ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

86話「初めての指名依頼」



 あれから三日が経ち、イザベラと約束した指名依頼の日がやってきた。現在、俺は相手が指定してきたダンジョンの入り口で腕を組みながら仁王立ちで待ち構えている。


 ちなみにだが、あれからアクセサリーの販売はどうなったのかというと、なんとグレッグは見事条件を満たして完売させてしまっていたのだ。ただのブレスレットの方はすぐに売れるだろうとは思っていたが、まさか委託販売を出した翌日にすべて完売させてくるとは予想していなかっただけに、翌日彼の報告を聞いた時は感心したものだ。


 これで委託販売に関しては問題ないと思い、前日作っていた価格を抑えたブレスレットとアミュレットを渡し、同じ条件で売ってきてほしいと依頼しておいた。


 さて、依頼の内容によると集合はダンジョン入口となっているのだが、どこにいるのやら……。


「ご、ごきげんよう」

「む?」


 突然後ろから声が掛かったので、振り向てみた。すると、そこにいたのは予想通りいつぞやのお嬢様であった。当然そこにはお付きのくっころさんもいたが、俺は敢えて無視をして彼女ファーレン・ローゼンベルクに右手を胸に当て恭しくお辞儀をする礼節的な挨拶をした。


「これはこれはファーレン嬢、ごきげんよう。本日は卑しい卑しい冒険者である私に指名依頼があるとのことで、こちらに伺ったのですが……。なんでも、七階層に自生する果物の採取のために護衛をしてほしいということでしたが、依頼の内容に齟齬はございませんか?」

「え? ええ、それで問題ないですわ」


 以前の俺と明らかに違う態度に、ファーレンも戸惑いを隠せないようで、どぎまぎしている。ちらりとくっころさんに視線を向けてみると、彼女もまた同じリアクションを取っていた。……どうだ、俺だってやろうと思えばこれくらいはできるのだよ。ふっふっふっふっ……。


 これでも一応は元貴族家の嫡男なのだからな、貴族としての礼儀作法はまだ体に染みついているのである。


 兎にも角にも、依頼主の本当の目的がなんであれ、俺は与えられた仕事をこなすだけだ。今日はそれだけに徹することとしようじゃないか。


「では、転移ポータルで七階層に参りましょうか」

「あ、あのー?」

「何かございましたか? ファーレン嬢」

「敬語はやめてくださいまし。あなたからそんな態度を取られることに違和感がありますわ。それに、何か馬鹿にされているようで屈辱ですわ」


 おやおや、子供と思っていたが、どうやらこういった大人の嫌味的な言動は理解できると見えるらしい。まあ、実際はおちょくるつもりでこういった言葉遣いを使っていたので、彼女が感じた感情はさも当然のことなのだがな。……なに、性格が悪いだって? そりゃそうだろ、だって俺だぜ俺?


 などと、何の根拠もないが妙に納得してしまうようなことを内心で宣いつつ、一つ鼻で笑うと俺は態度を元に戻した。


「どうやら、こういった嫌味は理解できたようだな。結構結構コケコッコー」

「……」

「っ!? むーん……」


 俺の態度が、最初から自分たちをおちょくるためのものであったと理解したファーレンは、呆れた視線を向けてくる。一方くっころさんといえば、自分の主が馬鹿にされたことに明らかに顔を歪ませていたが、前回の俺の“従者が勝手に口を開くな”という言葉が効いたのか、苛立ちを隠せてはいなかったが、声を荒げるような真似はしなかった。……意外と人の話は聞くんだな、くっころさん。


 もっと彼女たちをいじめ……もとい、いじってやりたかったが、ここで油を売っていては目的のものが手に入らないかもしれないため、俺はすぐに仕事モードになって転移ポータルで七階層へと二人を連れていくことにした。


 七階層のフィールドは、主に緩やかな傾斜のある山が舞台となっていて、ちょっとしたハイキング気分が味わえる。しかしながら、七階層もまたダンジョンであるため、モンスターが出現するのはもちろんのこと場合によっては山で遭難する可能性も孕んでいる。


 この階層に出現するモンスターは、ワイルドダッシュボアやレッサーグリズリーといったかなり強めなモンスターが出現するのだが、その体格はかつて戦った個体よりかは幾分小型であるため、強さとしてはDランクのパーティーでもどうにか勝てるといったレベルしかない。


 当然、その程度のモンスターに遅れを取る俺ではなく、ほとんど鎧袖一触に倒しまくった。そのあまりにもあまりな光景に、ファーレンもくっころさんも呆然とそれを見ているだけしかできなかったのである。


 しばらく、進撃という名の蹂躙が続き、鬱蒼と木々が覆い茂るエリアが見えてくる。おそらく、この場所にピップルという果物があるのだろうと当たりをつけ、三人で果物を探すこととなった。


「おい」

「なんでしょうか? ローゼンベルク公爵家第二騎士団第二部隊隊長兼副団長、クッコ・ロリエールさ、まっ」

「むっ。私が悪かったから、その喋り方はやめてくれないか?」

「ち、もう少し遊んでやりたかったのだが、仕方がない。なんだ、くっころさんよー?」


 俺の突然の切り返しに顔を顰めながらも、彼女が口を開く。


「貴様、どうやってその強さを身に着けた。見たところまだ成人していないのではないか?」

「それを聞いてどうする? おそらく、聞いたところで真似はできないだろうし、それで強くなるとも限らない。そんなものを聞いたところで徒労に終わるだけだ」

「それでも、私は強くならねばならんのだ。お嬢様に受けた恩を返すために……」


 まあ、大概の場合お嬢様や姫様に仕えるくっころさんは、幼い頃から恩を受けたって場合があるから、たぶん今回のくっころさんもその手のタイプなんだろう。


 だが、それをタダで教えてやるほど俺は親切な人間でもなければお人好しでもないんでな。悪いがこれでこの話はおしまいだ。


「あれは、まだ私が幼き頃に――」

「身の上話はいいから、果物を探すのに集中してくれないか?」

「……ここは、私の話を聞くところだろう」

「普通はそうだな。だが、俺は普通じゃないんで丁重にお断りさせていただく」


 彼女がどんな人生を送ってきたかなど蚊ほども興味はない。そんなものを聞いたところで、変な情が移っても癪に障るだけだ。であれば、最初から聞かずにいたほうが俺の精神衛生上問題はないのである。


 俺のあけすけに話を聞く気がない態度に、むすっとした顔をくっころさんが浮かべる。うむ、実に少女らしいいい顔ではないか。


 それからしばらく果物の捜索を行っていたのだが、なぜか事あるごとにくっころさんが俺に話し掛けてくるようになってしまった。これが所謂一つのストーカーというやつなのだろうか?


「見つけましたわ! あれがピップルです」


 そんなやり取りがあったものの、ようやくピップルの果実を見つけることができたのであった。それから立て続けに数個のピップルが見つかり、依頼の内容も達成することができた。


 こういった場合、何かしらのトラブルが発生するというテンプレが起きそうなものだが、モンスターは出てくるものの特にこれといったヤバい事は起きなかった。


 果物を採取し終えると、転移ポータルを使ってダンジョンの入り口へと戻ってきた。依頼達成のサインが書かれた紙を受け取った俺は、そのまま彼女たちと別れて冒険者ギルドへと向かうことにしたのだが……。


「お待ちください」

「……」

「あの、ちょっと待ってください!」

「ち、なんだ?」


 このまましれっとフェードアウトしようとしたのだが、そうは問屋が卸さないとばかりにファーレンがインターセプトしてきた。くそう、あとちょっとだったのに、ここに来て何か問題か?


「今回の依頼のお礼に、家に招待したいのですが――」

「断る。俺は忙しいんでな。じゃあ、これで失礼する」

「あ……」


 なるほどな。公爵家のお嬢様が、なんで果物採取なんて地味な仕事をやろうとしたのかと思えば、どうやら俺を家に引っ張り上げるための口実だったというわけだ。


 道中で何も起こらんから油断していたが、あとから襲ってくるタイプのテンプレだったらしい。危ない危ない。


 俺は今人生を謳歌しようと頑張っているんだ。そこに割って入るような存在はいらないのだよ。確かにファーレンもくっころさんも美人で見目麗しいが、特に女に飢えているわけでもないしな……。そんな時期が来たら、娼館に行ってプロを相手にした方が……おっと、これ以上は言わない方がよさそうだ。


 とにかく、面倒事フラグを根元から叩き折った俺は、冒険者ギルドで然るべき手続きを行い、指名依頼達成の報酬金である大金貨三枚を受け取り、宿に戻って日課になりつつあるアクセサリー作りと、自己鍛錬を行って体を清めてから眠りに就いた。

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