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汚名を着せられ婚約破棄された伯爵令嬢は、結婚に理想は抱かない

花宵

第二十一話 隠された史実と猫かぶり王子の決意③(side クリストファー)

「不粋な真似はよしてよね、ネル。折角の静寂に包まれたこの癒やし空間に、土足で踏み入るの禁止」
「何だよ、ボーッと佇んで。光合成してる植物かよ。お前に頼まれていたリストを作って持ってきてやったって言うのに、酷い言い草だな」

 思わず出てしまう憎まれ口は、彼等の間では日常茶飯事だった。
 小型のトランクからファイリングされた書類を取り出したハーネルドは、それをクリストファーに渡す。

「もう出来たの? 流石はネル、優秀だね」

 クリストファーは、受け取ったファイルにパラパラと目を通す。

「あんまり遅いとお前、結局自分でやるからな。それで無理して倒れられてもいい気はしない」
「ありがとう。助かるよ」

 ハーネルドに頼んでおいたのは、ここ三年間、クリストファーが倒れていた間の貴族の力関係の縮図だった。昨日の夜会である程度把握したものの、流石のクリストファーでもあの短時間で全てを掴みきるのは不可能だ。
 そこで、ここ三年間で大きな動きのあった貴族を中心に、情報をまとめてもらったのだ。

「来週には領土に戻るからな。何かあったら言え。無理するなよ」
「そうなんだ? じゃあ王都に来るよりは近くなるね。ブラウンシュヴァイク領は君の統治するアシュリー領の隣りだから」
「近くなる? それ、どういう意味だ?」

 速読して一通り目を通したクリストファーは、パタンと手にしていたファイルを閉じて、ハーネルドの方に向き直る。

「ネル、僕決めたよ。やっぱり君には素直に譲らない。僕もティアのことが好きだから。彼女には何の柵にも囚われず、広い世界の中で自由に笑って欲しいんだ。そのために出来ることを、僕はやるよ」
「何をする気だ?」
「ブラウンシュヴァイク領を立て直す」
「第二王子であるお前が一領土に肩入れしたとなれば、他の貴族共が黙っていない。どうするつもりだ?」
「兄上に言われたんだ。呼吸器系に負荷がかかるから無理をするなって、まだ後一年は療養したがいいと。ブラウンシュヴァイク領を療養地として薦めてくれた。あくまで僕は、療養しに行くだけさ。表向きはね」

 わざと最後を強調して言ったクリストファーの意図を、ハーネルドは瞬時に汲み取った。

「それはつまり……」
「世話になるんだ、少しくらい便宜を図ったっていいでしょ。その間に僕は、領民が近隣の領地に頼らずに済む、生活基盤を作り上げるつもりさ。だからネル、僕に協力しない? 表向きは全て君の手柄にする。婚約者の領土を立て直すのに、理由は要らないからね」
「俺の名前を貸せって事か……」
「ついでに色々手伝って。君が手に入れたいのは、紙切れ一枚で成り立つ冷めた婚姻関係じゃなくて、ティアの心だよね? 誠意を見せて挽回するには、良い機会だと思うんだ」

 ハーネルドの協力を得られるかどうかで、クリストファーの計画は大きく変わる。じっと目の前の男の返事を待つ。

「一年でやるには、かなり骨の折れる作業だぞ。ブラウンシュヴァイク領を実際に見たことないだろ、お前。あの超ド田舎をどうするつもりだ?」

 単純な興味と、その覚悟を試すかのようなハーネルドの視線が、クリストファーに投げかけられる。

「どこだって最初はそうさ。それに田舎には田舎なりの魅力がある。メリハリをつけて領地改革、それが僕のコンセプトかな。具体的にどうやるかは、視察して考えるよ」

 何故、ブラウンシュヴァイク領が自然の豊かさを残した領地であるのか。それは少なからず、五百年前のあの事件が関係しているのかもしれないと、クリストファーは考えている。
 あまり近代化を望んでいないのは、聖女の子孫である子供達に危険が及ぶ事を危惧しての事かもしれない。伯爵家の考え方もあるだろうし、そこは上手く折り合いを付けていくしかないだろう。

 全てを近代的にする必要はない。便利さを追求するのは、人の集まる都市だけでいい。のんびり過ごせる田舎町を残しつつ、主要都市は他の領地からも観光客を見込めるよう整備する。
 元々自給自足の意識が強い領土であり、ブラウンシュヴァイク領ならではの名物を宣伝してしていけば、観光客を呼び込む事はそう難しい話でもないだろう。

 それと平行して、農村部の開発も進める必要がある。原材料の加工までを全て自領でまかなえる基盤を作り、他の領地との安定的な取引が出来るようにする。
 さらには新たな商品開発をしていける人材を育てる必要もある。

 やることは目白押しだ。全て上手く行くとは限らない。それでも、限られた時間の中で最大限の効果が見込める手段を考えよう。そんな思いをクリストファーは巡らせていた。

「本気で、やるのか?」
「時間が限られてるからね。手を抜く暇はないさ」

 クリストファーの覚悟を聞いて、ハーネルドは喉元でクツクツと笑い出す。

「そうか、それは面白い! お前の本気を間近で見られるまたとない機会だ。俺も協力しよう。ただしこちらからも二つ条件を追加させてもらう」
「どんな条件?」
「お前はあくまでも療養しに行くのだ。無理しすぎて身体壊すとか、本末転倒な事をするのは絶対に許さないからな! 何かあったら必ず言え。できる限り、手配するから」

 急に偉そうに笑い出したかと思えば、真剣な眼差しを向けて、こちらを気遣う言葉を投げかけてくる。
 昔に比べれば、ハーネルドの表情はかなり豊かになったと、改めてクリストファーは思っていた。

「ネルってさ、色々損してるよね。そう言う台詞をさ、サラッと素直にティアに言ってあげたらいいと思うんだよね。こんな所で僕の好感度上げてる暇があったらさ」

 見た目は完全に架空の物語に出てきそうな魔王みたいだが、ハーネルドの心根が本当は優しい事をクリストファーは知っている。
 損得を抜きにして、他人の罪を自身で被っている姿を何度も見たことがあるからだ。最初の出会いにしてもそうだった。顔を合わせた事も無い他人の罪を自身で被って理不尽に怒られて、それでも前へ進むことを止めない。
 置かれた環境のせいで、屈折した性格になってしまったようだけど、彼が真っ当に家族から愛情を受けて育っていたらと、残念に思えてならなかった。

「それが出来てたら、最初から苦労してない」

 クリストファーの視線にいたたまれなくなったのか、ハーネルドはプイッと顔ごと視線を背けた。

「だろうねぇ……」

 恋のライバルではあるものの、親友という立ち位置に変わりは無い。からかって楽しみつつも、クリストファーはハーネルドの事を信頼している。
 三ヶ月は協力してあげると約束したし、何かしてあげられないだろうか……そう考えて、クリストファーに妙案が思いつく。

「そうだ、ネル。練習台になってあげるよ」
「練習台?」
「月日の流れって凄いものだね。僕が寝てる間に、あそこまで進化していたなんて思いもしなかった」
「お前は、いきなり何を言っている?」

 きょとんとした顔で尋ねてくるハーネルドに、クリストファーは天使の笑みを浮かべて口を開く。

「ここを発つ前に、もう一度僕に会いに来て。すごいものを見せてあげるから」
「すごいもの?」
「言葉で説明するより、見た方が早いから」

 ハールドはどこか納得出来ない思いを抱きつつも、笑顔を浮かべるクリストファーが、今は説明する気が無いと分かっているからそれ以上深く追求しなかった。
 それよりも彼は、自身の気がかりを何としてでも白にしておきたかった。

「分かった。それともう一つ。抜け駆けするなよ? 一つ屋根の下で共に生活する事になるのだ。ティアに絶対に手を出さないと、約束できるか?」
「この国では婚姻前の女性に手を出したら、たとえ婚約者だろうと罰せられる。汚された女性も、その後まともな縁談は来なくなる。彼女の名誉に傷が付く事を、僕がするはずないでしょ。正式に関係を結ぶまでは」

 途中までは納得できるものだったが、最後の一言がハーネルドは聞き捨てならなかった。

「正式に関係を結ぶって何だ?!」
「兄上に言われたのさ。一年後、ティアと一緒に城に戻るようにと。だからネル、勝負しようよ。一年後、君がティアの心を手に入れてそのままゴールインするか、僕が外堀をしっかりと埋めてティアを攫っていくか」
「攫っていくって何だ?!」
「それは勿論、僕の妃に迎えるって事だよ。無理強いはしない。あくまで最終判断を下すのはティアさ。僕が望むのは、彼女の幸せだからね。自領の問題が解決して、それでもティアが君を選ぶのなら、悔しいけど僕はそれを応援するよ」

 そう言いきったクリストファーの瞳には、昨夜のような不安というものが全く感じられなかった。

「なんかお前、吹っ切れた顔してんな。昨日はウジウジ弱音吐いてた癖に」
「自分のやるべき事が明確になったから、かな。この国の第二王子としても、彼女を慕う一人の男としても、やるべき事はたった一つ。彼女を幸せに誘うこと。目標に向かって頑張ることが出来るのが、こんなに楽しい事なんだって初めて知ったよ。心が今、躍るように軽いんだ。結果がどうなろうと、僕はきっとこの一年の事をずっと忘れない。大切な親友と共に、最愛の人のために頑張ることを許された貴重な一年だからね」

 フフフと笑みを漏らすクリストファーは、期待に胸を膨らます子供のように、とても無邪気な顔をしていた。
 そんな顔を見せられてしまって、ノーなんて言えるはずがなかった。人生を投げやりに生きていた男が初めて、楽しそうに目標に向かって歩き出そうとしているのだから。親友としては後押ししてやらねばならぬ所だと、ハーネルドも分かっている。

「それは良かった。いいだろう、クリス。いざ、尋常に勝負だ!」

 こうして、ブラウンシュヴァイク領の危機を救うため、二人の男が立ち上がった。

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