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汚名を着せられ婚約破棄された伯爵令嬢は、結婚に理想は抱かない

花宵

第三十三話 私の言葉を覚えていてくださったのですね!

「ティア、開けてみてくれ」

 箱を開けると鳥の形をした機械の人形とリモコンが入っていた。

「ハーネルド様、もしかしてこれは……」
「昔、言っていただろう? いつか鳥のように空を飛ぶものを見てみたいと」
「私の言葉を、覚えていてくださったのですか?」
「片時も忘れたことなどない」

 照れたようにハーネルドが視線を逸らす。何故かその言葉に、胸が一瞬苦しくなった。

「ありがとうございます……!」





 約七年前。学園の長期休暇を利用して、ハーネルドはよくブラウンシュヴァイク領を訪れていた。

「面白いものを見せてやる」と、試作品を作っては見せてくれた。

 最初はねじを回すと前に進むゼンマイ仕掛けの四輪車。機械工学を一通り学んだハーネルドが、初めて自分で作ったのがその玩具だった。

「すごいです、ハーネルド様」

 フォルティアナが褒める傍らで、妹達が「楽しい!」とネジを巻きすぎた結果、バキッと嫌な音がした時は、本当に肝が冷えた。

「ティアねーさま、うごかなくなっちゃった」
「これもまきまきできないの」

 折れたネジと壊れた四輪車を持つ妹達、カトリーナとシルヴィアナを見て顔面蒼白になるハーネルドに、フォルティアナは慌てて謝った。

「誠に申し訳ありません! トリーもシルヴィも珍しいものに興奮してしまい、決して悪気はないのです」

 どんな罵詈雑言が飛んでくるかと身構えたけど、幼い妹達にハーネルドが声を荒げる事はなかった。

「いや、いい。今度はもっと、頑丈なものを作ろう……」

 次の長期休暇でハーネルドが持ってきたのは、後ろに引いて手を放すと前に進む四輪車だった。

「どうだ、これならそう簡単には壊れんぞ」

 改良された四輪車は、後ろに引く事で内部でゼンマイが巻かれてエネルギーを蓄え、手を放す事で元に戻ろうとする力で前に進む。

「スピードも走る距離も格段に良くなりましたね」
「ああ、これならネジを折られる事もない。今度こそ……」

 妹達が楽しそうに四輪車で遊ぶ様子を眺めていたハーネルドの顔色が、途端に変わる。

「ま、待て! 部屋を出ると……」
「いっけー!」
「ゴーゴー!」

 お転婆な妹達が夢中になり部屋から廊下へと移動した結果、ハーネルドの作った四輪車は華麗に階段から宙を舞い落下した。

「ま、誠に申し訳ありません! 面白くて熱中しすぎてしまったようで、決して悪気はないんです」

 流石に階段から落ちる事など想定していなかった四輪車は、見事に壊れてしまった。

 欠片を拾い集めながら様子を窺うと、ハーネルドは「ハハハ!」と何故か壊れた欠片を手に笑い出す。

「あらゆる負荷に耐えれてこそ、実用化出来るというものだ。また作り直してくる」

 もの作りに関してだけは、ハーネルドは一切の嫌味も文句も言わなかった。

(作るのが、本当に好きなのね……)

 さらに改良を重ね、翌年にはそれが有線で繋がった装置を操作して前後に動く四輪車に進化していた。

「稼働範囲は決められているが、操作して制御が出来る。これなら……」

 リモコンを操作して、四輪車の行き先を操縦出来るようになっていた。

「ティアねーさま、これすごい!」
「みてみて、じゆうにうごかせるの!」

 楽しそうにはしゃぐ妹達を見て、ハーネルドは心なしか嬉しそうだった。

 三女シルヴィアナが操作して、次女カトリーナの回りをグルグルと走らせる。

「シルヴィ、あまりそうすると……」

 嫌な予感がして声をかけるも、時既に遅し。コードがカトリーナの足に巻き付き、バランスを崩したカトリーナの体が傾く。

「わわっ!」
「トリー!」

 手を伸ばすけど間に合わない。

「危ない! 怪我はないか?」

 倒れる寸前に、ハーネルドがカトリーナを何とか抱きとめた。

「あ、りがとう……」

 お礼を述べるカトリーナの耳が赤く染まっていた。

「ごめんなさい、トリーねーさま。けがしてない? だいじょーぶ?」
「大丈夫だよ、シルヴィ」

――ブチッ

 カトリーナが立ち上がった瞬間聞こえたのは、四輪車とリモコンを繋ぐコードが切れた音だった。

「あ……」

 その場にいた皆の声が重なった。

「ま、誠に申し訳ありません!」
「いや、いい。やはり有線だと不便だな。折角制御出来るようになっても、範囲が狭すぎる」

 どうしたものかと顎に手を当て考え込むハーネルドに、フォルティアナが声をかける。

「ハーネルド様、この四輪車はどういう仕組みで動いているのでしょうか?」
「このリモコンで出した命令を、電気を通して四輪車に伝えて動かしている」

 四輪車は軽く、逆に動力源を積んだリモコンは重みがあった。

「だから線が必要なのですね」

(王都の邸にある電話のように、電線を巡らせて情報を伝えているのね。それならば……)

「この四輪車にも動力源を積んで、業務用無線機のように電波を飛ばすことは出来ないのでしょうか?」

 昔父に無線機の仕組みを聞いたことのあるフォルティアナが、何気無く放った一言だった。

 地中線の張られた王都のようにインフラ設備の整っていないブラウンシュヴァイク領での連絡手段と言えば、手紙が主流だ。

 しかし病院や学園など重要な施設には業務用無線機が置いてある。火急の連絡は伯爵の執務室に置いてある無線機に連絡が来る。

(遠距離の場合は中継器が必要だとお父様は仰っていたけど、近距離なら無くても良いはずだわ)

「無線機……電波……なるほど、その手があったか!」
「可能なのでしょうか?」
「やってみる価値は大いにある! 大幅な改良は必要になるが、上手く行けば無線で操作出来るようになるはずだ」
「もし無線で遠隔操作が出来るようになれば、いつか鳥のように空を飛ばせる事も出来るかもしれませんね」

 そう言ってフォルティアナは窓の外に視線を移す。仲良さそうに、二羽の鳥が戯れながら木の枝を飛びさった。

「ティア、空を飛ぶものが見たいのか?」
「あ、いえ、あくまでも可能性があるのかなと思っただけで! 鳥のように空を飛べたらそれこそ、遠くへ旅行するのもきっと便利だろうなと思っただけです」
「人を乗せて空を飛ぶ乗り物か……確かにそれは、そそられるな!」

 前髪をかきあげながら「フハハ」と高笑いするハーネルドは、まるで魔王のようだった。そんなハーネルドを見て、この人なら本当に作ってしまうのかもしれないと朧気に思っていた。





 試運転のために外に移動しながら、フォルティアナは昔の事を思い出していた。

「ここならいいだろう。ライトアップも申し分ない。クリス、鳥を持っててくれるか? ティアに操作の仕方を教える」
「任せて」

 受け取った鳥の機械人形をクリストファーは興味深そうに観察していた。

「操作の仕方は簡単だ。このボタンで翼を羽ばたかせ、上のレバーを上昇させたい高度で固定する。左のスティックを傾けると方向転換が可能だ」
「分かりました」
「クリス、なるべく高い位置に鳥を掲げてくれ」
「これでいいかな?」

 クリストファーが鳥の機械人形を乗せた右手を高く掲げる。

「ああ、ばっちりだ。ティア、やってみてくれ」
「はい!」

 言われた通りに無難な高さで高度を固定して、ボタンを押した。鳥の機械人形がクリストファーの手の上で翼をはためかせる。

「今だクリス、鳥から手を離してくれ」
「おっけー」

 クリストファーが手を下に引くと、鳥の機械人形は風にのって空を飛んだ。大きく円を描きながら、徐々に高度を上げていく。

「すごいです! 本当に鳥のように空を飛んでます!」

 特殊な塗料でコーティングされた鳥の機械人形は、夜空を舞いながら星よりも眩しくキラキラと赤く輝いていた。

「まるでおとぎ話に出てくるフェニックスみたいだね」
「見た目にもこだわり、夜間に発光する特殊塗料を使っているからな」

 その時、上空で強い風が吹いてフォルティアナの顔が青ざめる。

「ハーネルド様、風の影響で操作が……」

 このままでは折角作ってくれたこの鳥の機械人形まで壊れてしまう。最悪の未来が脳裏をよぎる。

「ティア、リモコンをこちらへ」
「はい!」

 渡したリモコンを操作してハーネルドが何とか軌道修正を試みるが、操作が効かないようだ。

「くっ! 風が強いな」
「ネル、ゆっくり高度を下げながらそのまま風に乗って南に進んで。僕が合図したら、左に旋回させて」
「分かった」

 庭園の端に植えられた木の揺れ具合をクリストファーは観察する。

「ネル、今だ」
「ああ!」

 木の揺れが弱まったタイミングを見て、クリストファーが合図を出した。

「僕が受け止めるから、そのままゆっくり旋回させながら下降させて」
「まかせろ!」

 指示通りハーネルドはそのまま少しずつ下降させ、降りてきた鳥の機械人形をクリストファーがキャッチした。

(すごい、息がピッタリだったわ……!)

 二人の見事なファインプレーで鳥の機械人形は壊れずに済んだ。

「無事で本当によかった」
「ナイスアシストだったぞ」

 ほっと胸を撫で下ろすクリストファーに、ハーネルドが笑顔で声をかける。

「この子は君達の夢の結晶でしょ? 壊れたら可哀想だし……」
「まぁ、壊れたら壊れたでもっと良いものを作るだけだ」
「あれ、じゃあ壊れた方がよかったってこと?」
「そ、そういう意味ではない!」
「ふふっ、冗談だよ」

 慌てるハーネルドを見て、クリストファーかクスクスと笑った。

「恩に着る」
「どういたしまして」

 そう言って口角の端を上げるハーネルドとクリストファーには、強い信頼関係が見てとれた。

(お二人が手を組めば、何でも叶えてしまえそうね)

「ほら、ご主人様の元へお帰り」

 鳥の機械人形に話しかけて、クリストファーがこちらに渡してくれた。

「お二人とも、ありがとうございます」

 はにかみながら大切そうに鳥の機械人形を胸に抱くフォルティアナを見て、ハーネルドとクリストファーは思わず頬を紅潮させる。

「クリス、負けないからな」
「勿論、望むところだよ」

 この笑顔をこれからも守っていきたい。願わくば、それは自身の手で――ハーネルドとクリストファーの思いは重なっていた。

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