汚名を着せられ婚約破棄された伯爵令嬢は、結婚に理想は抱かない
第二十六話 そのお言葉が、とても胸に染みました
フォルティアナは美術館中を回って、他の来場客に怪しまれないよう細心の注意を払いつつ、光る人達をハーネルドが待つ休憩室へと誘った。
最後の一人を案内して戻ろうとした時、背後から声をかけられた。
「フォルティアナ様、お加減はもうよろしいのですか? 先程、アシュリー侯爵様が血相を変えて駆け込んでこられましたが……」
振り向くと、館長のサンドラが心配そうにこちらを見つめていた。
「はい、お陰様で。その節はありがとうございました」
「それはようございました。所で、アシュリー侯爵様はご一緒ではないのですか?」
「は、ハーネルド様も少しお疲れで、今休憩室でお休みになっています。私もそろそろ戻ろうと思ってまして……」
「さようですか。これは失礼致しました。何かありましたら、何なりとお申し付け下さいね」
「はい、お気遣い頂きありがとうございます」
物腰丁寧な館長のサンドラに、フォルティアナもお礼を述べてその場を後にした。
(急いで戻らないと……ハーネルド様が待っていらっしゃるわ)
その後ろ姿を、サンドラがじっと観察するように眺めていた事に、フォルティアナは気付かなかった。
***
「お待たせしました、ハーネルド様」
「全員揃ったか?」
「はい、皆さんお揃いです」
「そうか、なら始めるぞ」
ハーネルドがパンパンと手を鳴らして光る人達の注目を集めてから、口を開く。
「よくぞここに集まってくれた。お前達を呼んだのは他でもない。現在このルーブレイク美術館は、危機に陥っている。それを救うために、お前達に協力してもらいたいのだ」
光る人達がその話を聞いてザワザワとし始める。
「王都の北側に、現在新たな歓楽街の建設計画が立ち上がっている。もしそれが施行されれば、南側に位置するこのルーブレイク美術館は窮地に立たされるだろう。来場客は減り、衰退の一途を辿り、何れは閉園なんて事もあるかもしれない」
淡々と述べるハーネルドの言葉を聞いて、光る人達から悲痛な叫びが上がる。
「そんな……」
「嫌よ。無くなってしまうなんて……」
彼等にとってこの美術館は何らかの思い入れがある大切な場所であることに違いない。それが無くなるとなれば心穏やかで居られないのも無理もない。
フォルティアナはそんな光る人達から上がる声を拾って、ハーネルドに伝える。それを聞いて再びハーネルドが彼等に向き合った。
「長年愛されけてきたこのルーブレイク美術館が無くなるのは非常に惜しい。そこで、皆に協力を頼みたい。ここに展示されている絵画や美術品の素晴らしさを、その重要さを、皆に広めて欲しいのだ」
ハーネルドの呼びかけに、光る人達は困ったように呟く。
「ここから出られないし……」
「どうやったらいいのか……」
それらの声を拾ったフォルティアナは、再びハーネルドにその事を伝える。
「難しく考えることはない。本当に価値のあるものは、時代が移り変わろうと変わらない。自身の一番好きな作品を、胸に思い描くのだ。何故、それが好きなのか。何故、それを素晴らしく感じるのか。今一度自身の胸に、問いかけて欲しい。そうすれば、自ずと見えてくるはずだ。忘れていた本当の自分を」
ハーネルドの言葉を聞いて、光る人達の体から放たれる光が、少しずつ輝きを増してゆく。自分の事を必死に、彼等は思い出そうとしているのだろう。
そんな彼等に、ハーネルドは最後の後押しをした。
「一人でも多くの者が、このルーブレイク美術館の素晴らしさを後世に伝えていけば、その価値を正しく人々の心に刻んでいけば、絶対にこの場所は無くならない。だからどうか、協力して欲しい。オルレンシア王国の様々な歴史の詰まった、お前達の大切な思い出の詰まったこのルーブレイク美術館を救うために。どうか、力を貸してくれないか?」
その呼びかけを契機に、光る人達が帰るべき場所を思い出したのか、お礼や決意の言葉を残してその場から消えていく。
目を開けて居られないほどの眩い光りで部屋が包まれた後、そこに残っていたのはハーネルドとフォルティアナだけだった。
「すごいです、ハーネルド様! 皆さん元の場所へ帰れたようです!」
「そうか、それなら良かった」
「これも全てハーネルド様のおかげです。本当にありがとうございました」
自分一人では、こんなに短時間で皆を元の場所へ帰してあげることは出来なかっただろう。ハーネルドの言葉があったからこそだと、フォルティアナは感謝の気持ちで一杯だった。
「俺だけの力ではない。お前が彼等を呼び集め、その声を教えてくれた。その力があったからこそ出来たのだ。よく頑張ったな」
ハーネルドが柔らかな笑みを浮かべて、フォルティアナの頑張りを労った。いつもの不敵な笑みではない。自然と表情が綻んだような、そんな優しい笑顔を向けて。
フォルティアナが嬉しそうな笑顔を浮かべて喜ぶ姿に、感化されたのだろう。その眼差しは、慈愛に満ちていた。
「あの……ハーネルド様は、私の持つこの力が、気味が悪いとは思わないのですか?」
「その力のおかげでクリスは助かったのだ。感謝こそすれ、そのようには思うはずがないだろう?」
ハーネルドのその言葉に、フォルティアナは心がスッと軽くなるのを感じた。この力がもしバレてしまったら、みんな気味悪がって離れていくと思っていた。まさかこうしてハーネルドが受け止めてくれるなど、昔なら想像も出来なかっただろう。
ハーネルドにとっては、何も見えないし聞こえないのだ。それでもフォルティアナの言葉を信じて、彼等に真摯に向き合い呼びかけてくれた。普通なら中々出来ることではない。
「ハーネルド様……ありがとうございます」
フォルティアナの中で、長年抱き続けてきたハーネルドに対する苦手意識が和らいだ瞬間だった。
「礼をいうのはこちらの方だ。お前のおかげで、一つ苦手を克服できた。その……見苦しい姿を、見せたな……」
自身の醜態を思い出し、ハーネルドの語尾は消え入りそうなほど小さくなっていた。視線を落としたハーネルドに、フォルティアナは明るく声をかける。
「誰にだって苦手なものはあります。それを克服したハーネルド様は、すごく格好良かったですよ」
臆すること無く彼等のために頑張ったハーネルドの勇姿を、フォルティアナはしっかりと見ていた。その立派な演説は、深く彼女の心にも刻まれていた。
「そ、そうか! そうなのか!」
誉められて有頂天まで上り詰めたハーネルドは、にやけそうになる顔を隠すので必死だった。
「さ、さて、そろそろ行くか!」
「そうですね。しっかり鑑賞して、この美術館の素晴らしさを、私も皆に伝えていきたいと思います」
こんなにも親しまれているルーブレイク美術館の存続の危機に、フォルティアナは心を痛めていた。
そんなフォルティアナに、ばつが悪そうな顔をしてハーネルドが声をかける。
「あーその事なんだが……ティア、ルーブレイク美術館が無くなるというのは、現段階では限りなく嘘だ」
「……え、そうなのですか? では歓楽街のお話は?」
「あくまでも、改装計画の候補としてそういう案が上がっているに過ぎない段階だ。あの者達の感情を外へ向けるために、少々大袈裟に言った」
「そうだったのですね。それなら良かったです」
ルーブレイク美術館の無事が確認され、フォルティアナはほっと胸を撫で下ろす。
「ハーネルド様、今度こそ美術館を楽しみましょう」
「ああ、そうだな」
その後、二人は共に美術館巡りを再開した。
現代美術品コーナーに飾ってある風景画に、フォルティアナは大変興味を示す。彼女の好きな本の挿絵を描いているのが、その風景画を描いた画家ジェイル・グリッパーだったようで気分が高揚していたのだ。
「確かこの画家は最近画集も出していたはずだ。見たことあるか?」
「いえ、まだ拝見したことはありません」
「それなら今度取り寄せておこう。誘ってくれたお礼に、俺からプレゼントさせてくれ」
「そんなお気を使って頂かなくても大丈夫ですよ?」
「今日の思い出に。お前の好きな物を、俺も知りたいのだ」
「……ありがとうございます」
(ハーネルド様から、皮肉が飛んでこない)
普通に会話が成り立っている事に、フォルティアナは少し戸惑いつつも、美術館巡りを楽しんでいた。
歴史的価値のある骨董品に、ハーネルドは造詣が深いようで、色んな小話を聞かせてくれる。
そんなハーネルドの知識量の多さに色々勉強させてもらいながら、フォルティアナは充実した時間を過ごしていた。
最後の一人を案内して戻ろうとした時、背後から声をかけられた。
「フォルティアナ様、お加減はもうよろしいのですか? 先程、アシュリー侯爵様が血相を変えて駆け込んでこられましたが……」
振り向くと、館長のサンドラが心配そうにこちらを見つめていた。
「はい、お陰様で。その節はありがとうございました」
「それはようございました。所で、アシュリー侯爵様はご一緒ではないのですか?」
「は、ハーネルド様も少しお疲れで、今休憩室でお休みになっています。私もそろそろ戻ろうと思ってまして……」
「さようですか。これは失礼致しました。何かありましたら、何なりとお申し付け下さいね」
「はい、お気遣い頂きありがとうございます」
物腰丁寧な館長のサンドラに、フォルティアナもお礼を述べてその場を後にした。
(急いで戻らないと……ハーネルド様が待っていらっしゃるわ)
その後ろ姿を、サンドラがじっと観察するように眺めていた事に、フォルティアナは気付かなかった。
***
「お待たせしました、ハーネルド様」
「全員揃ったか?」
「はい、皆さんお揃いです」
「そうか、なら始めるぞ」
ハーネルドがパンパンと手を鳴らして光る人達の注目を集めてから、口を開く。
「よくぞここに集まってくれた。お前達を呼んだのは他でもない。現在このルーブレイク美術館は、危機に陥っている。それを救うために、お前達に協力してもらいたいのだ」
光る人達がその話を聞いてザワザワとし始める。
「王都の北側に、現在新たな歓楽街の建設計画が立ち上がっている。もしそれが施行されれば、南側に位置するこのルーブレイク美術館は窮地に立たされるだろう。来場客は減り、衰退の一途を辿り、何れは閉園なんて事もあるかもしれない」
淡々と述べるハーネルドの言葉を聞いて、光る人達から悲痛な叫びが上がる。
「そんな……」
「嫌よ。無くなってしまうなんて……」
彼等にとってこの美術館は何らかの思い入れがある大切な場所であることに違いない。それが無くなるとなれば心穏やかで居られないのも無理もない。
フォルティアナはそんな光る人達から上がる声を拾って、ハーネルドに伝える。それを聞いて再びハーネルドが彼等に向き合った。
「長年愛されけてきたこのルーブレイク美術館が無くなるのは非常に惜しい。そこで、皆に協力を頼みたい。ここに展示されている絵画や美術品の素晴らしさを、その重要さを、皆に広めて欲しいのだ」
ハーネルドの呼びかけに、光る人達は困ったように呟く。
「ここから出られないし……」
「どうやったらいいのか……」
それらの声を拾ったフォルティアナは、再びハーネルドにその事を伝える。
「難しく考えることはない。本当に価値のあるものは、時代が移り変わろうと変わらない。自身の一番好きな作品を、胸に思い描くのだ。何故、それが好きなのか。何故、それを素晴らしく感じるのか。今一度自身の胸に、問いかけて欲しい。そうすれば、自ずと見えてくるはずだ。忘れていた本当の自分を」
ハーネルドの言葉を聞いて、光る人達の体から放たれる光が、少しずつ輝きを増してゆく。自分の事を必死に、彼等は思い出そうとしているのだろう。
そんな彼等に、ハーネルドは最後の後押しをした。
「一人でも多くの者が、このルーブレイク美術館の素晴らしさを後世に伝えていけば、その価値を正しく人々の心に刻んでいけば、絶対にこの場所は無くならない。だからどうか、協力して欲しい。オルレンシア王国の様々な歴史の詰まった、お前達の大切な思い出の詰まったこのルーブレイク美術館を救うために。どうか、力を貸してくれないか?」
その呼びかけを契機に、光る人達が帰るべき場所を思い出したのか、お礼や決意の言葉を残してその場から消えていく。
目を開けて居られないほどの眩い光りで部屋が包まれた後、そこに残っていたのはハーネルドとフォルティアナだけだった。
「すごいです、ハーネルド様! 皆さん元の場所へ帰れたようです!」
「そうか、それなら良かった」
「これも全てハーネルド様のおかげです。本当にありがとうございました」
自分一人では、こんなに短時間で皆を元の場所へ帰してあげることは出来なかっただろう。ハーネルドの言葉があったからこそだと、フォルティアナは感謝の気持ちで一杯だった。
「俺だけの力ではない。お前が彼等を呼び集め、その声を教えてくれた。その力があったからこそ出来たのだ。よく頑張ったな」
ハーネルドが柔らかな笑みを浮かべて、フォルティアナの頑張りを労った。いつもの不敵な笑みではない。自然と表情が綻んだような、そんな優しい笑顔を向けて。
フォルティアナが嬉しそうな笑顔を浮かべて喜ぶ姿に、感化されたのだろう。その眼差しは、慈愛に満ちていた。
「あの……ハーネルド様は、私の持つこの力が、気味が悪いとは思わないのですか?」
「その力のおかげでクリスは助かったのだ。感謝こそすれ、そのようには思うはずがないだろう?」
ハーネルドのその言葉に、フォルティアナは心がスッと軽くなるのを感じた。この力がもしバレてしまったら、みんな気味悪がって離れていくと思っていた。まさかこうしてハーネルドが受け止めてくれるなど、昔なら想像も出来なかっただろう。
ハーネルドにとっては、何も見えないし聞こえないのだ。それでもフォルティアナの言葉を信じて、彼等に真摯に向き合い呼びかけてくれた。普通なら中々出来ることではない。
「ハーネルド様……ありがとうございます」
フォルティアナの中で、長年抱き続けてきたハーネルドに対する苦手意識が和らいだ瞬間だった。
「礼をいうのはこちらの方だ。お前のおかげで、一つ苦手を克服できた。その……見苦しい姿を、見せたな……」
自身の醜態を思い出し、ハーネルドの語尾は消え入りそうなほど小さくなっていた。視線を落としたハーネルドに、フォルティアナは明るく声をかける。
「誰にだって苦手なものはあります。それを克服したハーネルド様は、すごく格好良かったですよ」
臆すること無く彼等のために頑張ったハーネルドの勇姿を、フォルティアナはしっかりと見ていた。その立派な演説は、深く彼女の心にも刻まれていた。
「そ、そうか! そうなのか!」
誉められて有頂天まで上り詰めたハーネルドは、にやけそうになる顔を隠すので必死だった。
「さ、さて、そろそろ行くか!」
「そうですね。しっかり鑑賞して、この美術館の素晴らしさを、私も皆に伝えていきたいと思います」
こんなにも親しまれているルーブレイク美術館の存続の危機に、フォルティアナは心を痛めていた。
そんなフォルティアナに、ばつが悪そうな顔をしてハーネルドが声をかける。
「あーその事なんだが……ティア、ルーブレイク美術館が無くなるというのは、現段階では限りなく嘘だ」
「……え、そうなのですか? では歓楽街のお話は?」
「あくまでも、改装計画の候補としてそういう案が上がっているに過ぎない段階だ。あの者達の感情を外へ向けるために、少々大袈裟に言った」
「そうだったのですね。それなら良かったです」
ルーブレイク美術館の無事が確認され、フォルティアナはほっと胸を撫で下ろす。
「ハーネルド様、今度こそ美術館を楽しみましょう」
「ああ、そうだな」
その後、二人は共に美術館巡りを再開した。
現代美術品コーナーに飾ってある風景画に、フォルティアナは大変興味を示す。彼女の好きな本の挿絵を描いているのが、その風景画を描いた画家ジェイル・グリッパーだったようで気分が高揚していたのだ。
「確かこの画家は最近画集も出していたはずだ。見たことあるか?」
「いえ、まだ拝見したことはありません」
「それなら今度取り寄せておこう。誘ってくれたお礼に、俺からプレゼントさせてくれ」
「そんなお気を使って頂かなくても大丈夫ですよ?」
「今日の思い出に。お前の好きな物を、俺も知りたいのだ」
「……ありがとうございます」
(ハーネルド様から、皮肉が飛んでこない)
普通に会話が成り立っている事に、フォルティアナは少し戸惑いつつも、美術館巡りを楽しんでいた。
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