかない」

「そ、そこをなんとか!」


 そこから、女性冒険者たちの売ってくれコールが凄まじかったが、今回協力してくれた報酬としてぬいぐるみが販売された時に無料で交換できる紙券を配ることで納得してもらえた。


「はい、じゃあここにぬいぐるみを入れてくれ」

「ちゃ、チャッピーちゃぁぁぁあああん!!」


 ……うるさい。ダッシュボアにチャッピーという名前を付けていた女性冒険者から、ダッシュボアのぬいぐるみを回収する。他の女性からもすべてのぬいぐるみを回収したが、まるで葬式のような落ち込み様であった。


 女性冒険者だけでこの反応であれば、一般の住人たちにもこのぬいぐるみは受け入れられると判断し、今回の女性に関するマーケティング調査は終了する。


 女性たちと入れ替わりで、彼女たちが所属していたパーティーの男性冒険者にも協力してもらい、精巧に作られた木工人形を見せてやったら、こちらも愛でるまでとはいかないまでも好意的な反応が返ってきたので、木工人形についても問題ないと判断した。


 こうして男女ともにマーケティング調査が終了し、あとは販売の時を待つだけとなった。それまでに従業員たちの作ったぬいぐるみの品質を、できるだけ上げるようにしなければならない。そうと決まれば、グレッグ商会へ行こうじゃないか!

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