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汚名を着せられ婚約破棄された伯爵令嬢は、結婚に理想は抱かない

花宵

第十話 結婚に必要なものとは何でしょう?

 フォルティアナは目の前で繰り広げられる言い争いをただ、黙って聞くことしか出来ずにいた。

「ネル、ほんと昔から君は女の子の扱いが雑だよね。そんな無理矢理抱き寄せたらティアが可哀想だよ」
「お前こそ、そうやって軽々しく女に触れるな! お前が優しくする度に勘違い起こした女を、どれだけ俺が尻拭いしてやったと思ってるんだ!」
「僕が触れたいと思うのはティアだけだよ。だから勘違いされても問題ない」
「問題ありまくりだろ! ティアは俺と結婚を控えている。無駄に惑わすのは止めてくれ」

 喧嘩するほど仲が良いという言葉があるが、それは全然関係のない第三者視点からその二人を微笑ましく眺めていて初めて使える言葉だと身をもって知った。
 喧嘩の原因となった当事者のフォルティアナからしてみれば、二人のその言い争いはとても微笑ましく見れたものじゃないし、全く心安まる気もしない。

「そうなのかい? ティア、君はネルを愛しているの?」

 突然クリストファーに振られた質問に、フォルティアナはさして考えるもなくありのままを述べる。

「愛する……というのはよく分かりませんが、これから一生仕えていこうと思っています」
「……え、何それ……結婚っていうより、従者にでもなろうとしてるの?」
「いえ、そういうわけではありませんよ。ハーネルド様はこれから生涯にわたっての、大事なビジネスパートナーです」
「そうなんだ、大事なビジネスパートナーね…………って、それ違うでしょ! ティア、君は結婚を何だと思っているの?!」
「互いの領地が繁栄するよう、協力し、守り、慈しむものだと思っております」
「貴族としては満点合格あげたいくらいの模範解答だね。ネル、君は今までほんと何してたんだい?」

 クリストファーは呆れたような視線をハーネルドに投げかける。

「だから放っておいてくれ。これから挽回するところなんだ」

 目を泳がせながらばつが悪そうにハーネルドは視線を逸らした。

「いいかい、ティア。結婚というのは、確かに家と家との結びつきだ。互いの領地を思うことは何より尊い。でも協力し合うのに欠かせないものがある。それは、愛情だよ」
「愛情……ですか」

 クリストファーの言葉に、フォルティアナは思わず首をかしげる。

 フォルティアナの両親は政略結婚だ。娘のフォルティアナの目からしても、お世辞にも相思相愛という感じには見えない。必要な時は寄り添って、それ以外は個々の時間を大事にする。その関係はまさにビジネスパートナーといった感じだった。
 お互いを敬い、尊重する。時に意見がぶつかることもあるけれど、最後は互いの意見を上手く融合させよりよい案を二人で考えている。

 そんな両親を見て育ってきたフォルティアナにとって、結婚に愛情が必要だと言われてもいまいちピンとこないのが現状だった。
 本の中でなら様々な恋愛を目にしてきた。登場人物達の恋愛模様にハラハラドキドキして胸をときめかせた事もある。しかしそれを自分とハーネルドの間に当てはめるなど言語道断。ありえないフィクションだとフォルティアナは理解している。
 子供の頃に吐かれた暴言や皮肉の数々に笑顔で応対していたフォルティアナだが、傷つかなかったわけではない。ハーネルドが帰った後は、ひどい倦怠感に襲われ心を痛めていた。それでもブラウンシュヴァイク伯爵家の長女として、領民の生活のためだと心を奮い立たせ、優秀な婚約者を求めるアシュリー侯爵家の要望に応えられるよう自分を磨いてきた。
 理想と現実は違う。あくまでこの婚姻は政略結婚だ。そこに愛情が必要などと、思い至るはずもなかった。

「二人とも、少し手をつないでみてくれる?」
「分かりました。ハーネルド様、失礼してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ」

 言われるがまま、フォルティアナは一言断りを入れてハーネルドと手をつないだ。

「ティア、何か感じるかい?」
「そうですね……ハーネルド様の体温が上昇しているのを感じます」
「君自身に何か変化はない?」
「……いえ、特には」

 温度差の違いか。恥ずかしそうに顔を赤く染めるハーネルドとは対照的に、フォルティアナはいたって普通だった。

「非難がましく見るな! だ、だから! これから挽回するところだと言っているだろ!」

 クリストファーの冷めた視線だけで彼の言わんとすることが分かったのか、ハーネルドは先手を打って言い訳を述べる。
 そんなハーネルドを見てクリストファーは、「相変わらずだね」と、思わずため息をこぼす。

「ティア。普通はね、愛し合っている男女がこうやって手をつなぐと、胸がドキドキするものなんだよ」

 クリストファーはそっとティアの手を取って両手で包み込んだ。片手で優しく手の甲を撫でながら、言葉を続ける。

「そして結婚っていうのは、その愛し合う男女が互いに誓いを立てることなんだ。健やかなる時も病めるときも、互いを愛し慈しみ支え合うことを……って、ティアどうしたの?」
「な、何でもありません。ただクリストファー様に手を握られると、動悸がして、胸が苦しくなって……」

 フォルティアナは思わず自身の胸を押さえる。バクバクとけたたましく鳴り続ける心臓の音がうるさくて仕方が無い。それがクリストファーに伝わってしまうのではないかと不安で、必死に胸を押さえ付けるしかなかった。

「ちょっとネル、そんな目でこっち見ないでくれる? 不可抗力だから。むしろ君の頑張りが足りなかったせいだからね」
「私は、何かの病気なのでしょうか……」

 思わずそうこぼしたフォルティアナに、すかさずハーネルドが同意する。

「そうだ。クリスに近付いたせいで病気毒牙フェロモンをもらったのだ。悪化するといけない。分かったら、不用意に近付くんじゃ無いぞ?」

 フォルティアナをクリストファーから引き離すと、ハーネルドは自身の背に隠した。

「人を病原菌扱いしないでくれるかな? 騙されないでティア。それが愛の始まりだよ。離れていてもふとした時、その人のことを考えると胸がドキドキしたり苦しくなったり、心を動かされる。君に会えない間、僕はずっとそうだった。君はどうかな?」
「そうですね。リヒト様にお会いしたくて、私は何度もこの庭園へ足を運びました。ですが、お会いすることが叶わなくて、寂しくて心がすごく苦しかったです」
「だったら、これからはずっと一緒に居よう? そうしたらそんな思いしなくてすむ。僕の妃になっておくれ」

 この庭園から連れ出して、一緒にオーロラを見たいと思った。今ならそれが出来る。分かってはいるが、フォルティアナは自分の欲望をそっと胸の中にしまい込んだ。

「いえ、それは出来ません」
「どうしてだい?」
「物凄く感謝はしております、クリストファー様のお気持ちも嬉しく思います。ですが、それは出来ません。王子妃ともなれば、国全体を気にかけねばならなくなる。自領の事だけでも手一杯な私に、そんな采配はございません」

 九割方こちらに分があると思っていただけに、クリストファーはその言葉に驚きを隠しきれなかった。思わず素で問いかけてしまう程に。

「ティアは良いの? ネルと結婚するって事は、一つ屋根の下でこの冷たい皮肉顔と、毎日顔を合わせて生活しないといけないんだよ? 口を開けば冷気しか吐かない。そんな男との生活に耐えれるの?」
「心配には及びません。ハーネルド様の気分を害さないよう私生活空間は完璧に分けるつもりです。仕事のお話をしたい時は共有スペースを使う予定です」
「いや、ティア……分ける必要はないのだぞ?」
「ですが昔、おっしゃってましたよね。『お前の顔を毎日見る日が来るかと思うと不快でならない』と。大丈夫です、きちんとわきまえておりますから」
「だから昔のことは忘れてくれ……そしてクリス、そんな目で見るな……」

『本当に君は馬鹿だね』と言わんばかりの視線を、クリストファーがハーネルドに投げかけるのも、無理はない。

 フォルティアナの心配をして問いかけた言葉のはずが、何故かハーネルドを気遣う言葉が返ってきた。
 それは自身のことより相手のことを一番に考える、優しい心をフォルティアナが持っているからだ。
 こんな健気な子に、そんな勘違いをさせるハーネルドが、馬鹿以外の何なのか、説明できる言葉があれば教えて欲しい。

 しかもその気遣いは、ハーネルドの心をえぐるものときた。
 自業自得としか言い様がないが、付き合いの長いクリストファーは、ハーネルドが中々素直になれない不器用な性格である事を知っている。どうでもいい相手にならば、いくらでも社交辞令の仮面を被ってあしらう事が出来るだろう。それが出来ないくらい、ハーネルドにとってフォルティアナが特別な存在であるのが一連のやり取りを見ていてよく分かった。

「ネル、僕は君がティアを本当に幸せにしてくれるなら、それでも構わないよ。兄上の次くらいに、君のことは信頼しているからね」
「クリス……」
「僕が望むのは、ティアが幸せになることだ。そして誰よりも苦労してきたネル、君もね。でも今の状態を見る限り、このまま君達が結婚しても、それが叶うとは到底思えない」
「それは……そうだな」

 幼い頃の皮肉三昧のせいで、自身の印象がマイナススタートなのは、ハーネルドも自覚はしている。

 だがそれでも、共に居ればそれも改善できるはずだと信じていた。
 が、現実をありのままにつきつけられて、フォルティアナの気持ちを考えると、自身のその縛り付ける行為が卑怯なものに思えてならなかった。

 明らかに、見るからに、目の前の二人は互いを意識しあっている。
 そしてそれを引き裂いているのは、紛れもなく自分自身だとハーネルドは自覚してしまった。
 ここで目の前の幼馴染みに、フォルティアナを取られたとしても文句は言えない。
 身分も、好かれ度合いも、何をとっても敵わない。けれど──

「だから三ヶ月、君達の仲が発展するよう協力してあげるよ」

 クリストファーは無理矢理奪うような事をする男ではない。慈愛に満ちた笑顔を浮かべて、最初は何故か必ず譲ってくれるのだ。

「本当か?」
「うん。でももし、三ヶ月経っても変化がなければ……その時は僕、容赦しないからね?」

 そして見込みがないと捉えた瞬間、容赦はしない。その聖人君子のように優しそうな見た目とは裏原に、中身は悪魔のような一面を持っているのをハーネルドは知っている。
 あの事件が起きるまで、クリストファーの一番近くに寄り添っていたハーネルドが、誰よりもそれをよく知っている。
 あの笑顔で、あの言葉を発した時のクリストファーの恐ろしさを。

「わ、分かった……努力しよう」

 なんとしても、フォルティアナの気持ちを自分に傾けさせなければ……冷や汗をタラタラと流しながらハーネルドは内心、焦りまくっていた。

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