ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
55話「領主対面」
「こちらの部屋でお待ちください。ただいま旦那様を読んでまいります」
「わかった」
マーカスの案内で通された部屋は、見たまんまの応接室だ。シンプルな造りのロウテーブルに二つの長ソファーが置かれている。調度品も贅を尽くしたものではなく、どちらかと言えば落ち着いた風情のあるものが多い。
特に目新しいものもなく、すぐに手持ち無沙汰になっていると、突然ドアがノックされ一人のメイドが入ってくる。
見た目は少し年の行っているようだが、纏っている雰囲気がかなりの場数を踏んでいることが窺える。所作の一つ一つが洗練されており、それはただ長年メイドを務めているというだけでは出せないと感じた。
「どうぞ」
「ありがとうメイド長。頂こう」
「……」
彼女の入れてくれた紅茶とお茶請けのクッキーを嗜んでいると、不意に彼女が口を開く。
「ローランド様、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ」
「どうして私がこの屋敷のメイド長だとわかったのですか? 私はそのようなこと一言も言わなかったはずです」
「ふむ……」
彼女に視線を向けると、こちらの答えを待っているかのように押し黙ったままの彼女がいた。どう説明しようかと考えていたその時、思い出したように彼女が自己紹介を始める。
「申し遅れましたが、私はあなた様のおっしゃったようにこの屋敷でメイド長をさせていただいておりますアリアナと申します」
「ローランドだ。冒険者をやっている。それで、俺があんたをメイド長と判断した理由だったな」
「はい」
お互いの自己紹介が済み、次の話題に移るというタイミングで俺はアリアナの疑問に答えてやった。
「まず、あんたが入ってきたときの所作だ。とても洗練されたものだった。それだけなら他のメイドでもある程度はできただろうが、あんたの場合それ以外にもある一定の人間が纏ってる風格ってものがあった。それは三年五年程度の経験を積んだだけでじゃ、到底出せるもんじゃない。だから、俺はあんたがこの屋敷の全メイドを取り仕切るメイド長だと判断したってわけだ」
「なるほど、答えてくださりありがとうございます。その慧眼お見事です」
「そんな高尚なもんじゃない。ちょっと目のいい奴なら、見れば誰にでもわかることだ」
「そんなことはありません。とても鋭い洞察力……さすがCランク冒険者だと感服いたしました」
「ふ、そりゃどうも」
そんな会話をしていると、ノックもなしに突然応接室のドアが開かれる。この状況でノックもなしに入ってくる人間はたった一人……そう、この屋敷の主である領主だけだ。
俺の前に現れたのは、貴族の服に身を包んだ和やかな雰囲気を持った中年の男性だ。おそらく彼がこの街の領主であることを察した俺は、すぐさま立ち上げり貴族の礼を取る。
「お初にお目に掛かります。Cランク冒険者をやっているローランドと申します。以後お見知りおきを」
「……あ、ああ。これはご丁寧に。ラガンフィード家子爵ルベルト・フォン・ラガンフィードだ。今日はわざわざ時間を取ってもらってすまない」
「領主様のためであれば問題ありません。それで、本日はいったいどのようなご用向きで?」
「とりあえず、座ってくれ」
一介の冒険者としてはあまり相応しくない挨拶だが、相手がどのような人間かわからない以上、無礼を働けば最悪不敬罪で極刑に処せられる可能性がある。そんなリスクを冒すつもりはないので、幼い頃に学んだ貴族としての礼儀作法に則って彼と挨拶を交わす。
彼もそんな礼儀正しい挨拶をされるとは思っていなかったのか、目を丸くして驚いていたようだが、すぐに取り繕って自己紹介をするあたり、さすがは一つの領地を治めている領主なだけはあると内心で感心する。
「今日君をここに呼んだのは、別段特別な用があるからとかではないんだ。最近噂となっている冒険者と会っておきたかった。それだけなんだよ」
「そうですか。それでご感想のほどは?」
「その前に、その堅苦しい敬語はやめてくれないか? 別に不敬罪にしたりしないから」
「では遠慮なく」
それから、他愛ない世間話をしばらくした後、ルベルト子爵が急に謝罪の言葉を口にする。
「先日は、うちの娘が迷惑をかけたようで本当にすまない」
「娘?」
「いきなり君の前にやってきて“家来になれ”とか言ったと聞いたが?」
「ああ、あの我が儘な貴族令嬢か。問題ない、家来の件も断ったしな」
ルベルト子爵の謝罪に、特に気にしていないと手を振って応える。貴族家の令嬢とは往々にして我が強く、我が儘な性格に育つ傾向にある。
かくいう我が妹であるローラもまた俺絡みの事案に関しては特に積極的になり、何が何でも関わろうと躍起になっていたほどだ。
蝶よ花よと大切に育てられる傾向にある貴族家の令嬢というのは、周囲の人間が常に自分を肯定してくれるイエスマンばかりなため、自身の行いの過ちに気付きにくいのだ。
社交デビューなどの場で、自分の家の人間以外と初めて関りを持つことで徐々に一般的な価値観というのを養っていくのだが、残念ながらすべての貴族の子息や息女が他人との価値観の違いに気付くとは限らない。
親の持つ爵位や自分の立場によっては、自分の行いを否定してくれる存在に出会うことができないケースも珍しくはない。
それによって、自分の行いは常に正しいという間違った価値観を持ったまま、大人になる貴族も少なからず存在するのである。
「そう言ってくれるとこちらとしてもありがたい。私には娘が二人いるのだが、長女のマーガレットは良識ある人間に育ってくれたが、次女のジョセフィーヌは二人目の子供とあって甘やかしてしまったのが良くなかったらしい」
「今からでもまだ十分間に合う。ルベルト子爵から言って聞かせればいい」
「そうしたいのだが、なにぶん甘やかしてしまった手前あまり強く言えなくてな。最近も君の一件で外出禁止の罰は与えているのだが、どうも長女の時と比べて甘くなってしまう」
「それは、あまり良くない傾向だな。次女の方もそうだが、それについては長女にも問題が出てくるかもしれんぞ?」
「……というと?」
長男・長女症候群という言葉がある。それは弟や妹を持つ兄や姉がよく経験することで、所謂「お兄ちゃん(お姉ちゃん)なんだから我慢しなさい」ということを常日頃から言われ続けた結果、下の兄弟よりも自分は愛されていないのではないかと思ってしまうジレンマのようなものだ。
兄や姉も甘やかされていた時期はあったのだろうが、下の兄弟が生まれたことで両親が弟や妹に付きっきりとなってしまい、自分に構ってくれなくなることで不平不満を抱いてしまうケースがある。
尤も、貴族家は両親が直接育てるよりも、抜擢されたお世話係の侍女や執事などが教育を行うことが多いため、貴族の両親は精々子供が努力した結果を見て評価をする程度の繋がりしかない。
俺の両親もマークが優秀な人間だと売り込んでからは、俺を褒めることはなく絶えず弟との違いを非難していたほどだ。前世の記憶がある俺にとっては、そういった感情を抱いてしまうことは仕方のないことだと理解できるのだが、人間的にも大人になり切れていない子供からすれば、そういった評価を親から受けるのはかなり精神的な負荷となるということは想像に難くない。
「といった観点から、長女であるマーガレット嬢は次女のジョセフィーヌ嬢に対し、親の愛情を平等に受けられなかったという不平等感を抱いている可能性がある」
「し、しかし、私の見る限りでは姉妹の仲はそれほど悪くはないはずだ」
「表面上は仲がいいのを取り繕ってはいるが、心の内はおそらく何か思うところがあるかもしれない。一度長女とも話し合ってみてはいかがだろうか?」
「そ、そうだな、そうしよう。それにしても君は本当に成人前の子供かね? まるで先達に教えを乞うている錯覚を覚えるのだが?」
「この見た目で、あなたよりも年上なわけないだろう。尤も、俺がエルフのような長命種族なら話は別だが」
その後話はオークとオークジェネラルの件に移ったが、具体的にどう倒したかといったことは聞いてこず表面的な内容が多かった。
おそらくだが、こちらの手の内を探っているという勘違いをさせないための配慮なのだろう。そうだ、オークといえばここであの件についてルベルト子爵の耳に情報を入れておいてもいいだろう。
「時にルベルト子爵。あなたの耳に入れておきたい話があるのだが」
「うん、なんだね?」
こちらの雰囲気が変わったことを敏感に察知したルベルト子爵が、柔和な表情から真剣なものへと変化した。
相手がこちらの話に耳を傾けていることを確認すると、今後重要となる話をしようとしたのだが……。
「こ、こちらにあの方が来られていると聞いたのですが!?」
突如として勢い良くドアが開かれ、そこに現れたのは先ほど話に上がっていたジョセフィーヌであった。
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