ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
96話「従業員の補充と新商品追加」
「おい、どうなってるんだ!?」
「早く売ってくれ!」
「まだなの!」
ダンジョンから戻ってきた俺は、冒険者ギルドで素材を納品した後、店に顔を出してみることにした。すると、目の前には異様な光景が広がっていた。
「ここって、朝にいた店……だよな?」
思わずそう誰かに問い掛けてしまいたくなるほどに、朝の時とは様子が打って変わっていた。店の入り口には多くの人が押し寄せており、皆口々に「早く売ってくれ」だの「ちょうだい」などと何かを求めてやってきている。
尤も、現在グレッグ商会で販売している商品は一種類しかないので、その大挙して押し寄せている人々の目的がなんであるかは想像に難くない。想像に難くはないが、できれば信じたくないというのが俺の正直な感想ではある。
「申し訳ございません! 本日の商品はすべて売り切れとなっております。再入荷は明日となりますので、今日のところはお引き取りくださいませー!!」
そんなカオスな光景をボーっと眺めていると、聞き覚えのある声が響き渡った。グレッグ商会の代表、グレッグである。どうやら、今日店に渡した二百個以上あったブレスレットが、僅か一日ですべて売り切れてしまったようで、押し寄せる人たちに向かって大声で謝罪と告知をする。
その声を受けて、落胆の声を上げるものの、暴動などは起きず皆素直に散り散りとなって去って行った。……まるで、デパートのバーゲンセールみたいだったな。
人が引いたのを見計らって店内に入ってみると、そこにはぐったりとした表情で項垂れている三人の姿があった。
「こらこら、ちょっとだらけすぎてやしないか?」
「ぼ、坊っちゃん……」
「その様子だと、かなり盛況だったようだな」
「最初はそれほど客足はなかったんですが、お昼を過ぎてから急激に人が増えてしまって。夕方前には今日の在庫の分が無くなってしまいました」
まさか、開店した初日に在庫が無くなってしまうとは思わなかった。一応見積もりとしては二、三日は閑古鳥が鳴く状態が続いて、徐々に人が増え始めるのではという思惑だったんだがな……。
「ひ、人が……人の波が」
「つ、疲れたよー」
ナタリー姉弟も店に設置してある椅子に体を預けながら、絞り出すように呟いている。……お前たち、先に言っていたように給料は上がらないから、頑張れよ?
これは今の雇用体制では人手が足りていないようだな……ふむ、新しく人を雇う必要があるみたいだな。よし、ここは……。
「グレッグ。今すぐに店を閉めろ。今日は閉店だ」
「はい?」
「どうせ店を開けていても、商品がない以上商売はできない。寧ろ、また人がやってきてその対応に追われることになるぞ?」
「わ、わかりました!」
どうやら、相当堪えたらしく俺の指示に即座に反応して動き出す。店の扉を閉め、今日は閉店した旨が書かれた張り紙を扉に張り、なんとかこれで落ち着いて話すことができるようになった。
「さて、行こうか」
「え? 行くってどこに?」
「そんなの決まっているだろう。従業員の補充だ」
「はあ……そりゃあこっちとしては有り難いですけど」
「ゲロリーとジャンは今日は上がっていいぞ。ご苦労だった。今日の分の給金だ。これで飯でも食って来い」
二人を労いながら、今日の給金である大銅貨四枚をそれぞれに手渡す。素直に喜びながら受け取るジャンに対し「ナタリーですよ! もうっ!!」と文句を垂れながらもしっかりと受け取る彼女に苦笑いを浮かべる。
姉弟に留守番を頼むと、グレッグを引き連れて俺たちはとある場所へと向かうことにした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ぼ、坊っちゃんここは……」
グレッグと共にやってきたのは、奴隷商会だった。奴隷商会は、端的に言えば奴隷を買うことができる店なのだが、奴隷は基本的に物に分類されている。そのため、人権というものはあまり認められておらず、奴隷に対し酷い扱いをすることもしばしばある。
しかしながら、奴隷というのは奴隷契約によって主人に逆らうことができなくなるという性質があり、秘密を遵守させる相手としてはこれ以上の人材はないと考えている。商業ギルドでも人手を確保しようと思えばできるのだが、そちらの場合奴隷でないため必ずしも秘密を守ってくれるという保証がない。
商会としてはまだまだ新参のグレッグ商会の持っている秘密を知られるわけにはいかないため、雇う人材も限られてくるのだ。
「いらっしゃいまし、本日はどのような用向きでしょうか?」
「接客と算術のできる奴隷を探している。できれば若い女の奴隷で頼む」
「……かしこまりやした。少々お待ちを」
俺とグレッグが店にやってきた瞬間、俺たちを見て大人であるグレッグの方にすり寄ってきた奴隷商人だったが、主導権が俺にあると見るやすぐに手のひらを返す。さすがは奴隷商人といったところだろうか。
応接室に通されしばらく待っていると、数人の貫頭衣に身を包んだ若い女性たちと共に、先ほどの奴隷商人が入室してくる。女性の年齢層は、下は十代前半から上は三十手前といった具合で、些かやせ細ってはいるものの見た目も体つきも悪くはない……というかぶっちゃけエロい。店主の趣味なのだろうか、全体的に胸の大きな女性ばかりがピックアップされている気がする。といっても、別に性奴隷にするつもりはない……というか、奴隷と契約するのは俺じゃないから、その点についてはグレッグ次第だ。
「お待たせしやした。接客の経験があり、算術もできる若い女性の奴隷でございやす」
少々胡散臭い小太りの奴隷商人は、いやらしい笑みを浮かべながら俺に対し媚びを売ってくる。それで接客しているつもりなのだろうか?
まあ、とりあえず一通り解析で女性たちを見ていくと、そのほとんどが何かしらの犯罪を犯したことのある人間だということがわかった。まあ、奴隷になる人間なんてまともなやつではないのだから、犯罪の一つ二つは犯していても驚きはしない。だが、今回に至っては店の従業員として雇うため、できれば犯罪歴のない人材がいいのだが……。
(この二人は……)
そんな中、候補の奴隷の中に犯罪を犯したことのない人物が二人いた。正確には、冤罪という形で表示されていたのだが、気になったのでこの二人から話を聞いてみることにした。
「店主」
「へい」
「あの二人から話を聞きたい。他はいらんから下がらせろ」
「……かしこまりやした。おい」
俺の言葉にすぐさま部下に指示を出し、俺が指定した女性以外を部屋の外に出す。さて、どんな経緯でこうなったのか聞いてみるとしますか。
「店主、この二人が奴隷になった経緯を聞きたいんだが?」
「この二人……名前をモリーとレチカって言うんですが、元々ある商会に勤めていた二人でしてね。ある取引があるってんで、荷物を載せた行商に参加してたんでさぁ。そこに盗賊がやってきて荷物を奪われ、自分たちも襲われそうになってたところを命からがら逃げてきることはできたんですが……」
そこでいったん奴隷商人が話を切りながら二人に視線を向けると、再び話し始める。
「盗賊の被害に遭ったてぇことで、二人がその損害を賠償するということになったんでさぁ。だが、その額が額だけにとてもじゃないが払い切れる額じゃない」
「だから二人して奴隷として売られたと?」
「へい」
俺の問い掛けに、こくりと頷く奴隷商人。なるほど、だから冤罪だったのか。
もともと盗賊と商人の関係性は、奪うか奪われるかの関係で成り立っており、商人は常に盗賊に襲われることを覚悟の上で商品を運搬している。そのため、仮に盗賊に襲われて荷物を奪われたとしても「仕方がない、自然災害にでも出くわした」として荷物を運搬していた人たちに損害を請求したりしないのが暗黙のルールとなっている。
だというのに、この二人を雇っていた商会の代表はそのルールを無視して損害を請求したようだな。まさに、悪徳商人ってやつだ。
「「……」」
俺の視線に怯えるように身を寄せ合う二人を見ながら、どうすべきか考える。というか、もう答えは決まっているんだがな。
「よし、この二人を貰おう。いくらだ?」
「へい、大人の方が小金貨五枚、嬢ちゃんが小金貨二枚になりやす」
……安いな。これなら、俺が商業ギルドから買った建物の方がお高いじゃないか。建物よりも価値のない人間ってどうなのだろう……。まあ、安いに越したことはないからこちらとしては助かると言えば助かるのだが……。
「それで構わん」
「ありがとうごぜぇやす。さっそく契約手続きをいたしやしょう」
「待て、契約するのはこっちのグレッグだ。てことでグレッグ、この二人と契約しろ」
「なっ!?」
どうやら、俺が契約するつもりだと思っていたらしく、俺の言葉を受けて鳩が豆鉄砲を食ったような面白い顔を浮かべている。その顔、スマホで撮影したいな。
それから、グレッグを説得するのに数分を要したが、最後には「お前の商会の従業員なんだから、お前が契約するのが筋だ。いいから黙って俺の言うことを聞け!」という正論とパワハラ全開の強行策で納得させた。この世界には、パワハラの概念もなければ炎上するSNSもないため、俺の言動が取り沙汰されることはない。異世界万歳である。
「それでは、これにて契約は完了いたしやした。これでこの二人の所有権はグレッグ様のものとなりやす」
「ど、どうも……」
無理矢理説得したことが影響しているのか、どうにも腑に落ちない様子のグレッグ。……教育的指導を行うか? 主に肉体言語で。
とにかく、これで従業員の補充はできたので、明日の販売にも対処できるだろう。俺は絶対に手伝わないがな……はっはっはー。
「ご主人様、わたしたちを買っていただきありがとうございます。わたしはモリーといいます」
「ありがとうございます。レチカです」
「ローランドだ。それにしても、何で俺に礼を言うんだ? お前らの主人はグレッグだぞ?」
「……」
俺の言葉にグレッグが居心地が悪いといった様子で苦笑いを浮かべる。そりゃあ、ただ連れてこられて契約させられただけだもんな。奴隷の購入代金も俺が出したしな。
だが、誰のお陰で契約に至ったのか彼女たちはその芯の部分を理解しているようで、俺への感謝を止めようとはしない。
「もしローランド様がわたしたちの購入代金を出していただかなければ、この契約自体が結ばれることはなかったでしょう。契約人を引き受けてくれたグレッグ様にも感謝しておりますが、この契約を成立させるための資金を出してくださったあなた様にも感謝するのは当然でございます」
「お前の言い分はわかった。感謝は受け取ろう。だが、俺はあくまでも金を出しただけで主人はグレッグだ。それを忘れるなよ」
それから奴隷商会を後にした俺たちは、とりあえず二人の服を買うため店に帰る道中服屋に立ち寄り、二人の服を二、三着ほど購入する。そういえば、ナタリーたちの服もあまりちゃんとしたものではなさそうだから、あの二人にも服を買った方がいいかもな。
商会に戻ると、二人をナタリー達と引き合わせお互いに自己紹介をさせる。それから、奴隷とはいえ名目上従業員として雇用するので、給金の支払いについて二人に確認する。
「……給金をいただけるのですか?」
「ああ、ただし、そのうちの幾ばくかはお前たちを買った代金と相殺する形を取って、最終的に支払いが済んだら奴隷から解放するつもりだ。つまり、この商会に対して借金をしている状態だと思ってくれて構わない。ナタリーたちと同額にするのは気が引けるだろうから、一日大銅貨三枚としてそのうちの大銅貨二枚を借金返済に充て、残りをお前たちの給金とする方法でどうだ?」
「給金をいただけるだけでありがたいことです。それでお願いします」
二人ともそれでいいとのことだったので、給金についてはそれで決定した。二人を寮に案内したあと、五人を引き連れ商会の真向かいにある夏の木漏れ日で皆と一緒に夕食を食べ、今日はこれで解散となった。
グレッグたちと別れた後、俺は自分の部屋に戻り部屋で待機していたゴーレムに号令を掛ける。
「全員整列!」
『ムー』
一糸乱れぬ無駄のない動きで整列すると、俺の命令を今か今かと待っている。なぜか一号の隣にプロトが立っていたが、気にせず指示を出し始める。
「今日もブレスレットの生産をやってもらうが、一号から四号はこの魔法鞄の中からそれぞれ魔石英と暗魔鉱石を取り出して加工してほしい。五号から十号は今まで通りの作業を頼む。最後に十一号と十二号は、出来上がったブレスレットをこっちの魔法鞄に入れてくれ」
魔石英と暗魔鉱石の加工を担当する一号から四号と、ブレスレットの仕上げをする十一号と十二号に、それぞれ魔法鞄を渡しておく。この魔法鞄は、元々容量が五百キロあるものと時空属性が付いていて物の劣化が緩やかになる三百キロの魔法鞄なのだが、俺の使用するストレージと繋がっているので、実質的にどちらも同じ魔法鞄ということになる。ちなみにこの能力ができるようになったのは、最近だったりする。
ゴーレムたちにブレスレットの作業を任せている間、グレッグ商会で新しく売り出す商品の作製に取り掛かる。実のところ、もう既に作り出すものは決まっているのだ。
この世界で生きてきて……というか前世の記憶を取り戻して六年になるのだが、その六年間ずっと周囲や人を見てきたがとあるものがないことに薄々気付き始めていた。それが何かというと……そう、便利グッズである。
前世の地球では、俺たちの生活を豊かにしてくれる便利なものがいろいろ溢れかえっていた。今回はそのうちの一つを作っていくことにする。
まずは鉄鉱石を取り出して、鉄インゴットに精錬する作業を行う。通常であれば、鍛冶スキルが必要になるが、分離解体のスキルを使えば不純物のみを取り除いた鉄インゴットが簡単に作製可能だ。
その鉄インゴットを炎魔法で加熱し、加工が可能な柔らかい状態にまで高温に持っていく。この時、周りに火が燃え移らないように風と氷の魔法でガードする。
大きさは三センチ程度のもので、細さも針金ほどしかない。それを二つに折り曲げ一方は真っすぐにもう一方は滑り止めの役割を持たせるためウェーブ状または段々状の形に形成する。あとは、その形をキープさせるために水などで冷ませば完成である。
【ヘアピン】:鉄製の髪を止めるために作られた道具。 相場:三本小銅貨二枚
「てことで、ヘアピンの完成だな」
そうだ。俺が今回作った便利グッズはこのヘアピンである。形としてはよくあるボビーピンと呼ばれるもので、髪を止める際に滑り止めのための段々が施されているのが特徴的だ。
今までこの世界で生きてきて、女性が髪を止めるのに使っているものと言えば、何の変哲もないただの紐かリボンが精々であった。それ以外となると、布を頭に巻いて髪を固定したりだとか、貴族に仕える侍女などが身に着けるホワイトブリムくらいだ。つまり、この世界には髪を止めるためだけの目的しかない道具ヘアピンは存在していない可能性が高い。少なくとも、このオラルガンドでヘアピンを付けている女性に出会ったことはない。
髪を止める方法の選択肢が少ないこの世界に、髪を止める道具であるヘアピンを生み出せばどうなるのか? ……これからさらに忙しくなりそうだ。
それからある程度ヘアピンを生産し、ゴーレムたちの魔力補充用の魔石をいくつか用意しておいた。音が漏れないよう風魔法でゴーレムたちを覆ってから、寝る支度をしてベッドに潜り込んだ。
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