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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

97話「市場調査と新たな能力」



 翌日、ベッドから起き上がるとゴーレムたちはまだ作業をしていた。いくら、ゴーレムたちが一晩中不眠不休で作業をしても、さすがに数千個単位の加工作業は終わらなかったらしい。


「んっんー。調子はどうだ?」

『ムー』


 軽く体を伸ばし、俺が声を掛けたタイミングでゴーレムたちの作業が止まる。ちょうど今のタイミングで終わったのかと思ったが、どうやら魔力補充用に置いておいた魔石の魔力を使い果たしたようで、実質的にこれ以上の作業ができなかったらしい。


 とりあえず、ストレージを確認してみるとゴーレムたちが加工したブレスレットができあがっており、その合計は軽く千五百個を超えていた。……どんだけ作ってたんだよ。


 これなら昨日のような品切れにならないかとも考えたが、万が一足りなくなった時に手詰まりになる可能性があるので、その考えを破棄した。


「ゴーレムたちと魔石に魔力補充をしておいた方がいいな」


 そう呟くと、ゴーレムと魔力補充用の魔石のそれぞれに魔力を補充していく。すると、再びゴーレムたちが作業を再開し始めた。やはり、魔力がなくて作業ができなかったらしい。


 そのまま作業を行わせておくことにし、一階に下りる。今日は、ある人物たちに用があるのだ。


「おはようヌサーナ、少しいいか」

「坊やじゃないか、どうかしたのかい?」

「ああ、ちょっとヌーサを呼んでくれないか?」

「ちょっと待っておくれ。ヌーサ! ちょっとこっちに来ておくれ!」


 朝っぱらから、大きな声が宿に響き渡る。その声に反応したヌーサがすぐにこちらへとやってきた。


「お母さん、どうしたの? あ、ローランド君おはよう」

「ああおはよう、二人にちょっと頼みたいことがあるんだが、構わないだろうか?」

「なんだい? 娘を嫁に欲しいのかい?」


 ……なんでそうなる? 仮にそうだったらどうするつもりなんだろうという疑問が浮かんだが、それを聞くと後戻りできないような気がするので、その疑問を黙殺して本題に入る。


「実は、とある商品があるんだが、まだ誰も使ったことがないんだ。だから、二人にその商品をお試しで使ってもらって、感想を聞きたいんだよ」

「ち、上手く躱したね……。それで、その商品ってのはなんだい?」

「その前に、二人に質問をしよう」


 俺がヌーサを嫁にという話をスルーしたことはどうやら正解だったようで、にやりと笑いながら話を切り替えるヌサーナ。それに対し、ヌーサは顔を赤くして「お母さん!」と抗議の声を上げる。


「二人とも髪が長いけど、前髪とかが掛かって鬱陶しいと感じたことはないか?」

「そりゃあ、女ならしょっちゅうあることさね」

「そんな時はどうしてるんだ?」

「そういう時は、布を頭に巻いて前髪が垂れてこないように頭巾みたいにしてるよ。でも、夏の暑い日とかは頭が蒸れて気持ち悪くなっちゃうんだけど」


 俺の最初の質問にヌサーナが答え、次の質問にヌーサが答える。やはり、俺が結論付けたようにこの世界には髪を止める道具はなさそうだ。少なくとも庶民の間には浸透してはいないみたいだ。


「なら、これを使ってみてくれ」

「……これは?」


 頭に疑問符を浮かべる親子に、俺はヘアピンの説明をしてやる。やはりというべきかなんというべきか、俺の説明を受けてもどうにも要領を得ないといった具合の表情を浮かべている。ならば、百聞よりも一見にしかずだ。


「じゃあ一回使ってみようか。てことで、ちょっと失礼」

「あっ……」


 俺はヘアピンの利便性を体感してもらうべく、ヌーサの前髪を掻き上げた。それを見たヌサーナが「おやおや、朝から見せつけてくれるじゃないか」と見当違いも甚だしいことを口にしていたが、全力で無視を決め込んで掻き上げたヌーサの髪をヘアピンで止めた。ちなみに、性能は昨日のうちに自分の髪で確認済みなので問題はないはずだ。


「こんな感じなんだが」

「すごい、すごいよローランド君! これなら髪が目に掛からないよ」

「そうか、それはよかった。じゃあヌサーナも試してみてくれ」

「ならヌーサにやったように、あたしにも付けておくれよ」


 俺は内心で「自分でできるだろうが!」と突っ込んだが、逆らえばどんなしっぺ返しが来るかわからないので、彼女の要望通りヘアピンを付けてやった。そう、付けてやったのだ。ここ大事なとこだぞ?


 二人とも前髪が垂れてこないのが新鮮なのか、止めてある部分を指で触って確かめたりしている。……まあ、そのうち慣れてくるだろう。


「こいつはいいねぇ」

「これなら頭も蒸れないね」

「じゃあ、今日一日それを付けみてくれ。夕方になったら感想を聞きに来るから」


 そう言って、俺は二人と別れ向かいにあるグレッグ商会へと向かった。商会に入ると、グレッグを始めナタリー姉弟やミリーとレチカの奴隷チームが勢揃いで迎えてくれた。さっそく、ヘアピンのことを話しグレッグ以外の四人にも今日一日ヘアピンを付けてもらうことになった。


「僕も付けるんですか?」

「ああ、このヘアピンは男でも使えるからな。前髪の長いジャンも使ってみてほしい」

「わかりましたけど、恥ずかしいので今日一日だけですよ?」


 どうやら、髪型にあまりこだわりを持たない男にとっては、ヘアピンを付けるということ自体が恥ずかしいようで、止めてある前髪をいじりながら困った顔をしていた。


 とりあえず、試験的に販売をしてみるということにして解析の結果で出ていた相場を参考にし、一本で小銅貨一枚、三本で小銅貨二枚という価格に設定した。それに加えて、購入制限としてお一人様三本までということにしておいた。状況次第では、値段を調整することも視野に入れるつもりだ。


「じゃあこれで頼む。六十本入ってるから」

「わかりました」


 販売用のヘアピン六十本をグレッグに渡して、全員で朝食を食べる。朝食後は他の人と別れ、今日は市場を散策してみることにした。


 市場に向かう目的は、どういったものが売られているのかという販売物の確認と、その価格帯を調べるというもので、平たく言うと市場調査である。


 何か物を売りたい時というのは、その時の相場を参考にした価格で販売することが多い。どんな商品が、どれくらいの価格で、どれくらいの量売られ、どれくらい買われているのかという情報を念頭に、自分が同じ商品や類似する商品を販売する際に値を付ける基準とするのだ。


 そうすることで、売り手は大損をするというリスクを回避することができ、買い手は適正な価格で欲しい商品を手に入れることができる。両者にとってメリットのあるものなのだ。


「いらっしゃい、いらっしゃい! 安いよ安いよ!」

「昨日入荷したばかりの野菜だよ。鮮度が違うよ」


 朝の早い時間帯だというのに、市場は賑わいを見せる。店の人間は人の往来に向かって客寄せのために声を張り上げ、その声に釣られて店と交渉する人の声も大きくなる。


「じゃあ五個で大銅貨二枚でどうだ!!」

「お客さん、それじゃあ運賃にもなりやせんぜ。せめて大銅貨三枚はいただかないと」

「むぅ……」


 そんな声が、そこかしこから聞こえてくるのをまるでラジオを聞いているかのように聞き流しながら、時折興味を引かれたものを少量ずつ買っていく。特に野菜や果物類に関しては、料理などでもよく使うため少し多めに買ってしまった。


 市場で取り扱われている商品は食材が多いが、たまに調理済みの料理や鍋やフライパンなどの金物を取り扱っている店もちらほらと見かけ、珍しいものだと塩や胡椒などといった香辛料を扱う店もあった。もちろん、大人買いしましたとも! 小金貨使っちった、てへっ。


 ……コホン、とにかくだ。いろいろな商品を見て売られている商品の品質と価格、そして解析で見た時の適正な相場との比較をしていき、情報を集めていく。


 そんなことを繰り返していると、とある店にたどり着いた。どうやら、布を商品として扱っているらしく、生地屋というのだろうか、店のすべての棚に布が陳列されている。


「いらっしゃいませ。どういったものをお探しでしょうか?」


 現れたのは三十代くらいの女性で、茶色のショートカットに布をターバンのように巻き付けている民族的な雰囲気を持った人だった。とりあえず、どんなものがあるのか一通り見せてくれと頼み、いろいろと布を出されたが、正直言ってちんぷんかんぷんである。


「この布はとあるルートから仕入れた特別な綿を使っている」だの「こっちの布は、有名な針子が一枚一枚丁寧に作り上げている」だの、とにかく布の事細かい詳細を語ってくるのだ。


「あと、これはですね……」

「ああ、もういいもういい。十分だ」

「……そうですか? まだ何百枚もありましたのに」


 冗談ではない。まだたったの数枚しか紹介されていないのにも関わらず、あれから三十分も経過している。このまま彼女の説明を聞いていたら、日が暮れるどころか明日の朝日を拝む羽目になってしまうだろう。


 とりあえす、彼女の説明を聞いてもわからなかったので、触った時の柔らかさと色で選別していくことにする。その結果、白・黒・青・赤・緑・黄・橙・紫の八種類の布を選別した。それと追加で、目についたよさそうな柄の布も合わせて購入していく。


「店主、これらの布を各三個ずつくれ」

「そ、そんなにですか!?」

「そうだ。あと、店主も布を選んでくれ。庶民がよく使うそれほど高くないもので五、六種類ほど。これも各三個ずつもらおう」

「か、かかかしこまりましたぁー!」


 それからさらに三十分の時間を掛け、ようやく清算へとこぎつける。一番時間が掛かったのが、店主がおすすめの布を選ぶ時間だったことは言うまでもない。


「お待たせしました。全部で大銀貨八枚と中銀貨四枚と小銀貨三枚になります」

「これで頼む」


 そう言って、小金貨一枚を差し出す。かなりの金額になってしまったが、初期投資としては問題ないと考えている。しかし、まさかグレッグの月収を超えてしまうとは思わなかった。ちなみに、グレッグの給金は二人で話し合った結果、最初は大銀貨六枚から試験的に始めてみるということになった。


 他の従業員の給金についてもナタリー達には「給金は変わらない」と言ってはいるが、俺もそこまで鬼ではないし、これでも前世はサラリーマンだったので、労働に見合った賃金を支払うべきだという考えも持ち合わせているつもりだ。それ故に、四人の働き次第で元の給金にプラスして賃金を支払うことも考えている。所謂歩合制というやつだな。


 というか、モリーたちの賃金が変わらなかったら全部の借金を返すのに何十年も掛かってしまうから、いずれ賃金の見直しはするつもりだったぞ? グレッグ商会は、ブラック企業じゃないんだ。この世界に労働基準法がなくても常識的な範囲での賃金の支払いをするのは当たり前だ。


 グレッグ商会で取り扱っている商品は、俺が直接卸しているため基本的に仕入れに必要なコストが掛からない。仕入れ値ゼロのものに値を付けそれが売れれば、当然付けた値の分だけ利益がそっくりそのまま商会の利益になるということだ。


 新しく販売するヘアピンも、素材となる鉄鉱石はもちろんのこと、それを鉄インゴットに加工する加工費やそれに掛かる人件費など、商品ができるまでに掛かってくるコストがすべてゼロだ。そのため、最低価格の小銅貨一枚でも利益は十分に見込める。ただし、薄利多売でないと纏まった利益を出すことは難しくなるので、今日販売しているヘアピンの売れ行き次第では、本格的な販売の際もう少し販売価格を上げても問題はないだろう。


 彼女に支払いを済ませ商品を受け取ると、そのまま店を後にする。店の厚意で大きな肩掛け鞄をタダでもらったので、それにストレージの能力を使って魔法鞄に見せかけて買った布を収納した。


 それから、市場をぐるりと一周し売られている商品や値段、実際の相場などを確認しつつ、一通りの市場調査を終えたので、その足でダンジョンへと向かうことにした。


「さて、やってきました。十階層です」


 ダンジョンに着いた俺は、そのまま転移ポータルでいつもの場所になりつつある十階層へとやってきていた。目的は、言わずもがな商品の材料集めである。


 ひとまず十階層入り口からしばらく行った森の先にある川辺に赴き、川の中にある魔石英を回収する。ちなみに、ある時この川にある魔石英の総数が気になったので、解析を使って調べてみた。詳しい詳細はわからなかったが、表示されたウインドウに“推定数億個”という数字が目に飛び込んできた。その瞬間、俺はそのウインドウを黙って閉じた。


「この作業も面倒になってきたな……瞬間移動が使えたらもっと楽になるのに」


 そう呟いてみたものの、現在転移魔法や瞬間移動といった類の能力は習得できていない。時空魔法や転移ポータルというものが存在している以上、それに準ずる効果を持つ魔法はあるはずなのだが、習得するために必要な条件でもあるのか現在習得に向け目下努力中である。


「うん? なんだこの感覚は?」


 すると、突如として頭の中にイメージが浮かび上がる。そのイメージに従って、手を前に突き出し頭の中にあるイメージを言葉として口にする。


「【ディメンジョンゲート】」


 自然と口に出た言葉が呪文となり、目の前の空間に裂け目ができる。それが扉を開いたような状態で展開されたかと思ったその刹那、目の前に見慣れた光景が映し出される。その先にあったのは、俺が泊っている宿の部屋で現在進行形でゴーレムたちが作業をしている姿が目に飛び込んできた。


「ムッ……ムー」

「はあ、なんで勝手にこっちに来るんだ?」


 扉の先にいた俺を発見したプロトが何の躊躇いもなく、ゲートを潜ってこちら側にやってきた。とてとてとした歩みは見ていて癒されなくもないが、今は現状の把握が最優先だ。


 どうやら、見た目通りゲートの先は俺が泊っている宿の部屋と繋がっているらしく、プロトがこちらに来れたということは逆にこちら側から宿に行くこともできるのだろう。


「ちょっと怖いが、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。ローランド、行っきまぁーす!」


 そのまま勢いよくゲートに突っ込む……などということはせず、まずは両手をゆっくりと入れていき、徐々に顔、体という順番でゲートを潜り抜ける。結果として、何事も問題なく事が進み、俺の目の前にはもくもくと作業をこなすゴーレムたちがいる部屋があった。


 振り返ってみると、まだゲートは開いていた。おそらく、俺の意志で消すことができるタイプの能力だと推察する。それから何度かゲートを使って宿とダンジョンを行ったり来たりした結果、何の問題もないということが確認された。検証している最中、俺がゲートで遊んでいると勘違いしたプロトが足下に纏わりついてきた一幕があったが、概ね検証は完了した。


「なんか、ご都合主義甚だしい状況だな……まあ、欲しかった能力だから文句は言わんが」


 それからプロトを部屋に戻し、ゲートを閉じる。これでいつでもここに来ることができるようになったので、少しは素材集めが楽になるはずだ。ちなみにこの能力は時空魔法に分類されており、解析の結果はこのように表示された。



【ディメンジョンゲート】:一度行ったことがある場所をイメージすることで、展開した転移門からの瞬間移動が可能になる。瞬間移動の距離と消費魔力は、時空魔法のレベルに依存する。



 ということらしい。時空魔法のレベルが上がるにつれ、移動できる距離が増え使用する魔力量が少なくなる仕様のようだ。うーん、これは本当にいい能力を手に入れてしまったようだな。


 それから、鉱山に移動し鉱石と糸を回収した俺が宿に戻ったのは、昼食を挟んだ昼過ぎのことであった。

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