幽霊嬢も夢を見る
【2章】9話.ステラの夢
夢を見ているのかしら。
ここでお目にかかれるなんて…。
探していたその人は、広い庭の中でも薔薇の香がいっぱいに漂う場所にいた。
丁重に管理された花はたとえ一つでも見事な存在感を放っているけれど、それらに囲まれても決して埋もれることなく、高貴な佇まいを凛と保っている。
あの時と違って紫紺の立派なご衣裳に身を包み、麗しさに圧倒されてしまった。
その人そのものが「華」だわ…。
「ほんとうに、ほんとうに……」
お家柄を確信して言葉を失ってしまう。
するとキール様がわずかに首を傾げた。
「その顔、まるで夢で会った人物に現実で遭遇したみたいだな。教えてやるが、私はあのレントの兄だからな」
レント。
レント王子。
それが私が雨の日に出会った人の名前。
彼が早く私の家から去りたかった理由が、今ならわかる。
夜中に倒れていたのを大事にされたくなかったんだわ…だから名も教えてくれなかった。
「ところであいつ、もっと笑えないのか? 作品に残るというのに仏頂面とは」
口調のわりに楽しそうな顔でキール様が言う。
おっしゃる通り、レント様は愛想のない無表情で、側近くではキャンバスを前にした画家が懸命に手を動かしていた。
薔薇園を背景に、肖像画を描いているようだ。
「ですが、様になったお姿だと思いますわ」
「そうだろうか。私はつまらん。ということで、だ」
即座に否定したキール様はすっと右手を挙げた。
私は瞬時に嫌な予感がして、身を固くする。
「おーーーい!」
背格好にそぐわない奔放な呼びかけで、キール様は歩き寄っていく。
画家とレント様は反射的にこちらを向いた。
そして——レント様はお綺麗な顔を思いっきりしかめた…。
「お兄様が笑い方をレクチャーしに来てやったぞ」
「うるさい帰れ」
間髪入れない拒否。
ある意味、表情を豊かにすることには成功している。
もしかして、王子兄弟は喧嘩する仲……?
「帰るも何も、私の家はここだ」
「わざわざ邪魔しに来たのか、あんたも暇だな」
「何を言う。緊急の用だぞ。〈冷気の美君〉とあだ名がついたお前に、会いたがっているご令嬢が——おっとどこへ行く?」
ぎくり。回れ右をしたら見つかった。
固まっていると、背後からがっしりと腕を取られて、容赦なくずるずる引っ張られる。
ああ…、腹をくくったほうが良さそうだわ…。
強制的に対峙した男君は、元々大きな目をさらに拡大させて私を見ていた。
あ、穴が開いてしまいそう…。
私はできる精いっぱいの丁寧なお辞儀をした。
「少しお久しぶり、ですわね…」
そろそろと顔を上げる。
二度目にして、私も相手も容姿の趣は変わっていた。
「何だ? そなたたち既に顔見知りなのか。てっきり片思いをしている健気な少女かと」
「兄上には関係ない。…メアー家の令嬢なら遅かれ早かれ、顔を合わせる機会があると思っていたが…、こんな面倒なのと来るとはな」
「私も驚いております…この状況にも、貴方様のご身分にも」
「俺の前に現れたということは——見つかったのか?」
追究する冷静な眼差し。
何を、とは言わなかったけれど…、夢のことだわ。
「賭けに出た」というのは、二つの意味でだ。
一つは、「男君が王宮にいるような高貴な身分であること」。
もう一つは、「もし話さなければならなくなった時に、夢を問われてうまく返せること」。
次に会う時は、私に夢が見つかっている予定だったから。
一つ目はクリアした。今、二つ目が試されている。
で、返事だけど……、
何も浮かんでなーいっ  どうしようどうしよう!
「見つかってない」なんて言ったら、またきっと「つまらない」って言われる!
 それは嫌だ! 考えなさい私!
 
今、マキナ姫の夢を借りている状態でしょ? だから王宮にまで来られた。ええっとそれなら、「実家の様子を見たい」をもっと叶えなくっちゃ! 外観の様子はお見せできたから、あとは内面的な…、そういえばっ、キール様に質問してみようなんて考えていた……
「——じゃあ『王子様のことが…知りたい』……?」
「は?」「ん?」
「……え?」
目の前には、ぽかんと口をあける王子たち。
しかし徐々に徐々に、キール様の紅い目はらんらんと輝いていく。
これは…、これは……、とてつもなく嫌な予感…!
「わ、私…、無意識に変なことを」
「はっはっはっは! そなたやはり、恋する乙女ではないか!」
私を遮って高笑いするキール様。痛い痛い! 背中バシバシ叩かないで!
「き、キール様のことも知りたいですよ 」
咄嗟に口にして、言うべきことを間違ったと気づく。
「ほお、私のことも好きになったのか?」
「いえ……」
からかってくるお兄様から目線をずらし、恐る恐る弟様の方を見る。
すると身がすくみそうになる程、険しい顔つきをなさっていた。
「レント様、さっきのはですね…」
「まだあからさまに婚姻狙いだと明かされたほうがマシだ」
刺されそうな冷え切った声が返ってくる。
どうやら気味悪がられてしまった模様…結果的に「つまらない」に匹敵する傷を心に負ってしまった。
もういっそ——全てを打ち明けてしまいたい。
「婚姻狙いなどではなくっ…、私は…、代行で、貴方を知りたいのです……」
「代行? …誰のだ」
「マキナ姫……とか」
か細く答えたその直後、視界を黒っぽいものが横切った。
「——馬鹿馬鹿しい」
声を追って振り向くと、レント様が私に背を向けている。
黒っぽいものは、翻ったマントの裾だった。
「王宮に居座りたいなら、もっとまともな理由を持って来い」
それだけ言うと、お姿はみるみる遠くなっていく。
引き止めることは、できなかった。
そう…、だよね…幽霊が見えるなんて、言ったところで信じてはもらえない。
亡くなったお姫様の名前を出されたら、馬鹿にしていると思うのが普通だわ…。
「どうしてマキナ姫の名を?」
「……」
キール様の質問に、答えられず黙り込む。
失礼な態度だったのに、キール様は再度尋ねることはしなかった。
「もしも本当に、マキナ姫がレントを知りたがっているなら……さぞ面白いことだろう」
それからキール様は、私に帰る道のりを教えてくれる。
お背中を見送る最後まで、落ち込んでいる気色を隠せなかったのが申し訳なかった。
気づけばもう夕刻。
夕暮れの陽は、どうしてこんなにも切なくなるのかしら。
……レント様に、嫌われてしまったかな。
そもそも、認識されているのが奇跡的な方ではあるのだけれど。
私が王宮に入れただけでも、大層善戦しているのだけれど。
それでも、もう一歩先に進みたかったと思ってしまう。
そのチャンスがあったんだから——
『ステラ嬢?』
「!」
誰もいなくなった薔薇園に、白銀のお姫様が現れた。
目が合うや否や、駆け寄ってきてくれる。
「マキナ姫、急にいな」
『ねえ! ……告白でもしたの?』
「はっ  何でですか 」
いなくなって驚きました、と言わせてもらえず、とんでもないことを訊かれる。
ピンチな状況でずっと冷や汗をかいていたのが、今度は生温かいものに変わった。
『さっき、レントとすれ違ったのだけど………いいえ、陽も暮れてきたし気のせいかも…』
答えかけたのに結局はぐらかされてしまった。何だったんだろう。
「レント様を…、お見かけしたのですか?」
『ええ。兄様…あ、現国王もばっちり視界に収められたし、他にも見たかったもの色々確認できたし、ステラ嬢のおかげね。本当にありがとう』
屈託のない愛らしい笑顔を向けられる。
マキナ姫は、満足してくださっている。
だから、望みは叶えられている。
はずなのに…。
『…どうして、元気がない顔をするの?』
喜色から優しげな顔つきに変わって、マキナ姫が私の両肩に手を置く。
心配させたく、ないのにな。
「…マキナ姫」
『うん』
「私、もっと貴女を喜ばせられたはずなんです」
『…うん』
「もっと上手な方法が、あったはずなんです…」
『うん…』
王子様を前にしても、冷静で、度胸があるような自分だったなら。
至らなさが悔やまれた時——身体が前に傾く。
マキナ姫が私の首に腕を回して、抱き寄せていた。
「姫…?」
『ステラ嬢、私とっても嬉しいのよ。思わずハグしちゃうくらいには』
「でもっ、王宮に入れたのもただの偶然で、私は何も」
『違う——幽霊に親切にしてくれる貴女の優しさが、嬉しいの』
ぎゅっと腕の力が強まった。
彼女の言葉は痛んだ心さえも包み込んでくれて…、
たまらなくなった私は、抱きしめ返していた。
そうしながら、自然と胸中に湧き上がる想いがある。
——まだ、諦めたくない。
屁理屈かもしれないけれど、レント様は「来るな」とは言わなかったもの。
もう一度、王宮に来よう。
そしてもう一度、王子様と話をしよう。
幽霊嬢と彼らを繋ぐのが、私の夢だ。
ここでお目にかかれるなんて…。
探していたその人は、広い庭の中でも薔薇の香がいっぱいに漂う場所にいた。
丁重に管理された花はたとえ一つでも見事な存在感を放っているけれど、それらに囲まれても決して埋もれることなく、高貴な佇まいを凛と保っている。
あの時と違って紫紺の立派なご衣裳に身を包み、麗しさに圧倒されてしまった。
その人そのものが「華」だわ…。
「ほんとうに、ほんとうに……」
お家柄を確信して言葉を失ってしまう。
するとキール様がわずかに首を傾げた。
「その顔、まるで夢で会った人物に現実で遭遇したみたいだな。教えてやるが、私はあのレントの兄だからな」
レント。
レント王子。
それが私が雨の日に出会った人の名前。
彼が早く私の家から去りたかった理由が、今ならわかる。
夜中に倒れていたのを大事にされたくなかったんだわ…だから名も教えてくれなかった。
「ところであいつ、もっと笑えないのか? 作品に残るというのに仏頂面とは」
口調のわりに楽しそうな顔でキール様が言う。
おっしゃる通り、レント様は愛想のない無表情で、側近くではキャンバスを前にした画家が懸命に手を動かしていた。
薔薇園を背景に、肖像画を描いているようだ。
「ですが、様になったお姿だと思いますわ」
「そうだろうか。私はつまらん。ということで、だ」
即座に否定したキール様はすっと右手を挙げた。
私は瞬時に嫌な予感がして、身を固くする。
「おーーーい!」
背格好にそぐわない奔放な呼びかけで、キール様は歩き寄っていく。
画家とレント様は反射的にこちらを向いた。
そして——レント様はお綺麗な顔を思いっきりしかめた…。
「お兄様が笑い方をレクチャーしに来てやったぞ」
「うるさい帰れ」
間髪入れない拒否。
ある意味、表情を豊かにすることには成功している。
もしかして、王子兄弟は喧嘩する仲……?
「帰るも何も、私の家はここだ」
「わざわざ邪魔しに来たのか、あんたも暇だな」
「何を言う。緊急の用だぞ。〈冷気の美君〉とあだ名がついたお前に、会いたがっているご令嬢が——おっとどこへ行く?」
ぎくり。回れ右をしたら見つかった。
固まっていると、背後からがっしりと腕を取られて、容赦なくずるずる引っ張られる。
ああ…、腹をくくったほうが良さそうだわ…。
強制的に対峙した男君は、元々大きな目をさらに拡大させて私を見ていた。
あ、穴が開いてしまいそう…。
私はできる精いっぱいの丁寧なお辞儀をした。
「少しお久しぶり、ですわね…」
そろそろと顔を上げる。
二度目にして、私も相手も容姿の趣は変わっていた。
「何だ? そなたたち既に顔見知りなのか。てっきり片思いをしている健気な少女かと」
「兄上には関係ない。…メアー家の令嬢なら遅かれ早かれ、顔を合わせる機会があると思っていたが…、こんな面倒なのと来るとはな」
「私も驚いております…この状況にも、貴方様のご身分にも」
「俺の前に現れたということは——見つかったのか?」
追究する冷静な眼差し。
何を、とは言わなかったけれど…、夢のことだわ。
「賭けに出た」というのは、二つの意味でだ。
一つは、「男君が王宮にいるような高貴な身分であること」。
もう一つは、「もし話さなければならなくなった時に、夢を問われてうまく返せること」。
次に会う時は、私に夢が見つかっている予定だったから。
一つ目はクリアした。今、二つ目が試されている。
で、返事だけど……、
何も浮かんでなーいっ  どうしようどうしよう!
「見つかってない」なんて言ったら、またきっと「つまらない」って言われる!
 それは嫌だ! 考えなさい私!
 
今、マキナ姫の夢を借りている状態でしょ? だから王宮にまで来られた。ええっとそれなら、「実家の様子を見たい」をもっと叶えなくっちゃ! 外観の様子はお見せできたから、あとは内面的な…、そういえばっ、キール様に質問してみようなんて考えていた……
「——じゃあ『王子様のことが…知りたい』……?」
「は?」「ん?」
「……え?」
目の前には、ぽかんと口をあける王子たち。
しかし徐々に徐々に、キール様の紅い目はらんらんと輝いていく。
これは…、これは……、とてつもなく嫌な予感…!
「わ、私…、無意識に変なことを」
「はっはっはっは! そなたやはり、恋する乙女ではないか!」
私を遮って高笑いするキール様。痛い痛い! 背中バシバシ叩かないで!
「き、キール様のことも知りたいですよ 」
咄嗟に口にして、言うべきことを間違ったと気づく。
「ほお、私のことも好きになったのか?」
「いえ……」
からかってくるお兄様から目線をずらし、恐る恐る弟様の方を見る。
すると身がすくみそうになる程、険しい顔つきをなさっていた。
「レント様、さっきのはですね…」
「まだあからさまに婚姻狙いだと明かされたほうがマシだ」
刺されそうな冷え切った声が返ってくる。
どうやら気味悪がられてしまった模様…結果的に「つまらない」に匹敵する傷を心に負ってしまった。
もういっそ——全てを打ち明けてしまいたい。
「婚姻狙いなどではなくっ…、私は…、代行で、貴方を知りたいのです……」
「代行? …誰のだ」
「マキナ姫……とか」
か細く答えたその直後、視界を黒っぽいものが横切った。
「——馬鹿馬鹿しい」
声を追って振り向くと、レント様が私に背を向けている。
黒っぽいものは、翻ったマントの裾だった。
「王宮に居座りたいなら、もっとまともな理由を持って来い」
それだけ言うと、お姿はみるみる遠くなっていく。
引き止めることは、できなかった。
そう…、だよね…幽霊が見えるなんて、言ったところで信じてはもらえない。
亡くなったお姫様の名前を出されたら、馬鹿にしていると思うのが普通だわ…。
「どうしてマキナ姫の名を?」
「……」
キール様の質問に、答えられず黙り込む。
失礼な態度だったのに、キール様は再度尋ねることはしなかった。
「もしも本当に、マキナ姫がレントを知りたがっているなら……さぞ面白いことだろう」
それからキール様は、私に帰る道のりを教えてくれる。
お背中を見送る最後まで、落ち込んでいる気色を隠せなかったのが申し訳なかった。
気づけばもう夕刻。
夕暮れの陽は、どうしてこんなにも切なくなるのかしら。
……レント様に、嫌われてしまったかな。
そもそも、認識されているのが奇跡的な方ではあるのだけれど。
私が王宮に入れただけでも、大層善戦しているのだけれど。
それでも、もう一歩先に進みたかったと思ってしまう。
そのチャンスがあったんだから——
『ステラ嬢?』
「!」
誰もいなくなった薔薇園に、白銀のお姫様が現れた。
目が合うや否や、駆け寄ってきてくれる。
「マキナ姫、急にいな」
『ねえ! ……告白でもしたの?』
「はっ  何でですか 」
いなくなって驚きました、と言わせてもらえず、とんでもないことを訊かれる。
ピンチな状況でずっと冷や汗をかいていたのが、今度は生温かいものに変わった。
『さっき、レントとすれ違ったのだけど………いいえ、陽も暮れてきたし気のせいかも…』
答えかけたのに結局はぐらかされてしまった。何だったんだろう。
「レント様を…、お見かけしたのですか?」
『ええ。兄様…あ、現国王もばっちり視界に収められたし、他にも見たかったもの色々確認できたし、ステラ嬢のおかげね。本当にありがとう』
屈託のない愛らしい笑顔を向けられる。
マキナ姫は、満足してくださっている。
だから、望みは叶えられている。
はずなのに…。
『…どうして、元気がない顔をするの?』
喜色から優しげな顔つきに変わって、マキナ姫が私の両肩に手を置く。
心配させたく、ないのにな。
「…マキナ姫」
『うん』
「私、もっと貴女を喜ばせられたはずなんです」
『…うん』
「もっと上手な方法が、あったはずなんです…」
『うん…』
王子様を前にしても、冷静で、度胸があるような自分だったなら。
至らなさが悔やまれた時——身体が前に傾く。
マキナ姫が私の首に腕を回して、抱き寄せていた。
「姫…?」
『ステラ嬢、私とっても嬉しいのよ。思わずハグしちゃうくらいには』
「でもっ、王宮に入れたのもただの偶然で、私は何も」
『違う——幽霊に親切にしてくれる貴女の優しさが、嬉しいの』
ぎゅっと腕の力が強まった。
彼女の言葉は痛んだ心さえも包み込んでくれて…、
たまらなくなった私は、抱きしめ返していた。
そうしながら、自然と胸中に湧き上がる想いがある。
——まだ、諦めたくない。
屁理屈かもしれないけれど、レント様は「来るな」とは言わなかったもの。
もう一度、王宮に来よう。
そしてもう一度、王子様と話をしよう。
幽霊嬢と彼らを繋ぐのが、私の夢だ。
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