幽霊嬢も夢を見る

3+1

【3章】14話.答えは一つ

 人気が少ない場所かつ柱の影に隠れて、顔の火照りがようやく冷めた私は、改めてマキナ姫とカードを観察した。

 3×3のマスに区切られていて、真ん中のマス以外、それぞれ記号のような変な絵が描かれている。

 左上のマスから仮に番号をつけると、

①(上段左)「やじるし」の、右半分が消えている。
②(上段真ん中)「みかづき」。
③(上段右)表現し難い。ぐにゃぐにゃ? 下手な手の平の絵? でも指の本数が多いし、指が下向きなのは違和感…。
④(中段左)横に寝かせた楕円形。
⑤(中段真ん中)空白。
⑥(中段右)山羊の横顔…で、頭になぜか天使の輪…。
⑦(下段左)大小様々な「*」。雪が降っている表現に見えるかも。
⑧(下段中央)「×」を「○」で囲っている。
⑨(下段右)「ハート」を横にして二つくっつけている。蝶々かしら?

そして➄のマス以外、右上に左に寝かせたハートが描いてある。

結論——さっぱりわかりませんっ 

「ど、どうしましょうマキナ姫…、時間内に解ける気がしません…!」
『落ち着いて落ち着いて。まだ始まったばかりじゃないの。いつもステラ嬢に頼ってばかりだけど、これなら私も一緒に頑張れるから!』
「そうだ、マキナ姫も…」

 彼女が語られる時、美貌と聡明さはセットだ。
 それを思い出して、手の震えは収まってくる。

「マキナ姫は賢いですものね! 任せられます!」
『いや、〈一緒に〉よ〈一緒に〉。それに知能というより、ひらめき問題な気がするわ…』
「そんな予感すら、私にはありませんでしたわ。絵を理解できるのは、➁の三日月…と、⑦の雪、⑨の蝶々? だけです。マキナ姫は?」
『私はその三つと、➂ならわかった』
「…➂  一番意味不明だと思ったのですが 」
『これ、私にはタコに見える』
「…タコ?」

 繰り返すと、マキナ姫は「あ」と何か納得したような顔をしてから話し出す。

『ステラ嬢は、海を見た経験ない?』
「ありませんわ…。絵では見ているので、どこまでも蒼くて広くて、美しい場所だとは知っています。海が何か?」
『タコは海に住む生物よ。この絵みたいにぐにゃぐにゃした面白い見た目で、足が八本もあるの』
「八本…!」

 そんなにあってどう使うんだろう、と不思議に思ったけれど、話が脱線しそうだから心の内に留める。

「それで、ここにタコが描かれているのはどういう意味が?」
『どういう意味かしら?』

 あ、まだそこの判明には至ってなかった。

『絵の意味は皆目見当がつかないわ。宝が8つで絵も8つなんだから、それぞれ宝の在処のヒントなのでしょう…』
「他にも、ヒントカードがあったり…?」
『その可能性もある。唯一、〈これ〉なら解けたけれど』
「えっ…!」

 マキナ姫が指さしたもの——それは各マスに小さく描かれた「横ハート」だ。

「これがおわかりになったのですか… 」
『おそらく。⑨が蝶々に見えるなら、このハートは蝶々の片羽じゃないかしら』
「蝶々の片羽…それって……!」
『ええ、王宮に仕える者が着けるブローチだわ』

 いかなる身分でも、どんな職種でも、王宮に奉仕する者は必ず片羽蝶のブローチが与えられる。
 誰もが王宮の為に欠けてはならない一員だという想いが込められているものだけれど…

「あれ? ですが、ブローチは基本的には左羽で、これとは逆向きでは…」
『実は会場に入った時から気になっていたのだけれど、使用人の中に右羽のブローチを着けた人がいたの。皆同じ衣装で統一していたから、給仕長の目印か何かだと思い込んでた…』
「ぜ、絶対その人が関係していますわ! 探して聞いてみましょう!」

 マキナ姫がうなずいてくれて、私たちは賑やかな会場に戻ってくる。
 使用人たちのブローチに注目して探し回った。
 黒コートのおかげで光り物のブローチが見やすいのだけれど、まさか黒衣装はこのために…?

 ついに見つけたその人は、空いたお皿の載ったワゴンを押していた。
 給仕長どころか、むしろ若くて新人に見える。

 もしも…、もしも全然関係なかったら、私はこの彼にも「変」認定される…。

「ねえ! …ちょっといいかしら?」
「はい。何なりと」彼は立ち止まって私に向き合う。
「意味がわからなかったら忘れてね…宝のある場所、知ってる?」
「知って…あ」

 なぜか言うのを止めた彼は、こほんと咳払いをした。

「『宝の場所は知っている。なぜなら私が持っているからだ』」
「え? …え?」
「『しかしタダというわけにはいかない。私の問に答えられたら、そなたの力を認め、宝を渡そう』」

 戸惑う私を放って、彼はわざとらしい低音で話し続ける。
『なりきってるわね』とマキナ姫が言った。
 どうやらそうらしい。ともあれ、読み通りこのゲームの関係者だわ。

「その、問とは…?」
「『マキナ姫は何が苦手か…答えられるかな?』」
「…マキナ姫 」『私 』

 私たちは同時に驚き叫んだ。使用人には私しか見えないけれど。

「ちょっと考えさせてください」

 早口で言って後ろを振り向く。コソコソ会議の始まりだ。

「ここでマキナ姫…  どうして… 」
『…さすがにっ、幽霊が見えるとはキールも思っていないでしょう。指輪や〈代行〉発言を受けて、ステラ嬢が私の熱心なファンだと思っている説が濃厚ね…』
「親友からの挑戦状、ですか…」

 マキナ姫の苦手なモノにまつわる有名エピソードは聞かない。
 本物の熱心なファンなら答えられるのかしら。

 …だけど、問題の難易度は私には関係ない。
 なんてったって、ご本人が隣にいらっしゃるのですから 

「姫。差し支えなければ苦手なものを教えてください」
『それはもう花粉よ。春になるといつも辛くって。鼻紙を何度部屋に持ってきてもらったことか』

 すぐに答えをもらって、私はくるりと向きを戻す。
 自信満々な顔をして見上げているのが自分でもわかった。
 キール様、ちょっぴりずるしてごめんなさい…!

「マキナ姫は何が苦手か…それは『花粉』ですわ」
「『いいや違う』」
「ええ、そうですわよね……え?」
「『答えは花粉ではない』」
「えええっ 」『えええっ 』

 全く同じ発声で私たちは驚いた。

 だって間違うとは思っていない。間違っているはずがない 

『おかしいわ! あんなに辛い思いをしたのに花粉症と認めてくれないの 』
「マキナ姫は花粉に苦しめられたんです! これは正解です 」
「えっ、あ、そうなんですか? 初耳です…」

『私本人が苦手と言ってるのよ!』
「お宝渡してください!」
「そ、そう仰られても、キール様に頂いた答えは一つですので…」

 なりきりは解けてしまったが、彼は正解を認めてくれない。
 マキナ姫の勢いにつられて壁際まで追い詰めたところで、私はようやく少し冷静になった。

 たとえ真実を告げたとしても、キール様の用意した正解とずれていては意味がない…。

 問題の難易度は、私に十分関係あった。

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