ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
8話「忍び寄る小さき影」
マークが村に出掛けている間、手すきの状態になった俺はいつもの書斎で本を読んでいた。一年という短い期間ではあるものの、もともと何かをコツコツとこなすという日本人の気質が功を奏し書斎にあったほとんどの本を読破してしまった。
ビンボー領地の領主になりたくないという思いから、必要に駆られて仕方なかったとはいえ我ながら異常なスピードだと思い知らされた。
マークを教育する片手間でローグ村で行ったネガティブキャンペーンのような工作を屋敷の使用人や他の家族にも行っており、特に自分の身の回りの世話をする近しい人間には徹底した。
その甲斐もあってか、家族を含めたほぼすべての屋敷の人間が思慮に欠ける愚かな長男というイメージを植え付けることに成功した。もちろんここに弟であるマークは含まれてはいない。
(ん、またあいつか……)
この一年間で培ったのは何も本から得られる知識だけではなく、剣術と魔法の訓練も欠かしてはない。その中で僥倖だったのは魔法による気配察知ができるようになったことだ。
自分の中にある魔力を周囲に広げることで、知らず知らずのうちに魔力を持った存在を察知するという芸当が身についてしまったのだ。……やはり俺は天才だった。
……まあ、そんなことは今はどうでもいいことだ。それよりも目の前の相手に注視しよう。
気配察知の能力により、書斎の扉の前にいる存在を確認した。その存在とは、妹ローラの存在である。
いつの頃からか俺とマークが仲良くやっていることを聞きつけたローラが、ことあるごとに自分も仲間に加えて欲しいと言ってくるようになったのだ。
だがしかし、いくら血を分けた妹であるローラと言えど、俺の立てた計画を知る人間は少ないに越したことはない。当然俺の答えは“NO”だった。
ところがローラは誰に似たのかとても諦めの悪い性格をしており、何かにつけては俺やマークの前に現れ関わろうとするのだ。
別にローラのことが嫌いな訳ではないのだが、周りの大人たちに俺の崇高なる計画を知られるわけにはいかないため、無意識に除け者にしてしまっていることは否めない。
現世の自分としては、世界でたった一人の妹を兄として構ってやらねばならないとは思っているが、どうしても計画優先になってしまっている。
しかしながら、このままではいずれローラに俺の計画がバレてしまうのも時間の問題である。であればいっそのこと、このままローラも協力者としてこちら側に引き込むというのも一つの手かもしれない。
(そうと決まれば、ローラに説明しなければならないが……どうしたものか)
俺は今椅子に座って足を組みながら顔の前に本を開いてそれを読んでいる風を装っている。そして、その椅子がある位置の対面に横にスライドするタイプの両開きの書斎の扉があり、その隙間からローラが覗き込んでいるという構図だ。
ローラの視点から見れば本を読んでいる兄の姿が映っており、自分の存在に気付いていないと考えているはずだ。
いくら五歳になったばかりの子供とはいえ、貴族の令嬢としては不適切な行為であるのは明白であるため、罰として一つ行動を起こすことにした。
「……」
「……わあ!!」
「きゃあっ」
書斎を覗き込んでいる妹に向かって、読んでいた本を下ろしながらいきなり大声で叫んだ。そんな行動を予想できるはずもなく、可愛らしい声を上げながら尻もちをつく姿が扉の隙間から見えた。
そんな状況に小さくため息を吐くと、本を片手に持ちながら書斎の扉に歩み寄り、扉の片方を空いている手で開けて妹に声を掛ける。その一方で、妹は未だに俺の声に驚き尻もちをついた状態から復帰できずにいた。
「何をやっているんだ? そんなところでこそこそと」
「こ、これは……そ、そのぉー」
「マルベルト男爵家のご令嬢ともあろうお方が、こそこそと覗きですかなぁ~? まったくまったく、それが貴族の家に生まれた人間のすることなのですかぁ~?」
「お、お兄さま。そんな意地悪言わないでください!」
俺の冗談交じりの言動に、頬を風船のように膨らませながらローラが抗議する。その姿があまりに似合い過ぎていたため、堪えきれずに吹き出してしまった。
そんな俺を見てさらに頬を膨らませる妹を宥めると、誰もいないことを確認してから彼女の手を取って助け起こすと、そのまま書斎へと連れ込んだ。
いきなり手を引かれたことに困惑の声を上げながらも、拒絶することなくそのまま書斎に連れて来られた妹を先ほどまで俺が使っていた椅子に座らせ、真剣な表情を作って俺はローラに問い掛けた。
「ローラ、お前に聞きたいことがある」
「なんですか」
俺の態度が急変したことに不安気な表情を浮かべている様子だが、こちらとしても真面目な話なのでそのまま話を進める。
「俺のことをどう思っている?」
「狂おしいほどにお慕いしております。わたくしが成人した暁には、お兄さまの妻として身も心もすべて捧げます!」
「うん、却下で。そもそも俺ら兄妹だから結婚とかできねぇし」
これである。俺がローラに関わることを渋っていた理由の一つに、俺に対する異常なまでの執着を持っていることも含まれていたのだ。
一体何がどうなってこのような事になってしまったのか皆目見当がつかないが、あろうことかローラは血の繋がった実の兄である俺に恋愛感情を抱いているのだ。
まだ五歳ということもあり、子供の戯言と切って捨てることもできるであろうが、ローラの場合夢見る幼女が抱くという可愛らしい願望ではなく、本気なのだ。
あれは俺が前世の記憶を取り戻して四か月が経過した頃だった。ある日の朝、俺が普段着ていた服が紛失するという事件が起こったのだ。
泥棒でも入り込んだのではないかと屋敷内ではちょっとして騒ぎとなったが、その犯人はすぐに見つかった。そう、我が妹ローラの仕業だったのだ。
それだけならちょっとした笑い話にもなったのだが、紛失した服が発見された時、それを持っていたローラはその服の匂いを嗅ぎながら恍惚な表情を浮かべていたことが世話係のターニャの口から語られた。
それがきっかけで、ただでさえ周囲の人間に俺の計画を知られないために引いていた線引きが、ローラに対しては二重の意味で警戒せざるを得ない状態となっていたのである。
「ああ、神様はどうしてわたくしをお兄さまの妹にしてしまわれたのでしょう。ですがこのローラ。そんな些細なことなど気に致しません!!」
「うん、気にしようか」
その後、ローラに俺の計画の全てを説明し、協力してほしい旨を伝えたところ、こちらが言い切る前に食い気味で了解の言葉を言ってきたのにはさすがの俺も苦笑いを禁じ得なかった。
とにかく、ローラの参加により更なる計画を進めることができるようになったが、計画がバレるという不安要素が払拭しきれない部分も増えたことに、なかなかままならないものだという思いが湧いてきた今日この頃であった。
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