第8話　仕事のためのセックスなんて言えるわけない

　やってしまった～……。私は昨晩の古賀との行為を思い出し、大きくため息を付いた。同僚と関係を持ってしまうなんて冷静に考えてみればみるほど恥ずかしい。利用すればいいってどういうことなのよ一体……と頭を抱えていると、古賀が女性社員と話しているのが目に入った。

　古賀は彼女たちと笑顔で話している。私とはあんな風に笑って話すことはないのにと横目で眺めていたが、私だけ古賀のことを意識しているようで馬鹿らしくなった。そんなことを考えながら悶々としているといつの間にか会議の時間が近づいており、私は足早に会議室へ向かった。

　この会議は古賀と取り組んでいる新企画のデザイン案を検討するものであり、もちろん古賀も参加していた。私は気まずい気持ちを抑えながら、あの夜とは全く別の、真面目な表情で淡々と会議を進行する古賀の声を聞いていると、プロジェクトリーダーの狩野さんが私のデザイン画を見ながら笑顔で話しかけてきた。

「うん、すごく良いわ、沖村さん」
「あれからさらに修正したんですよね」

　広報担当の今村さんもウキウキで言葉を重ねる。

「前よりずっと可愛くなってますよぉ！」

　私は二人の表情を見て、修正したデザイン案がひとまず好評でよかったとほっと胸をなでおろしていると、狩野さんが話を続けた。

「実は畑違いの沖村さんに任せていいのか迷ったの。でも古賀くんの言ってたとおりだったわ」

　その時、古賀が私の方をチラっとみて狩野さんに返した。

「だから言ったじゃないですか。沖村なら絶対大丈夫だって」

　私は古賀と一瞬目が合ったが、気まずさと不信感からすぐ目を逸した。狩野さんは古賀の言葉を受けて感心したように話を続け、私に微笑みかけた。

「同期にそこまで信頼されてて羨ましいわ。あなたに任せてよかった」

　私はそう褒めてくれる狩野さんに、私と古賀との関係は信頼なのかな……。だって仕事のためにセックスしたんですよ？……なんて言えるわけないなと思いながら、どう言葉を返したら良いのかわからずに、ぎこちなく微笑み返すことしかできなかった。
会議が終わって廊下を歩いていると、古賀に声をかけられた。

「沖村、お疲れ」
「……お疲れさま」

　私は混乱した気持ちのまま絶対に今は話したくないと古賀を避けようと思い、ぶっきらぼうに言葉を返すと横を通り過ぎようとした。しかし私の手は古賀に強引に捉えられた。

「話がある」
　古賀はそう言うと、私の手を離さずに人気のない備品倉庫へ連れて行くのだった。扉を閉めると壁際へ私を追いやり、近づいてくる古賀の顔。

「ちょ……！」

　抵抗する間もなく、私の唇は古賀の唇と重なった。

「んんっ……」

　短い間重なった唇はすっと離れ、私は混乱と不信感からプイっと横を向いて不機嫌そうにしたが古賀はまっすぐ私を見つめて疑問を投げかけてきた。

「なんで俺のこと避けるわけ？」

　実際に避けていた私は動揺して言葉に詰まったが、古賀は私の言葉を待つことなくスカートの裾をたくし上げて中に手を入れてくる。

「べ、別にそんなつもりは……ちょっと、待って……！」

　仕事のためのこんな関係なんて虚しい、こうして体を触られるなら私のことを好きでいてくれる人がいいのに……なんてそんなこと今更都合が良い考えだとわかっていると思いながら、古河を静止した私の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「古賀は嫌じゃないの？好きでもない相手にこんなことするの……」

　そう私が問いかけると、古賀は手を止めてそっと私の頬と撫でた。

「嫌だったらしないだろ」

　え……？と私は硬直し古賀を凝視し、古賀は不思議そうにそんな私を見つめ返した。
結果この日は、これ以上のことは何事も起きなかったけれど、一体どういうことだろう？嫌じゃないから誰とでもできるってこと！？と、私は古賀の考えていることが全く読めないまま、時ばかりが静かに過ぎていくのだった。