ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
73話「オラルガンドのギルドマスター」
「失礼いたします。例の冒険者をお連れしました」
ギルドマスターの部屋へと案内してもらった俺は、現在ギルドマスターが常駐する執務室へとやってきた。執務室の内装は、特にこれといって物珍しいものはなく、棚の中に綺麗に整理された本が収納されており、使用者の几帳面さが窺える。
「うむ、お主がローランドという冒険者か。ダレンの小僧から話は聞いとるよ」
「なら、自己紹介は必要ないかな?」
「そうじゃな、寧ろわしの方が自己紹介が必要じゃろ。わしはこのオラルガンドの冒険者ギルドで、ギルドマスターをやっとるイザベラという婆じゃよ。よろしくのう」
「ああ、よろしくたの――っ!?」
執務室の椅子に座っていたのは、意外にも老齢の女性だった。歳を重ねたことが窺える白髪を三つ編み状に結え付けており、まさに魔女という表現が相応しいほどの風貌をしている。それに反して若い頃はかなりの美人であったと窺えるほどの雰囲気を持っており、一目で侮れない相手であると理解させられる。
それが証拠にこちらが少し気を抜いた瞬間、圧倒的なプレッシャーをぶつけてきやがった。思わず不意を突かれ一瞬体が動かなくなるが、こちらとてすでに人外に片足を突っ込みかけていることは自覚している。すぐにその威圧を跳ね除け、同じ程度の威圧を放ちイザベラを牽制する。
「ほっほう、このわしの威圧を受けても屈しないとは、流石じゃのう」
「……誉め言葉として受け取っておこう。だが……二度目はないぞ?」
いきなりの出来事だったが、こちらとしても舐められるわけにはいかないため、少し本気の殺気を込めて忠告しておく。そのあまりの重圧にさすがのイザベラも額に汗を浮かべていた。
「わ、わかった。わかったからその殺気を抑えておくれ、年寄りにゃ体に堪えるでのぅ」
「先に喧嘩を売ってきたのはそっちだろうに。都合が悪くなったら年寄りを前面に押し出すのは頂けないな」
「仕方ないじゃろう。目の前に強者がおれば、どの程度の実力なのか確かめてみたくなるのは道理というものじゃて」
「ふっ、まあ……一理ある」
「あ、あ、あのぅー?」
イザベラとのやり取りに意識を取られていたため、そこにいたもう一人の人間であるムリアンに気付かなかった。直接向けられていたわけではないが、圧倒的なプレッシャーを前にして一般人である彼女がそれに耐えられるわけもなく、床にへたり込んでしまっていた。
俺もイザベラもその姿に焦ってしまい、若干言い訳がましい言葉が思わず出てしまう。
「す、すまない。ムリアンがいることを忘れていた」
「わしも忘れておったわい……すまないねぇ」
「い、いえ……だ、大丈夫です」
とてもではないが、大丈夫ではなさそうである。幸いなことに、直接的に威圧されたわけではないということと、ムリアン自身が他の女性と比べて肝の据わった人物であったことが功を奏したらしい。普通であれば、泡を吹いて気絶していてもおかしくはなかったが、伊達に荒くれものを相手にギルドの職員はやっていないということだろう。
「とりあえず、顔合わせの挨拶はこれくらいにしてだ。婆さん、あんたに聞きたいことがあってきた」
「なんだい?」
「さっき、ムリアンから大金貨三百枚の報奨金とBランク冒険者の昇格の話を聞いたんだが、その経緯がまったくわからないんだ。そうなった理由を聞かせてくれないか?」
「ああ、なんだいそのことか。簡単さ。おぬし、レンダークの街でオークキングを討伐したじゃろ? その功績が認められて、報奨という形で大金貨三百枚とBランクの昇格が決まったというわけじゃ」
「確かにオークキング討伐に参加はしていたが、オークキングを倒したのは別の冒険者だぞ?」
「はんっ、冒険者ギルドの情報網を甘く見るんじゃないさね。ローランドの小僧がいなかったら危なかったという情報は、わしの耳に届いておるわい。最初に言ったじゃろ? ダレンの小僧から話は聞いておると」
そう言いながら、したり顔でこちらを見てくるイザベラに若干の苛立ちを覚えながらも、この妖怪婆をごまかすのは難しいということを理解させられ、内心で舌打ちをする。
俺が考えていた内容は、実際にオークキング討伐に参加はしていたが、戦場の隅っこで通常のオーク相手に細々とした戦いをしてました的な感じを醸し出しながら、なんとかそんなに目立った活躍はしてませんよという体でごまかしたかったのだ。
だが、レンダークのギルドマスターから直接情報を得ているとなれば、俺がここでごまかしたところでその話が虚偽であることは明白だろうし、そもそもイザベラの威圧を跳ね除け、逆に威圧し返すという芸当を見せている以上、オークキングと互角に渡り合える実力があるということを自ら吐露してしまっているようなものだ。
そんな状況でそれほど活躍してませんなどと宣うこと自体無意味であり、寧ろこちらがあまり目立ちたくないという意思を示すことで、弱みを握られてしまいかねない。
(ち、せめてイザベラ婆さんが威圧してこなきゃ、ごまかせたかもしれんのに……相手のペースに乗せられてしまったな)
(どうやらローランドの小僧は、あまり目立ちたくはないようだね。それにしても、このわしの威圧を受けても平然としておるとは……かつて【女帝】と呼ばれたこのわしも老いには勝てんということかの)
しばらくの間重苦しい沈黙が流れたが、その空気を破ったのは意外にもムリアンであった。
「あ、あのー。私はもう業務に戻ってもいいでしょうか?」
「ああ、忙しいのに悪かったね。仕事に戻っても構わないよ」
「で、では失礼いたしました」
少しだけ恐縮した様子で、イザベラにお辞儀をした後ムリアンが執務室を退室する。彼女がいなくなったタイミングで、俺もムリアンに続くように部屋を後にしようとすると、まるで先手を打ったかのようにイザベラが口を開く。
「それで小僧よ。おぬし、一体何者じゃ?」
「ただのBランクに昇格したばかりのどこにでもいる十二歳の子供だ」
「いやいや、そんな人外がどこにでもおるわけないじゃろうっ!」
「俺が何者かなんて、どうでもいいことじゃなんじゃないか? 大事なのは、俺という存在を婆さんがどう取り扱うかということだ」
「……(小僧め、このわしを試しておるのか? ふん、子供の割に小賢しいことを考えるじゃないか)」
おそらく、イザベラは俺の言葉の意味を理解しているはずだ。俺にとって障害となる可能性があるのなら、残念ではあるが他の都市に移るべきだろうし、味方となるのならお互いに持ちつ持たれつのいい関係を築いてくこともできるだろう。
できれば面倒事には関わり合いになりたくないが、多くの人に囲まれて生きていく以上最低限の問題は必ず出てくるだろうし、俺の実力もいずれこの国の上層部にも知れ渡ってしまう。そうなった時に、味方となってくれる人物は多いに越したことはないし、相手が冒険者ギルドのギルドマスターである以上、冒険者である俺を無下に扱うという愚行は犯さないはずだ。
伊達に長生きはしてないだろうから自分たちの利益と俺との今後の付き合いを考えた時、どういう待遇で扱えばいいのかその匙加減は十二分に理解しているはずだし、そういった腹の探り合いに関しても百戦錬磨だろう。
かくいうこの俺も、前世では結構やり手の営業サラリーマンだったのだ。こういった腹の探り合いの心理戦はかなりの場数を踏んできている。
「小僧の言い分はわかった。わしらギルドとしても有能な人材を無下に扱うことはせん。できる限りの支援もさせてもらおうじゃないか」
「そう言ってもらえると、こちらとしてもありがたい。では、これからしばらく世話になる」
イザベラの返答に内心で安堵のため息を吐くと、俺は彼女に向かって手を差し出す。その行動に少し目を丸くしていたが、すぐにその顔に笑顔を浮かべると俺の手を握り返してくれた。
「こちらこそ、何かあった時は頼りにさせてもらうとするよ」
「じゃあ、今日のところはこれで。しばらくダンジョンに潜る予定だから、用があるなら【夏の木漏れ日】という宿に人を寄越してくれ」
「そうかい、ならその時はそうさせてもらうよ」
そう言いながら、俺は右手をふらふらと振って執務室を後にした。俺が執務室を後にしてから、その足跡が聞こえなくなってからぽつりとイザベラが一言呟いた。
「まったく、とんだ化け物小僧が現れたもんだね。元Sランク冒険者のわしが死を覚悟させられるとは……ふふふ、これだから人生ってやつは何が起こるかわからないもんさね」
誰にともなく口にした呟きだったが、すでにその場を後にした人間の耳には当然聞こえることのないものであった。イザベラの中に、あの子供がこの街でどんなことをやってのけるのかという期待と高揚感が、ふつふつと湧き上がってくるのを感じていたのであった。
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