ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

30話「依頼報告。ギルド職員ニコルVS解体責任者ボールド」



 レンダークの街へと帰還した俺は、すぐに冒険者ギルドへとやってきた。
 時刻は夕方になる少し前くらいで、あと数時間もすれば依頼報告をするために冒険者で混雑することになるだろう。


 受付カウンターに向かうと、そこにいたのはミリアン……ではなかった。
 年の頃は十代中ごろの少女と言っていい女の子で、美人というよりも愛嬌のある可愛らしい女の子といった感じだ。
 しかしながら、真面目な雰囲気が漂っているところを察するに、ラレスタの冒険者ギルドにいたマリアンと同じタイプの人間なのだろう。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか」

「ああ、依頼の報告をしたい」

「それでは、ギルドカードの提示をお願いします」


 彼女から促され、ギルドカードを提示すると依頼の清算を始めてくれる。どうやら受付嬢としては問題ないようだ。


「ではローランドさん。依頼にあったダッシュボアはどこにあるのでしょうか? 見たところお持ちになっていないようですが……」


 討伐証明であるダッシュボアを一匹も持っていないことに不審な態度を取る彼女だったが、それを払拭させるように俺が肩から腰に掛けている魔法鞄をぽんぽん叩きながら説明する。


「それならこの中に入ってる」

「ああ、魔法鞄ですね。その若さで魔法鞄を持っているなんてなかなかないことですよ」

「前にいた街で運よく入手できたんだ」


 十二歳の少年の見た目をしている俺には不相応な品だったのかと思いつつも、たまたま手に入れることができたことを強調して返答する。
 そう言われては彼女も追及できないのか、話題を逸らすかのように討伐したダッシュボアについて話始めた。


「では、討伐証明の牙を出していただけますか?」

「これでいいか? あと、解体できていないダッシュボアが五匹ほどいるんだが、ギルドの方で解体を依頼できないだろうか」

「わかりました。では、こちらにどうぞ」


 受付の少女はそう言うと、そのままギルドの解体場へと案内してくれた。
 解体場はギルド入口から見て右手側にあり、演習場を通ったさらに奥にある場所だ。
 解体ということもあって臭いなどの問題もあるため、できるだけギルドの本館と距離を離しておきたいのだろう……臭いのは誰だって嫌だしな。


 そんなことを考えていると、解体場に到着する。
 やはりというべきか、解体場はかなり血生臭い臭いが漂っており、思わず腕で鼻を覆ってしまうほど強烈だった。
 瞬間的に風魔法を体の周囲に纏わせ、嫌な臭いをシャットアウトした。だってしょうがないじゃないか、臭いんだもの。


 解体場にやってくると、大柄な男が近づいてきて受付の少女に声を掛けてくる。どうやらこの解体場の責任者らしい。


「おうニコルの嬢ちゃんじゃねぇか。どうしたんだ?」

「こちらのローランドさんがダッシュボアを狩ってきたので、ボールドさんに解体をしてほしいのです」

「って、ニコル!? え、ボールドって……」


 男が少女の名前を言った瞬間思わず目を見張る。
 どうやらこの世界ではニコルという名前は太郎や花子のようなよくある名前らしく、一応彼女に聞いてみたがラレスタのお転婆受付嬢のニコルとは血縁でもなんでもないという回答を得た。


「あんな不真面目な子と名前が同じだなんて不愉快極まりないんですけどね……」

「……と、ところでそっちのおっさんは、ボールドっていう名前なのか?」

「おう、この解体場の責任者をやっとるボールドだ。よろしくな坊主」

「……」


 男の名前を確認した俺は、思わず彼のとある一点を見つめてしまう。
 そこにはあるはずのものがなく、つやつやと光り輝いていたのだ。そう、彼ボールドには髪がなかった。
 おそらくスキンヘッドという髪型(?)なのだろうが、果たしてスキンヘッドをハゲの部類に入れていいものかはこの際どうでもいいこととして――。


「確かにおっさんはボールドだな」

「うん? 坊主そりゃどういう意味だ」

「まあ、こっちの話だ。それより自己紹介がまだたったな。俺はローランドという、まだ駆け出しの冒険者でランクも一番下のFだ」


 いろいろと衝撃的なことが立て続けに起こったが、なんとか平静を装って簡単な自己紹介を済ませる。
 それから、ダッシュボアの解体を頼むため魔法鞄から五匹のダッシュボアを取り出したところまではよかったのだが……。


「坊主、これお前が血抜きしたのか?」

「ああ、本当は自分で解体したかったが時間がなくてな。とりあえず、鮮度を落とさないように血抜きだけは済ませたんだが、何かあったか?」

「い、いや完璧だ。血を抜く時の傷も最小限に抑えられている。というよりもなんだこのダッシュボアは!? いろいろとおかしいぞ!」


 俺が取り出したダッシュボアを見た途端ハg……もとい、ボールドが顔色を変える。彼曰く、俺が狩ったダッシュボアが異常だと騒ぎだした。
 なんでも、モンスターを狩る際魔法や剣などの武器で討伐した時の傷が見当たらず一体どうやって仕留めたのかと不審に思ったらしい。


「唯一付いている傷らしい傷は、坊主がやった血抜きだけだ。いくらダッシュボアが駆け出し冒険者でも狩れるモンスターとはいえ、これはおかしい一体どんな方法で狩ったんだ?」

「まあ、冒険者にはいろいろとあるのさ。おっさんもこの稼業を長くやってるならわかるだろ?」

「はっ、駆け出しのくせに一丁前なこと言いやがる。まあ、たしかにお前の言うとおりだがな……」


 ボールドがどうやってモンスターを狩った方法を問い詰めてきたが、ここは冒険者らしく濁しておくことにした。
 教えてやっても問題はないかもしれないが、人の噂というのは存外に広まるのが早い。だからこそ、知らせなくていいことは知らせないに越したことはないのだ。


 お互いに含みのある笑みを浮かべていると、その場にいたもう一人が呆れたように口を開く。


「男の友情を確かめ合ってないで、仕事してくれませんかね? ボールドさん」

「おお、わりぃわりぃ。じゃあこのダッシュボアは責任もって解体させてもらおう。時間は明日の朝に来てくれればできてると思うからよ」

「わかった。それから、狩場で解体した分のダッシュボアはどうすればいい?」

「それはこちらで確認しますので、一度ギルドの方に戻りましょう。それじゃあ、ボールドさん。あとは頼みましたよ」

「……ちょっと待て」


 ニコルと共にギルドの本館に戻ろうとしたその時、不意に後ろからボールドが呼び止める。
 何事かと振り返ると、真剣な顔つきで俺に頼みごとをしてきた。


「もしよければ、坊主の解体した素材を見せてくれないか?」

「ああいいぞ。これだ」

「あっ、ちょっとローランドさんっ!」


 俺の解体した素材を魔法鞄から取り出し、ボールドに渡した瞬間ニコルがそれを止めようと声を上げたが、時すでに遅く彼女が止めに入ろうとした時には素材はボールドに渡ってしまった後だった。


「……」


 しばらく素材を真剣な目つきで眺めたあと、不意にボールドがこちらに歩み寄り両手を俺の肩に置きながらこう口にした。


「坊主、よかったらうちで働かないか?」

「はあ?」

「実は人出が足りなくてな、お前のような解体の技術を持ってるやつが欲しかったところなんだ」

「いや、いきなりそんなこと言われても」

「給料なら弾むぞ? 相場の倍、いや三倍出そう! だから――」

「ちょおーっと待ったぁあああ!!」


 ボールドの言葉を遮るかのように、ニコルが割って入る。そして、物理的にも俺とボールドの間に割って入り、厳しい目つきでボールドに言い放つ。


「何をいいのかと思えば、いい加減にしてください! これで何度目ですか!?」

「だってよー。仕方ねぇだろ? 優秀な人材はギルドと同じで確保しておきてぇし」

「私は断固反対です! これ以上有能な冒険者を解体に取られて堪るもんですか!!」

「坊主は解体の仕事が合ってるんだ! いつ死ぬかもわからん冒険者をやるよりよほどいいじゃねぇか!!」

「いいえ、ローランドさんは冒険者がお似合いです。駆け出しでこれだけのダッシュボアを単独で狩ってこられる冒険者はなかなかいません! だから、ローランドさんは冒険者をやるべきなんです!!」

「いいや、解体をやるべきなんだ。世間知らずの小娘はこれだから」

「ハゲのおっさんに言われたくありません!」

「はあ!? ハゲてねぇし!! これは剃ってるだけだし!!」


 そこから先はもはや話し合いというよりも子供の喧嘩のような売り言葉に買い言葉の応酬が続き、聞いているだけで嫌気が差してくる。
 途中から二人の会話から意識を外し、喧嘩が収まるのを待つことも考えたのだが、そんな暇があれば仲裁に入った方がいいという結論に至り、今度は俺が割って入る。


「二人ともそれくらいにしてくれ、俺を放っておいて喧嘩するなよ」

「むぅ、こうなったらミリアン、いやダレンに直談判して――」

「駆け出し冒険者一人引き抜くのに、ギルドマスターを巻き込まないでください!!」

「……」


 ちょっとぉーまってぇーちょっとぉーまってぇーハゲたおっさん。ギルドマスターに直談判ってなんですのん?
 ……しまった。あまりの出来事に昔の芸人のネタが出てしまった。今のは忘れてくれ……。


 そんなことよりも大事なのは、ニコルの言ったことだ。……ギルドマスターだと? さすがに駆け出しでギルドマスターと関わるのは拙い。
 できることならもう少し実績を積んでからにしてほしい。いきなりギルドの代表に会いたくはないぞ。


 冒険者としての地位や実績がないうちにギルドマスターと関りを持つことは一見いいことのように見えるが、実績がないからこそ多少の無茶な要求をしてくる可能性があるのだ。
 なんといってもこっちは冒険者としては駆け出しだ。無茶な要求で潰れるようなら、所詮その程度の実力しか持ち合わせていなかったと切り捨てられてしまう。


 であるからして、ランクが低いうちに権力を持っている人物に会うのはできれば避けるべきなのだ。使い勝手のいい道具にされないためにも……。


 再び二人が喧嘩になりかけたので宥めすかし、ギルド本館に戻って自分で解体した分のダッシュボアの素材の買い取りと討伐依頼の報酬を受け取った。
 ダッシュボアの合計討伐数が八匹だったので討伐依頼二回分で処理されることになり、素材の買い取りと合わせて小銀貨二枚になった。二千円ゲットだぜ。


 冒険者ギルドでやるべきことがなくなったのでその日はそれで終了となり、宿に帰って眠りに就いた。
 余談だが、俺が解体の仕事をする気がないことをボールドに伝えると、ものすごい勢いで説得されたが俺の目的が各地を観光することだと説明すると渋々ながら納得してくれた。……ニコルの拳骨も説得の一端を担っていたのかもしれない。

「ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く