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汚名を着せられ婚約破棄された伯爵令嬢は、結婚に理想は抱かない

花宵

第三十七話 立派な侯爵夫人になるための予行練習だったのですよね?

 アシュリー侯爵邸のエントランスにて。
 朝食を終え、出発の準備を終えたフォルティアナはハーネルドに挨拶をしていた。

「ハーネルド様、泊めていただきありがとうございました」
「気にする必要はない。その……用意した部屋に、不都合はなかったか?」

 フォルティアナにあてがわれたのは、三階の東館にある絢爛豪華な部屋だった。

 足を踏み入れるのも憚られるほど立派な部屋を前に、『私のためにこんな素敵な部屋を……!』と勘違いしそうになる思考を一喝し、これはきっと『立派な侯爵夫人となるための予行練習』なのだと気を引き締めさせられた。

 敷かれたカーペットを汚さないよう、置かれた高級家具を傷付けないよう、品位を損なわない行動をと、頭のてっぺんから足の指先まで細心の注意を払いながら利用していた。

 そんな緊張感に包まれていたせいか、正直あまり休めた気がしなかったとは口が裂けても言えない。

「は、はい! とても素敵なお部屋をありがとうございました」

 フォルティアナの言葉に、ハーネルドは安心したかのようにほっと安堵のため息を漏らした。

「その……将来お前の自室にしようと思っている部屋だ」

 フォルティアナのために新たに改装し、王都で人気の一流品の家具で統一して準備した部屋だった。気に入ってもらえたと勘違いして内心喜ぶハーネルドの胸中など露しらず、フォルティアナは笑顔を取り繕うので必死だった。

(あの豪華なお部屋が、将来の私の部屋!?)

「あ、ありがとうございます……」

 一時も気の休まらない緊張の連続である空間に、常に身を寄せねばならない。結婚とはやはり、忍耐なのね……と落ち込むフォルティアナとは対照的に、ハーネルドは満足気に口元を緩めていた。

 ちょうどエレベーターから降りてきたクリストファーは目の前の対照的な二人の表情を見て、なんかまたすれ違ってそうだなーと思いつつ声をかけた。

「待たせてごめんね」
「いえ、私も今来たところですから」

 フォルティアナの目の下にうっすらとしたクマを見つけたクリストファーは、心配そうに顔を覗き込む。

「ティア、もしかしてあまり眠れてない?」
「あ、その……」

 誤魔化すように俯いたフォルティアナに、「移動中に休むといいよ」とクリストファーは優しく声をかけた。

「お気遣いいただきありがとうございます」

 二人の会話を聞いて、ハーネルドが血相を変えた。

「寝心地がよくなかったか?! それなら寝具を一新させよう。ルーカス!」

 侍従を呼ぶハーネルドに、フォルティアナは慌てて待ったをかける。

「ち、違います、ハーネルド様! その必要はございません!」
「それなら部屋の配色が悪かったか!? 照明が眩しすぎたのか!?」
「ご用意していただいた部屋はとても素敵で何の落ち度もありません! 全ては私の不徳の致すところですので……」
「ならどうして!」
「あの素敵なお部屋は、『立派な侯爵夫人となるための予行練習』としてご用意いただいたのですよね?」
「…………は?」

 意味が分からず、ハーネルドから思わず漏れた言葉だった。

 何をどうしたらそんな勘違いさせてしまうような関係になるんだろうか……クリストファーは、横目でハーネルドを思わずジーッと見ていた。

「以前泊めていただいた時も、仰ってましたよね。『品位を損なうような行動は慎め』と。大丈夫です、きちんとわきまえておりますから……!」

 婚約してまもない頃、一度だけ父と一緒にアシュリー侯爵邸に泊まった事がある。カーネルに招待され、アシュリー侯爵家が主催する新製品の試作会に参加した時のことだ。

 見たこともない機械仕掛けの新製品や、生活雑貨などの新商品を見学出来たのは楽しかった。しかし周囲は大人ばかりで気疲れし、長時間ヒールの高い靴を履きつづけて足も限界にきていた。

 侯爵邸にたどり着き、やっと休めると油断していたフォルティアナは、馬車を降りる時に誤って足を滑らせてしまった。

 エスコートしてくれていたハーネルドが咄嗟に抱き止めてくれて、幸い大事には至らなかった。謝りながら慌てて顔を上げると、頬を真っ赤に染めたハーネルドに『ひ、品位を損なうような行動は慎め!』と怒られた。

――トントントン

 耳に届く何かを軽く叩くような音。それは腕組みをしながらこちらを眺めるカーネルが、右手の人差し指で左腕を叩いていた音だった。

 苛立ちを示すその仕草に、今の行動で減点されてしまったとフォルティアナは瞬時に悟った。婚約を交わしていても、次期侯爵夫人に相応しくない行動をし続ければ破棄される可能性がある。

 折角よい契約が結べて、領民も新たな事業に前向きに取り組んでいる。自身の失態でそれを反故(ほご)にする事などあってはならないと、当時のフォルティアナは常に自身を奮い立たせていた。

「あ、あの時は……っ!」

 当時の事を思い出したのか、ハーネルドは口元に手をやり恥ずかしさを誤魔化すように目を泳がせている。

 抱き止めたフォルティアナの体があまりも華奢なのに柔らかく、ふわっと香る花のように甘い香り。潤んだ瞳でこちらを見上げるその顔があまりも愛らしく、耳に届く鈴を転がしたような心地のよい声。思わぬ形でフォルティアナを至近距離で体感したハーネルドの鼓動は当時、破裂しそうだった。

「今はそのような事、気にする必要はない!」
「ですが……」
「今は俺が侯爵でこの邸の主だ。お前がここで何をしようが、咎めるつもりは一切ない! むしろ自分の家だと思って、気楽に過ごしてくれ」

(確かにハーネルド様はいつも、ブラウンシュヴァイク邸では我が家の如く寛いでおられるわね……)

 流石にそこまでは出来そうにないが……

「が、頑張って努めます!」

 どうして伝わらないんだ……と絶望するハーネルドに、クリストファーが声をかけた。

「羨ましいな、ネル。君の隣に相応しくなりたいって、こんなにも努力してくれる素敵な婚約者が居てくれて」
「…………嫌味か?」
「心外だな、羨ましいだけなのにー? でも僕だったら、そんな勘違いさせないように最初から大切にするけどね」
「やっぱり嫌味じゃねーか!」
「ふふっ、猶予は残り二ヶ月だよ」

 悪魔の囁きをシャットアウトしつつ、ハーネルドはフォルティアナにとあるものを差し出した。

「これ、よかったらじゃじゃ馬達の土産に……」

 フォルティアナにあげた鳥の機械人形の他に、ハーネルドは面白い仕掛けのある玩具を妹達用に用意していた。

「いただいてもよろしいのですか?」
「ああ。お前にだけ珍しい物をやると、あいつら羨ましがって壊すだろう……」

 悪気があって壊したわけではないが、事実であるため否定は出来ない。

「トリーとシルヴィもきっと喜ぶと思います! ハーネルド様、色々ありがとうございました」
「気をつけて帰れよ。ま、また近いうちに顔を出す」
「はい、お待ちしております」

 名残惜しそうにフォルティアナから視線を外したハーネルドは振り返ってクリストファーに声をかける。

「クリス、外に最新式の蒸気自動車を用意してるから、自由に使ってくれ。運転手兼整備士も付けてる」
「助かるよ。ありがとう、ネル」
「お手並み拝見させてもらおうか」
「猫の手が借りたくなったら呼ぶね」
「俺は猫じゃねぇ!」
「確かに、狼って犬科だったね」
「俺は犬でもねぇ!」

 アシュリー侯爵邸を後にして、フォルティアナ達はブラウンシュヴァイク邸を目指した。





 王都にあるブロッサム公爵邸にて。
 湯気を放つ紅茶に角砂糖を三つ落とし、ティースプーンでかき混ぜながらリリアンヌが呟いた。

「はぁ、社交シーズン終わったら暇ねぇ」

 五月下旬ともなれば、それぞれの領地へ帰り支度を始める貴族が多い。

 田舎に帰るなんて嫌よと、ブロッサム公爵令嬢のリリアンヌは社交シーズンを終えても王都に残ることが多かった。

「リリアンヌ様、旦那様より釣書を預かってきているのですが……」
「そんなものいらなーい。貧乏貴族に嫁入りなんてごめんだわ」
「ですがリリアンヌ様はもう十八歳。そろそろ身を固めませんと……」

 外国の貴族からも取り寄せておりますからと、執事長は何とかリリアンヌの興味を引こうとするも、「要らないって言ってるでしょ!」とリリアンヌはそれを振り払った。

「私はハーネルド様のような高身長で財力のあるイケメンがいいの!」
「アシュリー侯爵にはもう何度も断られているではありませんか。少しは現実をみませんと……」

 床に散らばった釣書を拾い集めながら、壮年の執事長は苦言を呈する。

「見る目のない邪魔者は排除したもの。後は求婚されるのを待つだけよ」
「快気祝いパーティーの同伴は断られたではありませんか。いつまでも夢を見るのはやめてもっと現実を……」
「あんな片田舎の女に、私が負けるとでも思っているの!?」

 家柄のみで他はむしろ勝てる要素はゼロではないか……と喉元まで出かかった言葉を、執事長は懸命に飲み込んだ。

「ミレーユ姉様もあの女もムカつくのよ。そうだわ、二人まとめて始末しちゃいましょう!」
「これ以上はどうか、お止めください! カイゼル王国を敵に回してしまえば、最初に潰されるのはブロッサム公爵領なのですぞ!」
「なーに、不慮の事故よ。私のせいじゃないわ」

 お母様にまた毒の手配をしてもらわなきゃ! と、リリアンヌは意気揚々と席を立つ。部屋を出る間際、「ああ、そうそう」と何かを思い出したかのようにリリアンヌが振り返った。

「エドモンド。いくらあなたがお父様の腹心と言えど、出過ぎた真似は身を滅ぼすわよ。身の程をわきまえなさい」

 悪魔の子だ……旦那様は何故こんな悪魔の親子を邸に招き入れてしまわれたのかと、永年ブロッサム公爵家に仕えてきた執事長エドモンドは苦渋を滲ませていた。

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