ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

32話「新しい魔法鞄」



 あれから五日が経った。その間に俺がやったことといえば、ひたすら猪を狩り解体した素材をギルドに納品するということだけだった。


 どうやら俺の解体技術はこの世界のそれと比較するとかなり高い水準を持っているらしく、俺の解体した素材はかなりの高値で取引されている。
 そのお陰もあって、純粋にダッシュボアを狩ってくるよりも高額の収入を得ることができていた。


 ただ、こう毎日毎日ダッシュボアばかりを狩る生活というのも味気ないと思い、一度薬草採集の依頼を受けようとしたのだが、そこにニコルがやってきてこう口にした。


「ローランドさんはダッシュボアの討伐と解体の依頼をお願いします。そのために他の冒険者の方には、ダッシュボアの討伐依頼を控えてもらっていますので」

「でもこう毎日ダッシュボアばかり狩ってると飽きてくるんだよ。だから――」

「今日も、ダッシュボアをお願いしますね」


 どうやらどうしても俺にダッシュボアを狩ってきてもらいたいらしく、顔こそ笑顔だが何か得体の知れない圧力を感じたので、渋々だが頷いておいた。
 まあ、ダッシュボアを狩っていれば相場以上の報酬をもらえるから、こちらとしてはできるだけダッシュボアを狩った方が実入りがいいのはわかってはいるが……。


「毎日ダッシュボアばかりだと、さすがに飽きてくる」


 現在の所持金はダッシュボアの素材の買い取りと依頼報酬のお陰もあって、中銀貨四枚と小銀貨八枚まで増えている。日本円にして四万八千円だ。
 この数日で大金を手にしてしまった俺だが、そろそろ装備を新調すべきか悩んでいたが、それよりも先に解決しなければならない問題に気付いた。その問題とは即ち――。


「もう少し容量の大きい魔法鞄が欲しいな」


 そう、それは手持ちで所持することができる荷物が限界だということだ。
 この五日でかなりの量のダッシュボアを狩ってはいるものの、人間一人が供給するものに対しその他大勢の需要が追いつくわけもない。
 だからこそ、俺が納品している素材が高騰しているわけなのだが、もうそろそろ供給量を増やしてここいらでさらなる大金を稼ぎたいと考えている。


「ランクも上がったしな」


 今回のダッシュボア関連の依頼をこなしているうちになんとランクがFからEに昇格した。
 ギルドのランクはただ純粋に強さの指標という意味だけでなく、ギルドに対してどれだけ貢献したかという貢献度も基準に含まれている。
 俺の納品する品によってギルドに貢献したことが認められ、ランク昇格に一役買ったのだと俺は見ている。


 そんなわけで、さらに上を目指すべく俺は魔法鞄が売られている店へと足を向けた。


 レンダークの街は領都というだけあって、主に四つの区画に分けられている。
 平民の住まう住居がある居住区、店などの商店が立ち並ぶ商業区、貴族や大商人などの住居がある上層区、そして、冒険者ギルドや商業ギルドなどの役所系の施設が建ち並ぶ公共区の四つだ。


 それぞれの区画に向けて区間馬車が走っており、少しお金に余裕のある人であれば誰でも利用が可能となっていてとても便利だ。
 今日はそのうちの一つである商業区に用があるため、俺は区間馬車で商業区へとやってきた。


「ホントに店ばっかだな」


 そこには昔ながらの商店街というよりも、大通りを中心としてその進行ルート上にいくつもの店が軒を連ねているといった感じだ。
 ただし、どの店もが繁盛しているのかというとそういうわけでもなく、客足の多い飲食店系列の店もあればそれとは真逆にさきほどから一切客の入らない営業しているのかすら怪しいといった感じの店まである。


「……ここだな」


 俺はその中の一つの店の前で足を止めた。
 特に看板などはないが、冒険者ギルド職員のニコルの話ではこの店がおすすめだと紹介されたのだ。


 年季の入ったドアを開けると、立て付けが悪いのか“ギギギ”という気味の悪い音を立てながらドアが開く。
 店内は太陽が昇る明るい時間帯にも関わらず、薄暗く店の全容を見通すことは困難だ。かろうじて認識できるのは、木製の商品棚に使用用途の分からない品が並べられているくらいで、感想を述べるなら実に怪しい店だ。


「……」


 店の奥にあるカウンターのような場所にローブに身を包んでいる人間がおり、おそらくは店員だ。
 ゆったりとしたローブに身を包んでいるため、店の入り口から性別を識別することはできない。


 ひとまず、魔法鞄を取り扱っているのか確かめるため、俺はその店員の方へと近づいていく。そして、一言問い掛けた。


「この店で魔法鞄を扱っていると聞いたんだが?」

「坊や、誰がそんなことを言ったんだい?」

「冒険者ギルドで働いているニコルという受付嬢なんだが」

「あの子の紹介じゃあ無下にできないねぇ。ちょっと待ってておくれ」


 そう言いながら店員は立ち上がり、裏の方へと引っ込んで行く。ローブ越しに聞こえる高い声音はぐぐもってはいるものの、女性であることを匂わせる。そして、遠目からはわからなかったが、ゆったりとしたローブですらごまかすことができないほどの胸部が、彼女の性別を女性であると主張している。


 しばらく店員が裏から戻って来ると、魔法鞄らしきものを抱えており、それをカウンターに並べ始めた。


「うちで扱ってるのはこの三種類で、一つ目が五十キロまでのやつ。二つ目が百キロまでのやつで、最後が二百キロまでのやつだ」

「それぞれの値段は?」

「五十キロが中銀貨二枚と小銀貨八枚、百キロが中銀貨五枚、二百が中銀貨九枚だよ」

「百キロのやつもう少しなんとかならないか?」


 提示された金額の中で唯一手が出るのは今持っているのと同じ五十キロの魔法鞄だが、できればその上の百キロの鞄が欲しいところだ。
 そこでなんとか百キロの鞄の値段交渉を試みたのだが、やはりというべきか店員がごねた。


「坊や、いくらあの子の紹介だからって値引きは勘弁しておくれ」

「そこをなんとか、今手持ちが足りなくてな。中銀貨四枚と小銀貨五枚にならないか?」

「それじゃあ商売あがったりさね。大負けに負けても中銀貨四枚と小銀貨九枚だね」

「もう一声。中銀貨四枚と小銀貨六枚」

「中銀貨四枚と小銀貨八枚……」


 その後の値段交渉の結果、なんとか手持ちにあったダッシュボアの肉を数キロを出すことで、中銀貨四枚と小銀貨七枚にまで負けてもらえた。
 ダッシュボアの肉を出した時、この肉をどこで手に入れたのか聞かれたので、自分で狩ってきたものだと説明すると、何か納得したように店員が頷く。


「坊やが例の冒険者だったんだね。どうりでニコルがあたしの店に寄越す訳だ」

「例の冒険者?」

「坊やだろ? ここ最近冒険者ギルドから質のいいダッシュボアの肉や素材が出回ってるって専らの噂さね。なんでも駆け出しの冒険者が納品してるって話だったけど、まさかそれが坊やみたいな若い子が納品してるなんてねぇ」

「そんなに噂になっているのか?」

「ここ最近じゃその話で持ちきりさね」


 俺の納品する素材が高値で取引されていることはニコルから聞いていたが、まさかそこまで噂になっているとは思っていなかったため、驚きを禁じえない。
 それから二言三言ほど雑談した後、彼女から魔法鞄を受け取り店をあとにした。手に入れた新しい魔法鞄の中に今まで使っていた魔法鞄を入れることができたので、見た目的にはあまり変わっていないが、これで持ち運べる量が大幅に改善された。


「おし、これでより多くの素材を持ち帰れるようになったな」


 そのお陰と言うべきか、はたまたそのせいと言うべきかはさておいて、この数日で稼いだ金が一気になくなりすってんてんとなってしまった。
 魔法鞄の他にも装備などの新調も考えたいところだが、現状金がない状態なのでまずは資金を稼ぐべく、俺はいつもの草原へと向かった。

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