ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
26話「テンプレ再び、だがしかし……」
さらに翌日、朝食を済ませると宿の看板娘マーサがトコトコとやってきた。
「ローランド君、今日で三日になるけど宿はどうする?」
「そうだな、とりあえず手持ちに金がないから冒険者ギルドで報酬を受け取ってから考えるよ」
「うん、わかった」
そう言うと、マーサは再びトコトコとした歩調で給仕の仕事に戻っていった。
彼女ともかなり打ち解け、今では砕けた感じで接してくれている。
そんな感じで宿から冒険者ギルドへとやってきたのだが、ここで良くないことがあった。
何かというと、ギルド内に入る前に気配を探ってみたのだが、どうやら奴がまたいるらしい。
何事もなければいいなという希望的観測を頭の中に思い描きながらギルド内に入ると、さっそく面倒事が繰り広げられていた。
「ラボラスさん、いい加減にしてください! 私は忙しいんです」
「そう固ぇこと言うんじゃねぇよ。いいじゃねぇか食事くらい付き合ってくれたってよぉー」
なるほど、ナンパか……。まったくもってどの世界でもバカのすることは相場が決まっているらしい。
しかもナンパされているのは、あのおっぱい眼鏡姉ちゃんことマリアンだ。
やれやれ、自分の顔を鏡で見たことはあるのだろうか? マリアンのような美女がお前みたいな出来損ないオークのような顔をした奴なんかに靡くわけないだろうが……。
「おい、用がないならそこをどいてくれないか? 邪魔なんだが」
俺の言葉に反応したラボラスがこちらを振り返る。相も変わらず極悪人な様相に、呆れの感情が湧いてくるが今回は見過ごすわけにはいかない。
実力を隠して冒険者活動を続けたかったが、目の前に困っている女性がいるのに見て見ぬふりをできるほど、俺は薄情な人間ではないのだ。
「なんだ? 耳まで聞こえなくなったのか? 邪魔だからどけと言ったんだ」
「てめぇは俺にボコボコにされたガキじゃねぇか。あれだけやられておきながらまだ俺に逆らう気か?」
「やられたねぇ。お前に付けられた傷なんて一つもないんだがな。まあ、そんなことよりもリターンマッチだ出来損ないオーク。俺としては、このまま何もしなければ見逃してやったんだが、お前の言動は目に余る」
「だ、誰が出来損ないオークだ!!」
「……ついてこい。格の違いを教えてやる」
俺はそれだけ言い残すと、さっさと演習場へと向かう。これであいつがついてこなかったらめちゃくちゃ恥ずかしいやつになるな。
残念ながらそんな面白い事にはならず、いかり肩で演習場へと足を踏み入れたラボラスはやる気満々といった具合に首の骨をポキポキと鳴らす。
他の冒険者も前回の続きということもあって、多くの冒険者が俺たちの戦いに注目していた。
「ルールは単純、負けた方が負けだ。手加減は無用。なんなら殺してしまってもいい」
「ほう、そんなことを言っていいのか? なら、遠慮なくぶっ殺してやる!」
「マリアン、悪いが審判を頼む」
「は、はい」
前回と同じようにマリアンが審判で実戦形式の模擬戦だったが、前の模擬戦と異なるところがあるとすれば、相手を殺してしまっても反則負けにならないデスマッチということだろう。
お互い一定の距離を取りつつ睨み合う。ラボラスも本気なのか、今回は素手ではなく自分の武器である剣を抜き放つ。
俺も手加減するつもりはないので、持っていた短めの剣を抜き構える。
両者の本気が伝わったのか、それを見守る冒険者たちも固唾を飲んで見守る中、マリアンの試合開始の合図を待つ。
「それでは両者準備はいいですね。……では、始め!!」
「ふっ」
「な、なに!?」
彼女の試合開始の合図と共に地面を蹴ってラボラスに接近する。当然だが身体強化の魔法も使った動きであるため、その早さはかなりのものだ。
それが証拠にラボラスが俺の接近に気付いた時には、短剣で奴の剣を弾き飛ばしその刃を首元にあてがっていたのだから。
周囲の人間も何が起こったのか分かっておらず、目を見開きほとんどの者が呆然といった表情を浮かべている。
そして、ラボラスが自分の状況に気付いた時、怒りの表情を浮かべながら咆哮に近い叫び声を上げる。
「ま、まだだぁー! 俺はまだ死んでねぇ!!」
「死なないと分からないのか?」
「うるせぇ! これで仕舞いだぁぁぁぁあああああ!!」
俺の安い挑発に見事に引っ掛かり、弾き飛ばした剣を拾ってラボラスが攻撃を仕掛けてくる。
そんな大振りな攻撃など回避することなど容易いが、すでに勝敗は決しているのだ。
「終わりだ。【アクアボール】」
放たれた水の魔法がラボラスの顔面に直撃する。通常であれば水の玉は弾け飛びなくなるのだが、そうはならなかった。
俺の持つ魔力制御と魔力操作の力によって、ラボラスの顔に残り続けている。
ラボラスも自分の顔に纏わりつく水を剝がそうとするのだが、相手はただの水であるため剥がそうと伸ばした手が突き抜けてしまう。
その間にも奴の息は上がっていき、とうとう耐え切れなくなったのか気泡を吐き出しながら最後には前のめりに倒れこみ動かなくなった。窒息である。
ラボラスが倒れこむと同時に魔法を解除し、胸に手を当てる。どうやらまだ生きているようだが、見る見るうちに顔色が真っ青になってしまっており、息も浅くなっていっている。
「そ、それまで!」
「早く治癒師を連れてきた方がいい。でないと……本当に死ぬぞ?」
「は、はい! すぐに」
俺の言葉を聞いて慌ただしくニコルが駆け出して行く。しばらくして治癒師の男性がやってきたが、ラボラスを見た途端顔つきが厳しいものとなっていくのがわかった。
どうやらまたニコルの早とちりだと思っていたところに、本当に危険な状態の患者がいたので驚いている様子だった。ニコルどんだけ信用ないんだ?
それから冒険者たちがラボラスを担ぎ上げ、治療室へと連れていく。まさかこんな結末を迎えるとは思っていなかったのだろう、残った冒険者たちはこちらを窺うように視線をちらちら寄こしながら騒然となっている。
「ろ、ローランドさん……」
「まあ、お互いこうなる可能性があることを承知の上で戦ったんだ。それともあのまま加減せずに短剣で首を掻っ捌けばよかったとでも?」
「そこまでやれとは言っていませんが……」
ラボラスに対して俺の取った行動はあまり褒められたものではないのだろう、だからといって俺の行為を罰することもできないらしく、何とも言えない複雑な表情をマリアンが浮かべる。
(少し早いが潮時かもな……)
周囲の反応からこの街を出た方がいいかもしれないと判断した俺は、マリアンに納品した薬草の報酬の催促をする。
今回はかなりの量を納品したこともあって小銀貨四枚と大銅貨六枚の報酬となった。四千六百円也。
報酬を受け取った俺は、そのまま冒険者ギルドをあとにしようとしたのだが、俺の持つ雰囲気から何かを察したマリアンが声を掛けてきた。
「あ、あのローランドさん」
「なんだ」
「今回は少しやりすぎたかもしれませんが、あなたに対する罰則はありませんのでまたのご利用をお待ちしております」
「ありがとう」
彼女の言葉に感謝の言葉のみを伝え、今度こそ冒険者ギルドをあとにする。
そのまま旅支度をするため、冒険者関連の道具を取り扱っている店へと赴き、必要なものを揃えていく。
手持ちのお金が少々心もとなく、携帯用の保存食と簡易式のテントなど必要最低限のものしか揃えることはできなかった。
「こりゃ早めに次の街を目指さないとな……」
ビンボー領地の領主になるルートは回避できたが、ビンボー生活を強いられていることに苦笑いを浮かべながらも、俺はこの街を出る前に宿へと向かった。
宿ではミサーナを始め宿の人間が慌ただしく働いていたが、一度部屋に戻り忘れ物がないか確認すると、ミサーナとマーサの二人に挨拶をする。
「なんとも急な出発だね」
「世話になった」
「ローランド君、本当に街を出ちゃうの? せっかく仲良くなったのに……」
「すまんな」
別れが辛くなると思い短い簡単な挨拶だったが、それが返って味気ないものに感じた。
またこの街に来ることがあれば歓迎するとミサーナが放った言葉をきっかけに、俺は輝きの雫をあとにしたのであった。
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