汚名を着せられ婚約破棄された伯爵令嬢は、結婚に理想は抱かない【コミカライズ】

花宵

第二十四話 言葉を選ぼうとして、選べませんでした

 二人がやって来たのは、王都の南方にあるルーブレイク美術館。歴史的価値のある絵画や骨董品が飾られているかなりの年季が入った美術館だ。
 改修工事を何度も行い、現代まで大事にされ人々に親しまれてきた。そんなルーブレイク美術館にはもう一つの呼び名があった。
 通称、ファントム館。あまりにも古く、いかにも何か出そうな雰囲気を醸し出しているため、地元民の間ではそう言われているらしい。格式を出すために外観は、古代の建築様式を模して作られている。それが館長のこだわりのようで、その建物はまるで廃墟のようにしか見えなかった。

「ほ、本当にここに入るのか?」

 あまりにも迫力のあるその外観に、思わず固唾をのんでハーネルドが尋ねた。その顔色はあまりよろしくない。

「はい、ハーネルド様。ここはオルレンシア王国の歴史が詰まった場所です。歴史を感じるにはここがいいと友人に教えてもらいましたので」

 友人とは勿論、ミレーユの事である。都会に疎いフォルティアナにとって、その情報は大変ありがたいものであった。

「それよりハーネルド様、もしかして……腰でも痛められておいでですか? 顔色もあまり良くないような……」

 口数が少なく、蒸気自動車をおりてからやけにへっぴり腰になっているハーネルドの姿が気になり、フォルティアナは思わず尋ねた。

「そ、そういうわけではない」
「それなら良かったです! 今日はたくさん楽しみましょうね!」
「あ、ああ。そうだな……」
「では、参りましょう」

 フォルティアナは気付いていない。クリストファーが教えてくれた真意に。彼が教えてたのはあくまでも、ハーネルドが面白い反応をしめしてくれる場所であり、彼自身がそこが好きだとは一言も言っていない。

 ハーネルドには、高い所の他にもう一つ弱点があった。それは、霊的なものの存在。論理的に何でも解決したい彼にとって、未知数なその存在が怖くて仕方なかった。
 しかしたとえ苦手な場所であろうと、折角フォルティアナが誘ってくれた初めての機会を棒に振るなど、ハーネルドには出来なかった。
 歴史を感じる古い建物だから、何かが出るなんて確証もない。そもそもその様なものはこの世に存在しない。するわけがないと、蒸気自動車の中でひたすらそう自分に言い聞かせ続けてきた。そんなハーネルドにとって、試練の時間が始まろうとしている事に、フォルティアナは微塵も気付いていない。

 ルーブレイク美術館へ入ると、燕尾服を身に纏った壮年の男性に声をかけられる。

「遠路はるばるようこそ起こし下さいました。館長のサンドラと申します。何かございましたら何なりとお申し付け下さい」
「ご丁寧にありがとうございます」
「こちらは館内の案内図になっております。どうか素敵な旅路になる事を、お祈りしております」

 案内図に目を通すと、主に四つのフロアに分かれていて、奥へ行けば行くほど古い絵画や美術品が飾られているらしい。フロアごとにテーマがあるようで、部屋の内装はその雰囲気に合わせて作られているこだわりぶりだ。終わりには、現代から少しずつ過去へ戻っていくタイムトラベルの旅路をお楽しみ下さいと書かれていた。

 フォルティアナ達がまず向かったのは、現代美術品の置かれた最初のフロアだ。上質な赤い絨毯の床を歩いていくと、外観ほど中は古さを感じさせない。むしろ、最新のセキュリティを要所に取り入れた現代的な作りになっている。
 そのおかげかハーネルドは調子を取り戻したものの、フォルティアナの様子がおかしかった。

「どうした? さっきからやけに挙動不審だな」
「あ、いえ……な、何でもありません」

 館内に入ってから、フォルティアナには光る人が見えていた。それもかなりの数の。子供から大人まで、年代層はバラバラだが、どちらの方向を見ても視界に入る。
 こんなにも多くの人々がここに囚われているのは、それだけこのルーブレイク美術館が人々に愛された場所である証拠だろう。
 彼等の帰りを待っている人が居る。そう思ったら、フォルティアナは彼等をそのまま放置して美術館を楽しむことが出来ないでいた。
 その時、来場客の周りで自分に気付いてと必死にアピールしている男の子が目についた。気付いてもらえない事に落胆しているその男の子が、今度はこちらに近付いてきて、ハーネルドの周りをグルグルし始めた。勿論、ハーネルドはその事に気付いていない。

(どうにかしてあげたい……)

 ハーネルドが一緒でなかったなら、フォルティアナは人目のない場所へ誘って話を聞いただろう。しかし今は、それも出来なかった。

「何か気になるのか?」
「い、いえ……」

 男の子がハーネルドの周りをグルグル駆け回っているなんて、言えるはずがなかった。
 その時、男の子と目が合った。彼はこちらを見て尋ねてくる。

「お姉ちゃん、僕のことが見えるの?」

 何も答えないフォルティアナに、男の子が手を伸ばしてきた。

「ねぇ、お姉ちゃんってば!」

 手を取られ引っ張られた。急に前のめりになったフォルティアナを、横に居たハーネルドが咄嗟に支えた。

「大丈夫か? ティア、急にどうしたというのだ?」

 心配そうにハーネルドがこちらを見て尋ねてくる。
 まさか掴めるとは思わなかったのか、男の子は驚いたようにこちらを見ている。

「すみません、ハーネルド様。立ちくらみがしてしまって。少しだけ休憩してから館内を回りませんか?」
「分かった、少し待っていてくれ。すぐに手配しよう」

 とりあえず、人目に付かない場所に移動したかった。
 ハーネルドがその場を離れた所で、フォルティアナは男の子に小声で話し掛ける。

「大丈夫だよ。きちんと見えてるから安心してね。ここだと騒ぎになっちゃうから、私の後を付いてきてもらえるかな?」
「うん、分かったよ!」

 男の子は嬉しそうな笑顔を浮かべて頷いた。
 ハーネルドに付き添われて、フォルティアナは館内に用意された休憩室に移動した。勿論、光る人である男の子も引き連れて。

「ティア、大丈夫か? 何か欲しい物があるならすぐに手配しよう」

 心配そうに気遣ってくれるハーネルドに、フォルティアナは申し訳ない気持ちで一杯だった。

「すみません、ハーネルド様。具合が悪いというのは……嘘、なんです」
「どうしてそんな嘘を……」

 驚きと悲しみが入り交じったようなハーネルドの眼差しがフォルティアナに突き刺さる。

『もしもその力が他の人に知られてしまえば、気味悪がって誰も近付いてこなくなる。私達は貴方が傷付く姿をみたくないの。だからお願い、彼等の言葉に決して耳を傾けないで』

 両親に何度もそう言い聞かされてきた。しかし光る人の正体が分かった今、フォルティアナは見て見ぬ振りなど出来なかった。
 とはいえハーネルドが傍に居ては、迂闊に話し掛けることも出来ない。こちらから誘っておいて、理由も言わずに一方的にお開きになど、出来るわけがなかった。
 それならば──意を決して、フォルティアナはハーネルドに真実を打ち明ける事にした。

「ハーネルド様。実は私には、他の人には見えないものが見えるんです」
「先程からやけに挙動不審だったのはそのせいか? やはりここには……居るのか?! 霊的なものが、出るのか?!」

 フォルティアナの突然の告白に動揺したのか、視線を彷徨わせながらハーネルドが尋ねてくる。

「はい。ハーネルド様のすぐ隣にも、男の子が立っています」

 フォルティアナの視線の先を辿った後、ハーネルドは慌ててその場から立ち上がると、「ひぃぃぃ」と情けない悲鳴を上げて反対側の壁へと一目散に逃げ出した。

「悪霊退散、悪霊退散、悪霊退散……」

 部屋の隅で縮こまって震えながら、ハーネルドはそう呟いている。

「あの、ハーネルド様? もしかして…………怖いのですか?」

 言葉を選ぼうとして、選べなかった。部屋の隅で大きな身体を縮こまらせて小動物のように震えているその姿は、どう考えてもそれ以外にしっくりくる言葉が思いつかなかった。

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