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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

98話「第二の新商品作製」



「よし、始めるか」


 誰もいない部屋で一人呟くと、俺は作業を開始する。ちなみに、ゴーレムたちの作業は問題なく稼働しており、現在俺のストレージには千個以上のブレスレットが貯まっている。


 朝起きた時にできあがっていたブレスレットはすでに店に卸しているので、この短時間の間にこれだけの量ができたことになるということだ。なかなかの生産量だな。本当に俺が必要なくなってしまった。


 そんな寂しい思いを振り払い、気を取り直して新しい商品の開発を開始しようと、ストレージから今日買った布と別の店で見かけた糸を取り出す。


 開発と言っても、元々は地球にあったものをこちらの世界の材料を使って再現するというだけなので、完全オリジナルの商品ではない。尤も、著作権や特許という概念のないこの世界で、オリジナルという言葉がどれだけの意味を持っているのか小一時間考えてみたい気もするが、そんなことをしているのなら別のことに時間を使った方が有意義であるため、さっそく作業に入る。


 ます、買ってきた布を縦十五センチ前後、横幅六十センチ前後に切り分ける。切り分けた布を半分に折り、鉄インゴットで作ったまち針を刺して固定しておく。この時布の両端五センチは空けておく。


 次に合わせた布の端から一センチほど間隔を空けた状態で、針と糸を使って縫い上げる。この時、あらかじめ空けておいた布の両端五センチほどは縫わずにする。できあがったものを表に返し棒切れなどを使って押し込んでいく。すると反対側から布が出てくるので、すべてひっくり返す。


 縫い上げなかった部分を輪っか状になるように重ね合わせ、接している部分を縫い上げていき、完全に閉じてしまう前にポイズンマインスパイダーの糸で作った紐を、輪っか内に通して引っ張りながら両端を結んでいく。最後に紐を通した穴を塞いで仕上げれば完成である。


「たらららったら~、シューシュー」


 できあがったのは、シュシュだ。シュシュは、リボンやゴム紐などと同じく髪留め系統の装身具だが、髪留めとしての機能自体はリボンやゴム紐の上位互換と言える。リボンなどと違い自分で結ぶのが難しくなく、ゴム紐のように髪が絡んで外す時に痛みを伴うこともない。


 そして、使用しないときは腕などに装着することで、ブレスレットなどの役割もこなせるというオールラウンダーな装身具なのだ。


 さらにシュシュの利点はまだあって、それは自分の好きな柄の布を使用することで完全に自分好みのシュシュを作り出せるという点にある。大抵の場合リボンなどを選ぶときなどは、ある程度固定された色や柄の中から選ばなければならないが、このシュシュは布さえあれば作り方も難しくないため、手先の器用な人間であれば手作りで作れてしまうのである。




【シュシュ】:リボンなどと同じく髪留めに分類される装身具だが、腕に装着することでブレスレットとしての機能も持っているため、その利便性は高い。 相場:小銀貨四枚から小銀貨六枚




「サイズ調整をしたいな」


 シュシュができたのはいいが、肝心の着け心地や髪留めとしての機能を果たす確認ができないことに気付く。自分でやろうにも、俺の髪は短すぎるのである。


 どうしたもんかと考えた結果、ここはやはり身近な人間の意見を聞くべきだろうということで、一階へと下りて行く。時間帯的にお昼のピークが過ぎていたので、目的の人物が休憩しているのを見つけた俺は、さっそく声を掛けた。


「休憩か?」

「あ、ローランド君。これとてもいい感じだよ! お昼はいつもお客さんで混むんだけど、前髪を直してる暇もないくらいに忙しくなっちゃうんだ。けど、これだと前髪が垂れてこないからすごく助かっちゃったよ」


 そう言って朝に付けてもらったヘアピンを指差す。どうやら、機能面的にも問題ないようなので明日から本格的な販売に向け大量生産に入った方がよさそうだ。


 そんなことを考えつつ、休憩中のヌーサに手伝ってもらうため俺の部屋まで連れて行こうとしたのだが……。


「なんだい? 二人して昼からよろしくヤろうってのかい?」

「なんでそうなるんだよ!?」


 どこからともなく現れたヌサーナが、ニヤニヤとした顔を浮かべながらそんなことを言ってくる。大体、ヤろうってなんだヤろうって。使ってる言葉に悪意があるぞ?


 ヌサーナの言葉に反論しつつ、顔を赤くするヌーサの手を取って部屋へと連れていく。後ろから「動けなくなったら夕方まで休んでおいていいからね」という声が聞こえてくるが、全力で黙殺する。そんなことをするつもりは断じてない。断じてないぞ!!


「相変わらず、ゴーレムさんたちは働き者だね」


 ヌーサを部屋に連れてくると、彼女がそんな感想を漏らす。ちなみにだが、俺の部屋でゴーレムが動いていることは宿の人間には伝えてある。でないと、部屋の掃除に入った時に大騒ぎになってしまうからな。


 彼女も何度かゴーレムを見ているのか、驚くことはなくゴーレムたちの作業を見つめていた。さて、とりあえず彼女には髪の毛を貸してもらうとしようじゃないか。


「ヌーサ、ここに座ってくれ」

「え? ベッドじゃなくて?」

「……」

「……」


 この子は、俺が何のために部屋に来てもらったと思っているのだろうか? あの色ボケ女将の言う通りのことをするためとか言い出しそうだな……。やれやれだぜ……。


「とりあえず座ってくれ。今からヘアピンとは別の髪留めの調整をしたいから、ヌーサの髪の毛を貸してほしい」

「また新しいのがあるんだ? 楽しみだな」


 そう言いながら俺の指示通り椅子に座ると、宙に浮いた足をぷらぷらとさせながら陽気な声で話しをする。では、いざ試してみますかね。


「ちょっと触るぞ」

「う、うん……」


 一言ヌーサに断りを入れ、彼女の髪を後ろから纏め始める。纏まった髪の束をシュシュの穴に通し、根元の方まで持っていく。見た感じは上手くいっているようだが、果たしてどうだろうか。


「いいぞ。ちょっと立って確認してみてくれ」

「もう終わったの? どれどれ……」


 そう言いながら、後ろで纏められた髪を確認しつつ、頭を左右に振ったりして纏めた髪が落ちないか確認している。しばらくして確認が終わると、ヌーサが口を開く。


「大丈夫みたいだね。しっかり咥え込んでるみたいだよ」

「痛くなかったか?」

「うん、大丈夫だよ。初めてだったけど、ローランド君が優しくしてくれたから痛くなかったよ」


 ……な、なんか別の言葉に聞こえるのだが、俺の気のせいだろうか? 拙い、実に拙いぞこれは。とにかく、サイズの調整は問題ないようなので、あとは量産体制を整えていくだけだ。


「ローランド君、この髪留め……」

「シュシュだ」

「シュシュって言うんだ。なんかかわいい名前だね」

「確か、言葉の意味も“かわいい”とかだったはずだ」

「そうなんだ。それでね、このシュシュ私にくれないかな?」


 そう言いながら、上目遣いでこちらを見てくる。なるほど、どうやら相当気に入ったらしいな。だがしかし、まだ販売前の商品であるため簡単にあげるわけにはいかないのだ。


「すまん、一日だけ待ってくれ。まだ試作品の段階だから、明日の販売日当日に渡すから」

「うん、わかった。楽しみにしてるね」

「ああ、協力感謝する」


 そう言って、ヌーサからシュシュを回収すると、彼女は部屋を出ていった。……え? そのあと何もしなかったのかって? いたいけな十二歳の少年に何を期待しているんだ?


 それから、シュシュの製作に取り組み、作業に慣れてきたところでさっそくこの一連の流れをゴーレムを使って自動化できないか試みることにする。


 作業の流れとしては、布からシュシュの大きさとなる布切れを裁断する。半分に折りまち針で固定する。一センチ端を縫い上げ、まち針を外してひっくり返す。両端を繋げるように輪っかに縫って途中で紐を通して結ぶ。仕上げに紐を通した穴を塞ぐように縫って終了だ。


 工程数としては五つだが、作業効率を上昇させたいのでその作業を二グループでやってもらうことにした。前回ゴーレムを作った時は十二号までだったので、今回は十三号から二十二号までを作り上げる。


 そして、十三号から十七号、十八号から二十二号それぞれにシュシュの作業工程を教え、実際に作業を行ってもらう。さすがに細かい作業もあるため、俺が手本を見せながら教える手間が掛かったが、それでもなんとか作業としては形になっていった。


「うん、上出来だ」


 試行錯誤すること二時間。いろいろと細かい調整を挟みつつ、ようやく納得のいくものができるようになったので、さっそく生産を行う指示を出す。


 ゴーレムたちを指導している途中で、気付いたことがある。それはゴーレムに指示を出す際、指示の内容が複雑なものでもちゃんと動いてくれたことだ。おそらくだが、前回のゴーレム作製でコツをつかんだかスキルのレベルが上がったかでゴーレム作製の技術が向上したのが要因だと思われる。


 とりあえず、適当に布と紐の材料となるポイズンマインスパイダーの糸を渡しておき、魔力切れを起こさないよう魔力補充用の魔石もそれぞれに用意しておいた。


「狭くなったな」


 ゴーレム一体の大きさはそれほどではないとはいえ、宿の一人部屋ではさすがに手狭になってきている。これは近いうちに広い部屋に移った方がいいかもしれない。


「いっそのこと借家でも借りた方がいいかもな」


 今まで住居については宿で十分事足りていたが、こうなってくるとゴーレムたちが作業をしていても問題ないくらいのスペースが必要になってくる。宿に泊まる宿泊代も長い目で見ると馬鹿にならない額であるため、それならばどこかいい物件を借りた方が安上がりになるだろう。近いうちに商業ギルドに行かねばなるまい……。


 そんなことを考えつつ、夕方になるまでひたすらヘアピンを生産し続ける。本当であればヘアピンもゴーレムで自動化させたいが、その場合火を扱う作業が入ってくるため、さすがにゴーレムに任せるのはまだ怖いところがある。何より、これ以上ゴーレムを配置するスペースもないため、しばらくはヘアピン生産は俺の仕事になりそうだ。


 夕方になったので、作業を切り上げ一階へと下りる。時間帯的に夕飯時であるため、食堂が混雑していた。ヌーサには一度聞いたが、ヌサーナにヘアピンの感想を聞こうとした。しかし、食堂の混雑ぶりを見て後にした方がいいと判断し、ひとまずグレッグ商会へと向かった。


 営業を終えて閉店した商会に入ると、昨日とは打って変わって客が押し寄せている事態にはなっていなかったが、相変わらず店内の椅子にだらりと体を預けてぐったりとしている従業員たちの光景は変わらなかった。まだ人手が足りていないかもしれんな。


「あ、ご主人様」

「モリー。俺はお前の主人じゃないぞ」


 それからモリーと俺とのご主人様論争が起こったが、最終的には“オーナー”という呼び方に決定した。普通に名前呼びでよかったのだが、これ以上ごねてまた論争になるのが嫌だったので、俺が折れる形での決着となった。


「それで、働いた感想はどうだ? やっていけそうか」

「はい、問題ありません。少し客の入りが凄くてびっくりしましたが、今はこの仕事に遣り甲斐を感じています」

「そうか」


 そこからグレッグを交えて今日の売り上げの報告だったり、商品の売れ行きついての報告を受けたあと、今後新たにラインナップとして加えていく二つの商品について話すことになった。


「まず今日試験的に販売していたヘアピンだが、報告ではすぐに完売したということだったので、このまま正式に販売を始めることにする。それに伴って、ヘアピンの価格を一本小銅貨一枚から小銀貨一枚、三本で小銀貨二枚と大銅貨五枚に値上げしようと考えているがどうだ?」


 ヘアピンの価格については、相場的なものを言えばコストが掛からない以上最低額の小銅貨一枚でも利益は出る。しかしながら、纏まった売り上げにするためには数を売らなければならない。しかも、このヘアピンは製造法について言えば専門的に必要な技術が鍛冶スキルだけなので、すぐに類似品や模造品が出回るのは目に見えている。


 ある程度の利益と何より俺の労働に割く時間の対価……所謂お時給的なものをもう少し向上させる目的で、少し値上げすることを提案してみたのだが、これについて文句が出ることはなかった。


「寧ろ商品として売るのであれば、もう少し値を上げた方がいいと思います」


 といった感じで、商人のグレッグや商会に勤めていたモリーとレチカなどからも賛成の声が上がり、ヘアピンの値上げはすぐに決定した。


「次だが、明日からヘアピンに加えてこの商品も売りに出そうと考えている。何かあれば言ってほしい」


 そう言って取り出したのは、シュシュだ。シュシュを見た従業員たちの感想は“これは一体なんだ?”という反応がほとんどであった。そりゃ、見たことがないものを見ればそういう反応になるのは当然か……。


「坊っちゃん、これは?」

「これはシュシュと言って、ヘアピンと同じように髪を留めるために使用する装身具の一種だ。だが、ヘアピンと違うのは可愛らしい見た目をしているということと、シュシュを使用しない時はこのように腕に着けておくことでブレスレットとしても使うことができる点にある」


 シュシュというものがどんなものなのか説明してやると、女性陣は目を輝かせて興味津々といった顔を浮かべている。グレッグもこのシュシュというものの機能性や利便性を察したようで、感心した声を漏らしていた。


「それで、このシュシュですか? 値段はいくらでの販売を考えているのですか?」


 相場では小銀貨四枚と出ていたので、最低額を付けようとも考えたが、商売的にグレッグ商会が最初の販売元になるアドバンテージを活かさない手はないので、ここは強気に小銀貨六枚としておいた。一応材料の布と糸に仕入れコストが掛かっているから、多少値を付けておきたいというのが本音だったりする。


 このシュシュも裁縫の技術があれば誰でも作ることができるので、ヘアピン以上に類似品が出回る可能性がある。だが、シュシュの紐として使われているポイズンマインスパイダーの糸の入手ルートの確保が難しいため、うちのシュシュよりも機能的に優れたものはそうそう出てこないとも考えている。


「じゃあそういうことで、明日はもっと忙しくなるかもしれないから、今日の疲れを残さないよう各自早めに休むように。これで話は以上だ。何か質問はあるか? ないなら飯にするぞ」


 特に質問もなかったので、そのまま向かいの宿に移動する。皆で食事をしその時ヌサーナたちからヘアピンの感想を聞いたあと、その日はそれでお開きとなった。


 そのあと、さらにヘアピンの増産とゴーレムたちのチェックなどを行ったあとで、明日に向けてベッドに横になった。

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