汚名を着せられ婚約破棄された伯爵令嬢は、結婚に理想は抱かない

花宵

第二十七話 しっかりと、勉強させて頂きます

 古代の美術品が飾られた四つ目のフロアに来たとき、フォルティアナはとある骨董品に目を奪われていた。ショーケースの中に入ったそれは、五芒星の描かれた台座におかれていた。

『呪われた魔女の首飾り』

 約五百年前に滅ぼされた、悪しき魔女が肌身離さず身につけていたと言われている首飾りと、解説には書かれている。

(この首飾り……よく似ているわ……)

 フォルティアナはその首飾りに既視感を覚えていた。幼い頃、父の書斎で見たものによく似ていたのだ。中心で青く輝く宝石がとても綺麗だったのをよく覚えている。
 あの時、血相を変えた父がひどく慌てた様子で「その首飾りに触れてはいけない!」と、フォルティアナからそれをとりあげた。普段穏やかな父が初めて声を荒げた事に、フォルティアナはひどく驚いた。それ故、鮮明に記憶に残っている。

「ティア、あまり近寄らない方がいい。何でも、あれに触れた者は呪われるといういわく付きだ」
「ハーネルド様。その話、詳しく教えてもらえませんか?」
「あの首飾りは約五百年前、人々を謀り滅ぼされた魔女が所持していた装飾品だ。当時、貴重なブルーサファイアを用いて作られたこの首飾りは、コレクターの間では大変価値のある装飾品の一つだった。これを手に入れたいがために多くの資産家が大金を叩いて買ったそうだ。その後、それを加工して身につけた者が次々と不慮の事故に遭い命を落とした。迫害され滅ぼされた魔女の一族の怨念が、あのブルーサファイアに籠もっている。魔女の呪いだと人々は恐れて、それを手放した。当時の装飾品で現世に残っているのは、厳重に保管されているこの首飾りだけだといわれている」
「ブルーサファイアを用いた装飾品は、これ以外に存在しないのですか?」
「他国の者ならともかく、オルレンシア王国内で所持しようなどという者はまず居ないだろうな。深い青みが魔女の涙を表したかのようなブルーサファイアは、この国では禁忌の宝石として言い伝えられていて縁起が悪いからな。持っているとすれば、王族の男児ぐらいだろう。生まれた時に必ず一つ、ブルーサファイアの装身具を持たされると、クリスが言っていたからな」
「呪われたり、しないのですか?」
「王族にはイシュメリダ神の加護があるからな。魔女の怒りをその身に受け国民を守るため、肌身離さず持つよう言われているそうだ」
「そんな……クリストファー様は大丈夫なのですか?」
「本人曰く、『みんな迷信にこだわりすぎー』だそうだ。それにアイツは存外、ブルーサファイアを気に入っているからな」

 オカルト系の類いが苦手だとバレた日に、『メンタル教化訓練だよー』と、試しにそのブルーサファイアのブレスレットをはめてごらんと渡された悪夢の出来事を、ハーネルドは思い出していた。
 ブルーサファイアに触れて、その後三日間くらいハーネルドは度重なる不運に苛まれていた。

『こんなに綺麗なのに、呪いだなんて失礼だよね』

 そんなハーネルドの傍らで、クリストファーは涼しい顔をして、ブルーサファイアのはめ込まれたブレスレットを綺麗に磨いていた。
 こちらは一度触れただけで三日も不運に苛まれたというのに……それがメンタルの強さの違いなのか、イシュメリダ神の加護の違いなのか考えて、ハーネルドは絶対に後者だと信じて疑わなかった。男たるもの自身のメンタルが弱いとは、素直に認めたくないのだ。無理もない。

「ハーネルド様、顔色が……」
「だ、大丈夫だ。とにかく普通の人間が触れれば大変な事になるが、イシュメリダ神の加護を色濃く受けた王族のアイツなら大丈夫だ」
「それなら良いのですが……」

 王族との違いをありありと実感させられつつも、どうして父がブルーサファイアの首飾りを持っていたのか、フォルティアナは疑問に思っていた。確かにあれは綺麗な青い宝石ブルーサファイアだった。

(領地に戻ったら、お父様に確認しよう)

 もし今もまだ所持していたら、父に不幸が降りかかるかもしれない。それだけは何としても阻止したいとフォルティアナは思っていた。

***

 ルーブレイク美術館を出る頃には、外はすっかり茜色の空になっていた。ハーネルドにエスコートされて、蒸気自動車に乗り込む。馬車での移動が当たり前のフォルティアナにとって、この乗り物は未だに少し慣れなかった。
 蒸気自動車は、ボイラーで燃料を燃やして水を熱して蒸気を作る。そのため機械音が大きく、排出するガスも多い。動力機関を積んでいるため、機体自体も馬車に比べて大きい。そして常に火と水を使い続けながら走るため、操縦やメンテナンスにも技術が必要で、維持するのにも相当なお金がかかる。まさしく裕福な貴族しか持ちえない高級な乗り物だった。

「音が気になるか?」
「いえ、そんな事は……」

 窓から外の景色を眺めていたフォルティアナは、排気ガスにより咳込んでいる人々の姿が目に入っていた。それに気づいたハーネルドは改めて蒸気自動車の欠点を痛感していた。

「蒸気を動力にするには、やはり限度があるな。環境汚染の問題もあるし、今は電気自動車の開発に力を入れている。実用化できるようになれば、扱いも簡単になるし、今ほど音や排出ガスも気にならなくなるだろう」
「電気、ですか?」
「ああ。昔見せた、電気で動く小型の自動車の玩具を覚えているか?」
「はい。あのリモコンで動く玩具ですよね」
「それの大型版を作ろうと、現在必死に模索中だ。実用化するには、電気の安定供給を行える場所を各所に作らねばならないから、普及させるには時間がかかるだろうが。今は試験的に一部の都市でのみ、使用中だ」
「もうその段階まで開発が進んでいるのですか?」
「ああ、こちらに来た時に乗せてやろう。きっと驚くぞ」

 蒸気自動車の発明ですら、その当時オルレンシア王国を震撼させたものだった。馬を使わない馬車として話題となり、「自ら動く車輪の車」を略して自動車と呼ばれるようになった。当時はスピードも遅く、エンジンをあたため稼働するのにも時間がかかり、こまめな水と燃料の補給が必要で長距離移動には向いていなかった。
 しかし、ボイラーの発明によりエンジンを従来のものより小型化させる事に成功し、水の供給量も格段に減らす事が出来るようになった。それだけでも十分にすごい事なのに、現状の問題点を洗い出しさらにその先を考えている。常に先の未来の事を考えているアシュリー領の技術開発力は本当にすごいと、フォルティアナは感銘を受けていた。

「ところでティア、お前はいつ領地に戻る予定だ?」
「そうですね。詳しい日程はまだ決まっておりません。両親に大切なお客様をお連れするよう言われておりまして、その方の準備が調い次第王都を発とうと思っています」
「なっ、い、一緒に帰るのか?!」

 思わず素っ頓狂な声を上げたハーネルドに、フォルティアナは不思議そうな視線を投げかけながら答える。

「はい。療養のために一年ほどグランデ領に滞在されるとの事で、道中お客様が退屈されないようお話し相手になって欲しいと言われております」

 フォルティアナの両親、レオナルドとオリヴィアは、快気祝いのパーティーの翌日朝早く、第一王子のライオネルから、クリストファー療養の話の打診を受け、一足先に領地へ戻り準備を進めていた。
 本来ならフォルティアナも共に戻り、客人を迎え入れる準備をしなければならない所だろう。しかしライオネルの気を利かせた働きかけにより、フォルティアナは一人王都に残された。案内役という大役を果たすために。

「だ、誰を迎え入れるのか、聞いていないのか?」
「ええ、とても大切なお客様としか伺っておりません」
「そ、そうか……」

 何故か暗い影を落としてしまったハーネルドに、フォルティアナは元気づけようと努めて明るく声をかける。

「ハーネルド様、本日はお付き合い頂き誠にありがとうございました。色々勉強になり、とても楽しかったです!」
「ああ、そうか。それならよかった」
「あの……ご迷惑でなければ、またお誘いしても良いですか? その、ハーネルド様の事を、もっと知りたいんです」
「……俺のことを?」
「はい。これから夫婦になるのですから、しっかりとお役に立てるよう、ハーネルド様を支えられる存在になりたいのです」

 まずは信頼関係の構築から。今のハーネルドとなら、それが出来るんじゃないかとフォルティアナは思っていた。

「俺はお前と、きちんとした夫婦になりたいと思っている」
「きちんとした夫婦、ですか?」
「ティア……今まで、散々酷いことを言ってすまなかった。お前が結婚に理想を抱かなくなったのも、全ては幼い頃の俺のせいだと重々承知している」
「急に、どうなされたのですか?」

 突如頭を下げたハーネルドにフォルティアナは動揺を隠しきれない。

「虫のいい話だというのはよく分かっている。お前が俺のことを嫌っているのも分かっている。それを踏まえた上でどうかお願いしたい。一年間だけ、俺に挽回する機会をくれないか?」
「挽回する機会、ですか?」
「これから一年間、お前が心を許してくれるよう俺は婚約者として最大限、努力をする。我慢を強いられる政略的な結婚ではなく、愛のある結婚……を、お前としたいのだ」

(ハーネルド様が私と愛のある結婚……)

 本の中に出てくるような架空の結婚をハーネルドが求めてくるとは、フォルティアナは思いもしなかった。案外ハーネルドにもロマンチックな一面があったのだと考えながら、フォルティアナは自分の考えの浅はかさに気づく。

(責任を感じて私に教えてくださろうとしているんだわ。いざという時、仮面夫婦だと周囲に気付かれないように)

 この時点ですでに、二人の間には大きな勘違いが生じている。
 ハーネルドはフォルティアナの心を本気で手に入れたいと思っている。
 それに対しフォルティアナは、愛のある結婚の(練習を)したいと捉えていた。
 ハーネルドが思い描くきちんとした夫婦へのパートナー役を演じることで、仲の良い夫婦を演じる練習をさせたいのだと。
 仮面夫婦といえど、外交の面ではそれを悟られないようにしなければならない。不仲だと噂が広まれば、あまり評判がよろしくない。しかしそれは、一朝一夕で出来るものではない。そこで一年かけて正式に婚姻を結ぶ前に、練習をとお考えになっているのだと。
 そう結論付けたフォルティアナは、斜め前に座るハーネルドの方に向き直り、真っすぐに見据えて口を開いた。

「えーっと、その……参考になる文献はございますか? しっかりと勉強させて頂きます」
「文献?! 勉強?!」
「ですから……その、ハーネルド様が思い描いていらっしゃる、きちんとした夫婦になるための勉強をさせて頂きます。うまく演じれるかどうか分かりませんが、精一杯頑張ります」
「演技を頑張る?! ティア、お前は何を勘違いして……」
「仮面夫婦だと周囲に悟られないように、教えてくださろうとしているんですよね? 一年間、きちんとした夫婦へ至る道筋を疑似的に行う事で」

 ハーネルドは言葉選びを完璧に間違っていた。鈍感なフォルティアナに遠回しな言い方をしても伝わらない。
 最初に言うべきだったのだ、しっかりとした愛の言葉を。好意を抱いているという気持ちを。昔からずっと好きだったという素直な気持ちを。
 そう後悔しても後の祭りという奴で、今更さらに訂正を入れて告白する精神力など、今のハーネルドには残っていなかった。
 逆に打ちのめされていた。演技をしないといけないと、そんな発想に至るほど、自身が恋愛対象として見られていない現実に。

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