ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
90話「姉弟、拾いました」
「うっぷ……着きました。ここがあたしの住んでる家です」
「はあ、やっと着いたか、やれやれだ」
ナタリーの言葉に、思わずため息を吐き、安堵の言葉が漏れ出てしまう。この“やれやれだ”という言葉には色々な意味があるが、主に二つの意味で使用されている。
一つは言わずもがな、彼女が胃から吐き出した吐瀉物に関する一件、わかりやすいように“ナタリーゲロゲロ事件”とでも呼称しよう。そのナタリーゲロゲロ事件……ええい、これも長ったらしいな。もう色々端折って“ゲロリー事件”によって彼女の体調が著しく悪くなってしまい、その介抱と吐瀉物の後処理をやらされたという憂鬱な感情から引き起こされた思いだ。
そして、もう一つは俺のテンションがおかしくなってしまったことに対する戸惑いからくるものだ。どうやら盗賊たちを手に掛けてしまったことで、ランナーズハイならぬマーダーズハイになっていたらしく、いつもは自制できている感情が少し表に出てきてしまっていたらしい。
今はなんとか落ち着きを取り戻してはいるものの、これが衝動的な欲求にならなければいいがという不安も出てきてしまった。今ならシリアルキラーの気持ちがなんとなくわかる気がする……。
「……ランド様。ローランド様? どうしたんです?」
「あ、ああなんでもない。なんでもないぞゲロリー」
「あたしの名前はナタリーですよ!」
「そんなことはどうでもいいから、早く家に案内してくれ」
どうやら思考に集中していたようで、ナタリーの呼びかけに気付かず咄嗟に彼女をゲロリーと呼んでしまった。……まあ、ナタリーでもゲロリーでも変わりはしないが。
ナタリーの案内で家の中に入ると、そこは家と呼ぶには少々無理があるほどの廃墟だ。壁の所々にはひびが入っており、場所によってはすきま風が入ってくるほどの小さな穴が開いている。床も埃まみれになっており、あまりの息苦しさに顔を顰めるほどだ。
こんなところで生活をしていれば、いずれ病気になってしまうのは目に見えている。それほどまでに、彼女が家と呼称する場所は劣悪な環境であった。
「少し待っていていください。今お茶を――」
「いや、いい。それよりも早くお前の弟とやらに会わせてくれ」
俺がナタリーの家に来た目的……それは、彼女の証言が虚偽であるかの確認のためだ。自分には弟がいると言ったことを宣ったナタリーの言葉が本当であるか否かを確かめに来たのだ。
廃墟の奥にある名目上寝室として使用されている場所へ通されると、そこには粗悪な造りのベッドに横たわる少年の姿があった。どうやら彼がナタリーの弟らしい。
「ケホッ、ケホッ……ああ、姉さん、帰ってたんだね。おかえりなさい」
「起きなくてもいいのよ。ジッとしてなさい」
「うん、ありがとう。ところで、その子は?」
俺の姿を視認した彼が問い掛けてきたので、自己紹介の前に少年を解析してみた。
【名前】:ジャン
【年齢】:十四歳
【性別】:男
【種族】:人間
【職業】:なし
体力:400(700)
魔力:60(180)
筋力:F+
耐久力:F-
素早さ:F
器用さ:C+
精神力:E-
抵抗力:B-
幸運:E-
【スキル】
鑑定Lv0、掃除Lv1、算術Lv0、身体強化LV0、疫病耐性Lv4
【状態】
疲労(極大)、空腹(極大)、虚弱体質(大)、衰弱(極大)
なるほど、名前はジャンというのか、まあ特に珍しい名前でもないからそこはスルーしておくとしてだ。年齢は十四歳で俺と同じ未成年ってやつみたいだな。
ステータスは、元から体が弱いらしくそれが影響してか体力と魔力の数値が低下している。パラメータに関しては、姉であるナタリーと同じく抵抗力がかなり高い。どうやら器用さも高いらしい。
そりゃこんな悪い環境で生活してれば、免疫力だの何だのが高くなっても不思議じゃないか。それから、スキルについては以前見たことがあるレベル0というのがあった。
これは初めてレベル0のスキルを発見したあとでわかったことなのだが、スキルのレベルが0というのは、そのスキルに対応した行動を取ることで熟練度が溜まっていき、一定数超えるとスキルレベルが1となってそのスキルが使用できるようになるらしい。
つまり弟君には鑑定と算術と身体強化の才能があるが、今はそのスキルを使うことができない状態になあり、使用できるのは掃除と疫病耐性のみとなっているということだ。
 ちなみに、表示されていないスキルも特定の行動を取ることで覚えられるかもしれないので、その可能性は無限大であると言える。
「俺はローランドだ。冒険者をやっている」
「初めまして、ジャンっていいます。それで、ここには何の用で来たんだい?」
「ああ、それなんだが……」
さて、これでナタリーが言っていた弟がいるという言葉が本当だったということが確定した。……さあ、このあとの対応はどうするべきなのだろうか。
そもそもの話だが、ナタリーが盗賊から荷物を盗みそれを金銭に替えてしまったことについては、この世界の法に則った場合彼女が罪に問われることはない。盗賊という存在自体に人権が認められておらず、盗賊が所持している物品については仮に盗賊たちが所有権を主張したところで、その主張が認められることはない。
その荷物を盗んだとしても、法律的に所有権の所在がはっきりしない以上、罪を問うことは逆にできないのである。つまり、俺が今まで気にしてきた内容というのは、前世の法律に照らし合わせた結果によるものであり、はっきり言ってしまえば俺の独りよがりの我が儘みたいなものなのだ。
彼女たちの生活環境から見て、経済的に貧窮に苦しみやむにやまれぬ事情から衝動的に取った行動であるという点から見ても、仮に罪に問われたとした場合でも情状酌量の余地は十分にあると言えるだろう。
とどのつまり、今回の論点として重要視されている内容が“俺に嘘を吐いていないか”という一点のみで、仮に嘘を吐いていたとしても何ら問題はないということなのである。
「どうやらゲロリーの言っていたことは本当だったようだ。おめでとう、これで君の身の潔白が証明された」
「……なんの話をしているんだい?」
「それに、あたしの名前はナタリーだって言ってるじゃないですか!」
よくもまあいけしゃあしゃあと言ってくれたものだ。あれだけ見事な噴水芸を披露しておいてからに……。俺はごまかされんぞ、コノヤロー。野郎ではないが。
だが、今回は俺の方にもいろいろと反省すべき点がなかったかと言えばその限りではないので、ここはこれで手打ちとした方がよさそうだ。……言っておくが、俺は謝らない。反省もしない。退かぬ、媚びぬ、省みぬ。
「うぅっ、ゴホッゴホッ、ゴホッゴホッゴホッゴホッ」
「じゃ、ジャン! ど、どうしたの!?」
今回の一件で、ナタリーとの落としどころをどうするか考えていると、突如としてジャンの容体が急変する。急に激しく咳込み出したかと思ったら、口から血を吐き出した。その量はかなりのもので、医学に知識のない者でも危険な状態が容易に想像できるほどだ。
そのあまりの出来事に動揺を隠せないナタリーだったが、俺は冷静に彼の状態を確認すると、どうすべきか思案に入った。
(さてどうするか。おそらく近々に覚えた回復魔法を使えば対処は可能だろうが、彼を助ける理由がない)
冷たいと思われるかもしれないが、今さっき出会ったばかりの赤の他人を救うほど俺は人間ができているわけではない。何の対価もなく無償で施しを与えるラノベの主人公たちとは違うのだよ。
(だが、ゲロリーには妙な疑いを掛けたという負い目があるし、できることなら借りは作りたくないからな)
などと考えながら、彼女の弟を助ける言い訳をつらつらと頭の中で積み重ねていく。我ながらツンデレ気質甚だしいが、ここで死なれても後味が悪そうだし、とりあえず助けておくか。なに? 助けるなら最初からそう言えって? うるさいわい。
「どけ、ナタリー。邪魔だ」
「で、でもジャンが、ジャンが」
「ジャンガジャンガうるさいぞ。治療するからどけと言っている。それとも、このまま死なせたいのか?」
「お、弟は助かるのですか!?」
ナタリーの問いに答える代わりに、手で追い払う仕草をして彼女をベッドから引き離させる。助けるとは言ったものの、実際病気の治療を魔法で行うのは初めてなのでぶっつけ本番だ。
「【ヒールキュア】」
ひとまずは、ナタリーが体調不良になった時に使った魔法で治療を試みるが、ジャンの容体に変化はない。どうやら、この魔法では効果が薄いらしい。
「ならばこれならどうだ。【ハイヒール】」
さらに効果の高い回復魔法を唱えるが、これといった効果が現れた様子はなかった。そういえば、どちらかというとヒール系の魔法は怪我には効果的だが、病気などには効果が薄い傾向があることを前世の知識で思い出す。
であれば、病気に効果的な魔法を唱えればいい。以前にも話したが、魔法とはイメージ力が大切だ。つまり、病気を治すのではなく浄化させるイメージで魔法を使えばいいと考え、回復魔法ではなく浄化に特化している光魔法を応用してとある魔法を使用する。
「【イルネスピュリフィケーション】」
俺が呪文を唱えると、まばゆい光がジャンの体を包み込む。イメージとして、体内のウイルスや病原体を消滅させる映像を頭に思い浮かべながら魔法を使ってみた。すると、どうやら効果覿面だったようで、先ほどまで苦しんでいたジャンが落ち着きを取り戻した。
「こ、これは……息苦しくないし咳も止まった」
「ジャ、ジャン! 大丈夫? 苦しいところとかはない?」
治療が完了したことを悟ったナタリーがジャンに駆け寄り、心配の声を上げていたが、ジャンの無事を確認するとその場にへたり込み安堵のため息を漏らす。念のために解析で見てみたが、虚弱体質と衰弱が無くなっており、初めてナタリーに出会った時と同じ状態になっていた。
(うーん、上手くいってよかった。失敗してたら洒落にならなかったぞ……)
安請け合いはするものではないとはよく言ったもので、今回ぶっつけ本番な部分が否めなかったため、次はもっと余裕をもって対処したいとしみじみ思った。
それから、二人にこれでもかと言わんばかりに感謝され、多少の居心地の悪さを覚えつつも、とあることを思いついた俺は二人に提案してみることにした。
「とりあえず、ジャンの病気はなんとか治ったが、二人ともこれからどうするんだ?」
「弟も病み上がりですし、しばらくはあたしが働きに出ようかと」
「僕も病気が治ったので、僕でもできる仕事があればやろうと思ってます」
「そうか、なら俺に雇われる気はないか?」
「「え?」」
ちょうどとある計画を実行する予定だったのだが、その際に何人か人を雇うつもりだったため、二人を誘ってみることにした。
とりあえず、詳しい話はもう一人の人物を交えての話し合いとなるため、明日の朝また来ることを告げ今日はこれで帰ることにした。
「そうだ。これを渡しておく」
「これはなんですか?」
「お前が盗賊から盗んだ荷物を売って得た金だ。これはお前の好きに使え」
「そ、そんな。あたしばかりか弟の命も救ってもらった恩人からお金を受け取れません」
その後頑なにお金の受け取りを拒否していたが、元は彼女が手に入れたお金であるということと、少しばかり女のプライドをへし折る言葉を浴びせかけると、素直に受け取ってくれた。受け取る際に「どうせあたしなんて……」などとつぶやいていたが、聞かなかったことにしよう。
さらに追加で今日の分の食事を渡しておいた。また吐き出さないようゆっくりと味わって食べろと付け加えるのを忘れずに……。
ひょんなことから姉弟と出会い、予定していた計画のため二人を拾うことにしたが、果たしてどうなることやら……。先のことを考えると気が滅入りそうになるが、今日はとにかく帰って寝たいと精神的に疲れた体を引きずり、宿のベッドにダイブしたのであった。
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