幽霊嬢も夢を見る

3+1

【3章】12話.メリナ・メアーという令嬢

『…17、18、19。…19ペア!』

 絵合わせで揃ったカードを掲げて、姉様が堂々と言い放った。

『おー!』と私が拍手する隣で、兄様はため息を吐く。
『そんなの知ってる。カードは50枚。おれたちは6ペア。わざわざ数えるとかイヤミかよ』
『イヤミじゃない。これが礼儀だもの』
『あーはいはい、姉さん流のな。おれお腹すいたからぬける~』

 兄様が放った6ペアのカードが散らばった。
 私はかき集めて姉様の前に寄せる。

『おねえさま、もういっかい! もういっかいあそぼ!』
『そうこなくっちゃ! ステラは挑戦心がすばらしいわ。だれかさんと違ってね~』

 廊下をちらりと見やってから、姉様も手持ちのカードを置いて混ぜ混ぜさせる。

 私と兄様が二人がかりでも勝てなかったんだから、一対一じゃ到底敵うはずがない。
 相当大きなハンデをつけてもらわないと、勝負にならなかった。

 年齢差を考慮しても、姉様は絵合わせが得意な人だった。
 カードだけじゃない、駒やパズル、運要素が強いものも含めて、「ゲーム」というものが何でも好きで、いつでも夢中になって楽しんでいた。
 兄様は姉様に勝てないのを嫌がっていたけれど、私はたとえ負けようとも姉様と遊ぶのが好きだった。

 姉様のゲーム好きは時が経っても変わらず、いつしか、屋敷の大人たちではなかなか勝てない程に強くなっていた。
 両親が社会経験のために連れて行った先の晩餐会で、交流の一環としてボードゲームが行われることもあったようだけれど、姉様の才能は同年代の子息令嬢に抜きんでていたらしい。

 ある夜会から姉様と父様が帰ってきた時、たまたま居合わせた私は聞いていた。
『メリナ。その才能はいずれ、大きな武器になるかもしれん』
『武器? ゲームは楽しむためにするものよ』
『メリナにとっては子どもの時から変わらない遊びだろうが、上流階級の貴人たちは、何事においても才能のある者を高く評価する。もしかすると私よりも…、上の景色を見られるかもしれないな』

 それから間もなくして、父の予感は現実になった。
 姉様の実力が広まって、とうとう上級貴族や王族の相手をするようになったのだ。
 中には「お抱えの遊び相手にしたい」という声もあり…、要するに「大貴族の妾にならないか」という話だった。

 それを聞いた時は、なんだかむずむずとした不安がこみ上げてきて…、本人に直接尋ねた覚えがある。
『私が財務官長の妻に? ないない、私より年上のお子さんがいるじゃないの』

 すぐに否定してくれたけれど、不安は拭いきれなくて。
『だけどお姉様、この先も同じ誘いが何度もくるかも…断りきれるの?』

 すると姉様は、私に目線を合わせてこう言った。
『ステラは、私に王宮に行ってほしくないの?』

『……』

 その時実感した。
 私は寂しくなっていたらしい。
 姉様が日ごとに遠くに行ってしまうのが。

 首を縦に振ることも、横に振ることもできなかった。

 しかし姉様は、真っすぐな琥珀色の瞳をしていた。
 一切の迷いがなかった。

『私は行く、何度でも。あそこのお貴族様たちはとってもプライドが高くてね、私が勝つと負かすための研究をとことんするの。それで次は私が何度も負けるの。悔しいけど…、それ以上に楽しいから』
『姉様…』
『それにね、良い考えも浮かんでる。だから待ってて!』

 姉様の覚悟は固くて、私には引き止められそうになかった。
 
 最後に絵合わせをしたのは、いつだったかな。





『ボーっとしてどうしたの、ステラ嬢?』
「えっ」

 雪景色を彷彿とさせる繊細で美しい容貌に覗き込まれて、私の意識は現実に戻ってくる。

 あっという間に夜会の当日。
 馬車には見かけ上一人きりだけれど、もちろんマキナ姫も同行している。
 それなのに自分の世界に入ってしまっていた。

「ごめんなさい…姉様と夜会に参加するのは久しぶりだなーと思っていたら、考え事に集中してしまったようですわ」
『あら。それなら私のことは忘れて楽しんでほしいわね』
「何を言ってるんです! 私はマキナ姫がいるから夜会に行けるんです! 姉抜きにして夜会自体、ほんとにほんとに久しぶりなんですから!」
『…まあそれは、貴女のガチガチになってる身体を見てるだけでも伝わってくるわ』

 その通り、まだ馬車の中なのに激しく緊張している私は、背筋ピンピン、足も不自然なくらいピチッと揃えて座っていた。
 決心がついてるのと、緊張する・しないは別問題なのです。

「姉様を心から尊敬しますわ…、何度も王宮に通うなんて、私には心臓が足りない行為です」
『しかも王宮に集まった貴人たちと賭け事してるんですってね? お若いのに器用に渡り合うものだわ』
「恐れを知らないというか、豪胆というか……」

 姉様の良い考え——それを聞いた時は何か想像もつかなかったけれど、
 答えは「ゲームに金品を賭けてお相手代以上の報酬を得る」だった。

 多額の資産を有する上流貴族にとってはちょっとした刺激だろうけど、当時のメアー家からすれば、負け続けると大惨事になりかねない大博打。
 しかしその賭けにも勝ってメアー家が資産家の仲間入りをするわけだから、やっぱり姉様は際立った才能の持ち主だ。

『知れば知る程、メリナ嬢はキールが好きそうなタイプの女性ね』
「えっ、そうですか? キール様もゲームがお好きで?」
『たぶん好きだけど、それ以上に活発なところが好きだと思う。齢七歳にして〈おしとやかな女はおもしろくない〉って言ってたのよ』
「うわあ…」

 むしろお淑やかであるよう教育されるご令嬢も多い中、なんて尖った発言…。
 たしかに、姉様はお淑やかの反対を行く女性だ。

「幼稚な姉弟喧嘩をしますよ」
『そこは彼にとってマイナスポイントにならないんじゃないかしら。自分もレントを煽る
ようなこと言うのだし』
「でしたら…、お似合いなのかもしれません…。身分差はありますけれど、姉様ならそんな批判跳ねのけてしまいそう」

 これも狙い通りなのか、姉様が賭け事を始めてメアー家の地位を上げると、姉様を妻に迎えたがる壮年の貴人は減った。
 遊び相手としては魅力的だが、手元に置くには少々豪快で女性として愛せないと思われたのかもしれない。
 姉様に色恋沙汰がないのを、先に婚約した兄様は喧嘩の時よく弄るのよねえ…。

『ステラ嬢はどうなの?』
「どうとは?」
『キールよ。恋人候補として、どう?』
「ふぇっ」
 まさかこちらに質問が飛んでくるとは思わず、気の抜けるような声が出る。

「わ、私とキール様ですか…  そう言われましてもっ、候補に入れるだなんて考えがおこがましい…! ないです、ないですから…!」
『あら、眼中にもないのね』
「ちちちち、違いますっ! キール様が私を恋人にするようなことがないんです  そそ、それより、前にお尋ねした『あれ』、どうなりましたかっ 」

 姉様ならともかく、私の恋バナに王子を登場させるのは釣り合ってなくて耐えられな
い! だから強引に話を変えた。

『〈王子に質問できるなら何を訊きたいか〉のこと?』
「そうです、それです!」

 今回私が王宮に向かう目的。
 それはマキナ姫が知りたい王子の情報を聞き出すことに他ならない。
 事前準備として、マキナ姫の要望を把握する必要があった。

『…うん、考えてあるわよ』
「遠慮はいりませんからね。…私が王宮の地を踏む時点で、大層なことなので」
『うん、遠慮しないわ。これは私の、心から知りたいことよ』

 紅瞳に影が映るくらい、マキナ姫と見つめあう。

 薄い唇が紡ぐのは。

『好きなタイプと、結婚願望!』

「……。……? ………⁇」
『を、キールに訊いてねっ?』
「………ええええぇえっ 」
『いつぞやも聞いた悲鳴ね~』

 ニコニコとお上品に微笑む白銀のお姫様。
 だけど発言に容赦ない。遠慮がない。遠慮しないでと言ったのはこっちだけど 

「絶対たった今思いつきましたよね 」
『そうよ。でもそれが本命になったの』
「うそっ…、嘘と言って~っ 」

 失礼などと考えられず、私の心からの叫びが飛び出す。

 マキナ姫は前言撤回することなく、百合の花のように麗しい笑みを咲かせていた。

 恋人の座を狙う気はない。だけど好きなタイプと結婚願望を知りたい。
 …って、キール様による私の「変」の印象は、拭えなさそう…。

 カラカラと回る車輪の音が、急によく聞こえるように感じた。

 目的地まで、もう間もなく。


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