ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
76話「そうだ、ダンジョンへ行こう!その2 ~移動販売ステーキ屋始めました?~」
「よし、これよりローランド。第三階層の攻略に着手する!」
誰に向けて呟いたわけでもない独り言が、反響する空間に響き渡る。その音が無くなると同時にえも言われる恥ずかしさが込み上げてきたため、咳ばらいを一つしてから三階層に通ずる螺旋階段を下りていく。
階段を下りきった先に広がっていたのは、視界一杯に広がる鬱蒼と茂った樹林だった。そう、今回のフィールドは森らしい。
森といってもその種類は様々で、今回の森は木々に覆い茂る葉が空を隠し尽くすほどに生え揃っているほど緑の濃い森である。それは樹海とも群生林……所謂ジャングルと言い換えても差し支えないほどである。
本当にここを進まなければならないのかと一瞬躊躇いを抱くものの、目の前に広がる光景がその事実を肯定するばかりなので、もはや諦めて足を進めることにしたのだった。
森の様子は特にこれといった異常は感じられないが、俺の持つスキル【索敵】にはちゃんと他の生き物の反応がしっかりと感じられた。
そのまましばらく歩を進めていると、前方に何やら白い物体が目に入ってくる。それは何やらもぞもぞと蠢いており、よく観察してみると地面に面している部分にある足のような突起物を使って移動しているようだ。
「なるほど、完全に芋虫だな。ああ、解析すれば一発か」
突然現れた謎の物体Xに驚いていたため、解析することが頭から抜け落ちてしまっていたことをふと思い出し、改めて解析を使用すると、それは俺が予想した通り芋虫型のモンスターであることが判明した。
その名も【ホワイトキャタピラー】という名前で、Eランクに属するモンスターらしい。能力の平均はE判定だが、守りに特化しているようで耐久力と抵抗力がD−であった。
ホワイトというだけあって、その見た目は白い芋虫の姿をしており、見ていてあまり気持のいいものではなかった。その他に特質すべき点としては、スキルに【体当たり】と【糸吐き】というものがあることから、大体の攻撃手段が予想できる。
「シー、シー」
「どうやら俺を敵と認識したらしい。では、やってみようか」
今回三階層にやってきたのは、ダンジョンの攻略もそうだが一番の目的としては、新調した装備の性能の確認である。具体的には、ロックリザードの素材を使ってしつらえられた軽鎧と鋼製の剣の二つである。この二つ以外にも解体用ナイフも購入しているのだが、このナイフは念のために持ち歩いているだけなので今回は鎧と剣の二つのみの確認をすることにした。
まず軽鎧だが、確認すべき項目としては耐久性と動きやすさの二つだ。耐久性に関しては、今まで装備していたものがものなだけに確実に性能は向上しているが、一体どの程度向上しているのかが不明慮だ。ちょうどホワイトキャタピラーが体当たりをしてきたので、その攻撃を鎧で覆われている部分で受けてみた。
「ふむふむ、この程度では傷一つ付かないか。いい防具だ」
Eランク程度のモンスターの攻撃で性能を確かめるのは些かその精度は低い気もしなくはないが、少なくともEランク相当のモンスターの攻撃ではビクともしないということはわかった。身体強化を使わない俺の素の能力は、オールS判定であるためE判定のホワイトキャタピラーの攻撃を受けても何の痛痒も感じないが、これからやってくるであろう女魔族との闘いに備えておくことは悪いことではないので、今回の防具の新調は間違っていないと半ば強引に自分を納得させた。
続いては、鋼製の剣の性能の確認だが、これはすぐに結果がわかった。その結果とは、一撃必殺であったのだ。俺が放った横薙ぎの一閃は、いとも容易くホワイトキャタピラーの体を切り裂き、その丸い体を真っ二つに両断したのである。
結果としてこの装備の性能が高いということはわかったが、その限界値を調べるにはホワイトキャタピラーは試し石としては役不足であることは否めない。
「もっと強いモンスターで試す必要があるか?」
そう結論付けた俺は、そのまま三階層の森を突き進んでいきさらに強力なモンスターがいる場所を目指していく。森というフィールドであるが故、木の根元に薬草や茸類が自生しており、目についたものはすべて回収していった。
モンスター自体も、こちらを認識すると逃げることなく襲い掛かってきてくれたので、滅多にできない剣術の実践訓練として剣の錆になってもらった。
そのまま森を突き進むこと数時間後、次の転移ポータルのあるセーフティーゾーンに到着したので、昼休憩がてらそこで昼食をとることにした。昼食は主に以前の街で入手した肉もあるのだが、日数的には賞味期限がかなり過ぎてしまうことを危惧したため、途中立ち寄った村などで売り払った。今回の肉は以前ダンジョンで倒したダッシュボアの肉を使ったステーキだ。
セーフティーゾーンには、俺以外にも何組かの冒険者パーティーがいて、それぞれが思い思いに休息を取っていたが、俺が肉を焼き始めたことで事態が急変した。
どうやら、冒険者というのは現地調達という概念があまりなく、食料などの物資のほとんどが加工された保存食を使っている。だが、そういった技術はあるがそのほとんどが味を度外視したものがほとんどであるため、端的に言えばかなり不味いのだ。そんな中、俺が新鮮なダッシュボアの肉を目の前で焼き始めたものだから、そこに目が行くのは自然の摂理というものである。
『……』
「……」
その場には言葉はないが、何か無言のプレッシャーのような重苦しい雰囲気が漂っていて、何か居心地の悪いものを感じる。そんな雰囲気を感じつつも、腹は減っているので調理の手を休むわけにもいかず、とうとうステーキが完成する。
「いただきます……はむ、もぐもぐ」
『……』
相変わらず口の中に広がる素晴らしい肉の旨味を堪能していると、突如として声を掛けてくる者がいた。
「ぼ、坊主。悪いんだが、俺にもその肉を食わせてくれないか?」
「もぐもぐ……」
「もちろん、金なら払うから」
そう言って声を掛けてきたのは、若い男性冒険者だった。まだ低階層のダンジョンであるため、おそらくはEランクかDランクのどちらかだろう。そう当たりを付けつつ、目の前の男を観察する。
雰囲気としては邪悪な感じはしないので、悪い冒険者ではないのだろうが、仮に俺が肉を振舞ったらどうなるのかは想像に難くない。手前味噌ではあるが、俺のステーキはかなり美味い。そんなものを安価な値段で売ってしまえば、他の冒険者たちがこぞって我も我もと押し寄せてくるのは自明の理である。であるならば、俺が取る選択肢は一つだ。
「なら、一枚につき小銀貨五枚だ」
「なっ! そ、それはいくらなんでもぼったくりが過ぎるだろ!?」
俺の提示した金額に、思わず大きな声を冒険者が上げる。それもそのはず、一般的な食事一回分の相場は大体大銅貨三枚から五枚ほどであり、小銀貨一枚もあればお腹一杯に食べることができるのだ。それを相場の十倍もの値段を提示することは、はっきりいって値を吊り上げすぎといっても過言ではない。
しかしながら、この値段には当然理由があり、それは手持ちの肉が少ないということと俺が食べたものと同じものを提供するのであれば、使われている調味料――特に胡椒が問題となってくるのである。
前世の地球でも、ある時代において胡椒はとても価値の高いものとされ、同じ重さの金よりも価値があるとされていたこともあった。それはこの世界でも例外ではなく、胡椒をはじめとした塩や砂糖などの調味料並びに香辛料の類は、かなりの高級品とされているのだ。
それをふんだんに使用しているため、俺が食べているステーキはかなりの贅沢品であると言えなくもない。それに加えて、今我々がいる場所は命の危険が伴うダンジョン内である。そのことを鑑みれば、このステーキに小銀貨五枚の価値がないとは完全には言い切れないのだ。
「……」
「別に払えないのならそれでもいい。だが、これが今のこの場でのステーキの価値だと俺は考えている」
などと宣っているが、実のところはただ他人のために必要のない調理をしたくないだけだ。何が悲しくて、赤の他人のためにそこまでやらなければならないのか、理解に苦しむ。
「……」
「お、おいっ、オルベルト。お前何をやって――」
「ふんっ」
そんなやり取りをしていたその時、いつの間にか俺の眼前に一人の男が立っていた。百九十センチを超えるのではないかという大柄な体格に、鍛え抜かれた体を持っており、まさしく冒険者という風貌に相応しい。
その男がこちらに向かって拳を突き出した。その拳は俺の目の前で停止したかと思えば、そのまま手のひらを返し開かれた。開いた手のひらにあったのは小銀貨五枚で、俺がステーキを販売すると決めた金額だった。
「小銀貨五枚だ。一枚頼む」
「あ、ああ。自前の皿があるなら持ってきてくれ」
「わかった」
俺の言葉に従い、男が皿を取りに行くのを見届けると、さっそく調理を開始する。こちらとしては、調理をしたくないための口実だったのだが、まさか本当に小銀貨五枚を支払う物好きがいるとは思わなった。それでも、こちらの条件を満たした以上作らないという選択肢を取るわけにもいかなため、最初に作ったものと同じステーキを調理する。
調理の最中、自前の皿を持ってきたオルベルトと呼ばれた男が、今か今かとステーキの完成を待っている。その間にも、最初に声を掛けてきた冒険者が男に何か言いたげな表情を浮かべていたが、結局何も言えず仕舞いに終わっていた。
「皿を」
「ん」
焼き上がったステーキを男が持ってきた木皿に乗せると、そのまま手渡してやる。男は短く「感謝する」とだけ答え、身に着けていたナイフを使ってステーキを食べやすいサイズに切り分け、そのまま豪快に手づかみで口へと放り込んだ。
「あむあむ……」
男の咀嚼する音のみがその場に響き渡り、他の冒険者が固唾を飲んで見守る中、すぐに男に変化が起こる。ステーキを一口食べた男は、目を見開き驚愕の表情を浮かべたかと思ったら、勢いよくステーキに齧り付き始めたのである。その勢いは凄まじく、それだけでそのステーキの味が美味いということがひしひしと伝わってきた。
二分と経たずにステーキ一枚をぺろりと平らげた男は、その見た目に相応しいバリトンボイスでステーキの味の感想を饒舌に語り始める。
「美味い、美味過ぎる……。口の中に入れた瞬間、圧倒的な肉汁と肉の旨味が口の中一杯に広がり、舌の上にこれでもかと言わんばかりに肉汁を量産する。肉は柔らかく、ナイフを使う必要がないくらいに噛み切ることができ、それでいて十分な噛み応えを与えてくれる。使われている調味料は、塩と胡椒のみという基本的なものではあるが、肉の旨味を最大限に引き立てる適切な量が使われており、そこに一切の妥協はない。まさにこれこそ、肉を最も美味く食べるための至高の料理だ」
聞く者の耳朶に残るほどの低音ボイスは、その場にいた全員の耳に届き、その言葉を聞いた冒険者たちが自分も食べてみたいと気持ちが傾きかけていたその時、男が取った次の行動によって他の冒険者たちが完全にステーキを購入する方に傾いてしまう出来事が起こった。
男はステーキの感想を言い終わると、腰に下げていた皮袋を手に取り俺のところに歩み寄ってきたかと思ったら、その皮袋を突き出してきた。皮袋の中身は一杯に詰め込まれた銀貨だった。その行動の意味することと言えば……。
「俺の全財産だ。それで可能な限り売ってほしい」
「なっ、おいオルベルト! いくら何でも全財産はねぇだろ!?」
男の行動に、最初に声を掛けてきた冒険者はもちろんのこと、その場にいた他の冒険者たちも驚愕する。後になって知ったことなのだが、この男はCランク冒険者の中でも食に対して物凄いこだわりを持っていることで有名な冒険者で【グルメファイター】という通り名を持つほどに食いしん坊な男らしい。その食に強いこだわりを持った男が、自分の全財産を投げ打ってまで俺のステーキを食べたいと宣言したことに驚きを隠せなかったようだ。
それほどまでにして俺のステーキを望むということは、それ即ち男にとってこのステーキが全財産を賭けるに値するほどの美味さを持っていることを意味しており、そんなものが不味いわけがなかった。
「お、俺にも食べさせてくれ!」
「あ、あたいもだ!」
「あたしも!」
「俺もだ!」
そこからは堰を切ったように他の冒険者たちも注文が殺到し、最終的にその場にいた全員がステーキを注文するという俺が最も望まない結果となってしまった。
結局のところ肉のストックが心許ないという理由と全員に行き渡らせるようにするため、一人につき三枚まで注文を受け付けるということで落ち着いた。最初に注文した男は、それを聞いて渋っていたが自分だけ独り占めするということは他の冒険者に悪いと考えたらしく、最終的に了承してくれた。
その後は、ひたすらステーキを焼き続ける作業に没頭し、全員分のステーキを焼き終わる頃には、俺の手元には小銀貨が百六十五枚積まれていた。僅か一時間の労働で日本円にして十六万五千円の売り上げを記録したのであった。
焼く量が多かったので、こんなときのために用意しておいた大きめな鉄板を取り出し、まるでステーキ屋を移動販売で売っている気分になってしまった。
ステーキを食べた冒険者たちは全員が肉の旨味の虜となってしまい、女性冒険者もいたのだが三枚のステーキすべてをぺろりと平らげてしまっていた。ステーキを食べた冒険者の中には「酒が欲しいぜ」と言っていたが、さすがにダンジョン内で酒盛りをやるわけにもいかないため、仲間に止められていた。
「坊主、ありがとな」
「構わないさ。もらうもんはもらったしな。じゃあ、俺は先に行くからこれで」
「ああ、俺らはもうちょっと休憩していくから気にせず行ってくれ」
大食漢の多い冒険者といえども、さすがにステーキ三枚は食いすぎたらしく、ほとんどの冒険者がお腹をさすっていた。もちろんグルメファイターことオルベルトはまだまだ物足りないといった様子であった。
それから、冒険者たちにお礼を言われた後、俺は再びダンジョン攻略を再開した。そして、さらに数時間後二か所目のセーフティーゾーンを発見し、転移ポータルを解放したあとにようやくボス部屋へとたどり着いた。
幸い誰もいなかったのでそのままボスに挑むことができ、ボスもすぐに決着がついた。ちなみにボスは【ビッグキャタピラー】というホワイトキャタピラーを二回りほど大きくしたモンスターだったが、動きがほとんどホワイトキャタピラーと同じだったため、難なく倒すことができたのであった。
これで三階層の攻略も完了し、今日はこれで終了することにしてボス部屋の出口の先にある転移ポータルから地上へと帰還し、冒険者ギルドで素材を納品してからその日は宿に戻った。
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