ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

108話「修行の成果を確認しようとしたのだけれど、もはや何もかもが後戻りできなくなってしまったらしい」



「よっと、ここが結界の外か……」


 ナガルティーニャとの別れを済ませた俺は、彼女が張ったという結界の外へと脱出する。彼女の話では、外の世界と結果の内の時間の誤差に関しては中に入る前の時間にまで戻るらしく、今の俺は三年前の姿に戻っている。


 尤も、三年という時間は結界の中での話なので、実際は外の世界では三時間しか経過していない。そして、三年前の姿に戻ったということは、今の俺は十二歳にまで戻っている。当然だが、目覚める前の状態だ。


「とりあえず、手近なモンスターと戦って修行の成果を確認したいな」


 修行の間は、ただひたすらナガルティーニャとの実戦稽古か、筋トレや瞑想などの自主練が主だったため、彼女以外の相手と戦う機会がなかった。であるからして、俺が一体どれくらいの強さなのか具体的な数値はわかるが実質的な実践値というのはわからないままなのである。


「ナガルティーニャの話では、ここは二百五十階層という話だが……」


 そう、彼女の話によると、このオラルガンドのダンジョンは全三百階層まであり、彼女の拠点はその中の二百五十階層に設けられているということらしい。本当にそれだけの階層があるのかは謎だが、もしそれが本当であれば、いつかは最深部にまで到達してみたいものだ。


 そんなことを考えながら、モンスターを探していると感覚操作に反応があった。どうやら、ゴブリンキングの群れがいるようだ。そう“ゴブリンキングの群れ”である。


 しばらく、洞窟タイプのダンジョンを進んでいくと、広々としたエリアが見えてくる。そのエリアに数十匹のゴブリンキングがひしめき合っているのが目に飛び込んでくる。


「ギャギャギャアアアアア」

「よし、お前らで試してみるか。まずは、これだ。【アイスミスト】」


 どの程度の強さになっているのか確認するため、よく使っている霧魔法のアイスミストを使用する。周囲の温度が急激に下がり、辺り一帯が白銀の世界へと変貌を遂げる。


 今までの相手であれば、この魔法を食らってまともに生き残れたモンスターはいなかったのだが、さすがに深層部のモンスターだけあって、この程度ではダメージはあっても氷漬けにはならないらしい。


「ギャギャギャギャ!!」

「ほう、これを耐えるか。なら、これでどうだ? 【シャキードアイシクル】!!」


 手から放たれた氷のレーザーが、ゴブリンキングたちに襲い掛かる。いくらAランクのモンスターであるゴブリンキングといえど、圧倒的な氷の魔法の前にはその体が凍り付き、瞬く間に氷像ができあがってしまう。その後、その場に数十の氷の像が佇む光景が完成したが、未だに生き残っている存在がいた。


「グゴオオオオオオ!!」

「なるほど、ゴブリンエンペラーね……」


 そこに現れたのは、ゴブリンキングよりも一回りほど体格の大きなゴブリンだった。一部のゴブリンキングの中でも、選ばれた者のみが進化することができると言われている所謂“ゴブリンの皇帝”と呼ばれている存在がいる。それがゴブリンエンペラーである。


 ゴブリン種の中でも最上位に位置する存在とあって、そのランクも堂々のSランクに分類されており、個体によってはSSランクに数えられる場合もある。


「どうやら、お前がゴブリンキングの群れのボスだったらしいな。それに敬意を表し、俺の最大の力で投げた石ころを食らう権利を与える」


 そう言うと、その辺に落ちていた卓球で使われるピンポン玉より少し大きめの石ころを拾うと、そのまま本気の力をもってサイドスローで投擲する。投げられた石ころは瞬く間に音速を超える速度となり、吸い込まれるようにゴブリンエンペラーの眉間に命中する。圧倒的な速度の石ころは、いとも簡単にゴブリンエンペラーの頭蓋骨を貫通し、その眉間に小さな風穴を作り上げた。


「グ、グゴォ……」

「あ、あれ?」


 眉間に風穴を開けられた生物が、その生命を維持し続けることなど当然できるわけもなく、そのまま仰向けに倒れ動かなくなった。感覚操作の反応もしなくなり、この場にいたすべてのモンスターが全滅したことを表しているのを確認すると、その光景に思わず口を突いて出てしまった。


「うわー、こりゃ完全に人間を辞めてしまったらしいな……」


 強くなりたいと願ったものの、これだけの強さになってしまって果たしてこの先の生活に支障は出ないのだろうかという心配が脳裏を過るが、もはや後戻りはできないと諦め、粛々とゴブリンの死骸をストレージに仕舞い込んだ。


 それから、エルダースコーピオンキング・ジュエリーキングスライム・グランデワイバーンなどといったSランクやSSランクのモンスターと戦ってみたのだが、ほぼ一撃の名の下に粉砕撃破してしまった。


 強くなり過ぎてしまったと思いつつも、これでもあのナガルティーニャには遠く及ばないという事実に、あのロリババアはどんだけ強いんだと気が遠くなりそうになる。


 とりあえず、二百五十階層レベルのモンスターに関しては問題なく戦えているということがわかっただけでも収穫とし、ようやく見つけたセーフティーゾーンの転移ポータルから地上へと帰還することにしたのであった。




    ~~~~~~~~~~




 街へと戻ってきたのはいいものの、時間的にはまだ昼を少しばかり過ぎた程度の時間しか経過していなかった。三年前……というか今日は朝一番でギルムザック達を見送って、グレッグ商会に商品を納品してすぐにダンジョンに向かっていたはずなので、時間的にはまだまだ余裕があったのだ。


「そうか、ならもう少しダンジョンで無双してればよかったかもな……」


 そんなことを口にしたところで、戻ってきてしまったものは仕方がないので、とりあえず冒険者ギルドへと足を向けることにする。


 三年ぶりの冒険者ギルドは相変わらず賑わいを見せており、特に変化はない。まあ、実質的に三時間しか経過していないのだからその短時間で何かが変わる方が異常といえば異常なのだがな。


「あっ、ローランド君おかえりなさい。今日は早いんですねー」


 俺の姿を見つけたムリアンがさっそく声を掛けてきた。……うーん、三年ぶりのおっぱい眼鏡は感慨深いものがあるな。


 今回冒険者ギルドにやってきた目的は……特にない。ナガルティーニャの結界の中で過ごしていたこともあり、感覚的に三年ぶりなのでなんとなく来てみただけなのである。


 そういえば、外の世界に戻ってきた時に狩ったモンスターがあるので買い取ってもらおうかとも思ったが、どこにいたのか聞かれると答えに困ることに思い至り、一旦保留とした。


「ちょっと、様子見にな……」

「そうですか。ああ、そういえばギルドマスターがローランド君が来たら呼んでくれと言ってましたよ?」

「そうか、なら会おう」


 特に目的もなく来てみたが、ギルドマスターがお呼びということで執務室に向かってみると、唐突に宣言される。


「今日から小僧をAランク冒険者に昇格させる」

「ファッ!?」


 いきなりイザベラがそう宣言したことに驚きを隠せず、思わず声を出してしまった。なんでこのタイミングでAランクに昇格するんだ? 俺が一体何をしたというんだ?


「意味がわからないんだが? なんで今になって昇格なんだ?」

「このタイミングだからじゃよ。考えてもみよ。お前さんがこのオラルガンドにやってきてしばらく経つが、この短期間の間にギルドに持ち込まれたモンスターの総数が五千匹を超えたのじゃ。納品されているのは、ほとんどがCランク帯のモンスターで、しかもその中には階層毎に出現するボスも含まれておる。ギルドに対する貢献度と、納品されるモンスターのランクを考慮しても、Aランクに昇格しても問題ないとわしは判断する」


 イザベラの言葉に、頭の中で思考を巡らす。果たして、このタイミングでAランクに昇格して何か問題が起きないかどうかだ。


 今までの感覚でいえば少なからず問題があるとは思うが、逆の発想で言えばある程度高ランクの冒険者になれば、貴族などを相手にする時に多少なりとも牽制程度にはなるのではないかという思惑があったからだ。


 グリーディー伯爵との一件で、ある程度の地位を持つことは必ずしも悪い方向に向かうという訳ではないということがわかったので、悪目立ちしない程度の出世は逆に歓迎すべきではないかと思い始めてきていた。まあ、悪目立ちしない出世というのが矛盾している気がするのは気のせいだと思うことにして……。


「Aランクになるのは問題ないが、何かあるのか?」

「やはりわかるか。実は、今回小僧にやってもらいたい依頼があるのじゃが、その依頼を受ける最低ランクがAランクなんじゃよ」

「その依頼とは?」

「ゴブリンキングの素材調達じゃ」

「ゴブリンキング?」


 なんか、ご都合主義の匂いがぷんぷんとしてくるのだが、詳しい話を聞いてみると、意外にまともな理由だった。イザベラ曰く、王都にあるモンスターの研究所が、生体調査のためにゴブリンキングの素材を求めているらしく、その素材調達が今回の依頼ということであった。


 まあ、ゴブリンキングなら数十匹単位で在庫があるので、欲しいだけ納品が可能なのだが……。さて、どう説明したものか。


「婆さん、ゴブリンキングは討伐対象じゃなくて素材を調達するだけでいいんだな?」

「ああ、別にゴブリンキングが何か悪さをしているわけじゃあないからのう」

「なら、偶然なんだがゴブリンキングの素材……というか死骸を丸々持っているんだが」

「どういうことじゃ? ゴブリンキングは三十階層のボスのはずじゃが、お前さんまだそこまで到達しておらんじゃろ?」


 頭の中で、イザベラにどう説明したものかと考えてみたが、本当のことを話さずに納得のいく説明ができなさそうだったので、詳しいことは言及せずにごまかした。


「まあ、ちょっといろいろあってな。説明しても、絶対に信じないからそこは聞かないでくれ」

「本当に何があったんじゃ?」

「黙秘権を行使します」

「なんじゃそれは? まあ、ゴブリンキングの死骸を持っておるなら話は早いわい。すぐに納品しておくれ」


 イザベラも俺に何か起こったことを察したが、こちらがそれを話したくない意志があることを汲み取り、それ以上の追求はしないでくれた。冒険者としてはギルドに報告の義務があるのだが、言ったところで内容が内容だけにふざけているとしか思われないしな。


 それから、解体場でゴブリンキングの氷像をストレージから取り出し、納品を完了させてからAランク昇格の手続きを済ませ、冒険者ギルドを後にした。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品