ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

106話「目を覚ますと、知らない場所に寝かされていた」



「んっ、んんー」


 意識が次第に覚醒していく。ぼんやりとした視界がはっきりとしたものになり、最初に目に飛び込んできたのは、見たことのない家の天井であった。


「……言わんぞ?」


 ここは“知らない天井だ”という場面なのだろうが、それはワンパターン過ぎるので敢えて言わないことにした。その代わり別のパターンをやっておくことにする。


「ここは何処? 私は誰?」


 目が覚めた場所は誰かが使用しているベッドの上で、天井も木造のものだったが、いつも使っている家の天井とは少し違ったくすみ具合をしていたため、すぐに自分の知っている場所ではないことは理解できた。


 ベッド以外の家具は、こじんまりとしたテーブルと椅子に一人用の箪笥があるだけで、特に変わったものがあるというわけではない。


 とりあえず、そのままベッドで横になって二度寝するというわけにもいかないため、ベッドから起き上がり今いる場所の探索を開始する。


「確か、ダンジョンで倒れたはずなんだが、この家はなんなんだ?」


 自分が未知の場所にいるということにも驚きだが、もしここがダンジョン内であるのならば何者かがダンジョン内で生活している可能性があるということだ。


 そんな物好きな人間がいるということに、若干の呆れを含んだ感情を抱きつつとある部屋に入ると、そこに俺を助けた人物であろう人影を発見する。


「お、目が覚めたようだな。体の方は大丈夫かね少年?」

「ああ、問題ない。あんたが俺をここまで運んでくれたのか?」

「まあね」

「そうか、助けてくれたことについては感謝する。俺はローランド。冒険者をやっている」


 そこにいたのは、十代後半と思しき見た目をした少女で、紫がかった長い髪にルビーのような瞳を持っていた。耳は、まるでエルフのように尖っており、体つきもどちらかといえばそちら寄りに近い。……D寄りのCかな。


 顔立ちも端正で整ってはいるものの、纏っている雰囲気が熟練したものを感じさせることから、おそらく見た目の年齢よりもかなり高いことが窺える。


「そうかい、あたしはナガルティーニャっていうもんさね。ここで魔法の研究の真似事をやっている変人さ」

「自分で宣言することではないとは思うが、とりあえず聞きたいことがある」

「ここは坊やの倒れていたダンジョン内で間違いないさね」

「なるほど、やはりダンジョン内だったか」


 人生経験が豊富なのか、それともせっかちな性格なのかはわからないが俺の聞きたかったことを聞かれる前に彼女が答える。やはり、十代ではないようだ。


「ところで……」

「あたしはハーフエルフだよ。よくエルフと間違えられるけど、エルフよりも耳が短いのがハーフエルフなんだ」

「そ、そうか……」


 なんか、こちらが質問する前に答えてくれるのは手間が省けるが、なんだか気持ちが悪い気もする。そんな俺を察したのか、今度はナガルティーニャの方から話し掛けてきた。


「まさか、坊やがあのスカル・ドラゴンを倒してしまうとは思ってなかったよ」

「見ていたのか」

「まあね」

「そうか……」


 そこで一度、彼女が何者なのか知るために解析を試みることにしたのだが、返ってきた結果は予想していなかったものだった。




【名前】:?????

【年齢】:?????

【性別】:?????

【種族】:?????

【職業】:?????


体力:?????

魔力:?????

筋力:?????

耐久力:?????

素早さ:?????

器用さ:?????

精神力:?????

抵抗力:?????

幸運:?????


【スキル】:?????


【状態】:?????



 ……なん……だと? これは前にも見た覚えがある。確か、例の女魔族を解析したときも同じ結果が表示されたはずだ。この結果からわかることは、少なくともこのナガルティーニャという少女は俺の解析を掻い潜れるほどの隠匿系スキルを持っているか、ただただ純粋に俺よりもステータスが高い格上であるかのどちらかだ。


 彼女の持つ雰囲気からして後者である可能性が高く、俺よりも高い能力を持っているのであれば、俺の解析にも対処できるという結論に至った。


「ぶしつけに人の能力を見るのは感心しないね」

「未知なる相手にアドバンテージを取られたまま戦うのはリスクが高すぎる。寧ろ慎重な判断力と的確な対応を賞賛すべきだろう」

「口だけは達者な用だね」

「それはお互い様だろう? 解析されたくなきゃ自分からきりきり吐けばいい。ということで、お前が何者なのか吐いてもらおうか?」


 そこから、俺と彼女の見えない攻防が繰り広げられたが、そんなことをしている場合ではないと気付き、ダンジョンから出ていこうとしたのだが、ナガルティーニャの手によって止められてしまう。


「まあ、お待ちなさいな。時に坊や、もっと強くはなりたくないかね?」

「はあ?」


 いきなりの問い掛けに素っ頓狂な声を上げてしまったが、彼女の目つきが真剣なものへと変化したのを察知し、改めて思考を巡らせてみる。


“強くなりたいか?”という問いに対して、イエスかノーで答えるのであれば、当然イエスである。だが、仮にここでそれを表明したところで何が変わるというのだろうか? その意図がまったく理解できない。


 彼女がどんな思惑があってその問いを投げてきたのかはわからないが、純粋に答えるだけなら問題ないと判断し、彼女に返答する。


「そりゃ、もっと強くなれるならなりたいが、その問いに一体なんの意味が――」

「よし、ならあたしが強くしてやるよ。てことで、今日からあたしの弟子になりなさい」

「はあ!? 何言ってんだ。いきなりそんなことを言われたってこっちにも事情ってもんが――」

「その点については問題ないさね。何せここはあたしの結界魔法が張られているから、外との時間の感覚が違っているのよ。具体的には、ここでの一年は外の世界では一時間しか経過しないから」


 なるほど、ここで一年生活してもその結界とやらの外では一時間しか経過しないということか。……おい、ちょっと待て。それって所謂。


「それって、あれだろ? 俗に言う精神とt――」

「しー、それは言っちゃダメな奴さね」

「……今ので聞きたいことが増えた。お前、転生者だな?」


 あの七つの玉を集めると願い事が叶う漫画に登場する部屋のことを知っているのは、俺と同じ地球の日本出身者の可能性が高い。そう思って問い掛けてみたのだが、返ってきた答えはノーだった。


「いや、前にそんなものがあると聞いたことがあるだけだ」

「そうか、それは残念だ。転生者だったら、あの海賊皇帝を目指す漫画の途中経過を教えてやったのにな……」

「それってまさか、【ツーピース】かい!? うわあ、懐かしい! あたしは四王の二人が手を組むところまでしか知らな……あっ……」

「ふふふ、語るに落ちたな……ナガルティーニャよ。いや、転生者よ」


 そこから、ボロボロと化けの皮が剥がれる様に、ナガルティーニャが語り出した。彼女の話によれば、元々ハーフエルフとしてエルフの里で性を受けたのだが、排他的な考えを持つエルフたちが人間の血が混ざった彼女を受け入れることはなく、不遇の日々を送っていたらしい。それが大体四百年前だそうだ。やはり、ロリババアだったか。


 俺が何を考えていたのか察したナガルティーニャが物凄い威圧を放出してきたが、話の続きを催促することで何とかごまかした。……まったく、なんで女は年齢の話をすると怒り出すのやら。


 話を戻すと、彼女が十二歳になったときに一通りのことができるようになったので、エルフの長老に告げエルフの里を出ていったらしい。


 そこからしばらくして旅を続けていたらしいのだが、その途中で不老不死の妙薬を生み出すことに成功し、それを使って今の見た目に若さを保つことができるようになったところまではよかったのだが、それを知った時の権力者たちが彼女の薬を求めて動き出すのは想像に難くはなかった。


 そんな連中から逃げ惑いながら人里離れた土地に住み着いていたが、噂を聞きつけた連中がやってくるのにそれほどの時間は掛からなかった。そんな連中から逃げることに疲れたナガルティーニャは、シェルズ王国にまで流れ着き、オラルガンドのダンジョンに籠って生活を始めることを選んだらしい。


「こうして、このダンジョンで生活して二百年以上が経過してるってわけさ」

「なるほど、そりゃあ大変だったな。ってかそれは今生での話じゃないか! 前世はどうした前世は?」

「いやだねー。乙女の秘密を根掘り葉掘り聞くもんじゃないさね……」

「四百年も生きてるやつが何を言ってるんだ? 見た目は若くても、頭の方はアルツハイマーが進んでいるらしいな」

「よろしい! ならば戦争だ!!」


 そこからほんの些細な理由がきっかけで、ちょっとした死闘が繰り広げられた。俺が予想した通りナガルティーニャの実力は本物で、何度か死にかけてしまった。ってか、こいつスカル・ドラゴンよりも強いんだが?


「はあ、はあ、はあ……」

「どうだい? 少しは反省したかい?」

「もういい、帰る」

「待ちな」


 俺が嫌気が差し、元の場所に帰ろうとするといきなり真面目なトーンで俺を引き留め始める。ころころと態度が変わるので、こちらとしてはどう対応していいのか困惑するが、今回に限っては真面目な話らしい。


「最近、魔族どもの動きが活発になってきててねぇー。もしかしたら、シェルズ王国にも魔族の襲来があるやもしれん。襲ってくる奴らは、恐らく魔族の中でも精鋭と言われている連中が選ばれるだろうから、今の坊やだとコテンパンにやられてしまうよ?」

「……」

「あたしの弟子になるかは別として、この空間ならしばらく纏まった修行ができると思うんだけど、どうだい? 来たる魔族に備えて修行だけでもやっていったらどうかな?」

「……」


 確かに、彼女の言うことは尤もな意見だ。そもそもの話だが、俺がオラルガンドにやってきたのは、女魔族と対等以上に戦えるよう実践を積むという目的があったはずだ。


 だというのに、いつの間にか商会を立ち上げたり、奴隷やスラムの人間を雇って店のオーナーになったり、店で販売するアクセサリーを作ったり――らじばんだr……こほん、何でもない。


 俺が当初掲げていた目的とはずいぶんかけ離れた行動を取っていたことに思い至り、ここで本格的な実力を付けるための修行に入ってもいいのではないかと考え始めていたところだ。


「何を企んでいる?」

「企んでいるなんて人聞きが悪いさね。ただあたしは、坊やのような可愛いショタ……じゃなくて子供がむざむざ魔族に殺されるのが忍びないだけさね」

「今ショタって言ったか?」

「なんのことさね?」


 こいつ、腐ってやがる……遅すぎたんだ。何もかもが、すでに完了してしまっていたんだ。


 とりあえず、ナガルティーニャにどんな思惑があるにせよ、今の実力では十中八九襲ってくる魔族に勝つことは困難だと判断し、癪ではあるが彼女の提案を受け入れ、しばらくここで修行をしていくことにしたのであった。……それからしばらくして、その判断が間違いであったとことを俺は深く後悔することになるのだが、この時の俺はそれをまだ知らなかったのである。

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