ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

閑話「厄災の魔女の出現に、魔族サイドではてんやわんやになっていた」



 ~ Side ヘラ ~


『……』


 玉座の間全体が、重苦しい沈黙に包まれる。原因は明らかで、先の侵攻によってもたらされた情報にあった【厄災の魔女】ナガルティーニャの出現である。


 人間の間での奴は【大賢者】などと呼ばれているらしいが、我ら魔族にとってはまさに悪魔のような存在なのである。


 あれは、わたしがまだ二桁の年齢であった二百五十年前までに遡る。当時魔族を率いていた時の魔王様が、今代の魔王様と同じく人間族に対し大規模な侵攻を企てた。途中までは順調に進んでいた侵攻だったが、そこに一人の少女が立ち塞がったのである。


 少女は我ら魔族に対し圧倒的なまでの猛威を振るい、当時歴代最強とまで言われていた先代魔王を討ち取ってしまったのだ。その絶望と理不尽さを後世にまで語り継ぐべく、我ら魔族はその少女を【厄災の魔女】と名付け、今日まで語り継いできたのだ。


「魔王様、いかがなさるおつもりですか?」


 玉座の間に集まった者を代表するかのように、アスモデウスが口を開く。わたしと同等の力を持ち【モテモテのアスモデウス】と呼ばれており、その呼び名通り幾人もの妻を娶っている。そんな奴ですら厄災の魔女の前では赤子同然に屠られてしまうだろう。


 他の七魔将もそれを理解しているが、それを口にすることはない。我ら魔族にとって、力とは最も価値のあるものであると同時に存在意義でもあるため、相手の力を認めてしまったらその相手に負けを宣言するようなものなのだ。


「まさか、奴が自分の穴蔵から出てくるとはな……」


 魔王様はそれだけ口にすると、再び黙り込んでしまう。それだけ厄災の魔女の出現が想定していなかった事態であることを如実に物語っている。そんな空気の中、一人の男が口を開いた。


「へっ、なにが【厄災の魔女】だ。あんなものただの御伽噺に出てくるだけの存在じゃないか!」

「グリゴリ……」


 それは、七魔将の中で最も年若い魔族のグリゴリであった。【ヤキモチのグリゴリ】と呼ばれた男は、その名に紛うことなく嫉妬混じりの悪態を吐き始める。


「魔王様、昔話に出てくるような存在に、臆することはございません。ここは一気に人間どもを支配下におきましょう」

「ならぬ」

「な、何故でございます!? まさか、魔王様も厄災の魔女などという御伽噺を信じているというのですか!!」


 グリゴリの年齢は、百八十歳だ。当然厄災の魔女と直接戦ったこともなければ、その姿を見たことすらない。我々直接奴を目の当たりにした魔族の話を聞いたことがある程度でしかないため、あの少女がどれだけ恐ろしい存在なのか理解することができないのだ。


 他の七魔将たちは、それを嫌というほど見せつけられている。だからこそ、グリゴリに対して呆れと哀れみを含んだ視線を向けてしまうのは致し方のないことだ。


「グリゴリよ。厄災の魔女は実在する。そして、その存在が今再び魔族に敵対する可能性がある以上、今代の魔王である我はそれをなんとしても阻止しなければならないのだ」

「で、ですが」

「皆の者、よく聞くのだ! これより我ら魔族は、人間族に対する侵攻を永久に凍結させる。厄災の魔女がいる限り、我ら魔族が世界の覇権を握る日は訪れないのだ」


 魔王様の宣言にわたしを含んだ六人の魔将が同意の意を示す中、一人だけ不服といった表情をグリゴリが浮かべる。グリゴリの気持ちもわからなくはないが、魔族が人間を侵攻して厄災の魔女がすべての魔族を根絶やしにする決断を下してしまえば、我ら魔族の未来はない。それは魔族の矜持である“力こそすべて”という流儀に反しても、奴との全面戦争だけは避けなくてはならないのだ。


 厄災の魔女の猛威に晒された経験のある者であれば、一度あの力の理不尽さを味わってしまえば、魔王様の決断が英断であるとすぐに理解できることだろう。


「お、お待ちください魔王様! 何卒、今一度御考え直しを!!」

「我の判断は変わらぬ。金輪際、我ら魔族は人間族と一切の関わりを持つことを禁ずる。これにて議会は終了とする。解散!」


 グリゴリが最後まで引き下がろうとしなかったが、魔王様はその意見に聞く耳を持たず、そのまま議会は終了となった。


 魔王様が玉座の間から出ていったあと、グリゴリは他の魔将たちに食って掛かった。


「何故だ!? 何故戦おうとしないのだ! 我ら魔族の誇りはどこへいったというのだ!!」

「グリゴリちゃん、その辺にしときなよ。魔王様の決定は絶対だよ。それに、厄災の魔女の戦いを見た奴らなら魔王様の判断が正しいと考えるだろうね」

「【イジッパリのルシル】……」


 グリゴリの暴言を軽い口調で諫める者がいた。見た目は少年のような姿をしているが、実際は三百年以上生きている魔族で、その名をルシルという。我ら七魔将の中でも、特に負けることが嫌いな彼だが、今回の厄災の魔女の一件については奴との戦いを避ける意見に納得しているようだ。


 ルシルは、実際に先代魔王と共に厄災の魔女に立ち向かった魔族の一人であるため、奴の恐ろしさとその理不尽さを最も理解している魔族と言っても過言ではない。


 そんな男が、厄災の魔女との戦いを避けることに同意している時点で、奴の脅威が推し量れそうなものなのだが、それが余計にグリゴリの嫉妬心に火をつける原因となっていた。


「ふん、どいつもこいつも魔将とは名ばかりの腰抜けどもめ! こうなったら、俺一人でも人間どもを支配して――がはっ」

「いい加減にしたほうが身のためだぞグリゴリ。お前程度では、厄災の魔女は倒せん」

「ぐっ……【ヨクバリのマモン】!」


 グリゴリの言動を、わたしの側近であるマモンが止めに入った。この子はわたしの側近でありながら、七魔将になるほどの実力を持ち合わせている。マモンが七魔将になった際に、わたしの側近を辞めるか聞いたことがあったが、返ってきた答えは“僕が何者になろうとも、僕の主は生涯あなた様です”だった。


 それ以来、マモンがわたしの側近であることに口は出さないできたのだけれど、そんなマモンでも今回のグリゴリの言動は目に余ったようね。


「もうどうでもいいじゃん。そんなことより俺は帰って飯を食いたいぜ」

「そうね、これ以上グリゴリの坊やが暴れるなら、今度はあたしがキレそうになるかもよ?」


 そんなことを口走るのは、わたしと同じ七魔将の一角である【タベタガリのベルゼ】と【オコリンボのサターニャ】だった。この二人もまた厄災の魔女の戦いを目撃した魔族であり、奴の脅威は十二分に理解している。だからこそ、魔王様の決定に意は唱えなかった。


「はあー、グリゴリを牢に閉じ込めなさい。反省するまで牢から出さないように」

「畏まりました」

「く、くそー。離せマモン! ヘラてめぇ、絶対に許さんからな!!」


 マモンに命じてグリゴリの頭を冷やさせるために牢へと入れるように指示を出した。しばらくは出さない方がいいかもしれないわね。


 それにしても、まさかこんなことになるなんてね。長生きはするもんじゃないとわたしの死んだ祖父が言っていたけど、今ならその言葉の意味がよくわかるわ。


 とにかく、これで人間族……厄災の魔女とのいざこざはこれで決着がついただろうし、しばらくはベッドでゆったりと過ごせそうね。


 そんな夢のような日々を思い描きながら、わたしは玉座の間をあとにしたのであった。

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