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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

99話「借家、借ります」



 ベッドから起き上がると、軽く体を伸ばして眠気を吹き飛ばす。今日も新しい朝がやってくる。


 魔法で宙に水を出現させ、その水で顔を洗う。完全に眠気がなくなり、意識は目の前で作業を続けるゴーレムたちに自然と向いていく。ゴーレムの一体一体が一定の速度とリズムで作業をこなしていき、一つまた一つと商品が量産されていく。


 そんな中、一体だけ気になる行動を取っているゴーレムがいた。そのゴーレムは太々しいという言葉が相応しいほどに泰然自若としており、寧ろその姿は堂に入っている。


「お前は、アユタヤの大仏か!」

「ムー」


 そこにいたのは、俺が一番最初に作り上げたゴーレムのプロトであった。だが、その体勢は横に寝転んだ状態で頭を手で支えているというもので、わかりやすく例えるならベテラン主婦が家事を終えたあとにリビングのソファーで横になる体勢、またはタイのアユタヤ草原に横たわる【ワット・ローカヤー・スッター】という名の大仏のような状態だ。


 いずれにしても、人前で取る体勢としてはあまり見られたくない部類に入る体勢であることは間違いないものなのだが、今もジト目で見続ける俺を歯牙にもかけず、空いている片手で「よっ」という具合に挨拶をしてきやがる。


 作業中のゴーレムたちは特に気にした様子はなかったが、よくこんな状態の仲間を尻目に真面目に作業できるものだと感心してしまうほどであった。


 プロトに関して特に何か指示を出すということはしていないので、自由に行動させているのだが、この太々しさは一体誰に似たのだろうか?


 そんな一幕がありつつも、ゴーレムたちが一晩中作ってくれていた魔石英のブレスレットとシュシュを確認する。ゴーレムたちも作業回数をこなすことで効率が上がっているらしく、ブレスレットは二千個以上、シュシュについても約八百個ほどができあがっていた。


「なかなかの量だな。もうこの二つの商品に関して、俺が出る幕は完全になくなってしまったな」

「ムームー」


 俺の呟きに同意するかのように、プロトが反応する。……プロトよ、そこは嘘でもいいから「そんなことはない」と言うべきところだぞ? それが処世術というものだ。


 ゴーレムに処世術が必要なのかという疑問が浮かんだが、そんな無駄なことを考えている暇があったら他のことに時間を使うべきだという結論に至り、ゴーレムと魔力補充用の魔石に魔力を補充するとゴーレムたちに再び作業を再開させた。


 少し早めに起きたため、朝食の時間までの少しの間を利用して、さらにヘアピンを増産していく。魔力制御と魔力操作の統合スキル【魔道の心得】を駆使し、同じプロセスの魔法工程を複数展開させる。端的に言えば、自分の手が何本も生えている状態と同じようになり、同じ作業を複数同時に行うことができるようになるということだ。


 それにより、僅か十数分の間に数百個という驚異的な数のヘアピンが増産される結果となった。我ながら素晴らしい生産力である。


 それからは、いつものようにグレッグ商会に赴き今日販売予定の商品を預け、従業員全員と朝食を食べた後昨日約束したシュシュをヌーサに渡す。ちなみに、従業員の女の子にもサンプルとして気に入った柄をプレゼントしてある。唯一の男性従業員であるジャンにもあげようとしたが、明らかに女の子の着けるアクセサリーなため恥ずかしいという理由で辞退されてしまった。


 食事を終え、彼らに店を任せると伝えたあと、商業ギルドへと足を向けた。今日の目的は、職人ゴーレムたちによって手狭になってしまった宿の部屋から広い住居スペースへと移動するため、借家を借りに来たのである。


 今泊っている宿の部屋は一人部屋で、宿には二人部屋や三人部屋があるがそちらに移るという選択肢もある。だが、それだといちいち部屋を移る手間があるし、最終的にゴーレムを増やした時に配置できる数にも限界が出てくる。


 であるならば、最初から大きなスペースがある借家を借りることで移動の手間を一度で済ましてしまうと同時に、今まで手付かずだったこの世界にはない技術の開発作業にも着手することができるのだ。


「いらっしゃませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 さっそく受付に向かい、今日の用向きを伝えるとすぐに応接室へと通される。しばらくして、担当の職員がやってきたのだが……。


「ローランド様、ようこそいらっしゃいました。本日は借家を借りたいとのことですが、ご希望の条件などはございますでしょうか?」

「あ、ああ……条件についてはいくつかある。まずは……」


 応接に室に入ってきた担当者は、商業ギルドのギルドマスターであるキャッシャーだった。なぜ、ギルドマスターがわざわざ出向いてきたのかという疑問が浮かんだが、厳正に対応してくれるのであればこの際問題ないことだとその疑問を破棄して借家の条件を提示する。


 借家の条件は、とにかくある一定の広さがあるということ、そして居住スペースとは別にゴーレムたちに作業をさせるための作業スペースがあるということだ。


「そうなってきますと、その条件に合う物件はこちらになりますね」


 俺が条件を伝えると、すぐにいくつかの物件をピックアップしてくるあたり、さすがはギルドマスターといったところだ。ピックアップされた物件は、主に貴族や富豪が住んでいた邸宅と呼称されるべきものばかりであり、はっきり言って分不相応なものばかりだ。広さ的には俺が考えている数倍以上も広く、仮にこの物件を借りるとなると、同時に使用人も雇わなければならないレベルだ。


「いかがでしょうか?」

「もう少しグレードを下げてくれ。ここまで広くなくていい」

「かしこまりました」


 一介の冒険者に一体何を薦めるつもりだったんだと内心で呆れながらも、次にピックアップされた物件が書かれた書類を確認していく。


 書類に記載されていたのは、現在購入済みのグレッグ商会と似たような物件であり、広さも大体同じくらいだ。その他にも、鍛冶職人が使用されていたと思しき屋敷と工房がセットになったような物件もあり、確かにグレードとしては先ほどの物件よりも見劣りする。


 しかしながら、広さ的には俺一人でもなんとか管理維持ができそうなくらいの規模だったため、さっそく目についた物件を見せてもらうことにした。


「こちらの物件です」

「うーん、ボロいな。こりゃあ、改修工事が必要だな。次だ」

「こちらは、いかがでしょうか?」

「居住スペースが場所を取り過ぎている。もっと工房部分に重きを置いたものがいい。次」


 それからいくつかの物件を回り、あーでもないこーでもないと吟味した結果、一つの物件にたどり着く。そこは、グレッグ商会から割と近い場所にあり、広さとしてもグレッグ商会より一回り小さな場所だ。


 それでも、人ひとりが住むには十分な広さがあり、何より家よりも工房の方が大きく家自体はそれほど大きい物件ではなかった。


「こちらの物件は、元々名のある職人が個人で持っていたものなのですが、数年前に寿命により亡くなって以来、誰にも手に渡っていなかった物件なのです」

「かなり良さそうに見えるんだが、買い手が付かなかったのか?」

「元々職人が使っていたとあって、貴族の方は見向きもしませんし、商人の場合この土地を買って新しい建物を一から作り直さなければならないとのことで、その投資した金額を利益で回収できる見込みが薄いと判断される方ばかりでして。お金を持っている富裕層には見向きもされていなかったのです。職人の方には何人か食いついてきた方もいましたが、残念ながら予定していた予算との折り合いがつかず、最低限の維持だけをしながら今まで放置されてきた物件なのです」


 確かに言われてみれば、この物件があるのは商業区なので、貴族区に住居を構えることが通例の貴族には購入しても無用の長物だ。かといって、商人が購入した場合今ある建物を壊して新たに建物を建設すれば初期投資にお金が掛かってしまい、そこで商売をしても赤字に終わってしまう可能性の方が高い。職人は職人で、購入するには金額が高く、すぐに手放すことになってしまうといった何とも中途半端な物件らしい。


 そういったことから、今まで誰の手にも渡らず商業ギルドが管理し続けるだけの意味のない物件になっていたということなのだが、そんな違う意味でいわく付きな物件を俺に進めてくるとは……さすがは商業ギルドのギルドマスターといったところか。


「いかがでしょうか?」

「ちなみに、この物件の一月の家賃はいくらだ?」

「最初に、今まで掛かった維持費の三割に当たる金額の大銀貨二枚をご負担いただきまして、それから土地代を入れた一月の家賃が小金貨二枚となっております」

「なるほど」


 キャッシャーからこの物件の家賃を聞いて、ますますもってこの物件が今まで人の手に渡らなかった理由が見えてくる。しかしながら、今の俺にとっては十分に払える金額であるため、俺はこの物件を借りることにしたのであった。


「ちなみに、購入するのでしたら土地代込みで大金貨三枚ですが、いかがでしょう?」

「いや、今回は借りるだけにしておこう」

「そうですか。では、ギルドに戻って契約の手続きをしましょう」


 さりげなく購入を薦めてくるキャッシャーの言葉を躱しながら、商業ギルドに戻って契約の手続きを済ませた。このオラルガンドにいつまでいるかわからないが、十二歳にして一戸建てを借りてしまったことに前世の記憶と重なる部分があってなのか妙なノスタルジーを感じてしまう。そんな思いに浸りながらも、取り引きを済ませた俺はすぐに宿へと戻った。

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