ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

23話「清算、そしてテンプレ」



 薬草採集を終え街へと戻って来ると、さっそく冒険者ギルドへと赴く。
 ギルドに入ると、そこは先ほどと何も変わらない状態だったので、気にすることなく買取窓口専用のカウンターに歩いていく。


「いらっしゃいませ。買取ですか?」

「ああ、依頼を達成してきた。確認してくれ」


 担当の若い受付の女の子に手に持っていたセレニテ草をカウンターに置く、すぐに確認するため彼女が確かめていると、途端に彼女の態度が急変する。


「あ、あのー。このセレニテ草はどのように採取されたのですか?」

「何か採取の仕方が間違っていたのか?」

「いいえ、むしろ逆です。これほど品質の高いセレニテ草はなかなかお目に掛かれません。一体どのように採取されたのかと思いまして」

「ふむ、そういうことなら採取方法については黙秘させてもらおう」


 秘匿権益という言葉があるように、冒険者のみならず様々な職業には専門の技術によって利益を上げている場合がある。
 それは門外不出であり、師から弟子あるいは親から子へと代々に渡って受け継がれていくほど重要なものであったりする。


 そういった特別な技術と比べるわけではないが、おそらく俺の採取の方法も普通のやり方ではない可能性がある。
 それを公の場に出してしまうと、それに目を付けた権力者や利に聡い商人などが群がってきて、厄介事に巻き込まれるかもしれない。


 であるからして、彼女の問いに対し、俺は敢えて答えないという選択肢をとったのであった。
 だが、そういった事情を理解していないのか彼女は執拗に薬草採取の方法を聞いてきた。


「お願いします。教えてください」

「それは無理だ。こちらにも事情というものがある」

「そこをなんとか――あいたっ」


 さらに彼女が口にしようとするのを遮るかのように、彼女を殴った人物がいた。
 それは見知った顔……いや、おっぱい……もとい眼鏡であり、俺の冒険者登録を担当してくれたおっぱい眼鏡姉ちゃんことマリアンだった。


 顔はいつもの営業スマイルなのになぜか負のオーラが漂っているという器用な状態を維持しながら、マリアンが眼鏡をくいっと上げる仕草をしながら淡々と口にする。


「ニコル、私はいつもあなたに言っているでしょう。冒険者の持っている技術はその人だけのものだからそれを無理に聞くのは良くないことだと……」

「ま、マリアン先輩!?」

「私があれほど口を酸っぱくして言っているにも関わらず、あなたはまたそうやって冒険者の秘密を暴こうとするのですか? さらにあろうことか、私が冒険者登録を担当したローランドさんに迷惑を掛けるなど……どうやらあなたには再教育が必要なようですね」

「そ、それだけはご勘弁をー! もうあの地獄は嫌ですぅううううう!!」

「ニコル、謝る相手が違うのではないですか?」


 それからあれよあれよという間に事態は収拾し、ニコルと呼ばれた女の子は俺に頭を下げた。
 それは見事な手のひら返しで、カウンターに頭を擦り付け何が何でもこちらの許しを得ようという必死さが伝わってきた。
 おそらくだが、俺の許しが得られなかった場合、彼女が恐れているマリアンの再教育とやらを受けることになるのだろう。


 美人な彼女の再教育とやらがどんなものなのか、気にはなるところではあったがそれを見てみたいがために彼女を貶めるつもりはないので、あっさりと許す。


「こちらとしては、二度とこんなことをしなければ問題ない」

「今回の一件では、ローランドさんにご迷惑をお掛けしました。誠に申し訳ございません」

「構わない。まあ、個人的にマリアンの再教育とやらが見てみたい気がするがな……」

「では、今すぐお見せしましょうか?」

「ひ、ひぃ」


 俺の冗談染みた言葉に対し、それを冗談だと理解した上でマリアンもまた冗談混じりで切り返す。
 だが、ニコルからすれば堪ったものではなく、引き攣ったような悲鳴を上げる。
 そんな彼女を見て、俺もマリアンも吹き出してしまいその場の空気が緩んでいくのがわかった。そんな和やかな雰囲気になりつつある中、一人の男が割って入ってきた。


「おい、小僧。さっきから黙って聞いてりゃあ調子に乗りやがって。ガキのくせに両手に花たぁいいご身分だなあ、おい!」

(出たよ、異世界名物冒険者ギルドの怖ーい先輩テンプレ)


 そのいで立ちはザ・冒険者という風貌で、何かの毛皮を腰に巻きひと振りの剣と解体用ナイフを装備している。
 容姿は醜悪寄りの顔つきで、冒険者というよりも盗賊や傭兵という言葉の方が似合う。何日も風呂に入っていないのか、体からは悪臭が漂い思わず顔を顰めてしまうほどだ。


 俺の歪んだ顔をマリアンたちを口説いている邪魔をしたことに対する不快感と受け取ったのか、男の顔がさらに醜い笑顔に彩られる。


「お前みたいなハナッタレのクソガキが、マリアンやニコルが相手をするわきゃねぇだろうがよ。痛い目に遭いたくなきゃ、とっとと失せやがれ!」

「……俺ってマリアンたちのこと口説いてたのか?」

「……いいえ、今のところ口説かれた覚えはありません」

「そっちのニコルとやらは?」

「そもそもあたしはあなたとは初対面じゃないですか」

「だ、そうだが?」


 男の主張をマリアンたちに確認させることで反論の意志とするも、どうやらそれでは納得しないらしくさらに声を荒げる。


「おいガキ、こっちが下手に出てりゃあつけあがりやがって! もう容赦しねぇ!!」


 一体俺がいつつけあがったのか小一時間ほど問い詰めたい気分になるが、この手の人間に何を言っても馬の耳に念仏なのは理解しているので口を出さずに沈黙を貫く。
 その態度がビビっていると取られたらしく、今度は脅迫まがいな要求を突き付けてきた。


「だが、俺もこう見えて優しい人間なんだ。てめぇの持ってる有り金全部よこしゃあ許してやる」

「はあ? 妙な言いがかりをつけてきたと思えば、今度はカツアゲかよ。冒険者ってやつはみんなあんたみたいなやつばっかなのか?」


 そう言いながら、俺は他の冒険者たちに視線を向ける。それは暗に“お前らもこいつと同じ人間なのか?”という問いかけであったが、他の冒険者たちは面倒事に巻き込まれたくないのかサッと視線を逸らすだけだった。
 俺の態度が気に食わなかったのか、さらに男が声を荒げるも当事者であるマリアンたちも黙ってはいない。


「ラボラスさん、いい加減にしてください。彼はただ私たちをお喋りをしていただけで、口説いてなどいません」

「そうです」

「ほら、彼女たちもこう言ってるし、俺も今なら笑って許してやるけどどうするんだ?」

「ガキが、もうどうなっても知らねぇからな……ついてこい!」


 あれで引いてくれたらよかったのだが、残念ながらそうもいかないようだ。やれやれ、実に面倒くさい。
 とりあえず、奴の先導に従って連れてこられたのは冒険者ギルド内にある演習場だった。

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