汚名を着せられ婚約破棄された伯爵令嬢は、結婚に理想は抱かない
第二十三話 認めてもらえるように頑張ります!
王都にあるブラウンシュヴァイク伯爵家の邸宅で、フォルティアナは侍女のサーシャに外出の準備を手伝ってもらっていた。
今日は、ハーネルドとの約束の日。クリストファーに教えてもらった場所のうち、古い歴史を感じる建物へ共に向かう予定なのだ。
「ティア様、今日は如何なさいますか?」
「服装は動きやすいものだと助かるわ。髪はアップスタイルにしてもらえるかしら? おろしておくと、ハーネルド様に叱られてしまうから」
「かしこまりました。全くあの坊ちゃんは本当に失礼ですよね。こんな綺麗なティア様の髪に文句をつけるなんて!」
フォルティアナは、そこまで服装や装飾品などにこだわりはない。自身が着飾る事よりも、領民のためにお金を使って欲しい思いの方が強かった。そのため、自領に居る間はそこまで華美な服装をしていない。ただ、王城で開かれる催し事に関しては伯爵家としての体裁がある。最低限、貴族としてみすぼらしくない体を装ってはいるが、それも勿体ないと思っているフシがあった。
そんなフォルティアナの美意識の低さを影ながら支えてきたのは、サーシャであった。
サーシャは、フォルティアナが幼い頃から手塩にかけてその美しさを磨き上げてきた。自身の最高傑作と言ってもおかしくない完璧な存在をハーネルドが愚弄するのが、昔から許せなかった。
「今日は移動も多いから、おろしているよりはその方が都合がいいわ。だから気にしないで、サーシャ」
「ティア様……このサーシャ、腕によりをかけて、王都で学んできた最新のスタイルにアレンジさせて頂きます!」
フォルティアナについてブラウンシュヴァイク領から王都へ共に来ていたサーシャは、主人であるフォルティアナが恥をかかないよう流行には敏感だった。
元がダイヤモンドの良いフォルティアナはそこまで着飾る必要もないように見えるが、目立つからこそ変な髪形や服装をしていれば悪目立ちしてしまうのだ。
田舎領主の娘と馬鹿にされないよう、事前に流行をリサーチしてから送り出していた。サーシャのこのくまない努力のおかげで、髪形や服装に関してフォルティアナが好機の眼差しにさらされることはなかった。
「いつもありがとう、サーシャ」
フォルティアナの準備が終わった頃、来客を知らせるベルが鳴った。急いで玄関のホールに向かうと案の定、来客はハーネルドだと対応した執事が教えてくれた。
約束の時間より一時間ほど早い。しかしそれはあらかじめ分かっていた。いつも時間より早く来るのが、ハーネルドであると。だからフォルティアナはいつも、約束の時間に余裕を持って準備を済ませている。
「お待たせして申し訳ありません、ハーネルド様」
時間に遅れたわけではない。むしろ、それより早く準備をして待っていた。しかし、応接室で少し待たせた事には変わりない。何とお叱りの言葉を受けるかフォルティアナが構えていると……
「こちらこそ、時間より早く来てすまなかった。俺のことは気にしなくて良い。色々準備もあるだろうし、時間になったらここを出よう」
思いがけない言葉をかけられ、思わずマジマジとハーネルドを見てしまった。
「何だ?」
「いえ…………あの、身体の調子は大丈夫ですか? 私が無理にお誘いしたせいで無理をなさっているのなら、誠に申し訳ありませんでした」
「べ、別に無理はしていない。お前が誘ってくれたのが嬉しかった。だから早く来た。それだけだ」
早口でそう捲したてて言うと、ハーネルドは視線を逸らすようにクルリと身体を翻した。
「ハーネルド様……」
最近のハーネルドは、以前よりトゲがない。そしてすぐに目を逸らしてしまう。
クリストファーの快気祝いのパーティーの後、フォルティアナは贈って頂いたドレスを汚してしまった旨を謝った。あのハーネルドが自身のために選んでくれた初めての贈り物だと、フォルティアナは認識している。そんな大切な物を故意ではないとはいえ、汚してしまった。怒られると思っていたものの、返ってきた言葉は意外な言葉だった。
『怪我はなかったか?! 風邪を引くといけない。この上着を羽織っておけ』
そう気遣って下さった。おまけに自身の着ていたジャケットを脱いでかけて下さった。
『ミレーユ様のおかげで着替えは済んでますので大丈夫ですよ。お気遣い、ありがとうございます』
上着を返そうとしたものの、ハーネルドがそれを受け取ることはなかった。春を迎えたとはいえ、着替えたドレスは肩の露出したAラインドレスであり、会場を抜ければ肌寒さを感じていた。持ち合わせのコートでは、色の組み合わせがミスマッチで人目のある場では羽織ることが出来なかった。フォルティアナにとっては、正直ありがたい申し出であったものの、その分ハーネルドに寒い思いをさせてしまった事に心苦しさを感じていた。
「あの、ハーネルド様。先日は上着を貸して頂きありがとうございました。ささやかながら、そのお礼をこちらにご用意しておりまして……」
フォルティアナは、綺麗にラッピングした包みを差し出す。
「そんな事、わざわざ気にせずともよいのに」
そう言いつつも、ハーネルドは嬉しそうにそれを受け取った。中身を確認すると驚いたような視線をフォルティアナに向けて口を開く。
「これは、お前が作ったのか?」
フォルティアナが渡したのは、シンプルな上質の白地にアシュリー侯爵家の家紋に使われているユリウスの花と、ハーネルドのイニシャルを刺繍したハンカチだった。
「はい。その、ご迷惑なら使い捨てにして下さって構いませんので……」
ハーネルドが普段使っているような極上の物に比べると、その質は決して良い物とは言えない。物にこだわりのあるハーネルドが、そもそも受け取ってくれるはずがないだろう。それでもハンカチぐらいなら使い捨てて下さるかもしれないと、感謝の気持ちを込めて丁寧に縫ったのだ。
(やはり、受け取ってはもらえないわよね……)
そんなフォルティアナの不安をよそに──
「折角だ。貰っておいてやろう」
ハーネルドは大事にハンカチを畳んで包み直すと、上着の内ポケットへとしまった。
「ありがとう、ございます」
受け取ってもらえた事に心底驚きつつも、フォルティアナはほっと胸を撫で下ろしていた。
「ハーネルド様。良ければ、もう出かけませんか? こちらの準備は整っておりますので」
「そうだな……」
同意が得られた所で歩き出そうとしたら、「ティア」とハーネルドに呼びかけられた。
「はい、何でしょう?」
「………………いる」
振り返って尋ねてみたものの、よく聞こえない。
「……はい?」
「その髪形、……すごく、お前に似合っている」
そう言うなり、ハーネルドは席を立って足早に去ろうとする。その横顔は赤かった。
「あ、ありがとうございます」
思いがけない言葉が返ってきて、慌ててハーネルドの背中に向かってお礼を述べる。
「い、行くぞ!」
「あ、はい!」
最近のハーネルドはどこかおかしい。皮肉がとんでくると構えた所で、何故かすかしをくらうことが多いのだ。変に身構えてしまった分、その落差に驚かされてばかりだが、その変化をフォルティアナは嬉しく思っていた。
一度は途切れた縁であっても、こうして再び繋がった。これから共に歩んでいくのだ。いつまでもキツい言葉を浴びせられるよりは、少しでも認めてもらえるようになりたかった。
少なくとも今は、以前のように嫌われてはいないと感じれるようになっていた。結婚生活の事に関しても、ハーネルドが前向きに検討してくれているのが先月の話し合いで分かった。
クリストファーに教えてもらった結婚生活とはほど遠いと分かっていても、自身の父と母のように仕事の面では信頼できるパートナーとして信頼してもらえる間柄を築きたいとフォルティアナは考えている。
フォルティアナの両親は、領地経営に関してあまり改革を望まない考え方だった。しかし王都に来る度に、自領の文化が遅れている事をフォルティアナは肌で感じていた。王都と領土を行き来する両親もそれには気付いているはずなのに、何故か改革を望まない。そこに少なからずフォルティアナは不満を持っていた。
だからこそフォルティアナにとって、たまに会いに来てくれるハーネルドの話が大変興味深かったのだ。
子供の頃は、どうしても知識量では圧倒的に負けていた。それでもハーネルドの話を少しでも理解したくて、必死に努力した。
領地経営に関してハーネルドの持つ知識と経験は、フォルティアナにとってまさに憧れそのものだった。口は悪くとも、彼の話す領地経営に関する斬新な考え方や手法はためになる。自領のために、少しでも学びとりたかったのだ。
良い意味でも悪い意味でも、フォルティアナに大きな影響を与えたのは間違いなくハーネルドであった。
遅れを取らないように、ハーネルドを追いかける。そんなフォルティアナの足取りは、以前よりも軽かった。
今日は、ハーネルドとの約束の日。クリストファーに教えてもらった場所のうち、古い歴史を感じる建物へ共に向かう予定なのだ。
「ティア様、今日は如何なさいますか?」
「服装は動きやすいものだと助かるわ。髪はアップスタイルにしてもらえるかしら? おろしておくと、ハーネルド様に叱られてしまうから」
「かしこまりました。全くあの坊ちゃんは本当に失礼ですよね。こんな綺麗なティア様の髪に文句をつけるなんて!」
フォルティアナは、そこまで服装や装飾品などにこだわりはない。自身が着飾る事よりも、領民のためにお金を使って欲しい思いの方が強かった。そのため、自領に居る間はそこまで華美な服装をしていない。ただ、王城で開かれる催し事に関しては伯爵家としての体裁がある。最低限、貴族としてみすぼらしくない体を装ってはいるが、それも勿体ないと思っているフシがあった。
そんなフォルティアナの美意識の低さを影ながら支えてきたのは、サーシャであった。
サーシャは、フォルティアナが幼い頃から手塩にかけてその美しさを磨き上げてきた。自身の最高傑作と言ってもおかしくない完璧な存在をハーネルドが愚弄するのが、昔から許せなかった。
「今日は移動も多いから、おろしているよりはその方が都合がいいわ。だから気にしないで、サーシャ」
「ティア様……このサーシャ、腕によりをかけて、王都で学んできた最新のスタイルにアレンジさせて頂きます!」
フォルティアナについてブラウンシュヴァイク領から王都へ共に来ていたサーシャは、主人であるフォルティアナが恥をかかないよう流行には敏感だった。
元がダイヤモンドの良いフォルティアナはそこまで着飾る必要もないように見えるが、目立つからこそ変な髪形や服装をしていれば悪目立ちしてしまうのだ。
田舎領主の娘と馬鹿にされないよう、事前に流行をリサーチしてから送り出していた。サーシャのこのくまない努力のおかげで、髪形や服装に関してフォルティアナが好機の眼差しにさらされることはなかった。
「いつもありがとう、サーシャ」
フォルティアナの準備が終わった頃、来客を知らせるベルが鳴った。急いで玄関のホールに向かうと案の定、来客はハーネルドだと対応した執事が教えてくれた。
約束の時間より一時間ほど早い。しかしそれはあらかじめ分かっていた。いつも時間より早く来るのが、ハーネルドであると。だからフォルティアナはいつも、約束の時間に余裕を持って準備を済ませている。
「お待たせして申し訳ありません、ハーネルド様」
時間に遅れたわけではない。むしろ、それより早く準備をして待っていた。しかし、応接室で少し待たせた事には変わりない。何とお叱りの言葉を受けるかフォルティアナが構えていると……
「こちらこそ、時間より早く来てすまなかった。俺のことは気にしなくて良い。色々準備もあるだろうし、時間になったらここを出よう」
思いがけない言葉をかけられ、思わずマジマジとハーネルドを見てしまった。
「何だ?」
「いえ…………あの、身体の調子は大丈夫ですか? 私が無理にお誘いしたせいで無理をなさっているのなら、誠に申し訳ありませんでした」
「べ、別に無理はしていない。お前が誘ってくれたのが嬉しかった。だから早く来た。それだけだ」
早口でそう捲したてて言うと、ハーネルドは視線を逸らすようにクルリと身体を翻した。
「ハーネルド様……」
最近のハーネルドは、以前よりトゲがない。そしてすぐに目を逸らしてしまう。
クリストファーの快気祝いのパーティーの後、フォルティアナは贈って頂いたドレスを汚してしまった旨を謝った。あのハーネルドが自身のために選んでくれた初めての贈り物だと、フォルティアナは認識している。そんな大切な物を故意ではないとはいえ、汚してしまった。怒られると思っていたものの、返ってきた言葉は意外な言葉だった。
『怪我はなかったか?! 風邪を引くといけない。この上着を羽織っておけ』
そう気遣って下さった。おまけに自身の着ていたジャケットを脱いでかけて下さった。
『ミレーユ様のおかげで着替えは済んでますので大丈夫ですよ。お気遣い、ありがとうございます』
上着を返そうとしたものの、ハーネルドがそれを受け取ることはなかった。春を迎えたとはいえ、着替えたドレスは肩の露出したAラインドレスであり、会場を抜ければ肌寒さを感じていた。持ち合わせのコートでは、色の組み合わせがミスマッチで人目のある場では羽織ることが出来なかった。フォルティアナにとっては、正直ありがたい申し出であったものの、その分ハーネルドに寒い思いをさせてしまった事に心苦しさを感じていた。
「あの、ハーネルド様。先日は上着を貸して頂きありがとうございました。ささやかながら、そのお礼をこちらにご用意しておりまして……」
フォルティアナは、綺麗にラッピングした包みを差し出す。
「そんな事、わざわざ気にせずともよいのに」
そう言いつつも、ハーネルドは嬉しそうにそれを受け取った。中身を確認すると驚いたような視線をフォルティアナに向けて口を開く。
「これは、お前が作ったのか?」
フォルティアナが渡したのは、シンプルな上質の白地にアシュリー侯爵家の家紋に使われているユリウスの花と、ハーネルドのイニシャルを刺繍したハンカチだった。
「はい。その、ご迷惑なら使い捨てにして下さって構いませんので……」
ハーネルドが普段使っているような極上の物に比べると、その質は決して良い物とは言えない。物にこだわりのあるハーネルドが、そもそも受け取ってくれるはずがないだろう。それでもハンカチぐらいなら使い捨てて下さるかもしれないと、感謝の気持ちを込めて丁寧に縫ったのだ。
(やはり、受け取ってはもらえないわよね……)
そんなフォルティアナの不安をよそに──
「折角だ。貰っておいてやろう」
ハーネルドは大事にハンカチを畳んで包み直すと、上着の内ポケットへとしまった。
「ありがとう、ございます」
受け取ってもらえた事に心底驚きつつも、フォルティアナはほっと胸を撫で下ろしていた。
「ハーネルド様。良ければ、もう出かけませんか? こちらの準備は整っておりますので」
「そうだな……」
同意が得られた所で歩き出そうとしたら、「ティア」とハーネルドに呼びかけられた。
「はい、何でしょう?」
「………………いる」
振り返って尋ねてみたものの、よく聞こえない。
「……はい?」
「その髪形、……すごく、お前に似合っている」
そう言うなり、ハーネルドは席を立って足早に去ろうとする。その横顔は赤かった。
「あ、ありがとうございます」
思いがけない言葉が返ってきて、慌ててハーネルドの背中に向かってお礼を述べる。
「い、行くぞ!」
「あ、はい!」
最近のハーネルドはどこかおかしい。皮肉がとんでくると構えた所で、何故かすかしをくらうことが多いのだ。変に身構えてしまった分、その落差に驚かされてばかりだが、その変化をフォルティアナは嬉しく思っていた。
一度は途切れた縁であっても、こうして再び繋がった。これから共に歩んでいくのだ。いつまでもキツい言葉を浴びせられるよりは、少しでも認めてもらえるようになりたかった。
少なくとも今は、以前のように嫌われてはいないと感じれるようになっていた。結婚生活の事に関しても、ハーネルドが前向きに検討してくれているのが先月の話し合いで分かった。
クリストファーに教えてもらった結婚生活とはほど遠いと分かっていても、自身の父と母のように仕事の面では信頼できるパートナーとして信頼してもらえる間柄を築きたいとフォルティアナは考えている。
フォルティアナの両親は、領地経営に関してあまり改革を望まない考え方だった。しかし王都に来る度に、自領の文化が遅れている事をフォルティアナは肌で感じていた。王都と領土を行き来する両親もそれには気付いているはずなのに、何故か改革を望まない。そこに少なからずフォルティアナは不満を持っていた。
だからこそフォルティアナにとって、たまに会いに来てくれるハーネルドの話が大変興味深かったのだ。
子供の頃は、どうしても知識量では圧倒的に負けていた。それでもハーネルドの話を少しでも理解したくて、必死に努力した。
領地経営に関してハーネルドの持つ知識と経験は、フォルティアナにとってまさに憧れそのものだった。口は悪くとも、彼の話す領地経営に関する斬新な考え方や手法はためになる。自領のために、少しでも学びとりたかったのだ。
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