幽霊嬢も夢を見る

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【2章】6話.幽霊嬢も帰省する

 翌日もよく晴れたお天気だった。

 私は栗毛の馬に乗って賑やかな街中を進み行く。
 王都は入り組んでいる道が多いため、身分や性別問わず馬による移動は主流なのだ。
 個人で飼うのが難しい人のために、レンタル制度も充実している。

 上流の貴族は身分の高さを示すために、自分自身だけでなく馬も派手に着飾る。
 しかしお忍びの時、あえて地味な格好をすることもあるんだとか。

 目立ち嫌いの私は当然、必要最低限の馬具しか身に着けさせない。だけど——

「マキナさん……、やっぱり、落ち着きませんわ」
『だめだめ、せっかくの初デートなんだから、形から気合入れましょっ♪』
「初デートって…」

 後ろに座る私にしか見えない幽霊嬢にこそこそと話しかけるも、流れるように押し切られてしまった。

 何に関してかって、今の私の髪型…。

 昨日の雑な束ね方とは打って変わって、丹念たんねんに梳かされ、ツインテールにされた挙句、くるくると丁寧に巻かれてしまった。…マキナさんの手で。

 さっきから両方の髪が後ろへとふわふわなびいている。
 こんな私らしくない可愛い髪型は初めてで、顔見知りに遭遇したら何を思われるだろうと落ち着かなかった。

『オシャレは人にどう見られるかじゃない、自分の気持ちを高めるものよ。それに似合ってるから自信持って』

 マキナさんは片方の毛先をそっと手に取り、私の心境を見透かしたようなことを言う。

「気持ちを高めると言われましても…、私は外で待っているだけですからね」

 そう、此度こたびの外出で私はそれほど気合を入れなくていいはず。

 なぜなら——
『早速だけどステラお嬢さん。私決めましたわ。一つ目の望みは、〈実家の様子を見たい〉にする!』

 こういう経緯で移動しているから。

 指輪の位置、つまり私の居場所で行動範囲が制限されているマキナさんは、現在のご家族の暮らしが気になってもすぐには行けない。
 そこで私がマキナさんに道を教えてもらいながらご実家の前まで向かって、そこから先はマキナさん一人で中に入り、様子を見てくるというプランだ。

 そういうわけだから、私は移動さえすれば後は大してすることがない。

『まあまあ、だからってここまで来てわざわざ解くこともないでしょ?』
「まあ…、そうですわね……」

 結局言いくるめられてしまい、私はそのまま順調に馬の歩を進めた。

 まさか「気持ちを高める」に重大な意味があるなんて、これっぽっちも気づかずに——





『——曲がったら、そのまま前進よ。そのうち我が家に到達するわ』

 ここまで他愛無い雑談をしながら目的地を目指してきた。
 だけど幽霊嬢のその台詞で、私はぱたりと馬の足を止める。

「あの…、マキナさん?」
『何かしら?』
「マキナさんのご実家は、この先ということですか?」
『うん、そういうことですよ』

 お気楽な回答が返ってくる。
 けれども、それがきっかけで私の心臓はバクバクと勢いを増し始めた。

「私の目が、おかしくなったのでしょうか。目先に…」

 ごくりと唾を吞み込み、続きを口にする。

「王城がっ、見えますわ……」

 その建物の名を声に出すと、より唇が震え始めた。

 王都…いや国全体で最も大きい建造物。メアー家からも小さくだが見ることはできる。
 それと直線上に対峙できる距離まで来てしまった。
 でも、私にはまだ遠く感じる。
 意気地なしには、縁があるはずもない場所だから…。

『それなら、正常な目をお持ちのようね』

 ところが幽霊嬢に、容赦なく現実を突きつけられる。

 私は振り返らずにはいられなかった。
「生家が王宮 」

 叫ぶと彼女は言葉の代わりに、にっこりと上品に笑う。

「そ、それって、マキナさんは王家の——」

 そこまで言って、身体中に電撃が走った。

 王家。
 マキナ。
 十五年。

 …ああ、どうしてもっと早く気づかなかったの。
 女神に似る人が、只者ただものなはずなかったんだわ——

「マキナさん、貴女は…」
『ステラ嬢、周り周り』
「へ? …あ」

 彼女の正体に迫ろうとした瞬間、促されて首を回す。

 すると視界には、私を奇異な目で見ながらすれ違う人たちが。

 …しまった、声抑えるのを忘れてた~ 

「ごめんなさいっ!」

 一言断って大急ぎで馬を走らせる。
 びゅんびゅん風を切ると、自分の頬の熱が際立って感じられた。
 恥ずかしいからか、大変なことに気づいてしまったからか…、たぶんどっちもね…。




 ——私が物心つく前にあった話。

 現王の父、すなわち先代王には、お歳を召してから生まれたお姫様がいた。
 先代王様はその子を溺愛し、愛情いっぱいに育てられたお姫様は、期待以上に容姿も心も美しく聡明に育ったという。

 そのお姫様の名前が——マキナだった。

 彼女は男女問わず魅了するも、あまりに麗しく尊い存在であったために、お近づきになろうとは容易に思えなかったんだとか。

 そんな人物が真後ろにいる……幽霊として。

 十五年前。
 美人薄命という言葉があるけれど、マキナ姫は十八歳の若さで亡くなってしまった。
 当時王都並びにその周辺地域で流行った「氷病」という病によってだ。体温が極度に低下して、肌色が悪くなる症状が由来らしい。

 その苦しい症状が一週間ほど続くが、多くは無事に回復する。
 ところがマキナ姫は、ごくわずかな悪化するケースにより、少なくとも認知された限りでは初めての死者になってしまった。後々特効薬が完成するが、間に合わなかったのだ。

 彼女の死を嘆く声は後を絶たず、活気あるはずの王都はしばらくの間、仄暗い空気が漂った。
 ひどく悲しみに暮れた先代王はまともに公務が手につかず、長男に玉座を譲り、政界を引退してしまったのだった——

 というのが、私が耳にしたマキナ姫のお話。

 高貴な方であろうことは、雰囲気や指輪の元持ち主であることから察しがついていた。

 だ、だからって…、王家の血筋を引いてるとまでは想像できないっ 




『——わあ、変わってないわね』

 心地いい高音が鼓膜に届く。
 私は記憶の海から一気に引きずり戻された。

 ぱっと顔を上げると、王宮の立派な門が眼前にまで迫っている。
「ええっ、いつの間…って、私が走らせたのか……」

 よく考えもしないで逃げた結果、目的地に近づいてしまっていた。
 …目的地なら、近づくべきではあるんだけど……。

「マキナさ…いえマキナ姫。私ここらで待っております。一日でも二日でも、ご実家でお過ごしになってください…たとえ一か月でも、命じられれば待ちますから……」
『ちょっとちょっと! 急に低姿勢すぎない  立派なご令嬢なんだからしゃんとして!』
「ひゃっ」

 ぱしん! と曲がった背中を叩かれ、バランスを崩した私はカッコ悪いことに馬から飛び降りる。

 見上げた直後、馬上のマキナ姫の指がずずいと鼻先に迫った。
『確かに私は先代王の娘のマキナ姫。だけど仰々ぎょうぎょうしく畏まるのは禁止! むしろもっと馴れ馴れしく仲良くしたいくらいなんだから。私たち、実質同年代でしょ?』
「は、はあ…」

 同年代どころか、享年十八なら同い年だわ…。
 嘘…、大人っぽいお姉さんに見えるのに……。

『今日一日で仲をぐっと深めましょ! 時間はたっぷりあるんだから』

 軽やかに馬から降りたマキナ姫は、私の手を引こうとする。
 それを私はすんでのところでかわした。

「待ってください! 私はご実家の外で待っている予定で…」
『でもこの位置じゃ、王宮を見て回ることはできないわ』
「…………あ」

 ほんとだ、ご実家が行動可能範囲を優に超える広さだわ。

 …ということは、私…、王宮の敷地に入る必要があるの…?

「ええええぇええええっ 」
『ステラ嬢、驚きすぎっ——』

 マキナ姫は口を塞ごうとした。
 私もすぐにマズいと思った。

「——おい、そこの娘」

 しかし遅かった……。

「不審な動きをしているな。どこの者で何用だ?」

 私たち——正確には私一人の前に、二人の男性が立ちはだかる。

 精悍せいかんな顔つき、携えた剣、マントを留めるブローチは蝶の左羽をかたどっていて…、それらは王宮直属の騎士であることを示していた。
 王家の象徴が、蒼い蝶なのだ。

「わっ、私は……」
『ステラ嬢、これはチャンスかもしれない。良い感じに説明して、彼らに中に入れてもらうのよ!』
「どっ」
 どうやって  …と、ギリギリ心の中で叫べた。

 お姫様、無茶ぶりがすぎます 
  私、王宮に顔パスで入れるような人間じゃありませんわ!
 姉様じゃあるまいし……

 ん?
  姉の名を出せば入れるのかも? 
 馬具に我が家の家紋が記されているから、メアー家の者だとは証明ができる。
 でも…、後から姉様にバレた時に事情を何て言えば…。
 
 …いやいやステラ・メアー。
 やっとやるべきことが与えられたのに、そんな弱気でこの先どうするのよ。
 変わりたいって、本気で思ってるんでしょ…?

 ぐっと右手を握りこむ。
 落ち着け、容姿はいつもよりは派手、それでも令嬢を疑われるなら、この指輪を見せつければいいんだわ!

「私は、ステ」
「何だ何だ、門前で堂々とナンパか?」

 ええ~、覚悟決めたのに遮られたー!

 つい渋い顔になりそうなところに、騎士たちの間から声の主がぬっと顔を覗かせる。
 すると特徴的な紅い目で見据えられて、思わず一歩下がってしまった。

 マキナ姫がラズベリーなら、この人はもう少し暗いワインカラーかしら…
 まるで品定めするような目つきで、緊張させられる。

 負けないよう自分も見つめ返した。
 レモンのようなビビッドな色の金髪が輝かしく、華麗な衣服は明らかに貴族青年の格好。
 けれども少々着崩しているせいか、左手の全ての指に高そうな指輪をはめているせいか、どうも軽薄な空気を感じ取ってしまった。

 騎士仲間、のようには見えないけど…。

『キール…』
「きーる?」

 思考が途切れたタイミングで、マキナ姫がぽつりと言った。
 反射的に繰り返してしまったわけだけど、その途端、私と同じく動揺しているようだった騎士たちの目尻がわかりやすく吊り上がる。

「無礼であるぞ!」
「王子を呼び捨てするとは何事だッ 」
「……え、おーじ?」

 おーじって…、あの王子デスカ?

「ごごごごご、誤解ですわ! 私は名前を呼んだつもりではーっ!」

 元々私に不信感を抱いていた騎士たちは、怒りを露わに詰め寄ってくる。

 助けを求めて隣のマキナ姫を見ると、『大きくなってる…』と一人感慨にふけっていた。
 そうか、現王子は彼女の甥っ子にあたるのね……じゃ、じゃあ、少しでも長く王子様と一緒にいるべき… 

「止めないかお前たち。彼女は私の知り合いだ」
「「「え」」」

 三つの声が美しく重なった。
 発したのは二人の騎士と、紛れもない私自身。

 知り合い、ですって…? 私と王子様が…⁇

「遊ぼうと呼んだのだが、王宮は初めての令嬢で待ち合わせに手こずってしまってな。でももう安心だ。あ、馬はお前たちが預かってやれ」

 誰一人ツッコむ隙なく指示すると、金髪の殿方はくるりと優雅に背を向ける。
 その間、私に目配せを送った。

「ついてこい」…と、言われている気がした。

 失礼にも軽薄そうと思ってしまったけれど、私は王子様に助けられてしまったらしい。

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