ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
82話「商業ギルドで小売業、始めました ~でも、商品は売れませんでした~」
幾ばくかのアクセサリーを作った翌日、俺は商業ギルドを訪れていた。冒険者ギルドとは打って変わり、清潔感のある小奇麗な建物の様相をしていて、はっきり言えば敷居が高い印象を与えた。
ギルドの中もまた顧客との接客が主な業務内容とおなっているのか、埃一つない清潔さを保っていてやはり敷居が高そうである。
入って正面に冒険者ギルドと同じく複数の受付カウンターが設置されており、その一つ一つのカウンターには美人の受付嬢が訪れる人間の接客を担当していた。
その中の内の一つのカウンターが開いたので、そこに向かって歩き出す。カウンターには、妙齢の絶世とはいかないまでも、整った顔立ちをした美人の女性がいた。
「いらっしゃいませ。商業ギルドへようこそ。本日はどういった用件でしょうか?」
こちらが成人していない子供であるため、侮られると思いきや、ちゃんとした対応をしてきたことに内心で感心する。そこはやはり、金儲けの種がどこに転がっているのかわからないからとりあえず子供でも頭を下げておけ、という商魂の逞しさが伝わってくる。
ひとまず、話を聞いてもらえることに安心しながらも、ギルドにやってきた旨を伝える。
「ちょっとした小物を売りたいんだが、ギルドへの登録は必要か?」
「かしこまりました。それではこちらの書類に可能な限りご記入ください」
そう言って、受付嬢は商業ギルドに登録するための書類を差し出してくる。書類の内容はそれほど難解なことは書かれておらず、氏名や出身地などの基本的な個人情報から、現在店舗を所有しているかなどのちょっとした確認事項が記載されている。
一通り目を通し、記入しても差し支えない項目を埋め、受付嬢に提出する。それを受け取り目を通し終わった彼女が再び口を開いた。
「それでは、ローランド様。本日、私カネーヌが担当させていただきます。では、こちらへどうぞ」
彼女の案内に従い、応接室へと通される。どうやら、取引の基本は理解しているらしい。商品を持ち込んでくる売人や商人にとって、扱う商品自体が秘匿されるべきものであったりするため、取引は第三者のいない応接室での対応が基本となるのだ。
それは他の商売敵に情報が渡らないための対策でもあるため、商業ギルドはそういった情報の漏洩に関しては徹底しているのである。
「少々お待ちください。まもなく担当の者がやってきます」
そう受付嬢が言い終わったタイミングで、応接室の扉が開かれた。現れたのは五十代くらいの中年男性であり、薄い頭髪と日ごろの不摂生によるぷっくらとしたお腹が哀愁を漂わせていた。
「ふん、用だと言われてきてみれば、ただの小僧ではないか」
(ああ、これアカンやつや)
中年男性のその一言で、相手の人となりを理解した俺は、案内してくれた受付嬢を手招きすると、その耳元に囁いた。“大至急、ギルドマスターを呼んできてくれ”と……。
その言葉に了解の意を示すと、受付嬢は応接室を後にする。どうやら、目の前にいる人物の素行が悪いことはギルド内では知れ渡っているらしい。それが証拠に、俺の言葉を受けた受付嬢がすぐにギルドマスターを呼びに行っている。
「それで、売りたいものがあるということだが、どんなものだ」
「これだ」
そう言って、俺は魔法鞄から取り出した風に見せかけて、ストレージから昨日作ったアクセサリーを取り出した。それを見た男が目を細め、アクセサリーを見るとその目が見開かれるのがわかった。どうやら、このアクセサリーの価値に気付いたらしい。だが、そのあと口の端をいらやしく歪めている所を見るに、まともな取引をするつもりはないだろう。
「ふーむ、大したものではないな。売り出したとしても、それほど高値では売れんぞ」
「具体的にはいくらになる?」
「こっちのアミュ……ブレスレットは、中銀貨一枚が精々ってところだ。残りのものは大銅貨二枚ってところだな」
おいおい、そりゃいくらなんでも買い叩きすぎじゃねぇのか? 三千万円を一万円、三千円を二百円の値を付けるとか、本気かこいつ? しかも、アミュレットって言いかけたのをわざわざブレスレットに言い直しているあたり、買い叩く気満々じゃないか。
予想通りの結果に内心でため息を吐きつつ、男の付けた値が間違いないのか最終確認をする。
「それは商人としてのあんたの査定で間違いないのか?」
「わしの査定に文句があると言うのか!」
「文句はない。ただ一応の確認だ。あんたの目で見た時に、この商品がそれだけの価値しかないと本当に言っているのかというな」
「たかが成人前の小僧の分際で、このわしの査定にケチを付けおって! いいからお前は黙ってその装飾品を売ればいいのだ!!」
「騒がしいですね。何事ですか?」
いよいよ収拾がつかなくなってきたところに、まるで計ったかのようなタイミングで応接室に入ってくる人物がいた。見た目は四十代前半ほどの中年男性だが、こっちのうすらハゲ……もとい、買取担当の中年男性よりも清潔感と誠実さが伝わってくる雰囲気をしており、やり手の商人という風格も出ていた。
俺は彼が入ってくるなり事情を説明し、彼にも査定をしてもらった。すると、やはりというべきか返ってきた答えは最初に提示された金額と大きく異なっていた。
「これは素晴らしい。こちらのブレスレットは、効果としては何もありませんが石の一つ一つの大きさが揃っており、見た目の美しさだけでも価値のあるものです。私であれば、そうですね……小銀貨二枚、いや三枚は出します。こちらはさらに素晴らしいですね。見たところ浄化のアミュレットのようですが、こちらの石も粒が揃っており、装飾品としてもお守りとしてもかなり高価な物だと思います。低く見積もっても、中金貨二枚……いや、装飾品としての価値も入れれば五枚でもいいくらいです」
そう言いながら、爽やか中年が興奮したように査定の結果を伝えてくる。どうやら、これで買取担当の中年がこの商品を買い叩こうとしたのは決まりのようだな。であれば、こちらの取るべき行動は一つだ。
「なるほど。時にあんた、ギルドマスターだろ?」
「そう言えば紹介が遅れましたな。これは申し訳ない。私はこの商業ギルドでギルドマスターをやっているキャッシャー・バーキュムといいます。一応貴族の出身ですが、今となっては普通の平民と変わらないので、気にしないでいただきたい」
「俺はローランドだ。冒険者をやっている。それでだ。あんたにこの商品の査定を頼んだのには理由があってな。そこの男がこの二つの商品の買取金額を中銀貨一枚と大銅貨二枚と査定したんだが、これについてどう思う?」
「……ネマード、それは本当ですか?」
「そ、それは……」
ギルドマスターの問い掛けに額に汗を浮かばせながら、ネマードと呼ばれた男が返答に困惑する。その声は平静を保ってはいるものの、聞く人が聞けば明らかに怒気が籠っており、その声質には「やってくれたな」という非難めいた感情が籠っていた。
俺個人としては、俺の持ち込んだ商品を買い叩こうとしたことについての問題提起ではなく、もっと根本的なところを問題としたいのだ。だからこそ、俺は取り出していた商品を魔法鞄に仕舞い込むと、座っていたソファーから立ち上がった。
「ギルドマスターキャッシャー。俺は、この男が俺の商品を買い叩こうとしたこと自体は、問題だとは思っていない。査定した商品の価値を知っていながら、それを無視して取引相手の不利益になるような行動を取ったことが問題であり、そういった人材を商業ギルドが雇用していることが問題だと思っている」
「も、申し訳ございませんでした。直ちに適正の価格で買い取りを行いますので――」
「いや、今回の取引はなしだ。今回のことで商業ギルドの信頼は地に落ちた。だから挽回のチャンスをやろう」
「チャンス、ですか」
俺の切り捨てる一言に顔を青ざめるキャッシャーだったが、次の俺の一言で困惑していた。それにしても、この状況傍から見ればものすごく珍妙に映っているだろうな。十二歳の子供が、いい年したおっさん二人に説教してる構図なんて、なかなかお目に掛かれるものじゃない。
そんなことを考えながら、俺はキャッシャーに向けてある条件を言い放った。
「あんたに十日やろう。その十日で、そこのおっさんのような考え方を持ってる連中をなんとかしておけ。それができないなら、金輪際俺が商業ギルドを利用することは二度となくなると思え」
「……わかりました。善処します」
「いいか、今回の一件は俺と商業ギルドだけの問題じゃない。これは全世界の商業ギルドの沽券に関わってくる問題だ」
商業ギルドとは、すべての商いにおいて公平中立の立場にある。だからこそ、長き時の中で商業ギルドという組織は国ですら迂闊に手が出せないほどの巨大な組織にまで発展してこれたのだ。
その中立の立場である商業ギルドが、適正価格で取引をしていないとなれば、それこそ信用問題になりかねない。そして、その問題は一つの街の商業ギルドのみならず、すべての商業ギルドに飛び火することになってくる。
人の噂というのは、良いものでも悪いものでもすぐに人づてに伝わってしまう。特に悪い噂というのは、その真偽問わず伝達する速度が異常なほど早いのだ。
インターネットのネットニュースなどでも、良いニュースよりも悪いニュースの方が印象に残り易く、そして周囲に広まり易かったりする。今回の一件もそれと同じことなのである。
「じゃあ、俺はこれで失礼する。十日後を楽しみにしている」
そう言い残しながら、俺はキャッシャーの返事を待たずに執務室を後にした。
執務室を後にした俺は、内心で頭を抱えていた。理由は単純明快で、やってしまったのだ。
(くそう、せっかく新しい金策ができると思ってたのに、ここにきてテンプレに邪魔をされてしまうとは……)
まさかあそこまで買い叩かれるとは思っていなかったため、反論せざるを得ない状況になってしまった。せっかく昨日夜なべ……はしていないが、それなりに頑張って作ったのにこれでは俺のアクセちゃんたちが報われないではないか!
「あ、あの……」
キャッシャーにはギルド内の人事の改善を言っておいたが、果たしてどれだけ改善されることやら……。もしかしたら、何も変わらないかもしれない。俺が彼の立場だったとして、会ったばかりの少年の言葉を素直に聞き入れるかというと、答えは否である。
「すみません」
それにしても困ったことになったな。商業ギルドでの販売ができないとなると、個人経営している商会に持ち込むか自分で露店でも開いて手売りするかになってくるんだが、この街に来たばかりで商人の知り合いは一人もいない。かといって、手売りとなるとダンジョン攻略の時間に支障が出てくるし、どうしたものか……。
「あ、あの! ローランド様!」
「うん? ああ、受付の」
「カネーヌです。新規登録の手続きが完了しましたので、ギルドカードをお渡ししたいのですが?」
「わかった」
どうやら先ほどから声を掛けてきていたのは、受付嬢のカネーヌだったようだ。キャッシャーとの約束の日までギルドを利用することはないが、一応手続きもしたことだしギルドカードを受け取っておくことにした。
受付カウンターに向かうと、ちょうど何かの手続きが終わった商人とすれ違い様肩がぶつかってしまった。尤も、俺の身長はそんなに高くないので、相手がぶつかったのは腰辺りだったのだが……。
「おっと」
「ああ、すまない」
「いえ、こちらこそ……って、君はローランドの坊ちゃんでは?」
「そうだが、あんたは?」
いきなり名前を呼ばれたので、知り合いかと思って顔を見たが、まったく知らない初対面の男の顔がそこにあった。この出会いが、俺と彼にとって数奇な出会いとなることを俺も彼もまだ知らなかったのである。
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