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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

35話「予期せぬ邂逅、ギルドマスター」



 ツルりんハg……もとい、ボールドに連れてこられたのは、落ち着いた感じの執務室だった。
 左右には木製の本棚に敷き詰められた本が収納されており、綺麗に整理が行き届いている。


 来客用のテーブルとソファーは絢爛豪華ではないが、機能性に優れた代物だということが窺え、客をもてなそうとする意志が感じられる。
 執務机の椅子には、ボールドと同世代と思われる屈強な体をした中年の男が座っていて何かの書類を険しい顔で処理している姿があった。


 茶色の髪に髪と同じ色の髭を蓄えた男は、厳つい顔つきではあるもののどこか安心感を与えてくれる雰囲気を纏っていた。
 突然やってきたボールドが部屋に入るなり、こちらに視線を向けずに口を開く。


「なんだハゲ。仕事はどうした? この時間は仕事をしている時間のはずだ」

「ハゲじゃねぇし!! 何度言ったらわかるんだダレン。これは剃ってるんだ。髪が抜け落ちて無くなるハゲなどではない!!」

「剃ってようとなんだろうと、今のお前は髪が無い状態だ。であれば、それは俺の中でハゲだ」

「かぁー、どうしてお前もあの小娘もこの髪型の良さがわからんのだ!」

「ハゲは髪型じゃねぇ」

「うるせぇ!」


 まるで生産性のない会話を聞きながら佇んでいると、俺の存在を認知した執務机の男がこちらに顔を向ける。


「その坊主は?」

「ああ、そうだった。お前がハゲハゲ言うからつい目的を見失ってしまった。実はかくかくしかじかで……」

「なるほど、それで俺のところに直談判にやってきたわけか」


 え? というか今の説明で全部わかっちゃうんですか? 全然わからなかったんだが……。
 そんなことを考えている間も話が進んでいく、おそらくボールドがダレンと呼んだこの男が、この冒険者ギルドのギルドマスターなのだろう。


「断る」

「な、なぜだ!?」

「理由は簡単だ。ニコルがお前の意見に反対している。それだけで断る理由になる」

「なんでだよ!」

「その説明を本当にしてほしいのか? 三日は掛かるぞ?」

「ぐっ」


 あまりにもあまりな理由に内心でそんな理由でいいのかギルマスよと考えていたところ、顔に出てしまっていたのか彼が俺のために補足した。


「別にニコルが反対しているだけじゃない。坊主は質のいい素材を納品してくれる。ギルドの貢献度も高いから、ギルドマスターとしても解体屋に取られるのは困るんだ」

「はあ」

「おっと、自己紹介が遅れたな。俺はこのギルドでギルドマスターをやっているダレン・ウォルムだ」

「駆け出し冒険者のローランドだ」


 お互いに簡単な自己紹介を済ませたのはいいが、このあとどうすればいいのだろうか?
 俺としてはギルドマスターなどという存在に会うつもりはなかったし、できればお近づきになりたくない相手だ。


 ギルドの権限を持つギルドマスターは、自身の利益のために動くことを優先するため、所属している冒険者に無理難題を吹っかけてくる場合が多々ある。
 特に有能な冒険者ともなれば、ギルマス権限などという伝家の宝刀を使って他の冒険者がやりたがらない仕事を無理矢理にねじ込んでくるのである。


 それは時として命がけの依頼となり、そのくせ依頼報酬もそれほど大したものはなく、精々が次のランクアップの判断材料として追加される程度だ。
 もちろんすべてのギルドマスターがそうだとは言わないが、大なり小なりギルドの発展を願っているのがギルドマスターだということはまず間違いない。


 であるからして、俺個人としてはあまりギルドの上層部に近づきすぎるのは得策でないと考えている。
 例え目の前の男が良心的な部類のギルマスでもそれは変わらない。権力者とは得てして使い勝手のいい駒を手に入れたらそれを使わずにはいられないのだから。


「ニコルから話は聞いている。坊主の納品する素材がえらい質がいいってんで、商業ギルドの商人どもが競うように買い付けにきているらしい」

「納品してるのがダッシュボアの素材だからそれほど大事にはなってねぇがな。これがフォレストウルフあたりの素材ならちょっとした騒動になるかもしれん」

「……このあと、そのフォレストウルフの素材を納品するつもりなんだけど?」

「「……」」


 ……あれ? この人たち黙っちゃたよ? どうしたの? なにかリアクションをくださいよー。
 心の中でそんな叫びを上げるも、当然彼らにその声が届くわけもなく部屋全体に重い空気が流れる。


 そして、しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのは意外にもボールドだった。


「こりゃ、明日の商業ギルドは戦争になるかもしれんな」

「ああ、ダッシュボア程度の素材ならしがない行商人風情がこぞって買い付けるだけだろうが、フォレストウルフとなれば商会を立ち上げている規模の商人が動き出すな」

「そんな大げさな」

「坊主にとってはそうかもしれねぇがな、商人たちにとっては少しでも質のいい品を手に入れるために命を懸けてんだ。そういう意味では明日の商業ギルドは荒れるぜ」


 どうやら思っていた以上に俺の納品する品の評判がよかったようで、かなりの大事になっているらしい。
 二人の話では、流通量の多いダッシュボアの素材なら多少質が良くても市場に影響は与えないだろうが、それがフォレストウルフの素材となってくれば話は変わってくる。


 そもそもダッシュボアとフォレストウルフはランクが異なり、それぞれFランクとEランクのモンスターだ。
 ランク別のモンスターの強さの基準がそれぞれあり、最低ランクであるFランクの場合駆け出し冒険者が単独で討伐可能な難易度とされている。


 Eランクは駆け出し冒険者が四人パーティーで討伐可能な難易度となっており、Fランクよりも討伐が難しくなっている。
 ちなみにDランクはEランク冒険者四人パーティーが討伐可能な難易度で、CランクはDランク冒険者四人パーティーという感じになる。


 尤も、未だ発見されていない未知のモンスターなどはランク外に分類されているため、難易度の判定が困難だ。
 それとは別に、ランクが確定したモンスターなども、新たに発見された習性などによってランクが変動する場合もあるので、ギルドが定めるランクも当てにならないこともあるのだ。


「じゃあ納品しない方がいいか?」


 フォレストウルフの素材を納品することで騒ぎになってしまうのであれば、納品を控えた方がいいと考えたのだが、それはダレンが否定した。


「いや、是非納品してくれ。元々冒険者ギルドは冒険者たちが狩ってきたモンスターの素材を商業ギルドに卸しているし、たまに坊主みたいな質のいい品を納品してくれる冒険者もいるから問題ない」

「でも、納品したら騒ぎにはなるんだろ?」

「……確実にな。だが、せっかく坊主が一人で取ってきた素材なんだ。騒ぎになるのを気にして……って、ちょっと待て。坊主、お前そのフォレストウルフは一人で倒したのか?」


 ダレンが俺の問いに答えている最中、重要なことに気が付いてしまった。
 何かというと、俺がフォレストウルフを単独で討伐してきたということだ。


 さっき説明した通り、フォレストウルフの討伐基準は駆け出し冒険者が四人のパーティーを組んで討伐ができるレベルで、単独で討伐するにはそれなりに厄介な相手なのだ。
 それをさも当然のように単独で討伐してきている時点で、もはや異常な事態であるとダレンは気付いたらしい。


 俺がソロで活動しているのは周りの人間は知っていることなので、いずれバレることになる。だから、俺は正直にフォレストウルフを単独で討伐したことを認めた。


「そうだ。俺一人で倒した」

「馬鹿な。低ランクの部類に入るとはいえ、フォレストウルフは駆け出し冒険者一人では苦戦するモンスターだ。それをまだ成人もしていない坊主一人で倒したというのか!?」

「事実ここにフォレストウルフの素材がある。それに嘘言う意味がないからな」

「……」


 俺がそう答えると、再び部屋に静寂が訪れる。
 しばらくしてダレンが重い口を開いたが、特に何も言われることはなかった。


「坊主、あまり無茶をするもんじゃないぞ。お前はまだ若いんだ。無茶をして死んじまったら何もかもが終わりだ。そのことを忘れるな」

「覚えておくよ」

「もう行っていいぞ。あと、ハゲはここに残れ。仕事中サボったことに対して説教だ」

「な、なんでだよ!? 俺はサボったわけじゃねぇ!! ただ――」

「うるさいハゲ。問答無用だ」

「俺はハゲじゃねぇえええええ!!」


 ボールドの心の叫びを聞きながら、俺は執務室をあとにする。
 それから依頼の報告と新しい素材のフォレストウルフを納品し、その日の仕事は終了となった。


 ちなみに手に入れた報酬は、すべて合わせて中銀貨一枚と小銀貨五枚となった。締めて一万五千円也。
 後日そのフォレストウルフの素材が商業ギルドで販売されたが、ダレンたちが予想した通りそこでちょっとした騒動となった。

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