ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

91話「事業拡大」



「おう、坊っちゃん。おはようさん。さっそくだが、今日の分の……って、その二人は?」


 姉弟を拾った翌日、二人を連れて俺が作っているアクセサリーの委託販売を依頼しているグレッグに引き合わせた。最初は丁寧な口調だったグレッグも、今では砕けた感じに話せているので、多少は仲良くなったと俺としては思っている。……大丈夫だよな?


 とにかく、今回俺が二人をグレッグに会わせたのは、当然目的があってのことだ。その目的とは、今グレッグに依頼している委託販売の規模を縮小し、小売店として店を立ち上げるという計画だ。


 現在グレッグに販売先は任せてあるが、概ね中小規模の商会に商品を卸している報告を受けており、徐々に注文の量も増えてきている。だからこそ、今回事業を卸業から小売業に変更するいい機会だと考えたのである。


 他の商会に卸すのではなく、自ら販売する方式に切り替えるにあたっていくつか必要になってくるものがある。それは、販売する場所と接客を担当する従業員だ。


 そこで、ひょんなことから出会ったこの二人を、従業員として雇うということを思いついたのだ。スラムの住人ということで、まともな職に就けず路頭に迷う可能性が高く、生活レベルも下から数えた方が早いくらいに低い彼女たちであれば、多少の辛い労働でも頑張ってくれるという打算もあった。


 それに俺としても、ナタリーには迷惑を掛けたこともあり、償いをしたいという思いも多少なりともあったため、今回彼女たちを雇いグレッグを交えた相談会を開くことにしたのである。


「それで坊っちゃん。この二人を雇うのはいいが、肝心の店がないぞ」

「そうだな。それについては考えがあるからいいとしてだ。時にグレッグ、お前自分の店を持ちたくはないか?」


 俺の問い掛けに、訳がわからないといった具合に怪訝な表情を浮かべつつも、問われた内容には答えるつもりがあるらしく、素直に返答をする。


「いきなりどうしたんだ? そりゃ、行商人にとっちゃあ自分の店を持つってぇのは、いつか叶えたい目標ではあるが……」

「なら決まりだな。金は俺が出すから、その店の経営をやってくれ」

「うぇっ!? い、いきなりそんなこと言われたって……」


 残念だがグレッグ君、これは決定事項なのだよ……。俺が作った店舗を拠点とし、新たに彼の名前で商会を立ち上げる。これこそが俺の計画なのである。


 表舞台には姿を見せず、あくまでも裏方として暗躍すれば面倒事はすべて彼らに任せることができ、俺は好きに動くことができるという一石二鳥な計画となっている。実に素晴らしいとは思わないか?


 とにかく、そのためにナタリーとジャンの姉弟を連れてきたということは理解してもらえたので、今後の指示を出すことにする。


「とりあえず、グレッグは今日の分のアクセサリーを卸す時に、先方に今後卸す量が減る旨を伝えて回ってきてくれ。それを昼頃までに終わらせたら、商業ギルドで待っていること。そこから諸々の手続きをしよう」

「本気ですか?」

「この目が嘘を言っている目に見えるのか?」

「……見えません」


 彼に本気だと伝えるべく、目を細めてジト目を作ってやる。どうやら、俺の本気が伝わったらしく、ため息を吐きながらも俺の指示に従う意思を見せ頷いてくれた。


「ゲロリー姉弟は、今からスラムの家に帰って引っ越しの準備だ。夕方頃に迎えに行くから、それまでに荷造りを終わらせておくこと。わかったか?」

「どどど、どういうことですか! 説明がなかったんですけど!?」

「姉さん、ゲロリー姉弟ってなに?」

「キミタチ、コノヒトノシタデ、ハタラク。オカネイッパイモラエル、ミンナシアワセ」

「「なんで片言なんですか(なの)!?」」


 ノリが悪い姉弟のため、改めて説明してやった。といっても、そんな難しいことではなく、グレッグが新しく店を出すからその店の従業員として働いてくれという簡単なものだ。


 俺の説明を聞いた二人が、目を輝かせながら俺に頼み込んできた。なぜそんなに嬉しそうなのか聞いてみたところ。スラム出身者は身元がはっきりしていないため、信用という点ではあまりよく思われておらず、雇い先が決まってもそのほとんどが日雇いばかりらしい。


「ですけど、今回のお話って日雇いではなく正式なものなんですよね?」

「そうだな、日雇いというか二人が望めば永久就職もできるな。まあ、俺が生きている限りだがな」

「スラム出身者にとってこれだけの好待遇はまずありません。是非働かせてください!!」

「ください!」


 姉であるナタリーが頭を下げるのに倣い、弟のジャンも頭を下げてお願いしてくる。さすがは姉弟だなとどうでもいいことを考えつつ、彼女たちに改めて指示を出しておく。


「じゃあ、これで各自やるべきことは指示した。俺はこれから商業ギルドへ行って店舗を探してくるから、三人ともそれぞれ用を済ませておいてくれ」

「了解した」

「わかりました。ジャン行くよ」

「あ、待ってよ姉さん!」


 各々が指示された内容を実行すべく動き出す中、俺もまた目的を果たすべく商業ギルドへと向かった。




     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「おっ、おい。あれを見てみろ」

「む、なんだいきなり。一体どうし――」


 突如として顕現した存在に、商業ギルド内が静寂に包まれる。朝の賑わいで活気づく商業ギルドには、商人や労働者など少なくない来訪者たちがいる。そんな彼らが目にしたものは、やんごとない雰囲気を放つ貴公子であった。一歩一歩と、歩みを進めるその存在を目にした瞬間、訳も分からずただただ片膝をつき頭を垂れる者が続出する。まさに上位者に相応しい高貴な雰囲気は、人を従えるカリスマのそれだ。


 その顔立ちは幼さを残しながらも、整った顔立ちに知性溢れる穏やかな微笑みを湛えており、男女問わず見る者を魅了する。なぜそのような存在がこんな迷宮都市に現れたのか、彼を一目見た連中は瞬間的にそう思ったことだろう。


 しかしながら、それも刹那的な一時の感情に過ぎず、気付けば皆頭を垂れ平伏するに至っていた。その貴公子の名はローランド。元貴族の後継ぎで、今はただの冒険者であった。



 ――時はほんの少し前に遡る。



「よし、今回はこの服で行こうか」


 商業ギルドのすぐ近くにある無人の建物内に俺はいた。そこに来た目的は、あらかじめ買っておいた服に袖を通すためだ。こういった時のために、礼服のようなちゃんとしたものを持っていた方がいいと思い、仕立屋で新調しておいたのだ。


 その服は貴族の服のような品を残しつつも、普段使いでも十分にきることができるもので、一番近い表現方法としては、王族がお忍びで城下町を観光するときに着る服というのがしっくりくる。


 さっそく、その服に袖を通し着心地を確認する。一流の仕立屋による仕事は素晴らしく、今の俺の体形にぴったりと合っていた。


「いい仕事してますねぇ~」


 どこかで聞いたような台詞を言いつつ、建物の外へと出ると同時に光魔法の【カモフラージュ】という魔法を使って自身の姿を風景に溶け込ませる。所謂【光学迷彩】というやつで、周囲の風景と同じ色に変化することでそれが保護色の役目を果たし、見た目上は透明人間になることができるのだ。


 それを使って商業ギルドの入り口まで近づき、誰も見ていないタイミングで透明化を解除する。


(貴族モード発動)


 いつもはおふざけモードでいる俺だが、これでもかつては貴族の跡取りとして礼儀作法を叩きこまれていた。いつか王族を前にしても問題ないようにと、貴族としての身のこなしだけでなく宮廷作法などのあまり役に立たないような所作も習っていたのである。


 背筋を伸ばし顎を引いてゆったりとした動作で、威風堂々とした歩みで受付カウンターへと向かっていく。顔は少し穏やかな微笑みを浮かべつつ、目に力を入れることで意志の強さを相手に印象付けることができる。


 俗に言うモデル歩きと呼ばれる歩き方で、今の俺の頭に本を乗せたらそれを落とさずに歩くことができるだろう。だが、ここで少し気になることが起こっていた。


(な、なんだ? なんでみんな俺に片膝をついて平伏する?)


 今回ちょっと大きな買い物をするから、いつも封印している貴族モードを解放して商業ギルドへとやってきたのだが、不思議なことに俺の姿を見た連中が尽く片膝をつき平伏していく。


 そう言えば、弟のマークに貴族としての礼儀作法を教えている時、今の彼らと同じようによく片膝をついていたことがあった。理由を聞いてみると、こう返事が返ってきた。


「兄さまの所作が美しすぎて、なぜか平伏しないといけない気にさせるんだ」


 あれはマークの冗談か何かだとその時は思っていたが、どうやらあの一言は冗談ではなく本当のことであったらしい。貴族モードでの来訪は失敗したのではないかと思い始めたが、今更後には退けない状態になっているため、覚悟を決めて受付カウンターに向かう。


 朝の忙しい時間ということもあり、ある程度の人数が列を作っていたのだが、その列が左右に割れ一筋の道が出来上がった。


(俺はモーセか何かかよ!!)


 モーセは海を割った逸話が有名だが、俺は人の列を割ることができるらしい。状況的に何か一言口にしなければならないという空気が流れたので、一応雰囲気を壊さないような一言を言っておくことにする。


「大儀である」


 その瞬間、列を成していた人々が次々に平伏し、まるで俺のために用意された道だと言わんばかりの光景が広がっている。ローランドロードとでも名付けるか? いや、やめておこう。


 そのローランドロード……もとい、人々が平伏する道を内心で戸惑いながらも淀みない動作で歩いていくと、ある受付カウンターに一人の顔見知りがいたので、そこに向かった。


 俺の顔を見た彼女が戸惑いつつも、プロの受付嬢としての役目を果たすべく、声を掛けてきた。


「い、いらっしゃいませ、商業ギルドへようこそ。本日はどういったご用向きでしょうか?」

「ギルドマスターに会いに来た。カネーヌ嬢、案内を頼めるだろうか?」

「は、ははい! よ、よろこんでぇー!!」


 俺の言葉にまるで狂喜乱舞といった具合の様子で、甲斐甲斐しく俺を応接室へと案内する。他の受付嬢たちが、なぜか悔しそうな羨ましそうな顔を浮かべ、中にはハンカチを噛むというお決まりパターンなことをしている者もいた。


 ようやく応接室へと通された俺だったが、ここにやってきてからの周りの反応に戸惑いを隠せなかった。……どうしてこうなった? 俺はただ物件を買いに来ただけなのだが……。


 しばらくして、応接室のドアがノックされギルドマスターのキャッシャーが入室してくる。俺の姿を見た瞬間、目を見開き驚愕の顔を浮かべるもすぐにはっとなって我に返ったかと思ったら、他の者と同じく平伏してしまった。おいおい、あんたなにやってるんだ?


「お待たせしてしまい大変申し訳ございません」

「構わない。さっそくだが、用向きを伝えてもいいだろうか」

「畏まりました」


 そう言うと、そのまま平伏した状態を続けていたので「ひとまず椅子に座ってくれまいか」と言ってソファーに座らせた。おっさんに片膝をつかせた状態で話をする趣味は俺にはないのでな。


「まずは、例の件はどうなっている? まだ指定した期日までには時間があるとはいえ、少しは後始末できたのだろうな」

「は、はい。ローランド様を担当していた男は、その日のうちに解雇いたしました。他にも、素行の悪い職員は厳重注意または同じく即日解雇を言い渡しており、八割方処分が完了しております」

「よろしい。では次に、販売をするための店舗と、従業員が住むための寮のような場所がある物件を探している。手ごろな値段のものはないか」

「少々お待ちください。資料を持って参ります」


 その後すぐに戻ってきたキャッシャーが手にしていた物件の中から、よさそうな物件をピックアップしていく。その中でも一つ気になった物件があったので、詳細を確認したあと彼に質問する。


「この物件の詳細が知りたい」

「こちらの物件は、特に問題となる点はありませんが少々値段が割高となっているものでございます」


 その物件は、店舗と寮になる二つの建物があり、少し広めの敷地となっている場所だ。おそらくは、建物が二つあることと土地が広いということで、その分値段が高くなっているようだが、果たしていくらになるのだろう。


「ふむ、いくらだ?」

「店舗となる建物と、住居となる建物の二つ合わせて中金貨四十枚ほどになります」

「……それは土地代も含めてか?」

「いいえ、土地代につきましては別途大金貨二枚が掛かります」

「了解した。とりあえず、そこを購入するということで押さえておいてくれ」

「実際に見ておかなくてもよろしいのですか?」


 そういえば、内見することを考えていなかったな……。だが、こんな格好で人前に出ればどうなるのか想像に難くないため、ここは適当にごまかしつついい感じのことを言っておこう。


「そこは、商業ギルドのギルドマスターとしての貴殿を信じることにしよう」

「……ありがとうございます」

「では、私は一度戻って代理人を連れてくる。実際に契約するのは、代理人なのでそのつもりでな。では、昼過ぎにまた来るとしよう」

「さ、左様ですか。畏まりました。お待ちしております」


 ひとまず、物件の確保はできたのでグレッグとの約束の時間が来るまで、どこかに雲隠れすることにした。キャッシャーに鷹揚に頷くと、そのまま立ち上がり堂々と商業ギルドから出ていった。その際に、また全員に平伏されたのは言うまでもない。

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