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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

101話「相手が悪いのに、何故か弱い者いじめになってしまう時って……あるよね?」



 決戦の時来たる……なんてな。それほど大それたイベントにはならないだろう。とにかく、例の人物が来るのを今か今かとグレッグ商会で待っている。


 時刻は早朝を少し過ぎた朝の時間帯で、本来であればグレッグ商会もアクセサリーを買い求める客で賑わっている時間だ。しかし、今のグレッグ商会に訪れる客は皆無である。


 早朝から並んでいた客がいたのだが、グリーディー伯爵が今日商会にやってくるという旨を伝えたところ、瞬く間に蜘蛛を散らす様に列が無くなっていったのだ。もちろん狙ってやったことなので問題ないのだが、名前を出しただけでこれだけの効果があるとは……グリーディー伯爵の悪名がどれだけ轟いているかが窺える瞬間であった。


「失礼する」


 俺たちが準備万端で待ち構えていたその時、ようやく目的の人物がやってきたようだ。その見た目は悪評に負けず劣らずの醜さを体現している。薄くなった髪は油でギトギトになっており、体つきも日ごろの不摂生がたたっていることを思わせるほどふっくらとしていて、ぱっと見は小柄なトロールと勘違いさせるほどに醜悪であった。


「これはこれは、貴族様。何か御用でしたでしょうか?」


 商会を代表してグレッグが伯爵の対応に出ている。……うん? 俺は一体何をしているのかって? そりゃもちろん傍観に決まっているじゃないか。


 まあ、傍観と言ってもただただ見ているわけではない。今俺はウルルの背後から彼女の口を押さえ込み、余計なことを仕出かさないように軽く拘束している。前回グリーディー伯爵がやってきた時は、伯爵に襲い掛かりそうになっていたらしいからな。今回イレギュラーがあるとすれば彼女が暴走する可能性だけなので、それをあらかじめ阻止するべく俺が直々に押さえ込んでいるのである。


「んー、んー」

「しぃー、少し黙ってろ」


 傍から見れば誘拐犯のような構図に見えなくもないが、ここには関係者以外の人間はいないので、俺が誘拐犯に間違われることはない。というか、十二歳と十一歳の少年と少女がくっついている姿は、差し詰め仲良くじゃれ合っているくらいにしか見えないだろう。


(こいつ、意外と力が強いな)


 俺の拘束から逃れようと、もぞもぞと動くウルルをさらに強い力で押さえようとするが、彼女も抵抗をやめようとしない。このままでは、グリーディー伯爵の目がこちらに向いてしまうかもしれないと考えたところで、俺は空いているもう一つの手でウルルの耳を弄り始めた。


「~~~~!?」


 すると途端に彼女の力が抜け、何やら妙な声を出し始める。まるでその声は、大人な感じの嬌声に近いもので、これはこれで逆に目立ってしまいそうだ。


「おい、これ以上暴れるなら耳を弄り回すぞ」

「っ!?」

「それが嫌なら大人しくしていることだ」


 まるでどこかの悪役のような台詞だが、内容としては獣人の少女が暴れないよう拘束しているだけなのだ。決して、やましいことはしていない。そして、残念なことにウルルから香ってくるのは、女の子独特の甘い匂いではなく野性味溢れる獣臭だ。はっきり言って臭い。これが終わったら俺の洗濯魔法(ただの水魔法)で丸洗いしてくれるわ。


「昨日伝えたではないか! まったく、これだから平民は嫌いなのだ!!」

「大変失礼いたしました。申し訳ありませんが、今一度内容をお聞かせくださいませ」


 ウルルとの攻防を繰り広げている間に、話が進んでしまっていたようでグレッグの言動にグリーディー伯爵が声を荒げる。


「昨日もらったものと同じ商品を受け取りに来た。とっとと用意するのだ!」

「失礼ですが、貴族様? 代金はお持ちでしょうか?」

「なんだと!? この栄えあるグリーディー家から金銭を要求しようとは何たる不届き者か!! わしを誰だと思っておる!? グリーディー伯爵家当主ゲルガ・フォン・グリーディーであるぞ!!」


 などと、今までにないほど大きな声で叫び出すグリーディー伯爵だったが、要するにタダで商品を寄こせということなのだろう。……なんて不逞の輩だ。


 それから、グリーディー伯爵のオンステージが続き、この商会やグレッグたち従業員に対して罵詈雑言を浴びせ掛ける。その言葉を受けてウルルが暴れ出そうとするのを必死になって俺は止めている。こらこら、ケモ耳娘よ暴れるな。


「何の騒ぎですの?」


 そんな中、突如として店の入り口から声が上がった。その声の正体は言わずもがな、今回のキーマンであるファーレン・ローゼンベルクその人である。


「誰じゃ。今わしが店の者と話しているのだ。平民は黙って大人しくしておればいい――」

「申し遅れました。私はローゼンベルク公爵家長女ファーレン・ローゼンベルクと申します。以後お見知りおきを。それで、あなた様はどこの誰なのですか?」

「っ!?」


 まさか、自分が罵倒した相手が貴族であったことにも驚きだが、それが貴族の中でも最高位の地位である公爵家の関係者だったことに言葉を詰まらせる。そして、一瞬虚を突かれたグリーディー伯爵だったが、物凄い変わり身の早さで態度を改め挨拶をし始める。


「こ、これはこれは、お初にお目に掛かります。わしはグリーディー伯爵家当主ゲルガ・フォン・グリーディー伯爵でございます」

「そう、これは一体何の騒ぎだったのかしら? 仮にも貴族の人間ともあろうお方が、まるで獣のように騒ぎ立てるなど見苦しいを通り越して醜い行いだと思うのですけれど?」

「ぐっ、そ、それは……」


 貴族にとって爵位というのはとても重要視されるもので、それは貴族である以上避けては通れないものなのである。ファーレンは公爵家の子弟ではあるものの、その権力は一つか二つ下の侯爵または伯爵位に相当する権力を持ち合わせている。いかにグリーディー伯爵が一貴族の当主であっても、無視はできない相手なのだ。


 さらに彼にとって不運なのは、ファーレンの祖父がローゼンベルク家現当主ドミニク・フォン・ローゼンベルクだということだ。本来公爵の位というのは、長きに渡って国に仕える重鎮または王族の血を引く者が、王位継承権を放棄する際に与えられる爵位である場合が多い。それ以外でも公爵位を与えられる可能性はあるが、大概が国に多大な功績のあった者ばかりなのだ。


 特にローゼンベルク家は、シェルズ王国が建国されて以来その栄華を極めて続けてきた家であり、王国内では六大貴族の一つにまで数えられるほどの大貴族の家系なのである。


 当然その派閥も大きく、グリーディー伯爵の所属する派閥とは表立って敵対はしていないものの、お互いを牽制し合っている派閥同士ではあるのだ。そして、今代の当主ドミニクが孫であるファーレンを溺愛しているということは、貴族だけでなく国民にも広く知れ渡っているほど有名な話であるため、ファーレンに何かあったとドミニクに知れれば、相手が仮に王族であってもただでは済まないのだ。


 それほどまでに巨大な権力と富を有している相手を目の前に、いくら上級貴族である伯爵位を持つグリーディー伯爵とて遜ざるを得ないのである。


「グレッグ商会長、何があったのです?」

「それが、こちらの貴族様がうちの商品をすべて渡せと申しておりまして。しかも、代金のお支払いをお願いしても家名を出してお支払いに同意していただけないのですよ」

「まあ、何たることでしょう!? それが本当であるなら、貴族としてはあるまじき行為ですわ! グリーディー伯爵、彼の言っていることは本当ですの?」


 グレッグの言葉を聞いて大げさに驚くファーレンが、冷たい視線を向けながらグリーディー伯爵を問い詰める。あの目は演技じゃなくて本気の目だな。


 その迫真の演技に気圧されたグリーディー伯爵が「ち、ちがうのです。これは何かの行き違いでこうなっただけで」という言葉に被せる様にグレッグが追い打ちとなる一言を口にする。


「ちなみにですが、昨日持っていかれた商品の代金も支払っていただいておりません。にも関わらず、今回も代金を支払わずに同じ要求をしてきているのです」

「それは由々しきことですわ。こんなことが世間に知れ渡ったら、事は一貴族の問題では済みませんわ。このことを即刻御爺様に報告して、然るべき対処を取っていただかなければなりませんわ」

「お、お待ちくだされ!! そ、それだけは何卒ご容赦を!!」


 グリーディー伯爵が必死になるのも無理はない。この一件が仮に公爵家当主であるドミニクに知れれば、確実に敵視されることになってしまう。そればかりか、同じ派閥に属する自分より上の位の貴族や同格の貴族たちに何を言われるかわかったものではない。


 事実上の四面楚歌状態に陥ってしまうのである。グリーディー伯爵の今後の立場がどうなるのかは、ファーレンの胸三寸次第ということになるのだ。


「では、貴族としての誇りがあるというのなら、伯爵が持っていった商品の返品または代金を支払ってくださいまし。グレッグ商会長、代金はいかほどになりますかしら?」

「左様ですな。すべての商品の合計金額で言いますと……大金貨三十枚といったところでしょうな?」

「な、なんだと!? そ、そんな馬鹿な!!」


 あまりの請求額に、グリーディー伯爵の顔色が悪くなる。伯爵家にとって大金貨三十枚というのは決して払えない金額ではないが、大金であることに変わりはない。しかも、今回グレッグ商会から奪って行った商品を高額で売り捌いたとしても、とてもではないが大金貨三十枚に届くことはないのだ。


 つまり、グレッグ商会はグリーディー伯爵家に言外にこう言っているのだ。“迷惑料大金貨三十枚を支払うか、奪って行った商品を返品するかのどちらか好きな方を選べ”と……。


 しかしながら、仮に大金貨三十枚を支払い奪って行った商品を売り捌いても大金貨三十枚は取り戻せない。かといって返品するというのは貴族としての面子が丸潰れになってしまう。だが、どちらかを選択しなければこの一件がドミニク公爵の耳に届き、貴族としての立場が危うくなるのは目に見えている。


 どちらも選びたくはないが、選ばなければ最悪の結末が待っている。グリーディー伯爵にとっては苦渋の選択であることは間違いないだろう。金か面子か貴族としての立場という彼にとっては選ぶに選べない選択であった。


(さあ、どれを選ぶんだ? トロール親父さんよぉ?)


 どれを選んでも彼にとっては満足のいく結果にはならないが、どれかを選べなければならない。俺だったら……金を取って返品するかな。それが一番被害が少ない気がする。


「よ、よく考えたら。あれだけ大量の商品は必要なかったな。返品を頼みたいのだが……」


 やはり、一番被害の少ない面子を捨てたようだな。だが、ここでグレッグが止めの一言をお見舞いする。


「それでは、返品料として大金貨十枚をいただきます」

「な、なにー!?」

「一度貴族様の家に納品されておりますので、返品となりますとその商品は中古扱いとなってしまいます。一度中古になった品を買いたいというお客様は少ないと存じますが?」


 結局のところ、返品することになったのだが、それに加えて迷惑料という名の大金貨十枚を支払う羽目になってしまったのである。抗議しようにもファーレンがニコニコとした顔で佇んでいるため、下手に文句も言えずこちらの要求どおりにするしかなかったのであった。


 改めて、返品と迷惑料支払いの旨をしたためた契約書が作成され、今回の一件はこれにて決着となった。だが、グリーディー伯爵の去り際に放ったグレッグ一言が、もうやめて差し上げろと言いたくなるようなほど、クリティカルヒットした。


「それでは、また何かございましたら何なりとお申し付けくださいませ。その際は、ローゼンベルク公爵家御用達のグレッグ商会が承ります」

「むっ、そ、その機会があればよろしくたのむ。で、ではこれで失礼する!」


 そう言いながら、焦ったように馬車に乗り込むとまるで尻尾を巻いて逃げるようにその場から立ち去っていった。結果として我々の勝利に終わったが、敵ながら最後は弱い者いじめをしているようでいささか気が引けなくもないが、今まで散々悪行に手を染めてきただろうし、今回の一件でその罰が当たったと思ってくれたら幸いである。


 その後、緊張の糸が切れたグレッグが地面にへたり込み、今まで見たことないほどに疲弊した姿を見せていた。どうやら貴族を相手にするという大役で精神的に疲れてしまったようだ。……ハゲなければいいのだが。


 それから、グリーディー伯爵から商品の返品と迷惑料大金貨十枚の支払いがあり、この一件は落着した。だが、どういうわけかこの一件がドミニク公爵の耳に入ることになり、グリーディー伯爵家はその後日の目を見ることなくひっそりと衰退していくのであった。そういえば、ファーレンが気になる一言を口にしていたな。


「確かに商品の返品と迷惑料の支払いは約束しましたけど、御爺様に今回の一件を話してはいけないという約束はしてませんわ」


 どうやら、ファーレンによってグリーディー伯爵はオーバーキルされてしまったようです……。これ、俺のせいじゃないからね? 

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