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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

21話「異世界の食事と食い扶持を稼ぐ手段」



 目の前にいるのは、どう見ても少女だ。だというのに、顔がミサーナに似ているのはどういうことなのだろうか。
 俺が内心で混乱していると、それに気付いた彼女が補足説明をしてくれた。


「初めまして、わたしはマーサ。あなたの言っているのは、たぶんわたしのお母さんのことだと思うわ」

「お、おお……そ、そうだったか」


 おっふ、さすがに三十代ともなれば子供の一人もいてもおかしくないよな。い、いや別にショックを受けているわけではないぞ? ただ純粋に驚いただけだ。……ぐすん。


 マーサと名乗った少女は、見た目は俺と同世代くらいの十代前半の女の子で、母親譲りの艶のあるショートヘアーに年齢の割に大きく膨らんだ胸が特徴的な子だ。……Dってところか?


「おっと、俺はローランドだ。今日この街に着いたばかりなんだ」

「そうだったんですね。これからよろしくお願いします」

「こちらこそ世話になる」


 俺の自己紹介に礼儀正しくぺこりとお辞儀をする。親の躾が行き届いているのか、はたまた彼女自身が礼儀正しいのかはわからないが、第一印象は悪くない。
 中途半端な注文になってしまっていたので、改めて彼女のおすすめを頼むととてとてと小走りに注文を伝えに行った。


 しばらくボーっとしながら食堂にいる客を観察していると、そのほとんどが何かしらの武具に身を包んだ冒険者だということが見て取れる。
 地球とは違い、この世界は主に剣と魔法が主流のファンタジーな世界だ。当然識字率は決して高くはなく、文字の読み書きができるだけでも一つの能力だと言えるだろう。


 学がないというわけではなく、そういった知識を学ぶ場所が少ないのが識字率の低下に一役買ってしまっているのかもしれない。


 さて、言い忘れていたことがあったので伝えておくが、この街にやってきてから俺は他の人間に対してローランドと名乗っているのにお気づきだろうか?
 なぜ俺が本名のロランを名乗らず偽名を使ったのか。当然これには理由があった。


 そもそもロランという名前はマルベルト家で使われていた今生での俺の名前だったのだが、俺は晴れてそのマルベルト家を追い出された。
 となってくればだ。このままロランという名前を使うことはいろいろと問題が起きてくる。


 ラレスタの街は、マルベルト領とその隣領であるラガンフィード領のちょうど境目にある街だ。だからマルベルト領の内情も噂程度には少なからず情報が伝わってくると俺は見ている。
 そんなマルベルト領と近いこのラレスタであからさまにロランという名を使えば、場合によっては俺が元マルベルト家の長男であることが明るみになってしまう可能性が出てきてしまう。
 それを避けるために、敢えて別の名で活動していこうと考えたのだ。


 しかしながら、偽名とはいえ呼び慣れない名だと反応が遅れたり、最悪俺自身がその名を俺だと認識できない場合も出てくるため、今使っている偽名は元の名を少し変えた程度のお粗末なものにしてある。
 というわけで、今日から俺はローランドとしてこの世界を生きていくことにしたのである。


「お待たせしました。本日のおすすめです」

「ありがとう」


 しばらく待っていると、マーサが注文した料理を運んできてくれる。
 料理はオーソドックスな感じで、数種類の野菜を混ぜ込んだサラダと具沢山なスープ、肉厚のステーキに黒パンというなんとも豪勢なラインナップだ。
 ちなみに、マルベルト家での食事はビンボー領地の貴族らしくスープと黒パンだけで、たまに肉なんかが出たりするがそれも本当にたまにしかないのだ。


「それじゃあ、ごゆっくりどうぞ」


 太陽のような笑顔を向けながらマーサがその場を去っていく。……ええ子や、五年後が実に楽しみである。
 そんなおっさん染みた感想を胸の内に抱きながら、目の前の料理にいい加減腹の虫が「早く食わせろ」と訴えかけてきたため、さっそくいただくことにする。


「美味い、これは……美味いぞ!」


 出された料理はどれも美味く、瞬く間に皿が空になってしまう。
 腹が膨れたことで、多少落ち着きを取り戻した俺はしばらく満腹感に浸っていた。
 途中空になった皿を見たマーサがおかわりを聞いてきたが、腹八分目という言葉に従いおかわりしなかった。


「マーサちゃん、ちょっといい?」

「はい、なんでしょうか」

「体を拭きたいから、空の桶と手ぬぐいをお願いしたいんだけど」

「お湯はいらないのですか?」

「俺は魔法が使えるから、お湯は自分で用意するよ」


 しばらく食堂が忙しいということで、落ち着いたら持っていくと返答したマーサと別れ、俺は満足げに自分の部屋へと戻った。


 部屋に戻ってからは特にすることもない。これが大人な人間であれば、他に日課としていることもあるだろうが、今の俺にはその兆候は出ていないためその必要もない。
 どうしようか悩んだ挙句、今度の食い扶持を稼ぐ方法を考えてみることにした。


 具体的には、売れそうなものを自身で調達してそれを売って生計を立てるのが現実的だと考えている。
 この街には冒険者ギルドや商業ギルドといった施設もあるので、換金できる品物さえ手に入ればなんとかなるだろう。


「とりあえず、ここはスタンダードに薬草採集をやってみますかね」


 冒険者の仕事で一番最初にやることと言えば、それ即ち薬草採集である。
 難しい技術を必要とせず、ただ自生している薬草を取ってくるだけの簡単なお仕事で、ファンタジー小説なんかでは駆け出し冒険者がよくやっているのが描かれていたりする。


 しかし、簡単とはいえなかなか奥が深く、品質の高い状態の薬草を取ってこようと思えば、知識と経験が必要となってくるためなかなか侮れない。
 命を懸けてモンスターと戦うのも定番といえば定番だが、せっかくの二度目の人生を殺伐とした生活で染めたくはない。


 まずは確実に稼ぐための方法を確立し、慣れてきたら安全マージンを取りながら戦えるモンスターの討伐へとシフトしていく方向を目指そうと思う。
 そのためには、いろいろと勉強しなければならないことが出てきたため、明日にでも冒険者ギルドに行ってみようということになった。


「ローランド君、桶と手ぬぐい持ってきましたよ~」


 そんなことを考えていると、マーサが約束通り桶と手ぬぐいを持ってきてくれたため、それらを受け取って体を清めることにした。
 こういった状況ではよく風呂に入りたいという元日本人のラノベ主人公がいるが、俺は日本ではシャワー派だったのであまり風呂に対しての強いこだわりはない。


 桶に水魔法で水を張ってから火魔法でそれをちょうどいいお湯にし、手ぬぐいで体を拭いていく。
 さすがに丸一日街道を走り続けていたため、結構汚れていたらしく、少なくない汚れが手ぬぐいに残った。


「さて、あとは日課を終わらせて寝るとしますか」


 俺はいつも寝る前にやっている身体強化と魔力の制御と操作の訓練を行い、しばらくして眠りについた。……あれって思ってただろ? ちがうからな!?
 今日一日で目まぐるしい思いをしたが、とりあえず明日もがんばっていこうと決意を新たに俺は意識を手放した。

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