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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

39話「ローランド(ロラン)の異世界クッキング」



「さあ、始まりましたぁー! ローランドことロランがお送りする。クッキングタイムのお時間でーぇす」


 誰にともなく宣言する姿は若干滑稽ではあるが、端的に言えばワイルドダッシュボアの肉の味を確かめる試食会である。


 ダッシュボア・フォレストウルフとこの世界のモンスターの肉を食べてきたが、どれも美味しかった。だからこそ、ギルドに売り払ってしまう前に自分でもワイルドダッシュボアの肉の味を確かめてみたくなったのだ。


「この日のために鍛冶屋で作ってもらったフライパンが火を噴くぜ!」


 いつだったか、ただ串に刺して焼いて食べるのも味気ない――いや実際はめちゃ美味いけど――と考え、鍛冶屋に赴き自分専用のフライパンを作ってもらったのだ。
 鍛冶職人も子供の俺を見て最初は煙たげにしていたが、そこは元サラリーマンの俺だ。手土産の酒をちらつかせたら手のひら返しに仲良くなった。飲みニケーション万歳ってやつだろうか?


 他にも調理するのに必要なまな板や包丁なども各種取り揃え、今では調理に必要な道具が一通り揃っている。


「あと足りないのは、蒸し器と網焼きにするための網に、それから圧力鍋ってとこか?」


 圧力鍋はともかくとして、蒸し器と網は今後手に入れていきたいところではある。
 それは今後の課題として今は隅に置いておき、ワイルドダッシュボアの肉の調理を開始する。


 この世界のモンスターの肉について少しだけ話しておくと、この世界には極々自然に魔力というものが存在している。
 まだすべてが解明された訳ではないが、その魔力という存在がモンスターの肉の旨味に関係しているらしい。


 その一つが俺がよく使っているモンスターの狩猟方法だ。
 前世で猟師をしていた親戚のおじさんの話では、鹿や猪などは暴れると脳に血が回ってしまい、解体した時に不味い肉になってしまうらしい。


 だから一流の猟師は獲物を暴れさせないよう急所である首を狙い、一撃で仕留めるのが通常の狩りだと聞いたことがある。
 そういう意味では俺が使っているアクア戦法は獲物が窒息でよくモンスターが暴れ回っているので、地球の常識では解体した肉は不味くなるはずだ。


 ところが、この世界には魔力という地球にはなかった物が存在しており、こちらの世界の猟師の常識では魔力量が多いモンスターほど肉が旨くなり、体内に巡っている魔力によって脳やその他の臓器に血が留まらない仕組みとなっている。


 その機能は死んでからもしばらく続くため、その機能が継続している間であれば血抜きによって鮮度の高い美味い肉を確保することができるのだと、解体について聞いた時ボールドがドヤ顔で話していた記憶を思い出した。
 余談だがその時一緒にいたニコルの感想は「いい年肥いたハゲのおっさんが、ドヤ顔で語らないでください」だった。


 とにもかくにもこの世界は良くも悪くもファンタジー……異世界なので地球の常識が通用しないこともままあるということだ。……わかったかね? 頭でっかちなそこの君!?


 誰に向けたかわからない謎の説教を頭の中で思いつつ、まずは肉の下ごしらえからスタートする。
 下ごしらえと言ってもそれほど難しいものではなく、ステーキサイズに切り出したワイルドダッシュボアの肉を包丁の背で叩く。


 そして、肉を焼く前に肉全体の筋に切り込みを入れ、焼いた時に肉が縮むのを防ぐようにする。
 こうすることで肉が反り返ることなく綺麗に焼き上がり、やわらかく仕上がるのである。


 簡易的な竈を作り、そこらへんに落ちていた木の棒を薪として火を熾す。ワイルドダッシュボアから取れたラードを熱したフライパンに馴染ませ、頃合いを見計らって肉をフライパンに投入する。
 肉の焼けるいい音と香ばしい肉の匂いを漂わせながらそのまま加熱すること数分、片面に焼き色が付いたらひっくり返してさらに数分焼いていく。


 ここから肉の中にも火を通すため、火元からフライパンを離し、弱火になるよう位置を調節してじっくりと加熱する。
 中に火が通った頃合いを見計らって、塩と胡椒を適量振り掛け味を調えたら完成である。


「この世のすべての食べ物に感謝を込めて……いただきます」


 昔流行ったグルメ漫画の主人公の口癖を呟くと、完成したワイルドダッシュボアのステーキ肉に齧り付く。
 噛んだ瞬間程よい抵抗感を感じながら肉が噛み切れ、肉の内に隠れていた肉汁が口の中一杯に広がる。塩と胡椒というシンプルな味付けながらも、肉の旨味と風味は十分に感じられ、旨味成分が舌を包み込む。


 ひと噛みひと噛み肉の旨味を味わいながら十二分に肉の柔らかさを堪能したその刹那――それを飲み込み胃に収める。


「美味い、実に美味い!」


 肉を最も美味く食べられる調理法の一つであるステーキだからなのか、それともそれ以外の何か不確定な要素が関係しているのかは皆目見当は付かないが、とにかく言いようのない旨味が体全体を支配する。


 総じて美味、総じて歓喜、総じて幸福、そういった得も言われぬ正の感情が俺の体を駆け巡る。
 ……とまあ、些か小難しい表現を並べ奉ったが、簡単に一言で言えば“めっちゃ美味い”ということである。


 それから一心不乱に肉を胃に収め続け、気付けば肉ブロック(一個五キログラム)の半分の肉が俺の胃袋へと消えた。
 膨らんだ腹を摩りながら、生きる喜びを噛みしめつつ仰向けになり空を眺める。


「異世界最高かよ……」


 俺とて前世ではそれなりの会社に就職し、それなりの収入を得ていた。それでもこのワイルドダッシュボアのような、体の芯に訴えかけてくる美味なる食べ物に出会ったことはほとんどない。


 それだけ前世の文明が高度過ぎたのか、それが当たり前のことだと考えていたのかは定かではないが、一つだけ言えることは世の中にこんな美味い食べ物があることに、これほど美味なるものを生み出した存在に感謝の念を抱かざるを得ないということだ。


「さて、片付けて帰るとしますかねー」


 それからしばらく美味なるものを食べた幸福感に包まれながら過ごし、満足感に浸りながら俺は街へと帰還する。
 街に戻ると顔見知りの門番に「何か良いことでもあったのか?」と聞かれたが「まあね」とだけ答え、足早に冒険者ギルドへと足を向ける。


 ワイルドダッシュボアの狩猟後ものんびりと過ごしていたが、いつもより帰還する時間が早く現在三時のおやつくらいの時間帯だ。
 そのため冒険者ギルドはほとんど冒険者たちが出払っていたが、それでも仕事を休んでいる者はちらほらいるため、少なからず人はいる。


 ちょうど受付にニコルがいたのでそちらの方に行くと、俺の姿を見たニコルが慌てたように口を開いた。


「あ、ローランドさん! 無事だったんですね。よかった」

「何の話だ?」

「ミリアン先輩から聞きました。ワイルドダッシュボアを狩りに行ったそうじゃないですか! いくらローランドさんがダッシュボアの狩りに慣れているとはいえ危険すぎます」

「まあ、心配をかけて悪かったな」


 純粋に心配をかけてしまったことを申し訳なく思い、素直に謝罪する。俺が頭を下げると、仕方がないとばかりに顔を綻ばせるニコル。うん、守りたいその笑顔ってやつだな。


「でも、ローランドさんがワイルドダッシュボアと戦わなくて本当に良かったです。もし万が一何かあれば、有望な冒険者を失うところでした」

「うん? ワイルドダッシュボアならちゃんと狩ってきたぞ」

「……はい? い、今なんと言いましたか?」

「だから、ワイルドダッシュボアならちゃんと狩ってきたし、肉も食べた。最高に美味かったぞ」

「……」


 このあと個人取引専用の応接室に連行されることになりました……。まあ、俺としてもあまり目立ちたくないしいいんだけど、何故か意味もなく怒られたのが解せなかった。

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