汚名を着せられ婚約破棄された伯爵令嬢は、結婚に理想は抱かない【コミカライズ】

花宵

第二十八話 慎重派の伯爵は、思考を巡らせて今日も憂鬱に苛まれる(Side レオナルド)

(どうしてこんな事に……)

 一足先に妻のオリヴィアと共に領地に戻ったグランデ伯レオナルドは思わず大きなため息を吐いた。
 元はと言えばフォルティアナが五歳の頃、手入れをしようと家宝であるブルーサファイアの首飾りを不用意に目の付く場所に置いたまま席を離れた自分の落ち度だ。
 その際、素質のあったフォルティアナがそれに触れてしまったばかりに、力に目覚めてしまったのだろう。
 聖者の導き手としての力に目覚めてしまったフォルティアナには、生涯娘を大事にしてくれる結婚相手を見つけてあげようと思っていた。身分問わず探すつもりだったが故に、フォルティアナには最高峰の教育を施してきた。女性が爵位を継ぐには、最難関の爵位継承資格試験に合格しなければならないからだ。いざという時は家督を娘に譲り、婿として相手を迎え入れようと思っていたのだ。外に出しても、後を継がせても申し分ないよう育ててきた。

 美しい容姿に、優れた頭脳、気立てもよくて優しき心を持つ、まさに出来すぎた娘だった。それが仇になるなど、レオナルドは思いもしなかった。
 アシュリー侯爵に目をつけられ、その子息のハーネルドのありあまる態度が、フォルティアナから理想を、夢を抱く心を奪っていった。リアリストになった娘の姿は、親の目から見ても不憫でならなかった。

 「婚約を破棄させてもらう!」とアシュリー侯爵が乗り込んで来た時は、嬉しくて涙が出そうだった。これで、娘に幸せな結婚をさせてあげられると思っていた。しかし不名誉な汚名が広がり、社交界では好奇の目に晒されるようになってしまった。
 それでも、そんな噂に惑わされず娘の良さを分かってくれる男が現れるかもしれない。期待をして、レオナルドはフォルティアナに社交界シーズンを終える度にこう聞き続けた。

「誰か良い人は見つかったか?」

 それがフォルティアナを追い詰めている言葉だと、この時のレオナルドは気付いていなかった。
 レオナルド的には身分問わず誰でもオープンだった。ただし、本当に娘を愛し幸せに出来る相手ならば。向こうからは言いにくいだろうと、気を利かせてそう問いかけていたのだ。
 しかしフォルティアナからしてみれば、婚約が破棄されて苦境に立たされたグランデ領に父が心をひどく痛めていると思っていた。
 領地のためになる相手を探そうとするも、社交界では相手にされず落ち込む日々だった。その事がフォルティアナに、さらに結婚に対する理想を抱かせなくなっていった。

 そこへ散々娘を虐めてきたあの高飛車坊主が再婚約を申し込んできた。笑顔でその話を受けたいとフォルティアナに言われた時、レオナルドは気付いた。今まで善意で聞いていたあの言葉が、フォルティアナをそこまで追い詰めてしまっていたのかと。領地の事は気にしなくていいと何度言っても、フォルティアナは決して首を縦に振らなかった。

 不憫でならなかった。聖女の血を引く娘たちを守るためにと、グランデ領は他領との取引や交流を最低限に控えている。先祖から代々引き継がれ、それに従い閉鎖的な統治を行っていった結果、その風習に合わない若者は栄えた近隣の領地に出て行くようになってしまった。

 特に最近はアシュリー領の行っている産業改革により、都会と田舎の差が浮き彫りになっていった。その結果、レオナルドの代になって農村部の過疎化がより深刻化していたのだ。

 改革の時かもしれない。フォルティアナに不憫な思いをさせないためにも、古臭い習わしを変えねばならない。
 そう思っていた矢先に、快気祝いのパーティーで、楽しそうに踊るフォルティアナとクリストファーのダンスを見せつけられた。
 全く接点のない二人が一体何処で……杞憂であってくれ。そう思う父の心とは裏腹に、仲睦まじく踊る二人の姿と、それまでの娘の行動を照らし合わせてレオナルドは悟った。力を使っていたなと。

(よりにもよって、王子とは……)

 彼が王子でなかったなら、レオナルドは喜んでフォルティアナを差し出しただろう。父の目からしても、共に踊る娘はとても幸せそうに見えた。
 しかし、王子はダメだ。王子は絶対にダメだ。彼らが身に着けているブルーサファイアの装身具は間違いなく、フォルティアナの力に共鳴する。これ以上、力に目覚めさせてはダメだ。絶対に。
 それに加えて、レオナルドはあまり王家をよく思っていなかった。守るために汚名を着せて滅ぼした。その冤罪を解く機会は今まで何度もあったはずだ。それなのに、それをしてこなかった。

 ブルーサファイアの装飾品は、聖者の導き手としての力を強めるためのものだ。
 そんなご先祖様の大事な家宝であるブルーサファイアを呪われた宝石などと偽って、民にそれを信じ込ませている。魔女の怒りを一身に受けて民を守るためだと、自分たちの威信を上げながら。
 聖者の導き手の力に目覚めさせないための処置なのだろうが、もっと他にやりようがなかったのかとレオナルドは憤りを感じていた。
 隠そうとするからいけないのだと。時代は移り変わり、医療技術も進歩した。聖女の存在が公に認められていれば、多くの人の命を救う事にもつながるはずだ。
 グランデ家に生まれた娘達は皆、肩身の狭い思いをして一生を過ごしてきた。冤罪を解いてさえくれれば、娘達にそんな不自由な生活をさせずにすむのにと。

 もし王家にフォルティアナを嫁がせてその力が露見してしまった場合、王家は何を優先するのか。娘の命か、民の信頼か。考えるまでもない。再び悪だと罵って、娘を切り捨てるだろう。国家とはそういうものだ。

 王家に嫁げば命の危険に晒される。それならばまだ、高飛車坊主の元へ嫁いだ方がマシだと流れる思考にレオナルドは頭を振った。あくまでもそれは最終手段だと。
 心から娘を愛し大事にしてくれる男なら、身分も問わない。フォルティアナに家督を譲り、婿に入れてもいいのだ。そのために、一流の教育を施してきた。今のフォルティアナの頭脳があれば、余裕で最難関の爵位継承資格はとれるはずだ。そう考えるレオナルドに対し――

「絶対にクリストファー様の所へ嫁いだ方が、ティアは幸せよ」

 妻オリヴィアはそう言って譲らない。元は男爵令嬢出身の彼女は教養やマナーを娘たちに厳しく指導してきた。それは、オリヴィア自身もグランデ地方出身であり、田舎領主の娘と王都で散々田舎者扱いされて育ってきた境遇が少なからず影響している。
 娘たちにそんな思いをさせないよう、しっかりと教育を施してくれた点は感謝している。
 ただ信仰心の強いオリヴィアは、イシュメリダ神の加護を受ける王家に強い憧れを抱いている。
 第二王子クリストファーと踊るフォルティアナの姿を見て、感極まって泣いていた程だ。療養の話をされた際は、何とか断ろうとするレオナルドを遮り、「喜んでお受け致します!」と勝手に話を進めてしまった。
 イシュメリダ神の加護と、聖者の導き手の力を持つ子が生まれれば、その子は間違いなく神に一番近い存在となる。その存在が民衆に受け入れられれば、魔女と罵られ着せられた汚名を晴らす事にも繋がるはずだとオリヴィアは言う。

 王家がその力を公にすれば、確かに冤罪も晴れるかもしれない。しかし、本当にそれをするのか?
 最悪女児が生まれたら、隠して一生城に幽閉などという事もありえる。

 レオナルドの記憶の中で、第二王子のクリストファーは人当たりが柔らかく誰に対しても誠実に対応する好青年であった。
 催事の際は第一王子ライオネルを立てるために、一歩後ろに引いて会場を見守り、もめ事が起きそうな所へすかさず足を運び大事にならないようその場を鎮めていた。
 優れた先見の明を持ち合わせ穏便に対処していたその姿は、ただ優しいだけの好青年ではないとレオナルドは思っていた。その表情や言葉遣い、述べる言葉があまりにも完璧すぎて、違和感を感じていたのだ。全てを見透かし人心を掌握し、自身の掌の上で自分より一回りも離れた大人達を柔らかな笑みを浮かべて転がす第二王子クリストファーの姿は、時に飄々とした狐のような強かさを持っているように見えた。
 もしあの笑顔が全て偽りだったとしら。彼が何を狙ってフォルティアナを手に入れようと思っているのか、レオナルドには掴めなかった。だからこそ余計に怖いのだ。

 療養の話を受けレオナルドが思考をめぐらせている間、やたらとフォルティアナとクリストファーの仲を深めさせたいと画策している第一王子ライオネルと妻オリヴィアが、勝手に話を進めてくれた結果、今更ノーとは言えない状態にまで話は煮詰まっており、結局その場で受け入れるしかなくなっていた。
 レオナルドは慎重な男だった。考えて考えて言葉を発するため、気付いた時には話が次の話題になっているなんてこともよくあった。そんな自分のふがいなさに、レオナルドはそっとため息をこぼすしかなかった。

(不甲斐ない父ですまない、娘達よ……)

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