ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

閑話 「商人戦争 ローランドの納品した素材の顛末 前編」



 時は少し遡る――。


 ~Side グレッグ~


 俺の名前はグレッグ。しがない行商人をやっている。年齢は三十二歳で独身だ。
 若い頃は冒険者の真似事なんかもやったが、そんな俺も年齢と共に落ち着いて今は商人一筋だ。


 三十を超えて未だに結婚できていないのはいかがなものかと思うが、甲斐性のない俺なんかの嫁になる相手がかわいそうなので、そこは甘んじて独身を謳歌している。……ぐすん。


「さて、どっかに掘り出し物はないものかねー」


 現在レンダークの街を活動拠点として商いを行っているのだが、俺の夢は自分の商会を立ち上げゆくゆくは大規模な商いを行いたいと思っている。
 そんな身の丈に合っていない夢を抱きつつ、日々日課としている商業ギルドへと足を運んだ。


 清潔感のある建物内は綺麗に整理整頓され、清掃も行き届いている。まるで貴族のお屋敷のようだ。
 冒険者ギルドと比べると天と地ほどの差があれども、肝心なのは中身だ。


 いくら見た目を良くしようとも肝心の味が不味ければ何の意味もない料理と同じように、何事も内容が大事なのである。
 そんなことをなんとなく頭に思い描きつつ、商業ギルドの受付カウンターに声を掛ける。


「おはようさん、今日も相変わらず綺麗だね嬢ちゃん」

「いらっしゃいませ。グレッグ様、本日はどのようなご用件でしょうか?」


 ……俺の誉め言葉を社交辞令的なものとして流してきた目の前の女の子はシャーリーン。この商業ギルドの看板娘だ。
 看板娘と言っても、宿のような田舎的なものではなく気品の高い令嬢のような品格を持った美しい女性だ。


 艶のある長い金髪と宝石のような青い瞳を持ち、十七歳という若さに釣り合わないほどの大人びた雰囲気を纏っている。
 そして、何より目を引くのが女性として均整の取れた体つきは、男であれば誰もが見惚れてしまうほどに蠱惑的だ。


“彼女のためなら死ねる”などいう馬鹿げた言葉も、彼女に使えば誰もが納得してしまう。それほどまでにシャーリーンは美しく気品のある女性であった。


 若い商人なんかは彼女の心を射止めようとあの手この手を使っていると聞くが、彼女が靡いた試しはない。
 噂によるとどこかの貴族の令嬢だという話も聞くが、実際のところ事実かどうかはわかっていない。


「何か目ぼしい商品はないかと思ってね。目録を見せてくれ」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 目的を伝えると彼女が椅子から立ち上がり裏の方へと歩いていく。その動作一つ一つは洗練されており、所作がとても美しい。
 しばらくして、戻ってきたシャーリーンの両手には商業ギルドで取り扱っている品が掲載された目録があった。


 基本的に商業ギルドでの取引は、売りたい品を持ち込みギルドに買い取ってもらうか、ギルドが買い取った品を買い付けるかのどちらかである。
 それ以外の取引としては、土地や建物などを貸付ていたりもしていて、いずれ店を持つときにそれを利用しようと考えている。


「こちらが目録になります」

「ありがとう。それじゃあさっそく」


 シャーリーンから目録を受け取ると、一枚一枚目を通す。
 目録は商業ギルドで取り扱うすべての品が記載されているため、かなり分厚い。そんなものをか弱い女性に持ってこさせたことに少なからず罪悪感があるも、それが彼女の仕事だと割り切って儲かりそうな品物を品定めしていく。


(この品は仕入れ値は安いけど、利益を出そうと思ったら沢山売らないと難しそうだから薄利多売になっちゃうだろうな。逆にこっちは仕入れ値は高いけど売れた時の利益はかなりある。でも、需要自体が少ないから売れるかどうかがわからないんだよねー)


 目録に登録されている品を確認しながらあーだこーだと見ていくが、やはりどれも一長一短といったところでこれといったものが見つからない。


(ん? この品は……)


 そこに記載されていたのは、ダッシュボアの素材だった。ダッシュボアはレンダークの街近郊にある草原に生息するモンスターで、駆け出し冒険者でも簡単に狩ることができるとあって供給量はかなり多い。
 その分汎用性に富んでおり、肉は食用に、毛皮は服や防具に、骨や牙は錬金や薬の材料として広く使われている。


 だからこそ、今この目録に記載されているダッシュボアの素材の一覧の中に、不自然なほど価格が高いものがあることに気付いたのである。
 ダッシュボアの素材は頻繁に取引が行われるため、取り扱っている品数も多いのだが、その素材だけが異様に取り扱っている数が少ない。


(なんなんだこれは? 個人で納品されたものか? いや、ちゃんと出どころは冒険者ギルドになっている。一体どういうことだ?)


 俺の商人としての勘が言っている“この品はなにかある”と……。
 気になりだしたらそれを確かめたくなるのが心理というものであり、それが道理というものだ。であるからして――。


「この品を見せてくれ」

「かしこまりました。ではこちらへ」


 彼女の案内に従い、応接室に通される。待つこと数分、商品を運んできた男性職員と共にシャーリーンが部屋に入ってきた。
 男性職員は商品が保管されている複数の箱をその場に置くとそのまま退室していく。


「こちらが該当の品物となります。お確かめください」

「あ、ああ」


 彼女の言葉を受け、さっそく検めさせてもらうことにする。まず一つ目の箱から取り出したのは、毛皮だ。
 まず驚いたのが、その質もさることながら毛皮の大きさである。


 体長五十センチ程度のダッシュボアから取れる毛皮はそれほど大きいものではなく、それを服として利用する場合毛皮同士を縫い合わせて使うことがほとんどだ。
 ところが、今手元にある毛皮は一匹分のものであるにもかかわらず、通常の二倍以上の大きさがある。


 これは解体する際、通常一定の大きさで切り分けてしまわないと質のいい毛皮が取れないからという理由があるのだが、今手にある毛皮は切り分けることなく丸々一匹分の毛皮として存在している。


(なんなんだこの毛皮は。こんなことをすればたちまちに質が悪くなってしまうのにまるで質が落ちていない。間違いなく最高品質だ)


 続いて他の箱に保管されていた肉の方も確かめてみる。ダッシュボアの肉は淡白で癖がなくとても食べやすいのだが、質が悪くなると風味が落ちてしまい血生臭い味となってしまう。
 ところがこの肉は下処理がしっかりされているのか、色艶も良く一目で上質なものであることが窺える。


(肉の品質も最高品質だな。このダッシュボアの素材はなんなんだ!?)


 他の骨・牙・魔石なども調べてみたが、どれも通常より質が良く目録に記載されていた価格に見合う品質を備えていたのである。


(商人になって十年も経っていない俺でもわかる。この品は当たりだ)


 そうと決まればすぐにでも買い付けたい衝動を抑え、ここは冷静にことを運ぶ算段を頭の中で計算する。
 焦って買い付けようとすれば相手に足元を見られてしまう。あくまでも自然体で聞くことを心掛けなければならない。


「なかなかの品だ。これを買い付けたいのだが、全部でいくらだ」

「はい、すべて購入ですと、中銀貨二枚と小銀貨八枚になります」


 ぐはっ、た、高い!
 だ、だがしかし、これほど質のいいダッシュボアの素材はなかなかお目に掛かれないのもまた事実……手痛い出費ではあるがそれに見合う利益は見込めるだろう。


「わかった。すべて購入しよう」

「ありがとうございます」


 それから契約書にサインをし、金を払って素材を手に入れた。
 手に入れた素材を知り合いの職人たちに持って行ったところ、俺よりも長く品物を見ているだけあって一目でそれが最高級のものだと見抜いた。


「是非とも売ってくれ! 金は出す!!」という有難いお言葉を頂いたので、手始めに買い付け金の倍額以上の値段を提示してみたのだが、即決で金を叩きつけてきた。


 まさか言い値で売れるとは思っていなかったため最初は戸惑ったが、俺ですらいい品だとわかるものが職人にわからないはずもない。いい品はどれほど金を掛けてでも手に入れたいのは職人としては当然の行動であった。


 結局仕入れた素材すべてが売れ、手元には中銀貨五枚が残った。仕入れ値が中銀貨二枚と小銀貨八枚なので、合計で中銀貨二枚と小銀貨二枚の儲けである。


「よしいいぞ。いい儲けルートを見つけたぜ」


 それから二日続けて素材の買い付けに成功し、三日間で合計中銀貨七枚以上の利益を上げることに成功した。
 俺から素材を買った職人たちが作った品も飛ぶように売れ、注文が殺到するほどだとあとになって聞いた。


 となってくればだ。問題なのはそんな美味しい話を他の商売敵である商人どもが黙っているはずがない。
 事態が急変したのは俺が買い付けを始めて四日目のことだった。


「これはこれはグレッグじゃないかー。随分と儲けているって話じゃねぇか? 俺にも一枚噛ませろよ」

「ぐっ、し、仕方がない……」


 しかし、商人の情報網というのは侮れないもので次の日にはかなりの数の商人が押し掛けてきてしまい。商業ギルドとしては異例の競売方式による買い付け騒動にまで発展した。



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