ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

18話「兄との決別」



 ~ side マーク ~


 王都でのパーティーを終え、一月ぶりにマルベルト領へと戻ってきた。
 久しぶりの我が家に懐かしさを覚える暇もなく、突如として現実を突きつけられる。


 それは、そこにいるはずの人間が一人いなくなっているという事実だった。我が兄であるロランである。
 そのことを僕は兄が僕の部屋に残した置き手紙で知ることとなる。手紙の内容はこう綴られていた。




『よう、マーク。お前がこの手紙を読んでいる頃にはすでに俺はマルベルト家を追放されているだろう。だから居なくなる前にこうして手紙に残しておくことにした。


 今まで俺の我が儘に付き合ってくれてありがとう。そして、俺の代わりに領主の役目を押し付けてしまうことを許してほしい。


 俺はこれからシェルズ王国を観光して、いずれ他の国にも行くつもりだ。もしかしたら、もう二度とお前たちに会うことはないかもしれない。


 お前はずっと俺に対して劣等感のようなものを抱いていたようだが、安心しろ。お前は優秀な人間だ。きっといい領主になれる。俺が保証する。


 お前を領主にするためにお前を含めた他の連中にはいろいろとひどいことをしてしまった。できれば謝りたいが、お前の方でなんとかしといてくれると助かる。


 とりあえず、俺は冒険者になって日銭を稼ぐつもりだ。これでも腕にはそこそこ自信があるから、最悪食いっぱぐれることはないだろう。


 ああ、あと俺の世話係をしていたターニャなんだが、お前の世話係として仕えさせてやってくれ。彼女にもいろいろと迷惑を掛けたからな。


 最後にもし何かどうしようもないことが起きたら、手紙と一緒に入れておいた水色の紙に伝言を書いて魔力を流せ。そうすれば、一度だけだが俺のところに届くようになっている。間違っても下らないことを書いてくるんじゃないぞ?


 じゃあ、元気でな。風邪引くなよ、歯磨けよ。 ロランより』




 手紙を読み終える頃には、僕の視界は滲んでいた。目からは涙が溢れ、思わず持っていた手紙を握りつぶしてしまう。


「兄さま……兄さまぁー」


 すぐ近くにいたはずの存在が、急にいなくなったことに胸の真ん中にぽっかりと穴が開いたような気がした。
 それほどまでに僕にとって兄という存在は大きく、何物にも代えがたいものだった。


 兄さまとの急な別れに悲しみに暮れていると、突如部屋の扉が勢いよく開かれる。
 そこにいたのは、僕の双子の妹であるローラだった。よく見ると泣きはらしたように目が腫れていることから彼女にも兄さまから手紙を受け取っていたらしい。


「マークお兄さま! お兄さまが!!」

「ローラも兄さまから手紙を受け取ってたか」

「そんなことをはどうでもいいんです。早く兄さまを連れ戻さなければ!」


 ローラの言葉に僕は首を左右に振ることで返答する。
 あの兄さまのことだ。僕たちが連れ戻そうとすることなどすでにお見通しで、マルベルト領から離れた領地に移動しているはずだ。


 仮に追いかけたとしても捕まえることは難しく、無駄な労力を使うことになってしまうだろう。
 それならば、兄さまに与えられた役割を全うする方が今までお世話になった兄さまのためになる。


「どうしてですの!?」

「兄さまは自分の意志でここを出て行った。だったら自分の意志で戻ってきてくれないと、また出て行ってしまうからだよ」


 兄さまは僕に領主としての役目を押し付けたと思っているけど、実質的には違っている。
 通常貴族の次男は当主になる長男に何かあった時の代替品という扱いで、酷いところになると一生屋敷から出られず余生を過ごすことさえある。


 そんな立場である僕が領主に慣れている時点で、兄さまには感謝してもし足りないほどの恩ができてしまっているのだ。
 それを兄さまは何でもないことのように扱っている辺り、他の人とは少し価値感ずれている気がする、


 自分の目的を果たすために兄さまは枷となる貴族としての地位を捨てた。それは同時にもう二度とマルベルト家に戻ってこないという意思表示にも思えた。
 だが、兄さまは何かあった時のための連絡手段を残してくれている。おそらく置き去りにした僕たち兄妹に多少の引け目があったからだろう。


 だからこそ、僕のできることは兄さまのあとを追いかけようとするローラを引き留め、マルベルト家の家督を継ぎ立派な領主となることなのだ。
 僕に領主になるために必要なすべてを与えてくれた兄さまの恩に報いるためにも、こんなところで悲しみに暮れている暇はない。


「いいかいローラ。兄さまは僕たちに生きていくための力をくれた。だからこの力を使ってこの領地を立派なものにしてみせる。僕一人じゃ不安だからローラも手伝ってくれないか?」

「……わかりました。ですけど、わたくしは兄さまのことを諦めません!! いつか絶対に兄さまには帰ってきてもらいます」


 そんな妹の異常なまでの執念に若干引きつつも、ローラを思い留まらせることに成功したことに内心で安堵のため息をつく。
 そして、彼女に絶対知られてはいけないと改めて気を引き締める。兄さまに連絡を取る手段があるということを……。


「マークお兄さま? 何かわたくしに隠していることがあるのではないですか?」

「え? どうしてだい?」

「マークお兄さまはお優しい方です。何か後ろ暗いことがあると、よく頬を掻く癖があるんですのよ?」

「こ、これはたまたまだよ。たまたま」


 ま、まさか自分にそんな癖があったとは知らず、内心で慌てふためく。なんとか取り繕おうとするが、兄さまのことになると途端に鋭くなる我が妹の追求からは逃れられず、結局水色の紙のことがバレてしまった。


「いいかいローラ。この紙は一度しか使えないものなんだ。だから本当にどうしようもなくなった時にしか使ってはいけない。それはわかるね?」

「もちろんですわ。お兄さまとの唯一の連絡手段をつまらないことで使ったりしません。そうだわ、お兄さまと連絡が取れる方法が見つかったなら、こうしてはおれません。マークお兄さま、まだわたくしたちには足りないものがたくさんあります。お兄さまが託してくださったものを守らなければなりません。そのためには勉強あるのみです!」

「……はい」


 妹の剣幕にただ短くそう答えることしかできない。それほど、ローラの纏っていた雰囲気は狂気染みていた。
 とにかく、妹の言った通り僕たちは兄さまに託されたんだ。その託されたものを守るためにも、もっとがんばらないといけない。


 そのことを再認識した頃には、すっかり涙も引っ込んで清々しい気分になってきたことを自覚する。
 見ていてください兄さま、僕は立派な領主になって発展した領地であなたの帰りを待っております。いつまでも、いつまでも……。


 これは余談だが、この決意をした三日後にローレン嬢がやってきてローラと同じく兄さまを追いかけようとしたのを必死に止める一幕があった。
 ローレン嬢の「これじゃあ私の壮大なる計画がぁー」と叫んでいたが、一体何を企んでいるのだろうか?

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