ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

88話「トラブルはどこに行ってもやってくる」



 ギルムザック達に嫌気が差した俺は、一人でダンジョンを訪れていた。場面的にはあいつらの喧嘩を止めるべきだとは理解していたが、ああいうのは第三者が入ると余計にこじれるということがわかっているので、下手に手を出すとさらに状況が悪化するのだ。


 前世でも似たような会社から似たような仕事を頼まれたことがあり、さらにはその会社同士がライバル関係にあったことから、中立の立場であったうちの会社がどちらの会社の仕事を取るかということで決着をつけるということになってしまったことがある。


 当然ながら、どちらの会社を選んでも後々の関係にひびが入るのは明白だったため、下手にどちらの仕事も選ぶことができないという超面倒臭いことになっていたのだ。


 結局どうしたのかと言えば、それぞれの会社に均等に仕事を割り振るという妥協案を取らざるを得ない状況になってしまったのである。


 今回の一件もそれと似た状況にあり、どっちか片方の味方をすればそれで話は済むのだろうが、両者の関係がますます険悪なものになることは火を見るよりも明らかであるため、敢えて知らぬ存ぜぬスタイルを取ることにしたのだった。


「はぁー、まさか生まれ変わってもこういった人間関係に悩まされることになろうとは……」


 今生では貴族の跡取りとして生まれ変わり、その境遇が嫌で弟にその役目を押し付けてしまったが、何よりも嫌だったのが貴族同士のしがらみ、所謂人間関係なのだ。だというのに、まさか自由の身になってもその人間関係が付いて回るとは、世の中ままならないものである。


 などと、十二歳の子供が絶対に考えないようなことを思いつつ、十三階層へとやってきた。現在の位置は十三階層の前半部分にあるセーフティーゾーンで、今回はその続きからの攻略となる。


 十階層以降のフィールドについて新しい情報がわかったのだが、どうやら十階層以降では複数のフィールドが展開しているらしい。具他的には、最初は草原フィールドが続いていたが、途中から洞窟に変化し、最後にボス部屋があるといった具合だ。


 いくつものフィールドが広がっていることで、各々の環境に対処しつつ攻略しなければならないため、難易度が急激に上昇している。それに加え、出現するモンスターのランクも上がってきているため、油断できなくなってきてはいる。


「む? この反応は……人か?」


 そんな中、索敵のスキルに反応があった。いつもと違う反応から、それが人であるということはわかるが、詳細は不明だ。人の反応は、十階層を超えた辺りからあまり無くなってきてはいるのだが、まだまだちらほらとあるので珍しいというほどのものではないが、少し様子がおかしい。


 確認のため隠密を起動しながら気づかれないよう近づいてみると、なんというか“またこれか”という感想が浮かんでしまうようなことが起きていた。


「ちょ、ちょっと、離しなさいよ! どこに連れていくつもりなのよ!!」

「うるせぇ! どうせこんな階層じゃ助けなんてこねぇんだから、黙って大人しくしてろ!!」


 そこにいたのは、人相の悪い盗賊風の男と、その男に無理矢理担がれながら連れていかれている女の姿であった。状況的には、男が女を無理矢理連れ去ろうとしている構図に見えるが、ここで早とちりをしてはならない。


 もしかすると、あの女が何か悪いことをして、男が罪を償わせるために彼女を攫ったという線もなくはないのだ。よく言うだろう? 人を見かけで判断してはならないと……。


(これは、最後まで確認する必要があるな)


 彼女がどういった経緯で誘拐されているのかは、現時点ではわからない。だからこそ、その詳細を知る必要がある。もし仮に連れ去った男ではなく、女の方に非があった場合責められるのは俺となってしまうのだ。


 まあ、その時は全員皆殺しにしてすべてなかったことにするという力技をすることもできるのだが、できればそういった不正行為は行いたくはない。だからこそ、男と女どっちが悪者なのかちゃんと見極めなければならないのである。


 などどつらつらつらつらと言い訳染みた言葉を列挙してみたが、要するに間違って相手を悪者呼ばわりしたことの責任を負いたくないというちっぽけな矜持が、今の俺を動かしているのだ。冤罪ダメ、ゼッタイ。


 しばらく男の後を付けると、小さな洞窟にたどり着いた。洞窟の入り口には見張りがいるようで、迂闊に入ることはできないようになっているのだが、俺にはあまり意味を為さない。


 そのまま隠密で見張りのすぐ近くまで近寄り、指先に魔力を込め魔法を使用する。


「【スタンフィンガー】」

「ぐはっ」


 雷魔法の一つを相手に使って、見張りの男を気絶させる。しばらくは動かないだろうと思っていたのだが、なんだか様子がおかしいことに気付いた。


「あ、死んでる」


 どうやら雷が運悪く心臓に負担を掛け過ぎたため、心臓麻痺を起こして帰らぬ人になってしまったようだ。……まあ、事故だし仕方ないよね。


 こういった場合、人を殺したことのない日本人は取り乱たり精神的に参ったりすることがあるが、俺としてはそんな感情は一切起こらない人間だ。


 自分の部屋にゴキブリが出た時、最終的に人が取る行動といえば自分のテリトリーに入り込んだゴキブリの駆除である。そして、駆除が完了したところでそこになんの罪悪感も感じないことだろう。何故だかわかるだろうか? それは、自分に一切関係がないからである。


 今回の場合もそれと同じで、盗賊という害虫を駆除することに一体なんの躊躇いがあるというのか、逆に説明を求めたいところだ。


 盗賊は基本的にいくつかの罪を犯しており、例を挙げるのであれば【殺人】・【窃盗】・【強盗】・【暴行】・【傷害】・【脅迫】・【恫喝】・【強姦】・【詐欺】などといった具合だ。この他にも犯している罪があり、はっきり言って極悪人と表現しても差し支えないほどの大罪人だ。


 日本の法律に照らし合わせていえば【強盗殺人】という罪を犯した時点で、行使される刑罰は二つのうちの一つしかない。それは【無期懲役】と、そして言わずもがな【死刑】である。


 強盗目的のために人を殺めるといった行為は日本のみならず、この世界でも大罪であり決して許されるものではない。そんな大罪を犯している相手に、情け容赦を掛けるなどという必要はないのである。


 寧ろ、盗賊を見逃したことによって次の被害者が出てしまうため、罪には問われないが盗賊を見逃した人間はあまりいい目では見られないのだ。


“お前が見逃した盗賊の手によって家族が殺されてしまった。どう責任を取るつもりだ”などと言われたとしても、こちらとしては“知らんがな”という感情しか湧かないだろう。


 であるからして、盗賊を見かけた場合、可能であれば討伐するというのがこの世界の常識だったりするのだ。それこそ、盗賊というのはこの世界に蔓延る害虫でしかないということなのである。


 死んでしまった見張りを証拠隠滅のためストレージに収納すると、俺はそのまま洞窟内に侵入する。ちなみにストレージは生き物以外は入れることができるため、死体は生き物の部類に入っていないようだ。


 しばらく道なりに進んでいくと、ある程度の広さのある場所に到着した。そこでは十数人の盗賊が、先ほど連れ去られた女を囲んで罵声を浴びせていた。


「てめぇ、よくも俺たちの荷物を盗んでくれたな! 覚悟はできてんだろうなぁ。ああ!!」

「……」


 女も自分が仕出かしたことを理解しているのか、リーダー格の男の言葉に反論することはない。他の男たちも女を非難する声を上げていたが、リーダー格の男の声で雰囲気が一変する。


「さて、盗賊様の物を盗もうとしたんだ。これからどんな目に遭わされるか、わかるな?」

「や、やめて! あ、あたしには病弱な弟が……」

「はあ? んなもん、俺らにゃ一切関係ねぇな。さあ、大人しく俺らの玩具になれや」


 男がそう言うと、取り巻きの男がたちが女の服を破り捨て、彼女の肌が露わとなる。おお、これはなかなか……じゃなくて、さてどうしたものか。


 今俺は、彼女を助けるかどうか迷っている。盗賊の荷物とはいえ、彼女が盗みを働いた事実は変わらない。であれば、このまま盗賊に成敗されるのが彼女の犯した罪を償う行為なのではないかという考え方もできるのではないだろうか。


 先ほど、女の言葉では弟がいるという話だったが、それもこの場をやり過ごすための嘘という可能性もある。もしそうならば、情状酌量の余地はなくなり彼女を助ける理由は一切なくなる。しかし、もし彼女の言葉が真実で、本当に弟がいるというのならば、盗みに関してもお金が無くなった上での突発的な犯行の可能性も無きにしも非ずな展開となるのだ。


(くそう、なんでこんな微妙な感じなんだ。もっと、何も悪いことをしていない女を攫って来いよ盗賊め!!)


 挙句の果てには、攫ってきた盗賊に対して悪態を吐く始末だが、それを咎める者など誰も居はしない。誰も居は、しないのである。


 などと頭の中で考えを巡らせていたが、いよいよもって彼女の危機が迫っていると感じた俺は、ひとまず情報を得るため盗賊どもの輪の中に入って行った。


「なんだてめぇは? どっから湧いて出てきやがった!?」

「すまないが、話は一通り聞かせてもらった。だが、いくつか解せない点があるので確認のために出てきたんだ。てことで、お姉さん。あんたにいくつか質問したいことがある。正直に答えてくれ」

「え? えぇ?」


 どうやら俺がいきなり出現したことに困惑しているようで、状況を理解できていないらしい。俺は彼女にもわかりやすく言葉を切って説明してやった。


「俺の、質問に、正直に、答えて、くれないか?」

「え? は、はい?」

「よし、質問その1。本当に盗賊たちの荷物を盗んだの?」

「……」


 俺の質問に沈黙で返答する。だが、それはその質問が是であることを意味している。所謂沈黙は是であるというやつだ。オッケー、盗賊たちから荷物を盗んだことはこれで確定した。では、次の質問だな。


「質問その2。さっき弟がいるとか言ってたけど、それはほんと――」

「おい、ガキ。なに勝手に女と喋って――」

「ひぃー」


 盗賊の一人が、俺の質問を遮ってきたため、そのまま手刀で首を刎ねた。その光景に悲鳴を上げる女だったが、構わずに質問を続行する。


「失礼。質問を続けよう。お姉さんに弟がいるのは本当のこと? それとも嘘?」

「は、はぃー、ほ、本当です!!」

「本当に本当? もし嘘だったら……」


 俺はそう言いながら、先ほど斬首した男の体を見たあとすぐに視線を彼女に向け、手を手刀の形にして目を細めてみた。それだけで、何をされるのか察した彼女が、必死になって「本当ですぅー!!」と叫び声を上げる。まあ、どちらにせよまずはやるべきことがあるよな。


 彼女の言葉の真偽はあとで確認するとして、今は目の前の盗賊に対処するべく、彼らに向けて無慈悲な宣言をする。


「てことで、盗賊の諸君。すまないが、死んでくれたまえ」

「ふざけるなクソガキが、てめぇらやっちまえ!!」

「【ウォームウォール】。お姉さん、その中から絶対に出ないでくれよ。それでは諸君、さようなら……【アイスミスト】」


 彼女の周りを温かい壁で包み込んだあと、周囲全体が白銀の世界へと早変わりする。そして、次の瞬間そこには氷漬けにされ動かなくなった盗賊たちがいた。

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