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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

閑話「マーク、お披露目会でデビューする。そして、その頃ローラは……」



 ――時は、ローランドことロランがオラルガンドにやってくる半月ほど前にまで遡る。


 ~Side マーク ~


「準備はいいかマーク。緊張するなとは言わんが、お前の晴れ舞台だ。楽しんでくるといい」

「はい、父上」


 シェルズ王国の王都にある一軒の屋敷にて、とある社交パーティーが開かれていた。そのパーティーは次の当主となる人間を他家の貴族に知らしめるためのお披露目も名目に含まれており、僕はそのパーティーの代理出席者だ。


 なぜ僕が代理出席なのかと言えば、僕の他に当主になるはずだった人間がいたからである。それは、僕が最も尊敬する人物である兄ロランだ。


 僕が凡人だとつくづく理解させられるほどの才覚を持ち、僕に貴族の当主としてのすべてを叩きこんでくれた先生でもある。


 そんな僕が、兄さまの代わりになぜこのパーティーに出席しているのかと言えば、これもまた兄さまの策略である。


 あれは僕が四歳の時だったか、いきなり僕のところにやってきたかと思ったら「俺の代わりに領主になってくれ」と訳のわからないことを言い出し始めたのだ。


 よくよく聞いてみると、兄さまは貴族として生きる道ではなく自由な生き方をしたいようで、ささやかな願いとして旅をしてみたいということらしい。


 しかしながら、正当な理由なく貴族の長男が当主の座を他の誰かに譲ることはできないため、兄さまは僕以外の前では愚か者として振舞うようになった。


 それから六年の時が経ち、今こうして兄さまの策略は実を結び、僕が次期当主としてお披露目パーティーに出席できてしまっていた。これはかなり異質な事であり、前例がないわけではないがそれでも違和感は決して拭えなかった。


「お初にお目に掛かります。私はグスタフ男爵家の……」


 それから貴族として当たり障りのない挨拶をしつつ、そつなくパーティーをこなす。このパーティーは、次期当主のお披露目会であるが、それ以外の人間には若輩層の貴族の社交パーティーとしての意味合いもあるため、当然ながら次期当主でない人間も混ざっている。


 例えば、父上のように現当主が直々に付き添いという名目で参加する家もあれば、次期当主との顔つなぎをしておきたいという人間も少なからず参加していた。


「楽しんでいるかな?」


 そんな中、意外な人物が声を掛けてきた。見た目は、白髪交じりの精悍な顔つきをした五十代くらいの人物だが、その眼光は明らかにまだまだ現役といった様子だ。


「ええ、とても有意義な時間を過ごしております。申し遅れましたが、私はマルベルト男爵家の次男でマーク・マルベルトと申します。以後お見知りおきくださいませ」

「これはこれはご丁寧に。儂は、ローゼンベルク公爵家現当主ドミニク・フォン・ローゼンベルクだ。一つ、よろしく頼む」


 思わぬ大物に、思考が一瞬停止しかけそうになってしまうが、なんとか平静を取り繕って何を口にするのか考えを纏め上げる。このお披露目会は、毎回国王によって選ばれた者が主催者を務めることになっており、今回は目の前にいるローゼンベルク公爵が主催者を務めている。


「今回のパーティーは、公爵閣下が主催者だと聞き及んでおります」

「未来ある若者の姿を見るのは、見ていてとても気持ちが良いものだからな。マーク君も楽しんでくれたまえ」

「ありがとうございます」

「そうだ。君にはうちの孫娘を紹介しておこう。ファーレンこちらに来なさい」

「はい、御爺様」


 そこに現れたのは、僕よりも少し年上くらいの少女であった。赤い長い髪に赤い瞳が特徴的な見た目をしており、顔立ちも整っておりとても可愛らしい印象を受ける。


 豪奢なドレスに身を包んでいるが、服に負けないくらいの気品を持ちまさに公爵令嬢という名にふさわしい品格と風貌を合わせ持っていた。


「初めまして、ローゼンベルク公爵家長女ファーレン・ローゼンベルクですわ」

「マルベルト男爵家次男マーク・マルベルトと申します。以後お見知りおきくださいませ」

「ではファーレン。わしはまだ他の者に挨拶が残っておるから、これでの。あとは若い二人に任せて年寄りは去るとしよう。がっはっはっはっは!」


 などと高笑いしながらローゼンベルク公爵が離れていく。……できれば、お孫様も連れていっていただきたいのですが。


 この状況をどうすればいいのか思案していると、意外にも彼女の方から話し掛けてきた。


「マーク様は、ご兄弟はいらっしゃるのですか?」

「え、ええ。兄と双子の妹がおります」

「まあ、双子でしたのですね。マーク様に似て綺麗な顔立ちなのでしょうね」


 彼女から唐突に家族の話を振られたが、これは答えられやすい部類の質問であるため、すらすらと答えていく。


「いえ、ファーレン様には遠く及びません」

「まあ、お世辞がお上手ですのね」

「いえいえ、ファーレン様はとてもお綺麗ですよ?」


 会話に困った時は、家族の話をするといいというアドバイスを兄さまから聞いていたが、まさか本当に家族の話をすることになるとは思わなかった。そして、ファーレン様が次に聞いてきたのは兄さまのことだった。


「マーク様の兄上様はどのようなお方ですの?」

「っ(キリッ)! その話、少し長くなってもよろしいでしょうか?」


 そこから、兄さまがどれだけ素晴らしい人間であるか、どれだけ優秀であるかを長々と語りつくした。弟である自分などまるで足元にも及ばないこと、本来このパーティーに出席するべきは自分ではないことなど、ありとあらゆる兄さまの素晴らしさを延々と語りつくしたのである。


「それで、兄さまはこうおっしゃられました。“パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃ――」

「ご歓談中のところ申し訳ありません。お嬢様、そろそろお時間です」

「あら、もうそんな時間ですの。マーク様、申し訳ありません。このあと王都を立つ予定がありまして、今日はこれにて失礼させていただきますわ」

「あ、ああ、こちらこそとても楽しい時間でした」


 あれから、何十分話していたのだろう。気付けば、いかに兄さまが素晴らしいのかを語ってしまった。これは兄さまに怒られてしまうかもしれない。


 どこで情報が洩れるかわからないため、兄さまのことはできるだけ他の人間には話すなと言われていたのに、兄さまのことを聞かれて思わずいろいろと話してしまった。


「次は気を付けなきゃな……」


 兄さまのこととなると見境がなくなるのは、妹と同じだなと内心で苦笑いを浮かべつつも、家に戻った時兄さまに褒められる姿を想像すると、頬がにやけてしまうのであった。





 ~Side ローラ~


 わたくしはローラ。マルベルト男爵家の長女であり、ロランお兄さまの未来の妻でございます。……ぽっ。


 今日は、双子の兄マークのお披露目会に便乗して王都へとやって参りました。目的は……そう、女性としての磨きをかける品の購入と、そのついでに王都を見て回る観光です。うちのマークときたら、ロランお兄さまを差し置いて次期当主が出るはずのパーティーに何食わぬ顔で出席している。実に腹立たしいですわ。


 そのことについて抗議すると、苦笑いを浮かべて「僕も同意見だけど、すべては兄さまの計画に必要なことだから」なんてことを言われてしまいました。そう言われてしまっては、わたくしも何も反論できなくなってしまいます。


 わたくしが実の兄であるロランお兄さまの存在を知ったのは、五歳になったばかりの頃でした。五歳になったわたくしは、屋敷内での一人での行動を許され、いろいろな場所を探検していました。様々な部屋を訪れていたそんな時、わたくしは書斎にたどり着きました。


 そっと書斎の扉を開けてみると、そこにいたのは小さな男の子でした。マーク以外で初めて見る同世代の男の子に興味を持ち、声を掛けてみようかと思いましたが、結局できませんでした。その時、男の子は書斎にある本を読んでいたのですが、男の子の読む姿に幼いながらも品と洗練された美しい所作に見入ってしまい、真剣に本を読むその横顔に胸の奥が熱くなる感覚を覚えたのです。


 それから暇を見つけては、わたくしは男の子がいる書斎へと足しげく通い、気付けばその男の子に恋をしていたのです。あとになって、男の子がわたくしのもう一人の兄であるロランお兄さまだと知ることになるのですが、そんなことなど気にもならないほどにわたくしはお兄さまに夢中になっていたのです。


 わたくしがお兄さまと出会ってからしばらくして、初めてお兄さまとお話しする機会がやってきました。初めてお話ししたロランお兄さまは、わたくしの想像していた以上にお優しくとても魅力的な殿方でございました。


 夢のような時間を過ごしたことで、わたくしはますますお兄さまのことをお慕いするようになったのです。将来お兄さまと結婚したいと思えるほどに……。


 そんなことがあって以来、わたくしは暇を見つけてはお兄さまのあとをついて回りました。あとでわかったことなのですが、わたくしの双子の兄マークがわたくしよりも何か月も前にロランお兄さまと親しくなっていたことを聞かされ、我が兄ながら嫉妬に駆られて八つ裂きにしてしまいそうになりましたわ。もちろん、そんなことをすればお兄さまに嫌われてしまいますので、お兄さまの見ていないところでマークを折檻しましたけど。


 そして、ある日お兄さまから大事な話があると言われたので、わたくしとの婚約が決まったのかと内心で喜んでいたのですが、返ってきた答えは違っていました。なんでも、お兄さまはマルベルト男爵家を継ぎたくないらしく、その役目をマークにやってもらうためいろいろと教えている最中だと聞かされました。お兄さまに付きっきりで勉強を教えてもらえるなんて何たる羨まし……いえ、贅沢な事でしょう。これはあとで折檻が必要なようですね。


 お兄さまの説明では、来たるべき時に備えてわたくしにも協力してほしいとお願いされました。もちろん、わたくしに否やはなく即答ではいと答えました。これでお兄さまの傍にいてもいい理由ができましたし、お兄さまとの初めての共同作業ができるとあっては断る理由などありはしません。


 そこから順調に二人の愛の計画が進み、気が付けば六年の時が経ちました。歳を重ねる度に、さらに魅力的な殿方となっていくお兄さまに釣り合う女性となるべく、わたくしもいろいろと頑張りました。特に殿方は胸の大きな女性を好むというので、わたくしの身の回りのお世話をしていただいている胸の大きな侍女に話を聞いてみたりもしましたが、気付けば大きくなっていたという何とも要領を得ない答えが返ってきました。


 それからいろいろな方に話を聞いたところ、胸は揉まれると大きくなるという情報を聞いたので、さっそくロランお兄さまに揉んでもらおうとお願いしたら「その情報はただの迷信だから揉んでも大きくならない」と言われてしまいました。大きくならなくてもいいから揉んでほしいとお願いすると、頭にチョップを落とされてしまいました。少し痛かったですが、お兄さまに触れられてすごく嬉しかったです。


 そんな折、とうとう次期当主をお披露目するパーティーが開かれることになり、お兄さまの計画通りマークがパーティーに参加することになったのです。わたくしは、女性としてさらに磨きをかけるべく装飾品や化粧品の購入と王都観光をするために、マークのお披露目会に同行したというわけです。


「とりあえず、こんなところでしょうか」


 一通りの装飾品と美容にいいとされる化粧品を買い揃えたわたくしは、意気揚々と王都にある滞在中のマルベルト家の屋敷へと戻ることにしました。


 これで女性として妻として研鑽を積み、ロランお兄さまに相応しい女性になってみせると決意を新たにし、わたくしは頭の中でお兄さまとの妄想を膨らませていきました。

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