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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

83話「しがない行商人グレッグの商い奮闘記 前半」



 ~Side グレッグ~

 俺の名前はグレッグ。しがない行商人をやっていて今年で三十二歳になる独身だ。もうそろそろ嫁さんの一人でももらって身を固めたいところだが、どうにもそういった機会に出会えることはないらしい。


 言っておくが、決して俺がモテないってぇ訳じゃないぞ? こう見えても娼婦のフィーネやスザンヌには「旦那が来てくれないと寂しい」って言われるんだ。え? リップサービス? うるさいわい。


 そんなこんなで、今俺はレンダークの街から迷宮都市オラルガンドへとやって来ていた。目的は言わずもがな商売である。


 レンダークの街では、とある少年冒険者のお陰で稼がせてもらった。その少年の納品する素材は、品質がとても良く最初にそれを見つけたのは偶然だった。


 初めて少年の素材を見つけた時は、その仕入れ値の高さに半信半疑であったが、納得の金額であったと今になって思う。確か少年の名前は……そう、ローランドだったはずだ。


 そこから少しずつ情報が広まり、最終的に商人同士の抗争にまで発展したことは今となってはいい思い出だ。そして、ある程度資金に余裕ができたので、活動拠点をレンダークからオラルガンドに移すことができたという訳だ。


 久しぶりのオラルガンドは、相も変わらず活気に満ち溢れている。それだけ商人にとっては稼ぐチャンスが転がっているということだ。


 意気揚々と商業ギルドに向かい、何から手を付けようかと目録に目を通してみるが、これといって目ぼしい商品は見当たらない。


(うーん、無難な商品はあるけど、これといったもんはねぇな)


 せっかく新しい拠点で勢いをつけようと勇んできてみたが、そうそう美味しい話は転がっていないようだ。一度街を散策してみようと、踵を返したところで腰の辺りに何かがぶつかり思わずよろけそうになった。


「おっと」

「ああ、すまない」

「いえ、こちらこそ……って、君はローランドの坊っちゃんでは?」

「そうだが、あんたは?」


 神様の悪戯なのか、ぶつかってきた相手は俺の恩人と言っても過言ではない相手である、あの少年冒険者ローランドだった。活動拠点をどこかに移したという情報は流れていたが、まさかオラルガンドに来ていたとは思わなかった。


「初めましてになるのかな。俺はグレッグ。しがない行商人をやっている三十二歳独身の男だ」

「ローランドだ。冒険者をやっている」


 お互いに自己紹介を済ませたところで、気になっていたことを聞いてみることにした。


「それで、坊っちゃんはどうして商業ギルドに?」

「ちょっと売りたいものがあったから、商業ギルドでの新規登録と取引をしに来たんだが……」

「その口ぶりだと、なんかあったみたいだな。もしよければ話してくれないか?」


 坊っちゃんの態度が気になった俺は、事情を聞いてみた。すると返ってきた答えは、驚愕のものであった。なんと、中立の立場である商業ギルドが、適性の価格よりも度を超えた金額で買い叩こうとしたらしい。


 俺は商業ギルドがそのようなことをするのかと一瞬思ったが、ここで坊っちゃんが俺に嘘を吐く理由も思い浮かばないため、彼の言っていることが事実であると結論付けた。


「そりゃあ酷い。まさか商業ギルドがそんなことをするなんて」

「……」


 俺は少し大げさに驚いて見せた。本心は、彼が一体どんな品を売ろうとしたのかが気になるところだが、詳しい取引内容を尋ねるのは商人としてはご法度なので、いくら商人でない坊っちゃんでも商人の端くれとしてそれだけは破るわけにはいかない。


 そんな商人としての欲望と矜持に頭の中で葛藤していると、坊っちゃんが不意に口を開いた。


「グレッグさん、今日の予定は?」

「グレッグで構いませんぜ。レンダークを救った英雄様にさん付けされると、なんだかこそばゆいんでね。それと、今日は街の散策をしてみようかと思ってたんで、特に予定はないですぜ」

「わかった。グレッグ、少し付き合ってくれ」


 そう言ってくる坊っちゃんに頷きながら二人で商業ギルドを後にする。そのまま人気のない場所へと連れていかれ、誰もいないことを確認すると、坊っちゃんがこちらに振り向く。


「これから何をされるかわかっているか?」

「坊っちゃん……いくら坊っちゃんが美形でも、俺にそんな趣味はないですぜ」

「何を勘違いしている! 俺だっていたって普通だ!!」


 おっと、どうやらそういうことではないらしい。まあ、わかってはいたが。年相応に抗議する坊っちゃんだったが、いきなり真剣な眼差しになったので、こちらも背筋を伸ばす。


 そして、おもむろに腰に下げていた鞄から、何かを取り出しこちらに差し出してきた。


「これは?」

「商業ギルドで売るつもりだった商品だ。グレッグならいくらで買い取る?」


 その一言ですべてを察してしまう。坊っちゃんは――否、目の前にいる冒険者は言外に行ってきているのだ。“お前の商人としての器がどれほどのものか確かめてやる”と……。


 俺の手の中には、二つのブレスレットがあった。一つは白一色の綺麗な石をまとめたもので、使われている石の大きさと形がすべて同じに揃っている。もう一つのブレスレットは、先ほどの白い石をメインとして等間隔に黒い石が挟み込まれており、こちらの石も大きさと形が綺麗に揃っていた。


 そして、何より特筆すべきは石の中心に開けられた針の細さほどある小さい穴だ。通常この形の石に穴を開けるということ自体が難しく、大概の場合が穴位置がずれてしまうことが多い。だというのに、このブレスレットに使われている石は、ほとんど中心といってもいいほどの位置に穴が開いている。


 そして、その石をまとめるのに使用されている紐もまた特殊のようで、おそらくはポイズンマインスパイダーの糸を細い糸状にまで加工することで、紐としての役割を持たせているようだ。


 ポイズンマインスパイダーの糸は、入手難度が高くなかなか手に入ることができない貴重なもので、貴族などの富裕層では服の材料として使われる高級品だ。それを、たかだかブレスレットの石をまとめるための紐に使用していることが驚きであり、この糸の価値を知る者であれば使用用途に異議を唱えるだろう。


 二つのブレスレットの共通点としては、かなり高度な加工方法が使用されており、加工した職人の腕の良さが窺える。それに加えて、高級感は限りなく抑えられており着飾るためのものではなく、日々の生活の中でのちょっとしたアクセントを入れるための普段使いとしての機能を持たせているように見えた。


 白一色のブレスレットは、神秘的な雰囲気が伝わってくることからおそらくアミュレット系に属するものだと推測する。もう一つの方は特にこれといった点は見受けられないため、本当に普段使い用のものなのだろう。


「どちらも素晴らしいと思います。細かな部分を見るときりがないので割愛しますが、これを作った人は相当な技術を持っているのがわかります。それで、肝心の値段ですが。こちらの白いブレスレットは、おそらくアミュレットだと思いますので、俺だったら中金貨二枚……いや、この見た目とアイテムとしての効果も加味すれば、五枚でも問題ないかと考えています」

「もう一つの方は?」

「ブレスレットとしての機能のみですが、使用されている素材と技術からみてかなりの高額を付けても問題ないですが、見た目的に普段使い用の一面が強いですので、少し価格を抑えて小銀貨三枚か四枚といったところではないかと……」

「……」


 今ままで自分が培ってきたものすべてを使って、俺はこの二つのブレスレットの査定内容を伝えた。しばらく沈黙が辺りを支配する。感覚としては数十分も経っているのではないかと思ってしまうほどの長い沈黙のあと、坊っちゃんはにやりと口の端を上げ一言だけ言い放った。


「パーフェクトだ、ウォルター」

「あ、あの。俺はグレッグなんですけど?」

「……そんなことはわかっている。空気を読め空気を」

「はあ」


 坊っちゃんの中で琴線に触れたようで、どことなく演技がかった台詞を言っているように見えた。何かの物語の主人公を真似ているのだろうか?


 そんな今の自分の姿を居たたまれないと思ったのか、咳払い一つでごまかしつつ、坊っちゃんが俺に告げた。


「グレッグ。商人として、仕事を頼みたい」

「仕事? それは?」

「このブレスレットの委託販売だ」

「えぇ!?」


 いきなりのことに思わず驚きの声を上げてしまった。それだけ坊っちゃんの提案が急すぎたからだ。確かにこれほどの商品を扱わせてもらえるのなら、商人としてこれ以上ない喜びだが、本当に自分でいいのだろうかという不安もあった。


 そのことを坊っちゃんに投げ掛けてみたところ、なんでもないことのようにこう切り返してきた。


「このブレスレットの価値がわかっているのなら問題ない。ただし、この仕事を頼むのにいくつかの条件を付けさせてもらう」

「その条件とは?」

「それはな……」


 坊っちゃんの条件を聞き、改めてこちらからこの仕事をさせてほしいと頼み見込んだ。それから、追加で小銀貨三枚ないし四枚の値を付けたブレスレットを四個取り出し俺に渡してきた。どうやら今回の仕事はこの六個のブレスレットを委託販売することらしい。


 口約束ではあれだからと、商業ギルドで契約書を作ろうと提案したところ「面倒だから口約束でいい」と断られ、ダンジョンに出掛けるという言葉を残して坊っちゃんは去って行った。


 こうして、小規模ながらもやりがいのある仕事をすることになり、オラルガンドに来てから幸先のいい出だしだと、俺は内心でやる気を漲らせるのであった。

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