今日も期間限定彼氏に脱がされています

ぴよももし

第2話 それは突然私のもとに降ってきた

 会社の近くの洋食屋に入って席につくなり、大谷さんは笑顔で褒めてくれた。

「聞いたよ、新作売れてるみたいじゃん」
「はい、おかげさまで」

 また褒めてもらえた私は上機嫌に返事をする。しかし、大谷さんは急に真顔になって質問を投げかけてきた。

「沖村はずっとジュニア担当してるけど……ランジェリーに興味はないの?」
「ないです。ジュニアインナーを手掛ける仕事がしたかったので」

 私はジュニア以外、全然興味ないんだよなぁと思いながらきっぱりと即答した。大谷さんは、あまりの返事の速さに少し驚きながら質問を続けてくる。

「即答じゃん~、で、何か理由でもあるの?」

 そう聞かれた私は小学生の時のことを思い出しながら答える。

「小学生の頃の話なんですけどね。私、ちょっと成長が早めで、かわいらしいブラつけて学校に行ってたんですよね。でも、着替えの時にクラスメイトに見られて、ブラとか早くない?なんて言われながら注目浴びてしまって……挙句の果てに気持ち悪いだなんて言われちゃって……それからは、なるべく地味で目立たない下着しか身に着けられないようになってしまったんですよね……。あの時の同級生の言葉、ずっと忘れられなくて」
「わ、それはひどいね」

 と大谷さんは少し悲しそうに私を見つめていたが、私は明るく返した。

「その時思ったんです。年頃の女の子が楽しく快適に身に着けられるような、そんな下着作りに携わりたいなぁって。で、今に至るって感じです!」

 私が話し終わると、なぜか大谷さんはため息をついた。

「そっかぁ……」
「大谷さん?」
「今、ランジェリーの新ブランド立ち上げの話が出てるの知ってるでしょ?」
「はい、話だけは……」
「沖村がランジェリーに興味があれば話だけでもと思ってたんだけど……」

 と、大谷さんは残念そうな顔をした。大谷さんの気持ちをとてもありがたく感じたけれど、私の自分の夢とこだわりを貫きたいという思いに変わりはない。

「ありがとうございます。でも私はこれからもジュニア担当を希望しているので」

 と、大谷さんの勧めにお断りをしたのだった。

 大谷さんとお昼を過ごした数日後、それは突然私のもとに降ってきた。これぞ青天の霹靂というもの……。

==========
新プロジェクトチーム発足に伴う人事通達書

沖村 夕殿

202○年△月□日付で下記プロジェクトのチームデザイナーに任命する。
==========

「……は?」

 私は顔面蒼白になって出したこともない声を発した。なんで私なの?え?何で?と、この全く予期していなかった辞令に頭が暴発しそうになっていると、視界に大谷さんが入ったので、私は駆け寄って呼び止め、詰め寄った。

「お、大谷さん!!何ですかコレ!?私興味ないって言いましたよね!?」

 大谷さんは、私の勢いに引き気味で目をまん丸くした。

「違う違う!沖村を推薦したのは私じゃないのよ」
「じゃあ、誰が――」

 そう言いかけた時、誰かが後ろに立つ気配を感じて振り向くと、そこには、古賀が立っていた。

「俺だけど」

 古賀の口から意外すぎる言葉が聞こえて、私の頭は疑問符でいっぱいになる。

「え?なんで古賀が……?」
「大谷さん、あとは俺が説明しておきます」
「ああ、うん、お願い」
「え?えええ!?」
「沖村、ちょっと来てくれ」

 状況が飲み込めずに右往左往する私を余所に、古賀は冷静に私を呼ぶのだった。
流されるままついていくと、古賀は新ブランド用の下着サンプルが並んでいる部屋に招き入れ、淡々と説明を始めた。

「新ブランドは女性層の開拓を狙ったシースルーランジェリーで、『恋人たちの夜』をテーマにした大胆なデザインを前面に出していきたい」

 古賀の説明を聞きながら、並んでいる下着を手に取ると驚くべきほどのシースルー。私の専門外であるスケスケの下着がズラリと並んでいる。私はテンションが下がり気味になってしまった。そんな私の様子にお構いなく古賀はさらに言葉を続ける。

「明後日の企画会議までにラフを数点用意してほしい」
「あ、明後日!?」

 淡々と説明をしてくる古賀の声を聞き流していたが、『明後日』というとんでもない単語が紛れ込んでおり、私は声を張り上げてしまった。私の専門外のデザインなのに明後日までとか、何言ってるのだろう……と思いながら呆然としていると、古賀は追い打ちをかけるように簡単に話を締めくくり部屋を出ていこうとする。

「ジュニアとは勝手が違うし大変だと思うけど、よろしく」

 よ、よろしく……!?って何それ?私は言うだけ言って去っていこうとする勝手な古賀に向かって必死で呼びかけた。

「待って!!どうして私のこと推薦したの」

 古賀は私をじっと見つめた。古賀の言葉を待つ私もじっと見つめ返す。

「……」
 しかし古賀は暫く私の顔を見つめると、何も言わずにパタンと扉を締めて去ってしまった。古賀に勝手に色々押し付けられて勝手に去られてしまった私は、この全体的にあり得ない展開に、ひたすらこみ上げてくる混乱の中でまた右往左往していた。

「もう、なんなの!?」

 その明後日はあっという間にやってきた。
私は専門外のデザインをいきなり会議に出せなんて無謀にも程があると思いながらも、どうにか数点仕上げて企画会議に提出した。正直自分でも自信のない、芳しくない出来栄えだった。

「うーん、もっと大胆さが欲しいのよ。肩紐はもっと細くていいし、トップの布はスケ感が足りない」

 と、この企画のプロジェクトリーダーである狩野玲奈さんは私のデザインを一掃した。

「まぁ全然エッチじゃないですよねぇ。『これから彼氏に脱がしてもらいまぁす』っていうくらい派手で過激なデザインがいいと思いますよ!」

 広報担当の今村由依さんは追い打ちをかけるように批判を重ねた。さらに批判は続く。

「『恋人たちの夜』がこの商品のテーマなんだから、もっといやらしさを全開にしたデザインにしないとインパクト弱いですよ?」

 批判を受けながら、小学生の時にブラをいやらしいと言われたことが脳裏をよぎる。私は完膚なきまでに指摘を受け続け、唯一、発することができた言葉は「はい…」の一言。その他に返す言葉が見つからず呆然と立ち尽くした。

 その夜、自宅で新たなデザインを起こすためにスケスケの薄いショーツをあらゆる角度から眺めてみると、大事なところは全然隠せない仕様なんだなと改めて実感する。
いや、隠せないのではなくて、隠さないデザインが正解なのだろう。隠さないデザイン――今までの私のデザイン理論に反するこのルールを、私はとても窮屈に感じた。

(布面積が多くてもセクシーさは表現できるはず……)

 自分のこだわりを捨てずにどうにか求められているデザインに落とし込もうとペンを走らせ、再提出日を迎えた。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品